こんな日がやってくるなんて。
私は激しく興奮して、落ち着かない。
落ち着かないのも当たり前。
だって、立海テニス部レギュラー陣と合コンなんだもの!
立海テニス部レギュラーだよ!?
私は感動でクラクラしそうになりながら、豪華メンバーがうろつくバーベキュー会場を見渡した。
見渡せばそこに、真田くんがいる。幸村くんがいる。丸井くんがいる。とにかくレギュラーメンバー全員が肉とか野菜とか食べまくってるんだから。
企画してくれた千鶴に感謝!
私はお肉を食べる前から胸が一杯だった。
けれど例えて言うなら、宝くじで何億円も当たってどうやって何に使ったら良いのかわからないみたいな感じだろうか(勿論体験した事はないけれど)。
私は豪華な合コン相手のメンバーを前に、もう何からどうしていいのかさっぱりわからなくなっているのだった。
「や、柳くん!」
デジカメを握り締めて、私は叫んだ。
「どうした、」
相変わらず目を細めて、笑ってるんだかなんだかよくわからない表情の柳くんが、ぱりぱりと生のキャベツをかじりながら振り返った。
柳くんは一年の時から同じクラスで、男テニで唯一私がまともにしゃべれる子なのだ。
「ほら、あの、せっかくの機会だから男テニの子と一緒に写真撮っておきたいの。私、皆とあまり面識ないからさ、柳くん、一緒に行って写真撮ってくれないかなあ?」
私がカメラを振り回しながら必死に言うと、柳くんは目を細めたままおかしそうに笑った。
「ああ、構わない。誰から行くんだ?」
「ええと、真田くん!」
私が迷わずに言うと、柳くんは意外そうにかすかに首をかしげた。
「ほう、真田が第一希望の目当てなのか?」
私は顔を熱くして首をぶんぶんと小さく振る。
「そういうわけじゃないんだけど、なんていうか、ほら難しそうなところから行っておこうと思って」
こういうの、私のクセ。
テストなんかでも難しそうな問題から先にやって時間くっちゃってダメなタイプ。
でも、そういうのを先にしないと落ち着かない。
今回も一緒に写真を撮ってもらうなんて、ちょっとなかなか言い出しづらい真田くんをなんとかクリアしておかないときっと後が落ち着かないだろう。
そんな私の気持ちを察したのか、柳くんはまたくすっと笑った。
「そうだな、じゃあ行くか」
さっと歩き出す柳くんの後ろを、私は慌てて追いかけた。
「弦一郎」
真田くんはバーベキューコンロの前で難しい顔をして網の上の肉の焼け具合を睨んでいた。柳くんの声ではっと顔を上げる。
「何だ、蓮二」
一瞬顔を上げて柳くんを見るけれど、視線はまた網の上の肉に戻った。
よっぽど焼け具合が気になるのだろう。もしくは、誰かに持っていかれないか全力で見張っているのか。
「彼女、同じクラスのというんだが、ちょっと一緒に写真を撮らせてもらえないか?」
私が渡したデジカメを掲げて、柳くんは柔らかく言った。
「……ああ、かまわん」
真田くんはちらりと私を見て、意外にあっさりと答えた。
私はぺこりと頭を下げると、ささ、と真田くんの隣りにちょこんと立つ。
真田くんは近くで見ると、背が高いというだけじゃなくてなんとも迫力があって本当に大きく見える。大人っぽいというだけじゃなくて、なんだろう。やっぱりすごいなあ、と私は圧倒されてしまった。
真田くんは網の肉を横目で見つつも、柳くんの構えたカメラを睨み、撮り終えたと思いきや視線はまたお肉にくぎ付けだった。
あっさりOKしてくれたのは、きっと肉を焼く事にさっさと集中したいからだろうと容易に想像できる。
「……真田くん、お肉、好きなの?」
私がおそるおそる尋ねると、彼は、ああ、とだけ答えて網の上の肉をトングで丁寧に裏返した。
質問するまでもない事だったなあ。
「あの、どうもありがとう」
お礼を言うとまた、ああ、とだけ言って網の上の肉を睨みつけていた。
カメラを持った柳くんと、私はそっとコンロを離れた。
デジカメの画面を見せてもらうと、眉間にシワを寄せた真田くんと私。写真の中の真田くんは、まるで幽体離脱してコンロの肉を睨んでいそうな雰囲気だった。よっぽど肉が好きなんだなあ。
「真田くんてさ、やっぱり長男なのかな? 弟とかいそうだよね」
私は少し緊張がとけて柳くんに聞いてみた。
「弦一郎は次男だ。兄がいる」
「へえ、真田くんがお兄さんって感じなのにねえ。末っ子なんだ」
私はちょっと意外で思わず笑った。いつもお兄さんにお肉取られちゃってて、あんな風なのかな?
画面の中の難しい顔をした真田くんを見つめながら、私はなかなか笑いが止まらない。
「……、うれしそうだな」
「うん、だって真田くんと写真撮るなんてね、なかなか機会ないよ」
私が笑って言うと、柳くんも満足そうに頷いた。
とにかく真田くんと写真を撮るという大仕事をやり終えたのだ。
私はふううっと大きく深呼吸をした。
周りでは、今回の幹事の千鶴や実働部隊の恭子が忙しく動き回っている。
私の一仕事の間に、二仕事や三仕事くらいやり終えていそうだ。いや、実際の働きという意味で。今回は私は舞い上がっちゃって役立たずだろうと、たいした役割もなくこんな風に楽しませてもらっている。
「、ちゃんと肉、食べてる!?」
そんな私に、千鶴が追加の肉を運びながら声をかけてくれた。
「うん? もうちょっと落ち着いてから食べる」
「こいつら、めっちゃ食うからなくなっちゃうよ!」
そう言いながら忙しそうにコンロの周りに食べ物を運んでいた。
私と違ってしっかりしてるなあ。
「、次は誰と写真を撮るんだ?」
一瞬ぼけーっとしていた私に、柳くんが声をかける。
「あっ、うん、ええとそうだなあ……、ええと……」
そんな風に、柳くんの助けで私は次々と立海レギュラー陣と記念写真を撮って行った。
真田くんは恐そうだったけど、他の人はみんな意外とフレンドリーで、お肉を食べてご機嫌なのか快く写真を撮らせてもらえた。
改めて間近で見るとみんな、すごくかっこいい!
私は彼らと面と向かうと緊張しちゃってなかなかしゃべれないんだけど、一緒に写真を撮って浮かれた後に、柳くんに彼らの事を尋ねるとホントいろいろ教えてくれる。
「ジャッカルくんて、身長どれくらいなの?」
「178センチだ。筋肉質だからもっと高く見えるだろう」
「そうだねえ。柳生くんもそれくらい?」
「そうだな、柳生は177センチだ。ただ、体重がジャッカルより5キロほど少ない」
「そうなんだ、結構ほっそりしてるもんねぇ。柳生くんて、お姉さんいそうだよね?」
「いや、確か妹がいて、あいつは長男だ」
「あっ、妹がいるっていうのもイメージに合うなあ」
まあ、よくよく考えたら本人に聞いて話せば良い事なんだけど、どうしても柳くんに聞いてしまう。柳くんは何でも知ってるし、話しやすいしから。
そんな訳で、私は写真とともに立海レギュラー陣のデータをかなり掌握してご満悦だ。
満足したら、緊張と気合が解けたのかようやくお腹が減ってきた。
「あ、柳くんごめん、つきあわせちゃって。あんまり食べてないでしょ? お肉、食べよっか」
「ああ、そうだな」
私はカメラを仕舞うと、紙皿と割り箸を持ってコンロの前に行った。
千鶴が用意してくれたお肉は、上手い具合に焼けていて、タレを入れた皿に取って食べるとすごく美味しかった。
「おいしー! このお肉、めっちゃ柔らかいよ! タレもすごくおいしー!」
私がもごもごと頬ばりながら言って柳くんを見ると、柳くんはテーブルのボウルに入っている大根おろしを皿に取ってポン酢をたらしていた。そしてそれをたっぷりと肉にのせると美味しそうに口に入れる。
「あー、それも美味しそうー」
「ああ、美味いぞ」
私と違ってお行儀よく、きっちりと噛んで飲み込んでから柳くんは満足そうに言う。
「柳くん、大根おろしどうだった?」
傍を通った千鶴が声をかける。
「ああ、程よく辛みがあってみずみずしくて肉に合う。さっぱりしていていいな」
「そうでしょう。きっと柳くんはそういうのが好きだからって、柳生くんが用意するように言ってくれたの。あ、大根をおろしてくれたのはジャッカルだけどね」
私はジャッカルくんがあの屈強な腕で一生懸命大根をおろすところを想像しておかしかった。結構な量の大根おろしだから、大変だっただろうなあ。
そのきめ細かな大根おろしを私もありがたく頂戴して、肉に包んで食べてみた。
うん、タレで食べるのとはまた違って、さっぱりしてて本当に美味しい。
もう、どれだけでも食べられそうだなあ。
「……しかしは美味そうに食べるな」
「だって、美味しいもん」
私はホイルにのせて焼いた長イモに軽く塩コショウをして、あつつと言いながらかじる。
うん、これもほくほくしてて美味しい。
きっとニンニクもホイルに包んで焼いたら美味しいだろうな。
あ、でも合コンでニンニクはちょっと、アレか。
ああ、そういえばこれは合コンだったんだ。
合コン……。
私ははたと原点に戻った。
考えつつも、もぐもぐと口は動いているのだけど。
果たして合コンって、こうして一緒に写真を撮ったり、食べたりする以外に何をどう満喫したらいいんだろう。浮かれた気分だけはマンマンなんだけど。
浮かれて気負って張り切って来たものの、実際に合コンに臨むとなると難しいものだ。
私は焼けた肉を皿に取りながら、改めて考えてしまった。
「……どうした、難しい顔をして。肉のスジでも歯に挟まったか?」
柳くんは珍しく卑近な事を言って私の顔をのぞきこんだ。
「ううん、ここのお肉にスジなんかないよ。いや、なんかね改めて、合コンってどう楽しんだらいいのかなーって、ちょっと考えちゃってね」
考えていた事をそのままに言うと、柳くんは何をいまさら、というように笑う。
「目当ての異性と親睦を深める事だろう」
そして、ものすごく当たり前のストレートな正解をさらりと言う。
「そりゃあそうだね。結構写真は撮りまくったし、ちょっとは皆と話したし、一緒にお肉も食べたし……。後はどうすればいいかなー……」
私はせっかくのこの豪華メンバーとのパラダイスな時間を、どう満喫したらよいのか必死で頭をひねった。
「……あと、誰と写真を撮っていない?」
そんな私に、柳くんが静かに尋ねる。
「ええと、真田くん撮ったでしょ、幸村くん撮ったでしょ、柳生くん撮ったでしょ、仁王くん、丸井くん、ジャッカルくん、切原くん、撮ったでしょ……」
私はデジカメのデータをにやにやしながら見て数えていった。
「あ……」
私は顔を上げた。
「あと、柳くん」
まだ、柳くんと写真を撮っていなかった。
私がそう言うと、柳くんは笑っていつも細めている目をゆっくり開いた。
柳くんは穏やかで親切なんだけど、ちょっと何を考えているかわからないところがある。
でも、かすかに見えたその目は、鋭いけれど結構優しいんだなあと私はしばし見ほれてしまった。
「ええと、柳くん、一緒に写真、撮ろう」
そう言いつつも、私は急に照れくさくなってしまって彼から目をそらし、誰かカメラマンになってくれる人はいないか周りを見渡した。
すると柳くんは私の手からカメラを奪い取る。
「セルフタイマーで撮れば良い」
彼はそう言って、庭の灯篭の平らな部分にカメラを置くと画面を覗いて確認する。
「、もう少し右に寄れ」
言われた通りにちょこちょこと移動すると、柳くんは私が自分でもやり方を分からないセルフタイマーを器用に設定をして、すばやく私の隣りにやってきた。
チカッと赤いライトが点滅して、シャッターが切られた。
柳くんはカメラを取ってきて、私に見せてくれた。
「これでどうだ?」
液晶画面には、少々緊張した顔の私と、私の背に合わせてかがんでくれている柳くんが映っていた。
私って、柳くんといるときいつもこんなに緊張した顔してたかな?
やけに面映い気持ちでじっとその画面を見つめていると、柳くんの声が頭上からかぶさる。
「俺の事はいろいろ聞かないのか?」
私がはっとして彼を見上げると、またあの細めた目で、何を考えているのかわからない。
からかっているのか、何なのか。
「うーん……柳くんの事は……身長とか家族の事とか知らないけど……」
上手く言えないけれど、私は柳くんの事をそんなには知らないけれど、でも、知っているような気がする。
何を知ってるのだろう?
私は柳くんみたいに目を閉じて、そして考えてみた。
朝、教室で会って挨拶をした時にどんな顔して、どんな口調で挨拶を返してくれるのか。
困った時に頼みごとをして、どんな風に助けてくれるのか。
真剣に授業を受けている時にどんな顔をしているのか。
そして、チームメイトたちとどんな風に話すのか。
言葉では上手く言えないんだけれど、柳くんのピリリと厳しくてそれでいて余裕があって大きなところを、私はよく知っている。
それは柳くんが記しているデータのように、自分のノートに書きとめる事はできないけれど、とにかく知っているのだ。
今日レギュラーメンバーの子たちのいろんなデータを沢山聞いて知ったけれど、きっとそれとはちょっと違う。
私は柳くんを実感している。
あえて言うならそんな言葉がぴったりなのだけれど、勿論私はそんな事、照れくさくて言えなくて柳くんの細めた目をじっと見るばかり。
「うーん、柳くんには、あれこれ聞かなくてもいいや」
私はそれだけを答えた。
すると柳くんは、またその鋭い目を開いて少し笑った。
「そうだな。聞いて分かるようなデータは、大抵どうでもいい事ばかりだ」
そう、そういう事が言いたかったの。さすが柳くん頭いいな。
聞いて知らないといけない事も沢山あるけれど、自分で感じ取らないといけない事の方がきっと多い。
柳くんはあのデータの詰まったノートを埋めるために、そういうアンテナを常に張り巡らせているのだろう。
私もちょっとアンテナを高く立ててみよう。
とりあえず私のそのアンテナは、きっと柳くんは大根おろしをおかわりしたいに違いないと察知し、私は彼の皿にたっぷりと大根おろしを入れてあげた。
彼の満足そうな顔からすると、私のアンテナも捨てたものじゃないと思う。
2007.9.14