立海 DE 合コン〜Boy MEAT Girl〜


仁王雅治の場合


 夏を予感させるような力強い雲の浮かぶ午後の陽射しの下、俺はゆっくりと肉を食いながらバーベキュー会場を見渡した。
 広々としたリーダーの家の庭で、後半戦になり肉の争奪戦に関しては若干の落ち着きを見せてきたメンバーだが、いまだワイワイと食ったりしゃべったり盛り上がっているところだ。

 なかなかに悪くない。

 炭火を使って外で肉や野菜を焼いてワーワー言いながら食うなんてのは、結構新鮮で盛り上がるし、可愛らしい女の子達がそうやってキャッキャとしているのに混じってウチのメンバーが肉を食ってるなんてのも、なかなかに見ものだ。
 それにリーダー……がなんやかんや言いながら生き生きと動き回っているのも面白い。
 ジャッカルや赤也を叱り付けながらもきりきりと周りを仕切りながら動いている彼女は、本領発揮といったところだろう。今回の幹事であり、このバーベキューの材料と場所を提供してくれた焼肉屋の娘は、いつも試合会場の応援席で全力でボンボンを振っているように今回も全力で、全員を満腹にさせようとしていた。
 俺はそれを見ているだけでいつも彼女の応援を受ける時のように元気が出てくるし、おそらく彼女が元気付けたいと言っていた友人も、そして幸村も、同じなのではないかと思う。
 それにしても、まるで動くのをやめると死んでしまう種類の動物なのではないか、というくらいに彼女の動きはめまぐるしい。
 同じ幹事という立場ながらも要領よく食い物だけは確保してのんびりしている俺は、少々呆れながらも彼女の働きっぷりを眺めていた。
 と、彼女の動きが不意に止まるのが目に付いた。
 なにやら困ったようにうつむいている。
 俺はすぐに状況を察した。

「……ほら、こっちじゃろ」

 彼女の傍に駆け寄った俺は、ケヤキの裏手の池の傍へ彼女を引っ張って行った。
 そこにある水道の蛇口をひねって水を出し、そして俺が自分のバッグから引っぱり出してきたジャージの上着を差し出した。
 リーダーは驚いた顔で俺を見上げる。

「早く洗わんと、落ちんぞ」

 彼女がキャミソールの上に着ていた薄い水色のシャツにべったりとこぼれたタレをさして、俺は言った。誰かが皿に取って置きっぱなしだったタレが思い切りひっかかったようなのだ。

「……ありがと」

 リーダーはそうつぶやくと、シャツを脱いで水にさらした。
 彼女の腕や肩は、いつも応援席でのユニフォーム姿で見慣れたものだったが、その滑らかな肌は一瞬俺の目を射る。けれど、すぐにその上には俺の差し出したジャージが羽織られ、まさにほんの一瞬だった。
 彼女はすぐにシャツについたタレを水道で洗った。

「ありがと、大丈夫みたい」

 再度礼を言うと、俺を振りかえって笑った。

「……ちょいと落ち着いたか?」

 俺は会場をクイとアゴでさして尋ねた。

「うん、まあね。みんな、それなりにお肉食べらてるみたいだし。さっき、ブン太がフライングで食べちゃった分のデザートは柳生くんが買い足しに行ってくれたし、これでちょっとはゆっくりできそう」

 リーダーはそう言って振り返り、深呼吸をした。

「……仁王、そういえば大人しかったねぇ。どこにいたのか、ずっとわかんないくらいだったよ」
「俺はこういう場であんまりはしゃぐタイプと違うしのぅ」
「そうだね、ひっそりちゃっかり上手くやるタイプだもんねぇ」
 彼女はくすくすと笑った。
「おう、さすがよくわかっちょる」
 俺はそう言うと、リーダーの背中を押して、池の前の石のベンチに座らせた。
「何?」
「ちょっと座って、休みんしゃい」
 俺はそう言って、一旦会場に向かって肉と野菜を盛った皿を手にし、彼女の隣に戻った。

「あっち、見ちょったら何やら手を出したくなるじゃろ。ちょっとの間、背中向けて食うとけ」

 そう言って皿を差し出すと、彼女は少し意外そうにそれを受け取ってまた笑った。
「ありがと。……せっかく合コンなんだから、私にこんなに親切してないで他の子としゃべったらいいのに」
 言いつつも美味そうにキャベツをかじった。
「十分、目の保養をさせてもろた。俺は別に合コンなんかじゃなくても、イイと思った女をモノにする手段なんかいくらでも知っちょるからええんじゃ」
「……確かにねえ」
 リーダーは俺の言葉に納得したように、くくくと笑いながら箸を動かした。
「ま、こういう場で幹事なんざ、雑用で不戦敗みたいなもんじゃからな」
「なによ、仁王は幹事らしい事といえば、真田くんを連れてきた事くらいしかしてないじゃない」
「バーカ、それが一番の仕事じゃろ」
「まあね。あ、柳生くんとジャッカルくん、めっちゃ役に立ってる。ありがと、さすがの人選だね」
 彼女の言葉に、俺たちはまたクククと笑いあう。
「一年の頃から、ああいう役目っつったらあいつらじゃろ」
 チアリーダー部は、大概試合に同行するし、合宿で一緒になる事も多い。
 彼女はその間のいろんなバタバタした事を知っているから、多分思い浮かべたのは俺と同じような事だろう。そして、思い出し笑いをする。
「……私たちも三年生かー。全国大会も三回目だね」
 勿論その前に関東大会があるのだが、常勝立海大のチアリーダーとしては関東大会をクリアする事は当然の前提で話していた。勿論俺もそれに異存はなく、静かにうなずく。
「私が全国大会で応援をするのも、三回目か。また、勝てるといいな」
 今年優勝すれば、三連覇。
 彼女は三回目の優勝を目にする事になる。
「勝つに決まっちょる。これだけ肉を食ったしな」
 これからの試合の事を考えつつも、俺は一年のときからの事をふと思い出していた。
 今までの練習や試合。合宿。
 そういえば、合宿中『飯が少ないしマズい!』と腹を立ててるリーダーを俺がたしなめていたら、結局たしなめきれずに二人で脱走してリーダーの家に飯を食いに出た事があったな。そうそう、あの時の肉が美味かったのだ。
「ほんとに男の子って、お肉好きよねぇ」
 俺がそんな事を思い出していたと見透かすかのように、彼女はしみじみと言って笑うのだ。
 男の子は、焼肉が食べたいから私に近づいてくるのよね、なんてよく彼女は言うが、俺は知っている。みんな、照れくさくてなにから切り出したら良いかわからなくて、「焼肉食わしてくれよ」なんて言うだけなのだ。わかっているけれど、俺は彼女にそれは言わない。だってそんな事言ってしまったら、面白くなくなるからな。
 そんな事にまつわる、今までの彼女の男に関する愚痴を思い出してまた笑っていたら、彼女は不審そうに俺を見る。
「何よ?」
「いや、お前さん、損な性分じゃのぅと思ってな」
「え? 私が? ちょっと、どうしてよ?」
 彼女は憤慨したように言う。けど、またそれがおかしくて俺は笑ってしまう。
 損な性分というか、なんだろう。彼女は実際いい女で男からもモテるのに、いつも本当になかなか上手くいかない。それは、面倒見はいいのに気が強くて、そして若干鈍いからなのだけれど。
 勿論、そんな事を言うと彼女の怒りに火を注ぐことになるから、俺は言わない。それでも彼女は俺の言いたい事を薄々察してか、ムッとした顔で肉を食べはじめた。
「仁王はいいよね、トラブルも楽しむ方だから」
 これは彼女なりの精一杯のイヤミだろう。俺はそれには異論はなく、黙ってうなずいて隣で肉を食っていた。
「ま、今回はノートラブルでなかなか楽しいイベントになってよか」
 俺が言うと彼女は嬉しそうに笑った。
「仁王も楽しんでる? よかった。真田くんや幸村くんも、楽しいって思ってくれてるかなぁ」
「ああ、そりゃそうじゃろ。保証する」
「よかった。なんかねぇ、合コンとしてはどうなのかなーって途中でちょっと心配になっちゃったけど、まあ、皆が楽しいならいいか」
「お前さん、バタバタしててわからんかもしらんけど、みんなそれなりに楽しく話したりしちょるよ。安心しんしゃい」
 そう? と意外そうに言う彼女に、俺は自信たっぷりに言う。
「……そういえば今まで、遠征や合宿の時に、花火したり虫捕りに行ったり海行ったりいろいろしたけど、バーベキューって初めてだよねえ」
「そういやそうじゃな。あちこち、こっそり食いに出たりしたけどな」
 俺はまた思い出して笑う。
 一年の時に合宿を脱走してリーダー宅で飯を食って以来、俺と彼女は試合の帰りや合宿中、時々脱走して飯を食うのだ。なぜならば、俺と彼女は比較的味にうるさいという点で気が合うから。ブン太みたいに、とにかく口の中に何かを入れていれば良いという手合いとちょっと違うのだ。
 彼女もつられて笑った。
「最初は、なんちゅう食いしん坊な女じゃ思うたけど、確かに美味くないモン食うのはかなわんからな」
「そうでしょう?」
 リーダーは得意げに言って大きくうなずく。
「おう。今日の肉も美味い」
「外で食べるのもね。なんか、こんな風に初めての事するのって、ワクワクして楽しい。……なんだかんだ言って部活で一緒になる事も多いし、脱走食をはじめとして仁王とはいろいろしてきたなあ。ねえ?」
 早くも中学生活を振り返るようにしみじみと言う彼女を、俺はじっと見て箸を置いた。
「そうじゃな。キスとセックス以外は」
 静かに言う俺を、リーダーは皿と箸を持ったまま目を丸くして見つめる。
 洗って絞って木の枝に干していたリーダーのシャツが、風に吹かれて地面に落ちた。
 俺は立ち上がってそれを拾い、もう一度木の枝にひっかける。
「……何か……言わんかい」
 彼女はもぐもぐと肉を食い続けていた。
 俺は知っている。彼女は照れている時、ひたすらもぐもぐと食い続けるのだ。
「……だって、今更ねぇ……」
「俺じゃ、イヤか」
 対する俺は、照れていないフリなどお手の物だ。変わらぬ調子で続けてやった。
 気持ちの揺れを隠す事の得意でない彼女はひたすら食い続けるのだが、ついに皿は空になった。
「……今更、恥ずかしいじゃない……」
 そしてそう言うと箸を握り締めてうつむくのだった。
「そんなもん、俺だってそうじゃ。お前には、俺のバカみたいな修羅場も知られちょるし、お前の一瞬で終わった熱い恋なんかも知っちょる。けど、お互いまだまだ知らん事もあるじゃろ。教えてくれや」
 彼女の顔を覗き込むと、少し眉間にしわをよせた怒ったような顔。
 ああ、これも知ってる。
 ものすごく照れた時の顔だ。
「……なんか仁王が言うとヤラシイなァ」
 俺は声を上げて笑うと、若干行儀悪く彼女と俺の間に置かれた空の紙皿を地面に落とした。そして俺のダブダブのジャージの上から、彼女の腰に手を回してぐっと傍に寄せる。
「しばらく仕事ないじゃろ。バーベキュー終わるまで、ここにおれや、なあ?」
 彼女の耳元でささやいて、そしてその少し下の首筋にそっと口付けた。
 初めて体感する彼女の身体の熱に気持ちは昂ぶるけれど、でもまるでずっと前から何度もこうしていたような感じ。やっと家に帰ってきたようなしっくりくる感じ。
 きっと彼女も同じ気持ちだという確信だけは不思議とゆるがなくて俺が唇を重ねようとすると、彼女は両手で俺の頬をするりとなでて立ち上がった。
「まだダメよ、ヤキソバがあるの」
「はァ?」
 俺の両手を腰にからめたまま、彼女は笑った。
 俺は水道の横の道具置き場から、鉄板を引っぱり出さされる。
 会場に向かって歩く俺と彼女の手の間には、クソ重い鉄板。
 二人で鉄板を持ってバーベキュー会場に戻ると、おお〜ヤキソバ〜! という歓声が拍手とともに上がる。
 は手にした巨大ターナーをケーキ入刀のナイフばりに振り上げて、歓声に応えるのだった。

2007.9.21




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