立海 DE 合コン〜Boy MEAT Girl〜


丸井ブン太の場合


! 何考えてんのよ!」

 私はバーベキュー会場に集合すると、何より真っ先に幹事の千鶴に叱られてしまった。

「言ったでしょ、これは合コンなの! なのになんで学校指定のジャージで来るのよ! しかも軍手まではめちゃって!」

 言われて見れば、超真面目で律儀な紫織が制服で来ている以外はみなそれぞれに、カジュアルながらも可愛い装いで来ている。茶道部の野梨子など、きりりと可愛らしい小紋を纏ってさながらお人形のようだ。

「だって、バーベキューでしょ。もし何かあった時の事を考えると、やっぱり私はジャージかなーって」

 私以外誰もジャージがいないとなると、やっぱり私がジャージで来てよかったんじゃないかと改めて思うのだった。

「もし何かって、一体何が起こるっていうの」
 彼女は相変わらず厳しい顔で私を詰問した。
 暖かいの午後の陽射しが、彼女の整った顔をキラキラと照らす。
「ほら、バーベキューって火を使うでしょ。もしはしゃいだ誰かがゴウゴウに火のついた炭の入ったコンロをひっくりかえしちゃって、そしてその辺に引火したりしたら消火活動をしないといけないし、そんな場合にかわいらしい汚れちゃ困る服を着てる皆じゃムリでしょ」

「あのね、そんな『もしも』よりも、もしテニス部の誰かといい雰囲気になったらどうしようっていう『もしも』を考えて服は選びなよね! せっかく可愛いのに、ダッサい学校指定のジャージなんて、もう最悪……」

 本当にがっくりしたように言う千鶴に、うんうん、ごめんね、と言いつつも私はやっぱりジャージでよかったと思っている。多分、これは譲れない。
 だって、火事にいたらないまでも火の粉が飛ぶかもしれない。
 焼肉の脂が飛ぶかもしれない。
 タレがこぼれるかもしれない。
 うっかり網に素手で触るとやけどをするかもしれない。
 とにかく危険が一杯なんだから。

 そう、私はかなり心配機能が高め。

 そんな私をハラハラと心配させる要素は、この焼肉合コンにはたっぷりとつまっているようだ。
 メンバーの集まった会場は、しょっぱなから私の心配機能のゲージを振り切らせる。
 まずコンロの炭に火をつけるところからだ。
 二年生の切原くんていう子がさっそくガストーチを手にしたわけだけれど、ボーボー火が出るのが面白いのか炎をMAXにして振り回すばかりで、肝心の炭にぜんぜん火がつかない。
「切原くん、大丈夫? 危なくない、火、風でそっちにいっちゃうよ?」
 実は私は心配機能は高いものの物事の解決能力は低いがために、心配をしてウロウロするばかり。
 あー、こんなに炎を出してトーチ振り回して風もあるのに危ないって! 肉も焼く前に火事になったらどうしよう。あ、でも肉の脂がない分、火の回りは遅いかもしれない。そうしたら、私は素早くあそこにあるペットボトルのウーロン茶を開けて消火活動をしよう。
 そんな事を頭でイメージしながらハラハラしていると、
「バーカ、赤也、もっとたきつけてからだろぃ」
 中途半端な炎をうちわで扇ぐ切原くんの周りを、丸井くんがおもしろがってちょろちょろする。これまたなんだか危なっかしく感じる。やけどしちゃわないかなあ?
 あー、心配。
 とハラハラしていると、突然怒鳴り声が聞こえた。

「バカもん! 何をやっとるか、たわけ者め! たるんどる!」

 それは、仁王くんと一緒に遅れてやってきたテニス部副部長の真田くんの声だった。
 彼は切原くんの手からトーチをうちわを取り上げると、ジャッカルくんも呼んで、豪快ながらも非常に安心感のある火起こしを始めた。
 皆は、彼の登場で若干の緊張感を表情に漂わせているけれど、私は心からほっとする。
 これで、焼肉開始前に火災が発生する可能性は低くなった。
 真田くんが各コンロに安定した炎を供給してゆくと、コンロの網に柳生くんや千鶴が肉と野菜をのせて回る。うんうん、安心感のあるメンバーだね。
 私は改めてぐるりと会場を見渡した。

 とにかく。

 このメンバーの中で女の子の友達はみんなしっかりしてる。私の心配センサーにひっかかって来そうなのは、多分男子の方だろう。
 尚、私の心配センサーにひっかかったからといって私が何かできるわけではまったくないので、心配されるだけ鬱陶しく何もメリットはないのだけれど、まあ私は心配性だからとにかく『何かやらかしそう』な雰囲気の人は気になって仕方がないのだ。
 まったく意味もなく。
 千鶴たちは、『アンタはまったくいつも、どうしようもない心配ばかりして!』と言うのだけれど、私は私でこれで慣れっこなので構わない。
 でも千鶴だって、今回『真田くんが怒り出したらどうしよう』なんてどうでもいいような心配をしていた。
 私にしたら、真田くんが怒り出したって火事になるわけじゃないし、会場がメチャクチャになるわけじゃないし、肉がなくなるわけじゃないしまったく平気だと思うんだけど。
 私とは心配のチャンネルが違うようだ。
 それより私の心配のツボにクリティカルヒットしてくる中の一人は、どうも丸井ブン太くんのようだった。

 コンロの上に肉と野菜がのせられて火が通りつつあり、そしてなぜか会場では真田くんが歌を唄っててみんながそれを聴いてる中、丸井くんはじっとコンロの上の肉を見て、まだ絶対焼けてないのにトングでちらちらと裏返そうかな、いやまだだな、みたいな事を繰り返している。
 まだまだ焼けてないよ!
 そんな言葉が咽喉もとまで出そうなのを飲み込んで彼をじっと見ていたら、ふと目が合った。
 そして彼はにこっと笑った。
「大丈夫、まだ食ったりしねーって」
 そう言って、準備係の柳生くんたちが用意してくれた食後のお菓子を開けてボリボリ食べだしたのだ。
「丸井くん!」
 私はついつい声を出してしまった。
「それ、食後にって用意したやつだよ?」
「どうせ食うんだから、いつ食ったって一緒じゃん。ほら、食う?」
 スナック菓子の袋を私に差し出した。
「ええと、名前、なんてったっけ?」
「私? あの……
ね。ほら、食えば?」
「ううん、私はまだ……だって先にお菓子食べてお腹一杯になってお肉食べられなくなっちゃったら困るじゃない」
「なんだ、結構食いしん坊なんだな。肉好きなの?」
 ちょっと、こんな事してる人に食いしん坊て言われるなんて……。
 私が心外に思いつつも、こくこくとうなずいていると(実際私は結構肉好きなので)、彼はスナック菓子の袋を置いてまたトングを持った。
「ほら、もう裏返してもいいんじゃねぃ? な? 俺って天才的〜」
 そう言うと、目をキラキラさせながら肉をどんどん裏返してゆく。
 この裏返された肉は、きっとほとんど丸井くんが食べてしまうんじゃないだろうか。
 丸井くんが作業にかかると同時に、千鶴や柳生くんも同じように網の肉をひっくり返し始め、そしてなんだか知らないけれど熱唱している真田くんの歌が終わる頃に、千鶴が叫んだ。

「肉、焼けたよー!」

 その声はそんなに大声でもないのに、会場の全員をコンロの前に集めるには十分だった。
 ああっ、やっぱり運動部男子中学生ってすごい。
 千鶴がよく、『男って肉欲の塊』って言ってたけど、本当だったんだ。
 私はちょっとクラクラしながら、混雑を極めるコンロの前から下がった。
 男の子達がコンロの周りに群がっている時、丸井くんは既にテーブルでもぐもぐと口を動かしていた。案の定自分がトングで裏返した範囲の肉は全て皿に取ったようだった。千鶴が皆を呼ぶタッチの差で。

「おい、、お前、肉取れた?」

 もごもごとお肉を口に入れたままで私に言ってくる。
 私は黙って首を横に振った。
 彼は、食えよ、というように手招きした。

「お前、心配そうにあっちこっち見てる割にドンくさいんだなァ」

 彼はまったく図星な事を言いつつも、私の空っぽの紙皿にお肉を入れてくれるのだった。

「……そういう芸風なの」

 私は彼の隣でもぐもぐとお肉を食べた。
 美味しい!
 ちょっと辛めのタレに、程よい焼き具合のお肉。
 さすが丸井くんて食いしん坊なだけあって、焼き具合は外さない。
 半焼けで食べちゃうんじゃないかしらなんて心配は無用だったみたい。
 しかし私は改めてコンロの方を見ると、新たな心配が湧き出る。
 丸井くんが、全体の焼けたお肉のうちのかなりをキープしてしまった為か、コンロの周りでは若干の混乱が生じているようなのだ。
 まだろくにお肉にありつけていない男の子達の肩と肩をぶつけ合う様、そして千鶴がきりきりまいをして追加のお肉を網にのせ『それ、今のせたばかりなんだから、まだ裏返さないで!』と怒鳴ってる。

「おい、

 その様をおかしそうに眺めながら丸井くんは私に言った。

「お前のそのジャージ姿、そして軍手。焼肉に対して相当気合を入れてんな、気に入った!肉好きなんだろぃ? 教えといてやるよ。狙い目は真田だ」
「はあ?」

 私はお肉を食べつつも、目を丸くして丸井くんに聞き返した。

「そろそろ、野菜にも火が通る。まず『私は野菜を食べますから』って顔して、真田の前のコンロの野菜を取りにいけ。そしたら奴は肉好きだから、空いたスペースに肉をたっぷりとのせるはずだ」
「でも、真田くんもお肉好きなんだったら焼けたら食べるでしょ」
「ああ、だが奴は目の前の事にいちいち集中するタイプだからな。うっかり誰かに話しかけられようものなら真面目に相手をするから、肉が気になりつつもつい一瞬注意がそれる。その隙に肉をかっさらってくるんだ。簡単だろぃ?」
 丸井くんの方法論は実に理にかなっていた。
「……でも、それは私にはちょっとハイレベルだなァ」
 真田くんが怒り出すくらい、なんて千鶴に対して思っていた私だけれど、一対一で彼にぎりぎりと睨みつけられる事を想像するとさすがに腰が引けた。
「じゃあ、肉好きの、俺とタッグを組もうぜぃ。ほら、今、ささっと行って野菜を取って来いよ。そしたらその後の肉は俺がひきうけてやる。最初っから俺が行くと、奴は用心するからな」
 なるほど、丸井くんはそれが狙いだったのか。
 真田くんに怪しまれずに野菜を一掃して肉スペースを作るための布陣として、私を!
「……わかった、行って来る」
 私はちょっとドキドキしながら、真田くんのいるコンロのところに行き、お野菜もらうね、と小さな声でことわると皿にばーっと野菜を取ってきた。真田くんは今のところ野菜にはさして興味がないようで、ああ、と黙ってうなずくだけだった。
「取ってきたよ!」
 山盛りの焼けた野菜を差し出すと、丸井くんはそれもばくばくと食べ始めた。
「ほら、見てろぃ。真田、ここぞとばかりに肉をのせはじめただろ?」
 見ていると丸井くんの言うとおりだった。
 私も野菜を食べながらそれを見守る。
 程よく焼けたナスはジューシーだし、肉厚のピーマンも最高に美味しかった。
「あれを裏返し始めたら、要注意だ。来たるべきチャンスを待つんだよ。奴が誰かと話すのをな。もし奴が誰とも話す様子がなかったら、、お前、行けよ」
「えええ! 私が!」
「当たり前だろぃ。タッグなんだから。その間に俺があの肉を全部頂戴するぜぃ」
 それもなんとも恨まれそうな役どころだ。
 どうか、そんな事になりませんように! 誰かが真田くんに話しかけてくれますように!
 私は天に祈ってハラハラしながら真田くんと肉を見つめた。
 もし話しかけなければならないとして、一体真田くんに何を話したらいいんだろうなァなんて心配をしながら彼がお肉をひっくり返すところを見守っていると、どうやら私の祈りは天に通じたようだった。
 彼の隣に、紫織がやってきてなにか厳しい顔で話している。そして柳くんもやってきた。
 ちらりと丸井くんを見ると、彼もニッと満足そうに笑う。
「どうやら、来るべきチャンスがやってきたようだぜぃ」
 彼は両手首につけていたリストバンドを外す。それはドスッと重そうな音を立てて地面に落ちた。そして颯爽と立ちあがると、すばやくコンロの傍へ行き三人が何やら話している隙に見事に肉を回収した。
 柳くんが立ち去った頃に、真田くんは事態に気付いたようで丸井くんをにらみつける。
 丸井くん、大丈夫!?
 私の心配機能のゲージはまたビクーンと上昇する。
 けれど丸井くんは、その場から逃げたりせずにニコニコとお肉を食べつつ『真田、肉、うめーな!』なんてしれっと話をしてするりと戻ってくるのだった。
 皿には山盛りの肉。
「さ、食えよ」
 彼はニコニコ笑いながら得意気に私にお肉を差し出した。
「……うん、ありがと」
 丸井くんて、すっごい『大丈夫』な人だけど、なんともハラハラするなあ。
 そんな事を考えながらお肉を食べていると、丸井くんはまだ真田くんのコンロを見つめていた。
、次すぐにまた、でかいのが来るぞ」
「えっ?」
「真田肉はもう一回はいける」
「また真田くんのお肉取っちゃうの!?」
「シッ、声がでけーよ!」
 丸井くんに叱られかけたけれど幸い私の声は別の声でかき消されていた。
 仁王くんと話していた真田くんが、また何やら怒鳴っていたのだ。
 ああ千鶴が、真田くんが怒るのを心配してたのがやっとわかった。なんとも迫力があってハラハラするなあ。
 なんて思っていると、いつのまにか隣の丸井くんはお肉の入った皿を私に託して、新しい皿にコンロの肉を回収しまくっているところだった。
 そして今度は、ギリギリと彼を睨みつける真田くんを一瞥もせずまっすぐ戻ってきた。
「ほら、焼きたて。熱いの美味いぜ」
「うん、ありがと」
 美味しいんだけど、ハラハラするなー。
 あの真田くんの怒りには、もしかしたら私も一枚かんでいるのかと思うと一層ハラハラする。
「俺、こういうのぜってー食いっぱぐれねーから。天才的だろぃ?」
 彼はまったくペースを落とさずにもぐもぐとお肉を食べながら本当に嬉しそうに言うのだ。
 
 楽しそうだなあ。
 美味しそうだなあ。

 そんな彼を見てると、それまでハラハラのしどおしだった私もおかしくなってクスクス笑ってしまう。



 彼はまた私をフルネームで呼んだ。

「お前、心配性だろ」

 今更言われるまでもなく、わかってると思うけど。
 私は黙ってうなずいた。

「こんなメンツだったら、他の奴に関わるとろくな事ないぜ。うっかり幸村と目が合ったりしたら一曲歌わされて半笑いされるかもしんねー。真田にとっちゃ、きっとお前はもう俺の共犯者だ。柳に近づいたりしたら、どんだけ肉を食ってんのかしっかりカウントされちまう。柳生の傍にいたって、あいつは女子にまんべんなく肉を配るからたらふくは食えねー。赤也はあの調子ではしゃいでコンロをひっくりかえしたりするかもしんねーから問題外。ジャッカルなんかに声かけたりした日にゃ、あいつのバタバタに巻き込まれちまう。仁王は口先で上手いこと言って、自分が食ってばかりだ。俺と一緒にいるのが、一番安心して肉がたらふく食えるぜぃ」

 なんだか不思議。

 私はほとんど座ってただけなのに、まるで猛獣が番をしている宝物を奪い取って来るような冒険をした後みたい(この場合、猛獣=真田くん、宝物=お肉、なんだけどね)。
 ハラハラしたけど、ドキドキする。
 そのドキドキってのは、いつもみたいに心配で胃がキリキリするようなのじゃなくて、ちょっとワクワクするような感じ。

 この場合、丸井くんはシンドバッドだろうか? トム・ソーヤーだろうか?
 まあどっちでもいいんだけど、とにかくどうやら今回は私がその相棒を務めなければならないようだ。

 肉と野菜をたらふく食べた彼は、ほら次は一旦デザートを頂いて来ようぜぃ、と新たな航海に向けて羅針盤を示すように、私にクーラーボックスを指差すのだった。
 冒険の序盤から、私は既に満腹気味ではあったけれど、不思議とワクワク感だけはどんどんと天井知らずに高まってゆく。

2002.9.20




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