立海 DE 合コン〜Boy MEAT Girl〜


ジャッカル桑原の場合


 焼肉パーティーも中盤になり、俺はようやく一息ついた。
 焼肉パーティーじゃなくて合コンだろうって?
 いや、これは単なる焼肉パーティーだ。
 少なくとも俺にとっては。

 俺は広々とした和風庭園に設置されたバーベキューコンロとそれをとりかこむ我が立海大附属中テニス部の面々と、そしてその合コン相手の女子たちを眺めてふうっと息をついた。

 つまり合コンという意味合いを、俺は今回きっぱりと諦めている。
 女の子達が好みじゃないのかというと、勿論そんな訳はなくて、集まっているコたちは結構かわいいコたちばかりだ。
 しかし幹事のチアリーダー部部長の江波サンが、俺には験が悪い。
 験が悪いというか、正確に言うと俺はその江波サンに一度きっぱりと振られた事があるのだ。その件があって彼女とはどうもいつも気まずくて、俺は今回の合コンに手放しで浮かれる事ができない。それに仁王より実働部隊の役目を言い渡された時から、大体俺が準備でいろいろと走り回る事になるのだろうという事が予想でき、そして実際にまったくその通りになったというわけだ。
 会が始まってみれば、俺が苦労してすりおろした大根おろしを柳は遠慮なくズルズルすするし、材料を運んだ傍から真田が焼きまくって焦がしそうになるし(大体奴は、火を勢い良くおこしすぎなのだ)、丸井は終盤を迎える前にデザートを食い散らかすし(多分、俺が追加で買いに走らねばならなくなるだろう)、赤也は浮かれて遠慮なく女子に話しかけまくって江波サンに叱られて、そして俺が江波サンに『どういう教育してるのよ』と叱られるし、実際俺は女の子と話すどころではない。

 しかし、俺はヘコんではいない。
 何と言っても、肉がメチャクチャ美味いのだ。
 仕事が一段落ついて丸井が甘いものモードに突入している間隙を縫い、俺は肉を食いまくった。江波サンは肉はたっぷり用意してくれていて、どうやら食いっぱぐれる心配はなさそうだった。
 俺はコンロの程よい火加減のところに肉をのせて焼き(俺は肉の焼き加減にはうるさい)、それをたっぷり皿に取ると座るところを探した。
 いくつか用意されていた椅子はあいにく埋まっていて、きょろきょろと周りを見渡すと赤い布が敷いてある長椅子が空いていた。上には和風のパラソルが掲げてあって陽射しも防げる。そしてそこには、日本人形のような女の子が座っているのだ。
 でも俺は即座にそこへ行くのは躊躇した。
 実は焼肉が始まってから、彼女とは何回か話している。
 というか、俺が彼女の前を通るたびに、茶器を洗いに行かされたり水を汲みに行かされたり、そんなやりとりをしていた。
 彼女はサンといって、茶道部の部長らしい。
 今回は焼肉の合間に茶を一服、という趣向で茶のコーナーを設けてくれているのだ。
 彼女はすごくキレイなコなので顔と名前は勿論知っていたけど、会話をするのは今回が初めてだ。まあ、会話といっても、『ジャッカルくん、これ、洗ってきて』『ハイ、洗ってきたぜ』っていうくらいのモンなんだけど。
 サンは薄いピンク色の細かい模様の入った着物を着ていて、色白で本当にお人形のようにキレイなんだけどあんまり笑わなくて、必要な事をピシッピシッと言うだけで、ちょっとおっかない。だから俺は彼女が苦手だった。
しかし周りを見渡しても他に座るところはないし、俺は少々緊張しながら彼女の傍へ歩み寄る。
「あのー、ここ、ちょっと座って食ってもイイか?」
「……どうぞ」
 彼女は表情も変えないまま静かに言う。
 俺はサンの抹茶コーナーに腰掛けて肉を食い始めた。
 ちらりと彼女を見ると、彼女は茶道具を前に静かに座ったまま。
 そういえば、彼女が肉を取りにいったりしてるところは見ないし、ちゃんと食ってるのかな? 良く考えたら、着物じゃ焼肉がじゅうじゅう焼けてて火の粉が飛びそうなコンロの近くには寄れないのだろう。
 俺はちょっと気になって、再度立ち上がると新しい皿にタレを入れて肉を取り分け、箸をそえて彼女に渡した。
「よかったら食う?」
 俺が言うと、サンはちらりと俺を見て皿を受け取る。
 そして中を見ると、それを俺に差し戻した。
「最初からタレがついてると、しょっぱすぎてダメ。タレとお肉は別々にして欲しい」
 彼女の言葉に俺は一瞬、『贅沢言うなよ!』と言いかけるが、しかし確かにタレは好みがあるしなと思い、黙って立ち上がって再度コンロのところへ行った。
 まあ、あのタレのついた肉は俺が食えばいい。
 俺は良い感じに焼けた肉と、そして今度はタレを別皿に入れて持って行った。
 これで文句はないだろう。
 俺がやっと落ち着いて自分の肉を食おうとしていると、彼女はまだ食べようとしない。
「このお肉、まだちょっと赤いじゃない。もう少し焼いてきてもらえる?」
「……いい肉は焼きすぎると美味くないんだぜ!?」
「でも私はしっかり焼いた方が好きなの」
 ……まあ、肉の焼き加減の好みも千差万別だからな。
 俺は仕方なく、取って来た肉を焼きなおして再度彼女に提出した。
 さあ、これでいいだろう。
 俺は自分の肉がまだ熱いうちに食うぜ。
 俺が肉を一口で頬ばり、美味さをかみ締めていると彼女がまたトンと俺の腕をつつくのだ。
「ポン酢もあるのね。私、タレよりポン酢の方がいいわ」
 彼女は柳がポン酢を使っているのを見て、俺に言うのだった。
 ……まあ、気付かなかった俺も悪いかもしれない。
 俺は黙ってポン酢を取りに走った。
「ほら、ポン酢。好きなだけ入れてくれ」
 学習をした俺は、皿に入れてきて多いの少ないの言われてはたまらないと、ポン酢の瓶をそのまま彼女に手渡した。
 肉を食いながらちらりと横目で見ていると、彼女は肉にポン酢ちょろりとたらし、そしてやっと食い始めた。
 それを見て俺はほっとする。
 これで落ち着いて肉が食えそうだ。
 サンは、俺が一口で食うところを三口も四口もかけてゆっくりと食べていた。
 ヨシヨシ、しばらくは何も言われないだろう。
 しかしホント美味いな、江波サンが用意してくれた肉。
 こんなに美味い肉をこれだけたらふく食える機会はそうそうないから、がっちり食っておかなければならない。合コンに不戦敗なのは仕方ないが、肉だけは譲れねー。
 俺が次に肉が焼き上がりそうなコンロを目でサーチしていると、サンがコトンと皿を置く音が聞こえた。
「……野菜、取って来てもらえる?」
 彼女はあいかわらず、キリリとした笑いもしない表情で俺に言った。
 長いまつ毛に小さくてふっくらした唇の彼女は本当にキレイなんだけど、なんだってこんなに無愛想で迫力があるんだろうか。
 まあ、俺も自分の肉を取りに行くついでだし、とコンロの傍まで行った。
 自分のための肉と、あと野菜か。
 しかし、野菜は何を取っていったら良いのだろう。その辺りの指示は受けなかったな。
 とりあえずほどよく火の通っていそうな、長イモ、ナス、玉ねぎ、エリンギ、ピーマン、ジャガイモなどを皿に取った。
 俺が持って帰った皿を見ると、彼女は眉をひそめて言うのだった。
「こんなにいっぺんには食べられない」
「……じゃあ、残せばいいじゃねーかよ!」
 俺が思わず声を上げると、彼女はその大きな目で俺をキッと睨む。
「そんな、食べ物を無駄にするような事はできないわ」
 そのきつい目に、俺はついついひるんでしまう。
「いや、あの、俺が食うから」
「……だったらいいわ」
 彼女はそういうと、俺が取って来た野菜の皿から長イモを自分の皿に取った。
「あ、これ……お塩かかってないのね……」
 俺はそれ以上言われる前に、テーブルの塩とコショーを取りに走った。
 塩とコショーの混ざった奴だとまたダメ出しされるかもしれないから、ちゃんと別々のヤツをだ。
 案の定、彼女は塩だけをすこし長イモにふりかけると、美味そうにそれを食べた。
 こうやって黙って美味そうに物を食べてると、単に可愛い子なのになあ。
 しかし彼女はあんまり沢山食べないから、その可愛らしい様は長くは続かないのだ。
 俺はため息をついて彼女を見る。
 サンは黙っていたら黙っていたでこう、やけに迫力があっておっかなくて気詰まりだし、しゃべればこれまた何だかキツいし、マジ苦手だ。
 抹茶コーナーは割と盛況だったようで、前半俺がバタバタしてる間も結構皆飲みに来てたけど、一体彼女と何を話してたんだろうな。是非終ったら皆に聞いてみたい。
 あ、もしかして、こんな風にされてるのは俺だけなのか?
 そんな事を考えながらちらちらと彼女を見ていたら、目が合ってしまった。
 俺はとっさに目をそらす事もできず、ついつい固まってしまう。
「なあに、ジャッカルくん」
「いやっ、別になんでもねーよ。……サン、あんまり食わねーけど、その、バーベキューとか楽しい?」
 俺はついついそんな事を尋ねてしまった。
 言ってからシマッタと思う。だって、しゃべんないで食わねーでこんなトコにいて楽しいのかよって、そんな感じの質問だからな。気を悪くして、またおっかねー事言われるかもしんねー。
 けれど俺は睨みつけられる事はなかった。
「楽しいよ。皆が沢山食べて、楽しそうに話したりしてるの見てると、楽しい」
 笑いはしないけど、穏やかな表情で言うのだった。
 へぇ、と俺は少々意外に思う。けれどまた同時に納得もした。
 サンがこんな風にじっとしてて、それでも江波サンたちが別に気にしないでいるのは、彼女はこれで楽しく過ごしてるのだと分かっているからなのだろう。ツレ同士だけあって、お互いにちゃんとわかってるんだなあ。俺はちょっと感心した。
「私も、別に食べないわけじゃないの。少しずつ、ゆっくり食べる方だから」
「あ、そう。俺はガーッと食う方だからな」
「見てたらわかる」
 相変わらず淡々と言う彼女の隣りで、俺は肉と野菜をガツガツと平らげた。
 サンのこの淡々としたちょっとおっかない感じっていうのも、まあ慣れるモンなのかもしんねーな、なんて思いながら。
 
「一服、いただけますか」

 不意に現れたのは柳生だった。
 茶を飲みに来たのか。俺は少し詰めてスペースを空けた。

「どうぞ」

 サンは静かに言って、茶器を柳生の前に置いた。
 柳生はいつもの静かな身のこなしで俺を振り返る。

「お互い少々疲れたが、一段落したね、ジャッカル君」

 奴は俺と共に準備の実働部隊の指名を受けた一人だったのだ。
「まったくだ。やっと肉が食える」
 俺がそう言うと、奴は優雅に笑った。
 そして、茶の準備をするサンと向かい合った。
 白い小さな手でくるくると鮮やかに茶を点てる彼女の前で、穏やかに座る柳生。
 ああ、柳生だったらサンがじっと黙っている横にこれまたじっと黙っていても絵になるな。こういうのを似合いだって言うのかもしれない。
 俺はちょっと興味深くそんな二人を見ていた。
 点てられた抹茶をくっと飲み干した柳生は、くいと茶器を眺めて静かに笑顔でサンに美味かったと言っている。サンは相変わらず笑いもしないけれど、満足そうに奴を見ていた。
「結構なお点前でした」
 柳生は口元をぬぐうと、上品に彼女に礼を言う。
 茶器を手元に寄せる彼女を見ながら、アレ、どうせ俺が洗いに行く事になるんだろうなァなんて思っていると、柳生は持ってきた皿を手にしてついとサンに差し出した。
「そうそう、これ、いかがですか。お肉に添えて頂くとサッパリしていて非常に美味ですよ」
 奴が差し出した小皿には大根おろしが入っていた。
 サンはそれを覗き込んで、ちょっと目を丸くした。
「ああ、大根おろしもあったのね。ありがとう、好きだわ」
 そう言うと彼女は両手でそれを受け取り、柳生に向かってこくりと会釈をした。
 柳生は、どういたしまして、というように笑うとその場を去った。
 サンは、柳生が持ってきた大根おろしにポン酢をたらすと、すっかり冷めたであろう俺が持ってきた肉にたっぷりと添えて少しずつ食べた。
 彼女は美味しそうに食べているんだが、それを見ている俺の眉間にはシワが寄っていたと思う。
「……うん、美味しい。大根おろしがあるなら最初からポン酢と一緒に持ってきてくれたらよかったのに。大根おろし、もう少し持ってきてもらえる? あとエリンギも」
 彼女の言葉に俺は思わず立ち上がった。
「あのなあ! 別に食いモン取って来てやるのはいいよ。けど、ちょっと大根おろし持ってきた柳生に礼は言って、さんざん茶碗を洗ってきたり肉を取ってきたりした俺には礼もナシか? だいたい、その大根をおろしたのだって俺なんだぜ? そんなんだったらな、茶碗洗うのも、食いモン取って来てもらうのも、その辺の別の奴に頼んでくれよな!」
 そして、そう怒鳴ると自分の皿と箸を持ってコンロに向かった。

 とにかく、食う。
 肉を食うぞ!
 俺は別に礼を言われたいわけじゃないけれど、なんだろう、どうにもムシャクシャして仕方がない。女の子に怒鳴ったりして、俺らしくないと思うけれど、もうどうだっていい。

 まだ半焼けの肉を、もういいや、と皿に取っていると俺の隣りで突然桜の花が咲くのを感じた。

 俺の周りの空気がふんわりとピンク色に染まったのだ。

 はっと隣りを見ると、紙皿と箸を持ったサンがピンク色の着物の袖をおさえながら網の上の焼けた野菜を取ろうとしてる。
 俺は目を丸くした。
 今日、一度だって立ち上がって歩いて自分で食いモンを取ろうとしなかったサンがコンロの前にいるのだ。
 驚いていたのは俺だけじゃなくて、彼女の女友達もあわてて走り寄ってきた。
、いいよいいよ、取ってあげるって! 着物に火の粉飛んだら大変じゃない!」
「あ、いいから」
 友達の言葉を彼女はさらりと断って、箸を動かしつづけた。
「私はジャッカルくんに頼んだの。ジャッカルくんが嫌だっていうなら、自分でやるからいいわ」
 俺はぽかんと口をあけたまましばらく彼女を見て、そして彼女の皿と箸を取り上げた。

「……わかったよ! チクショウ! どいてろよ、着物の袖、焦げちまうだろ!」

 彼女を火の傍から下げて、俺は皿に肉を野菜をどんどん放り込んだ。
「……取りすぎよ」
 彼女は後ろから覗き込んでつぶやく。
「文句ばっか言うんじゃねーよ! 俺が食うからいいんだ!」
 振り返るとサンはいつのまにか元の場所に戻っていた。俺に、持ってこいという事なのだろう。
 俺が皿を持って戻ると、彼女は俺に箸を差し出す。
「はい、どうぞ」
 新しい割り箸だった。
 さっき、テーブルから取って来たのだろう。

 今日、彼女が自分で取って来た唯一の物だ。

 俺はちょっと戸惑いながらもそれを受け取って、そしてパキンと二つに割った。
 ヨシ、食うかと思っていると、
「あ、大根おろしは?」
 彼女が皿を覗き込む。
「ああ……結構人気あったみたいで、もうなくなっちまってた」
「ええ、そうなの? 美味しかったのに……」
 俺はこの日何度目か数え切れないため息をつく。
「まったく、しょうがねえなあ!」
 言って立ち上がると、江波サンのところに行って大根をもらい、また戻る。
 皮を剥いて、腕まくりをしてシャクシャクと大根をおろしまくった。
 隣りでサンはそんな俺をじっと見ていた。
 俺は手を止めて、ちらと彼女を見る。
 彼女は嬉しそうに笑っている。
 その笑顔は、美味しそうに肉や野菜をゆっくり食べている時よりもはるかに可愛らしかった。思わず手を止めたまま見ほれる。
「……早くおろして」
 彼女の声で、俺はやれやれと作業を再開。
「……ここに、いてね」
 その言葉に、俺はまたぎょっとして彼女を見た。怒られるとわかっているのに、手が止まる。
「ジャッカルくんは、ここにいて。私はジャッカルくんが一番いいから」
 改めて言う彼女の言葉に、俺は顔が熱くなるのが分かる。

 まったく。

 こいつは一度だってありがとうも言わないのに、どうしてこんな事を言うんだろう。ありがとう、よりも一発で俺を参らせるような事を。
 俺はぎゅううと大根を握り締める。
「くそっ、まだまだパシらせようと思ってんだろ!」
 俺は顔が熱くて熱くて仕方がなくて、思わずそんな事を言いながらうつむいて大根をじっと見つめた。
 隣りでは彼女がクスクスと声を上げて笑うのが聞こえる。
 その笑顔を見たいけど、そうすると俺の作業はさっぱり進まなくなってしまいそうで俺は彼女の嬉しそうな笑い声を聞きながら力一杯大根をおろし続けるのだった。

2007.9.15




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