立海 DE 合コン〜Boy MEAT Girl〜


真田弦一郎の場合


「バカもん! 何をやっとるか、たわけ者め! たるんどる!」

 仁王と連れ立ってバーベキュー会場に入った俺は、思わず叫んだ。
 木々に囲まれた広い中庭に設置されたコンロで、赤也が肉を焼くための炭に火をつけようとしているのだが、まるで子供の火遊びだ。
 全くなっていない。
 俺は鞄を放り出して赤也から道具を奪うと、さっさと火を起こしはじめた。
 肝心なのは、空気の送り方なのだ。
 汗ばむほどに、思い切りうちわであおがねばならないのだ。
「ジャッカル! 来てくれ! 赤也では話にならん!」
 トーチで炭をあぶり、ジャッカルにあおがせてようやく赤々と炭に火がついた。
 二箇所あるコンロの炭全てに着火して俺が満足しているところ、幸村に呼びつけられて歌まで唄わされるという、なんともせわしない会合だ。
 しかし丁度俺が歌い終わった頃に肉が焼け、部活の後で腹が減っていた俺は早速肉にありついた。
 焼肉屋を経営しているというチアリーダー部部長の家の提供の肉だけあって、唸る程に美味く、俺は手近にあった焼けた分の肉をすっかり食べてしまった。
 空腹が若干おさまって落ち着くと、俺ははたと周りを見渡した。
 確かに仁王は、チアリーダー部部長とその友達が来ると言っていた。
 見慣れぬ女子が大勢いる。
 見慣れぬといっても、同じ学校の生徒で概ね顔は見知っているのだが……。
 そういえば先ほど俺が歌う時にウクレレを弾いていた女は、丸井やジャッカルと同じクラスの奴だったと記憶している。
 我がテニス部のレギュラーメンバーとほぼ同数の女子生徒がおり、少々不慣れな雰囲気ではあるが、チアリーダー部部長主催のバーベキューであり致し方ない。
 それに、確かに肉が美味い。
 俺はトングを使って、網にどんどんと肉をのせていった。

「ちょっと真田くん! そんなにむやみに沢山肉をのせたらダメじゃない。食べる分、少しずつ焼かないとせっかくの美味しいお肉が焦げてかたくなっちゃうでしょ」

 俺の背後から非難めいた声がした。
 振り返ると、そこにはよく見知った顔。
 隣りのクラスのクラス委員のだった。
 ここにいる女子生徒の中でただ一人、制服姿の奴だ。

「……これくらい、こいつらがあっという間に食う。問題はない」

 俺はムッとした顔で答えた。
 
「それにそんなに肉ばかりどんどん焼かないで、野菜も交互に焼いたらいいじゃない。たまねぎなんか、焼けるのに時間かかるし。幸村くんが食べたいからって、魚のホイル焼きもあるんだから、そんなに肉でスペースをとらないで」

 はそう言いながら、せっかく俺が火の強いところにのせた肉を端っこに追いやり野菜や魚を包んだホイルをのせる。
 俺は自分の眉間にしわが刻まれてゆくのが分かる。
 彼女とは委員会の会議などで比較的顔を合わせる事が多く、真面目で筋の通った事を言う奴なのだが、俺はこのが苦手だった。
 間違っていたり筋の通っていない事ならば、『何を言っている!』と一喝すれば済む事なのだが、彼女にはそういうわけにいかないからだ。

 俺は不機嫌な顔のままで、が網にのせた野菜をみつめた。

「……キャベツならもう食べて大丈夫よ」

「キャベツになど興味ない」

 網の上のチリチリと焼けた野菜を指して言う彼女に、俺は無愛想に答えた。
 俺のその様に、彼女も若干気分を害したような顔で俺を見る。

「……どうした、弦一郎」

 そこに柳蓮二がやってきた。
 奴は穏やかな表情でキャベツを皿に取り、タレもつけずに美味そうにぱりぱりと食す。

「いや俺は肉を焼きたいんだがな、蓮二。が、野菜を焼けと言って邪魔をするのだ」
「だって、柳くん。肉と野菜はバランス良く焼いた方が良いに決まってるじゃない。ねえ?」
 
 俺が言うと、も負けじと蓮二にまくしたてるのだった。

「それは理屈ではそうかもしれん。しかし、俺は今は肉が食いたいのだ。まったくは普段からそうだが、融通の利かん奴だな」

 俺が言うと、蓮二はクスッと笑った。
「自分を見ているようだろう? 弦一郎」
 奴の言葉に憤慨した顔をするのは、俺もも同時だった。
「俺はこんな風ではない!」
「私は真田くんみたいにガッチガチじゃないわ!」
 俺たちの抗議に、蓮二はくくくと笑うだけで網の上のキャベツをきれいに自分の皿に取るとその場を去った。
 俺はそのキャベツがなくなったスペースに、さっと肉をのせる。
 はめざとくそれを見ていたが、肉→野菜→肉、で次は肉の番だ。文句はなかろう。
 俺は勝ち誇った顔でを見下ろす。
 さて、そろそろ先ほどのせた肉が焼ける頃だ。
 すわ、とに網の端っこに寄せられた肉に目をやると、それはちゃっかり丸井の皿に納まった後だった。
 俺が手塩にかけて育てた肉を! と思わず声を出しそうになるが、さすがにそれは大人気ないと省みて言葉をごくりとのみこむと心を落ち着けるために深呼吸をした。深呼吸をすると、肉の焼けた匂いだけが空しく鼻腔をくすぐり、腹立たしさが増すばかりだった。
 そしてその隙に、肉がなくなったスペースにはの手によってナスがのせられてしまった。うむ、確かに順番でいうと野菜の番ではあるが……。
 俺は思わずギリリと丸井を睨みつける。
 丸井は肉にたっぷりとタレをつけて、幸せそうにぱくついていた。

「真田、肉、うめーな!」

 俺の心中をまるで察しない丸井の一言に思わず爆発しそうになる。

「しかし真田、よく合コンなんてオッケーしたよな。グッジョブだぜぃ」

 丸井はもごもごと肉を頬張ったまま、ニコニコと笑って言った。

「なに!? 合コン!?」

 思わず俺が怒鳴ると、丸井の背後から仁王が額に手を当てて渋い顔をしつつも慌てて俺の傍に駆け寄ってきた。
 俺はキッと仁王を見た。

「仁王、どういう事だ!?」

「まあまあ、真田。そんなにでかい声出さんでもええじゃろ。とりあえず必勝祈願で肉を食おうって事と、同時にリーダーの友達と親睦を深めようっちゅうこっちゃ。そう深く考えなさんな。どうじゃ、気に入った女の子がおったら協力するぜよ」

「いかがわしい!」

 俺は仁王のとりなしにも構わずまた怒鳴った。
 背後からはウクレレの音が聴こえてくるが、構っている気分ではない。
 そして俺が目の前の網を見ると、肉はまた丸井に持っていかれたところであった。
 そのスペースには野菜がのる番だ。
 俺が歯軋りをせんばかりに、がのせるであろう野菜を恨みがましく睨みつけていると、彼女は野菜ではなく肉をのせるのだった。

「……丸井くんに持ってかれてばかりで、なかなか食べられないね、真田くん」

 俺が少々驚いた顔で彼女を見ると、はふっと目をそらして串の刺さったたまねぎを裏返した。

「うむ……」

 俺は今度は誰にも持っていかれぬように、目の前の肉をじっと穴があくほど見守りつづけた。裏返して、そして良い感じに火が通った頃、さっと自分の皿に取る。
 ほっと一息ついた。

「……、肉食えているか? 少し食うか?」

 そして隣りのに言って、彼女の皿に肉をのせた。
 今度は彼女が驚いた顔で俺を見上げる。

「あ、ありがと」

 俺たちは黙ってもぐもぐと肉を食う。

「……美味しいね」
「うむ、美味い」

 俺たちは、肉を取って空いたスペースに、今度は肉と野菜を半分ずつのせた。
 俺ははっと再度を見た。
 今回のバーベキューが合コンだという事は、このもそういう目的で来たのだろうか。つまり、このメンバーの誰かを……。
 俺は肉を裏返しながら彼女をちらちらと見た。
「……ところで。お前は今回のような……ご……合コンとやらによく参加するのか?」
 は肉をもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、ゆっくりとウーロン茶を飲んだ。
「ううん。今回たまたま。千鶴に誘われて、人数合わせみたいなものよ」
 彼女はさらりと言って、ほどよく焼けたナスを皿にのせる。
 俺はどうしてだかほっとする。
「そうか、誰か目当ての奴はおらんのか」
「真田くんこそ」
 俺たちはしばし黙ったまま、それぞれに肉やら野菜やらを口にする。
 周りではバーベキューコンロを囲んで、チアリーダー部部長の友達もレギュラーメンバーたちもそれぞれに賑やかに騒いでいた。
「……まあ、いろいろキョーミないわけじゃないけど、こういうの、なんていうかね……ちょっと苦手っていうか……」
「うむ、わからんでもない」
 俺たちは初めて意見が一致した。
「……ま、でもせっかくこうやって集まってるんだし。真田くん、誰か話したいコいないの?」
「いや、特には……」
 俺は空になった皿を持って、まだ焼けていない肉や野菜をみつめて手持ち無沙汰な思いでうつむいた。
「あ、ほら、そこで野点をやってる野梨子なんかどう? 話しかけてみた?」
 が指す方には、緋毛氈を敷いて野点の準備をしている桜色の小紋をまとった女。
 きりりと整った顔の女子生徒だった。確か、茶道部の部長だ。
「いや、その、茶は飲みたいが、話しかけづらそうだしな」
 俺はうつむいたまま言う。
「あ、じゃあ一服いただきに行こうよ。きれいでしょ、彼女。話しかけづらそうだけど、実際話しても無愛想だからびっくりしないでね。でも大丈夫だから」
 フォローになっていない彼女の言葉に若干気後れしながらも、俺はとともに緋毛氈の敷いてあるところまで行った。
「野梨子、一服お願いね!」
 が言うと、彼女は茶碗を二つ用意する。
「……私、まだお肉食べてないのよね」
 茶道部の女は静かに言った。
「あ、そうだよね、着物じゃコンロに近づきにくいし。ほら、これ、食べて!」
 が自分の皿を差し出すと、彼女は小さな口で上品に肉とナスを食した。
「……うん、美味しい」
 そう言ってちらり、と俺の空の皿を見た。自分は何も持ってこなかったのか、と言わんばかりだ。
「す、すまん、俺は何も持って来なかった」
 俺はつい気後れして口走ってしまう。
「いいわ、次の機会で」
 彼女はさらりと言うと、慣れた手つきで茶を点てはじめた。
 さすがに茶道部の部長だけあって、見事な所作だった。
 きめこまやかに点てられた茶を俺とは作法に従っていただく。
 きりりとのどをぬけるような、美味い茶だった。
 俺は思わず、美味い、とつぶやく。
 が、彼女は特に表情も変えない。
 しばし俺とと茶道部部長でだまって空になった茶碗を前にしているのだが、何も話す事がなく、俺は『結構な点前であった』と言ってその場を辞した。
 振り返ると、彼女は通りかかったジャッカルに茶碗を手渡し洗いに行かせている。
 どうやら自分では一歩も動く気はないようだ。
「お茶、美味しかったね。野梨子、近くで見てもすっごくきれいでしょう」
「……うむ……まあそうだが……少々気難しいようだな」
「まあ、ちょっとだけね」
 は言いながら、火が通ってさぞ甘くなっているだろう玉ねぎを網から引き上げて美味そうに食していた。
「……は、どうなんだ。何かその、話をしてみたい奴はいないのか」
 彼女の顔を覗き込みながら俺が言うと、は少し困ったような表情をしてもぐもぐと玉ねぎを食べ続ける。
「うーん……そうね、ええと……丸井くんとか、かな」
「よし、丸井か!」
 俺は張り切って丸井を探した。
 いた。
 もう一つの方のバーベキューコンロにかぶりつきだ。
「行くぞ!」
 を促して丸井のところへ向かった。
「おい、丸井」
 声をかけると、丸井はコンロの上の肉と野菜をみつめながらカップケーキを頬張っているところだった。おそらくデザート用のものをフライングしているのだろう。
「おっ、真田。肉、食ってる? 俺もう、じゃんじゃん食えちゃうね」
 そう言いながらばくばくとカップケーキを平らげた。
 こいつはいつもこうなのだ。

 しょっぱいもの→甘いもの→しょっぱいもの→甘いもの∞エンドレス

 だ。
「ああ、食っている。それより、がお前と……」
 俺がそう言ってを振り返ると、彼女は青い顔をしていた。
「おい、……」
 声をかけると、彼女はその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫か?」
 俺は驚いて彼女に手を貸すと、木陰に連れて行った。
「どうした、! 具合が悪いのか!」
「そういうわけじゃないんだけど……ちょっと焼肉食べながらケーキって……胸焼けしそうでキモチワルイ……」
 彼女は口元を押さえながら、うつむいてつぶやいた。
「……そうだな、丸井の食いっぷりは、見慣れている俺たちでも時々胸焼けがしそうになる。……しばらく休んでおけ」
 俺が言うと彼女はそのまま大人しく座っていた。
 俺もなんとはなしに、そのままハナミズキの木の下で彼女の隣りに座る。
「……肉、なくなっちゃうよ」
 彼女は俺に言った。
「あ、いや、食ってるのを見るとお前が気分悪くなるかと思ってな」
「別に普通に食べてる分には大丈夫だよ。……それに真田くん、別にここにいなくてもいいのに」
「……それもそうだな」
 俺は立ち上がってバーベキューコンロに向かった。
 丁度上手い具合に焼けた肉があって、存分にそれを皿に取った。
 少し思案して、結局の座っているハナミズキの下に戻った。
「……座ってゆっくり食いたくてな」
 聞かれてもいないのに俺はそう言いながら、肉を食う。
 筋もなく程よい歯ごたえの柔らかい肉は、本当に美味かった。
もしっかり食え。こいつをな……」
 俺はもうひとつの皿に持ってきた大根おろしを肉で包んで箸でつまむと、の前にぐっと差し出した。
「こうやって食うと、さっぱりして結構いけるぞ。しっかり食わんから、ふらふらしたりする。たるんどる!」
 は目を丸くして俺を見上げてしばらくそのままでいると、くっと笑った。
 そして、俺の箸の肉に唇を寄せるとそのままぱくりと食べてしまった。
 俺はに肉を食われた後の箸をそのままバカみたいに差し出したまま、ついついじっと彼女がもぐもぐと大根おろし添えの肉を食うのを見ていた。
 それまでみたいにちまちまとじゃなく、ぱくりと一口で、本当に美味そうに食っていた。
「……うん、美味しい。柳くんがこういうの好きらしいって柳生くんが言って、大根おろし用意したみたいなんだけど、美味しいね、正解だった」
 そして彼女は満足そうに言う。
 俺はなぜだかやけに照れくさい気分になりながら、その箸で同じように大根おろしを包んだ肉を口にした。
 うむ、美味い。
 そうやって食う俺を、今度はが嬉しそうに見ていた。
「そうそう、真田くん、歌が結構上手いんだね。『君といつまでも』」
「あ、ああ、そうか? まあな」
 俺は更に照れくさくなって、黙々と肉を食い続ける。
「バーベキュー終ったらさ」
「うむ?」
「みんなで、校歌を歌わない? 学校の同級生同士のイベントなんだから、やっぱり締めくくりは校歌よね」
 俺は皿を置いて、ぐっと背筋を伸ばした。
「うむ、賛成だ。是非、校歌は歌うべきだな!」
 この、如何ともとらえがたい会合が最後は校歌で締めくくられる事を頭に思い描くと、俺はやけに頭がすっきりするような気がした。
 隣りでくすくす笑うも同じ思いなのだろう。
 俺たちはどちらともなく、小さな声で校歌を歌いながらハナミズキの下で笑いあった。

2007.9.13




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