水と緑と骸骨と(13

 

 次元大介は最悪の気分でロッジの扉を開けた。

 湖から脱出した時のロッジを、ルパンと五右ェ門はそのままアジトとして使用していたのだ。

「どうだ、何かわかったか?」

 盗聴器の受信機をいじっていたルパンは首を横に振る。

「いんや、さすがにクロード坊やもお召しかえをされたのか、何にも聞こえねぇや」

「……さて、どうする次元」

 いつものように胡坐をかいて目を閉じた五右ェ門が静かに言う。

「……」

 次元は煙草をくわえるが、ライターがない事に気づいて、忌々しげに煙草を放り投げた。

「俺達が何も動かなければ、マリーは明日以降おそらく無事に解放されるだろう」

 落ち着いた口調で五右ェ門は続ける。

「ま、ヘッジズ・スカルは奴らのもんになっちまうんだろうけっどもな」

 ルパンの声を背に、次元はイライラしたように立ち上がって窓にもたれた。

 昨日、ジュネーブで初めて会った時のマリーの必死な目を思い出す。

 そしてさきほど彼女の部屋で、自分が偉そうに言った言葉を。

「……マリーは助け出す。そして、ヘッジズ・スカルも手に入れる。決まってるじゃねえか」

 ルパンは待ってましたとばかり不敵に笑った。

「よーし、そうとなったらバッチリ決めようぜ」

 

 旧アジトから回収してきたアストン・マーティンで三人はダニエル邸に向かう。

「日付が変わったらダニエル邸にお邪魔しま〜すってのは予定通りだ。

まちがいなくマリーはあそこにいる。奴らにしたら、俺達がこの件から手を引かねぇんだったら、一箇所におびき寄せて始末しちまわなきゃなんねぇからな」

「つまりマリーを助けに行く俺達を、てぐすね引いて待ってるってワケか」

 次元は助手席でリボルバーをカラカラと回しながらつぶやいた。

「しかも予告状が出てるからな。俺達があそこで死んでも、正当防衛でカタがつく。セッコイ事考えるよなァ」

「……お前ぇ達、降りてもいいんだぜ?もともと俺が引き受けた仕事だ」

 カチッとリボルバーをセットするとホルスターにしまった。

「オイオイ、今になってお宝と美女を一人占めしようたぁ、友達甲斐のないヤツだなぁ」

「……ケッ、好きにしろぃ。……五右ェ門は?」

 ついと後部座席を振り返る。

「俺も印象派は嫌いじゃないんでね」

 五右ェ門はあいかわらずの静かな口調で答えた。

「……物好きな奴らだぜ」

 煙草を一本くわえると、それをルパンの煙草にジュッとくっつけて火をつけ、煙を吐き出す。

 

 三人はダニエル・ブリルの屋敷の前に降り立つ。

 月明かりに照らされた荘厳な屋敷を見上げた。

「で、どこから入る?」

 すっかり短くなった煙草を靴でもみ消して、次元はつぶやく。

「お待ちされちゃってますからね、そりゃもう当然正面玄関からでショ」

「やはりそうくるか」

 草履の鼻緒をぐいぐいと確認しながら、五右ェ門は脇差を携えていた。

 おうおうやる気だねぇ、と次元は口笛を吹いてヒップホルスターから愛銃を抜く。

 すでにワルサーを手にしているルパンは二人を振り返ってから、あらためて屋敷を見上げる。

「さて、行きますか」

 

 日中に次元が入ったと同じ正面から三人は屋敷に入る。

 常夜灯がうっすらと灯っているだけの、静かな室内。使用人はすでに帰されているようだった。

 だが、数え切れない人の気配とむせかえるような殺気。

「来たぞ、ルパン!」

 五右ェ門は叫ぶと同時に、天井からナイフを突き立てて襲い掛かってくる男のみぞおちに、強烈な蹴りをお見舞いしてナイフを飛ばした。

 それを皮切りに途方もない数の刺客がルパンたちを取り囲む。

「オイオイオイ、どっから沸いて出た!」

 ナイフに銃に三節棍まで、様々な武器を持った男たちだった。

「統一感のない奴らだな!」

 次元は彼らの攻撃を巧みに避けながら、前進する。

 三人が向かうのは当然あの地下通路への入り口だ。

「あっちこっちから雇われたプロ、なんだ、ろ!」

 同じく攻撃を避けながらルパンが言う。

「キリがないぞ、ルパン!」

「ほいほい!」

 五右ェ門の叫びに応じてルパンはポケットから笛のようなものを出すと、ぷうっと吹いた。それは音が鳴り響くわけではなく、小さなシャボン玉が無数に飛び出してふわふわと浮かぶ。

 三人が身を伏せた瞬間、それはパンパンパンッと音を立てて爆発する。

 周りを囲んでいた男は顔を押さえ、叫び声を上げて散っていく。

「進むぜ!」

 その隙に三人は走った。

 が、刺客は行く手にどんどん現れる。

「有無を言わさずに殺る気のようだな」

 再度戦闘を強いられる。

室内の接近戦では銃は使いづらく、次元は奪い取った片手鎌で応戦していた。

 ふう、と一瞬呼吸をおくと、どこからともなく飛んできた鞭が体に巻きつき自由を奪われる。

「しまった……!」

 もがいていると、すぐさま五右ェ門の脇差がそれを切り裂く。

「油断だぞ、次元」

「すまね」

 やはり接近戦は五右ェ門の体術がモノを言うなと、頼もしく彼の戦いを見た。

 しかしシャボン玉で蹴散らしてもどんどん現れる刺客はまったくキリがなく、地下通路にたどりつく前に力尽きてしまいそうだった。

「おい、どうするよ、ルパン。俺ぁ、こういった人海戦術はキライなんだ」

「どうするったってなぁ……」

 三人は背中合わせに刺客たちと向き合っていた。

 その時、聞きなれた音が三人の耳に入る。わざとらしいくらいに高らかに鳴らしているパトカーの音。

 正面入り口の方から大きな音がして、その場にいた全員が一瞬そちらに気を取られる。

 馴染み深い、トラメガからのだみ声。

「ルパ〜ン!!ここにいるのはわかっておる!逮捕だ!!」

 いつにもまして芝居がかった銭形警部の声が屋敷中に鳴り響いた。

「……あいかわらず、は〜りきってやがんな〜」

 ルパンはニヤッと笑って、刺客の肩越しに、警官隊を引き連れた銭形警部を愛しそうに眺めた。

 屋敷の中の刺客の数にも負けず劣らずの警官隊が、銭形警部の指揮のもとものすごい勢いでなだれ込んでくる。あちらこちらで刺客と警官隊の乱闘が始まった。

 奥からさらにやってくる刺客たちと、入り口からの警官隊がちょうどルパンのいる辺りでぶつかった。

「ルパ〜ン!ど〜こだ〜!」

 あいかわらずの怒号をまきちらす銭形警部とルパンたちはちらりと目が合う。

 銭形警部は不機嫌そうな顔をして彼らから目をそらし、怒鳴り続けた。

 ぶつかり合う男たちの足元をぬって、三人は地下通路への扉を開ける。

「ふう……銭形に借りができたな」

 五右ェ門がつぶやく。

「なんのなんの、す〜ぐにお返しするさ。さ、ここからが本番だ」

 ルパンは、きゅ、とネクタイを締めなおし一歩一歩階段を降りていった。

 

 

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