立海 DE 合コン〜Boy MEAT Girl〜



 春先のこと、俺はちょっとした計画を実行するのに虎視眈々とタイミングを狙っていた。
 正確に言うならばある計画を遂行するための、真田副部長の承認を得るタイミングである。
 その計画とは、立海テニス部レギュラー陣を率いた合コンだ。


 事の起こりは、俺がいつものようにチアリーダー部の奴の愚痴を聞くところからだった。

「仁王! 聞いてよ、ムシャクシャするわー!」

「おうリーダー、どうしたんじゃ」

 部活が終わって着替えた後、部室の外で駆け寄ってきたのはチアリーダー部の部長。俺がいつも『リーダー』と呼んでいる女。
 一年の時から馴染みの女だった。

「また、男と揉めたんか」

 彼女はチアリーダーで目立つためか、いろいろな運動部の男から人気がある。そいつらと実際につきあっているのかどうか、詳しくは知らないけれど奴らとのいろいろな揉め事や悩み事の話を聞いてやるのが、いつの間にか俺の役目になっていた。勿論俺も彼女に、女の子との事を相談したりもするのだけど。

「揉めたって程じゃないんだけどね、ほら、野球部の伊澤くんとつきあうかどうどかって話してたでしょう。結局なんだか上手くいかなそうだし、やめとこうって感じになったんだけど、その別れ際、あいつ、何て言ったと思う?」

 俺が一言言うと、彼女はマシンガンのようにいつものような愚痴を放ってきた。
 俺は思わずくくっと笑う。

「さあ。なんじゃろ?」

「結局、肉も食えなかったなー、だって。腹立つ! 肉目当てよ、肉!」

 彼女は怒鳴った。そして、俺は腹を抱えて笑う。
 そう、リーダーは高級焼肉店の娘だ。俺は馴染みなんで、一度昼ごはんをご馳走になった事があるが、そりゃあ旨い肉を食わせてくれる店なのだ。

「男って、どうしてこう皆、肉欲ばかりなの!」

 そしてまた彼女は穏やかでない一言。
 リーダーはチアリーダー部だけあって、健康的な美人で明るいし、彼女を好きだという男は沢山いる。けれど、こうしてちょっと気が強いためかなかなか彼女が男と上手く行ってるという話もきかない。
「そういえば、ジャッカルもお前さんにそんな事言って怒らせちょったのぅ」
「だって、私の事を好きみたいに言うから、そうなのかなーってしばらく話してたら、焼肉の事ばっかり聞いてくるのよ!まったくもー!」
「まあ、あいつにくらいは肉食わしちゃってくれよ」
 俺はまた笑った。
「あっ、そうそう! 今回はその話!」
 リーダーがはっとしたように言うので、俺はちょっと意外な気持ちで彼女を見た。
「なんじゃ、ジャッカルとのデートを取り持って欲しいんか?」
「惜しいけど、違う。ねえ、合コンしない?」
 彼女の言葉に、俺は思わず目を丸くした。
「はあ? 合コン?」
「そう、合コン。仁王はテニス部レギュラー連れてきて。私は友達、つれてくから。」
「お前さんの友達って、チアリーダー部か? そんなもん、見知っちょる奴ばかりだし、今更……」
「違う違う。部の子たちじゃないよ、ほら、私の昔からの友達よ」
 それを聞いて、俺の目はキラリと光った。
 リーダーの、立海入学前からの友達。
 それは、放送部の美女から茶道部の大和撫子、軽音部のクールビューティとなかなかのきれいどころが揃っているのだ。
「……ほう、これまたどういった風の吹き回しじゃ」
 俺が興味を持った風に尋ねると、そらきた、というようにリーダーは俺に顔を近づけて話し出した。
「あのね、友達の一人が恋人と別れてがっくりきちゃってるの。私みたいに『あんな男、死ね!』で終わるタイプじゃないから、ちょっと落ち込んじゃってて。男テニレギュラーだったら、そこそこ美形ぞろいだし盛り上がりそうだし、気晴らしにいいかなって。ね?会場はうちの庭で、バーベキュー。道具や肉や野菜は家の店から提供するから、みんなたらふく食べていいよ」
「ほほう!」
 リーダーの店の肉!
 俺の目はさらにキラリと光った。
「ベースは合コンなんだけど……あとね……」
 リーダーはまたちょっと声をひそめた。
「幸村くん、手術が決まったんでしょ? 彼はいつもどおり変わりないし、落ち込んだり心配するタマじゃないと思うけど、ちょっと元気づけたいなあって思って。ほら、試合も近いし、壮行会も兼ねてどうかと思うんだよね」
 俺は、前髪をいじりながらうんうんと大きくうなずいた。
 美女に旨い肉。試合に向けて士気を高めるのにはもってこいではないか。
「ってワケで、仁王はそっちの幹事ね。こっちはちゃんと8人手配してるから、絶対レギュラー全員つれてきてよ」
「おう、まかせとけ。いつやるんじゃ?」
「今週の土曜、部活の後。どう?」
「……ヨシ、話つけちゃるわ」


 とまあ、こういう訳だ。
 さて、メンバーへの交渉だが、ほとんどの奴は問題ない。
 ジャッカルと柳生は、当日の実働部隊として指名しすでにリーダーの配下へ打ち合わせに送り込んでいる(本来は後輩の赤也の仕事だが、奴ははしゃぎすぎて台無しにしてしまいそうだから)。
 ブン太も赤也も、肉の食える合コンに大喜びだ。
 三強のうち、参謀も幸村部長も「リーダーの家でリーダーの友達とバーベキューを」と言うと、あっさりOKだった。
 そして問題は真田だ。
 男8人、女8人の会食といえば合コンに決まっている。
 が、奴に合コンとバレたら返ってくる返事は「たるんどる!」に決まっている。
 ここは、リーダーが後半に言っていたこの会の目的を、建前上前面に押し出すのがよかろう。合コンという匂いはさせずに。
 俺はミーティングの後、真田の機嫌が悪くはなさそうなのを見計らって、さりげなく話しかけた。
「のぅ、真田」
「何だ、仁王。何か、話し合い足りぬ事でも?」
 奴はファイルを棚にしまいながら言った。
「これから全国大会に向けて、気合を入れていかんとのぅ」
「ああ、勿論だ」
「ついては、幸村の回復祈願と全国大会優勝祈願を兼ねて、バーベキューをやらんかっちゅう話があるんじゃが」
「……ほぅ」
 真田はちらりと俺を見た。おう、悪くはない反応だ。
「チアリーダー部の部長、おるじゃろ? あいつが、店の肉を提供してくれるらしい。明日の部活の後なんだが、レギュラー全員で来てくれて構わないと言われちょるんじゃが」
 真田の目はぐっと真剣になった。
 そう、こいつもかなりの肉好きだからな。
「ほほう、部長の家の店の肉か! それは悪くないな」
 俺は心の中でガッツポーズを決めるが、まだ油断はできない。
「よし、じゃあ決まりじゃな。あ、そうそうリーダーの家の庭でやるから、リーダーの友達も来るらしいが気にしないでくれっちゅう事じゃ」
「ああ、わかった。明日の部活の後だな!」
 ヨシ、決まった。
 真田も所詮、食いざかりの運動部男子。焼肉には弱い。
 俺は幹事として、最も難関の仕事をやり終えた満足感でふうっと安堵の息をついた。



 そして焼肉合コンの当日、俺は皆より少し遅れて真田と二人でリーダーの家に向かった。真田が少し先生と話があるというので、リーダーの家を知らない真田を案内するために待っていたのだ。バーベキューには準備がかかるから、少々遅れても構わない。
 案の定、リーダーの家の庭に顔を出すと、まだ炭で火を起こしている段階だった。

「ほら、もっとこっちから扇いだ方がいいんじゃないスか?」
「切原くん、大丈夫? 危なくない、火、風でそっちにいっちゃうよ?」
「バーカ、赤也、もっとたきつけてからだろぃ」
「柳くん! この野菜、そっちに運んでもらっていい?」

 しかしその準備の段階で、既に男女入り乱れてかなりの盛り上がりを見せている会場だった。
 そう、学園祭やなんかと同じで、こういうのは準備から楽しいものなのだ。
 俺は少々出遅れた感があり悔しいが、まあすぐにリカバリーできるだろう。
 ちらりと隣の真田を見ると、俺ははっとした。
 眉間にシワがよっているじゃないか!

「バカもん! 何をやっとるか、たわけ者め! たるんどる!」

 真田の一喝で、それまでキャッキャキャッキャと賑やかだった会場が一瞬で静まり返った。
 マズい。
 さすがのこいつでも、この様は合コンであると気付いてしまったのだろうか。
 俺は少々あわてて、なんと言ってとりなすかと頭の中を駆け巡らせた。
 とりあえず肉を口の中につっこんでおくか?

「赤也! 貸せ! 火をおこすというのはだな!」

 真田は鞄を放り出すと、赤也の持っていたトーチとうちわを取り上げた。

「もっとこう、炭を思い切りあぶりつつ、あおぐのだ! 昼寝をしている子供をあおぐのとはワケが違うのだぞ! ほら、もっとしっかりあおがんか! もっとだ!」

 ああ、そうか。こいつは火起こし命の男だったのか。
 俺はほっとして、リーダーの顔を見た。
 彼女も胸をなでおろして、俺を見ている。
 おそらく、俺が上手く真田を言いくるめて連れて来れるかこいつも心配だったのだろう。
 俺は小さく親指を立てて笑って見せた。

 さて、これでなんとか我が立海大附属テニス部レギュラー陣の合コンが無事にスタートできそうだ。

 ところでお前さん、どいつが目当てじゃ?

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 幸村精市   真田弦一郎  柳蓮二     ジャッカル桑原
 柳生比呂士  切原赤也   丸井ブン太   仁王雅治 

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エピローグ

2007.9.21 (了)




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