水と緑と骸骨と(14)
地下の空気は上とはちがった張り詰め方をしていた。
五右ェ門は脇差から斬鉄剣に持ち替える。
階段を降りて、しんと静かな廊下に足を進めた。
と、その瞬間、両の壁から無数の鉄の槍が三人めがけて張り出してきた。
「うわ、うわ、うわ!」
ルパンがベルトのバックルからアンカーを天井に飛ばし、両手に次元・五右ェ門の襟首を掴んでぶら下がった。
「……なんとまあ、アナクロな……」
次元はうんざりしたようにつぶやいて、そうっとその槍に足をのせた。
「アナクロっちゃアナクロだけっども、破壊力はあるわなァ」
ぼろぼろになったジャケットの裾をうらめしそうに振り返る。
アンカーを外してひょいひょいと鉄槍をわたって廊下に降りた。
ルパンはそのまま立ち止まって、リズムを取るように靴を鳴らした。
「いるんだろ?俺達のお相手がさ。出て来いよ」
ルパンの靴音はバンドのパーカッションのようで、そしてセッションに一人ずつ加わるプレイヤーのように、男たちは闇から出て来た。
すらりと長身でいながら不似合いなまでの大きな剣を持つ男、いかにも逞しい筋肉をした重量級ボクサーのような男、そして不気味な笑いをたたえる小柄で猫背の男。
三人の男が無言でルパンたちを睨んでいた。
「さすがに上の階にいた方々とは、一味ちがいますこと〜」
彼らはルパンの軽口には答えず、さながらジャズのアドリブセッションのように、誰が合図をするわけもなく無言で向かってきた。
剣を持った男は五右ェ門に切りかかる。切りかかるというよりは、その重量感のある剣で殴りかかるといった方が適切か。斬鉄剣で応戦しながらも、びりびりとその重量で五右ェ門の骨をきしませるのが見ていてもわかった。
そして次元の頬の肉を、飛んできた何かがピシリと切り裂いた。
飛んできた方を見ると、浅黒い肌をしたたくましい男が次元を睨んでいた。
「お前さんが、俺の相手ってワケか」
頬をうっすらつたってくる血を、手でぬぐった。
次の瞬間、再び何か鋭い物が次元にピシピシと飛んできた。あわてて両手で防御する。
「……つぶてか!」
彼のスーツを切り裂いて、壁に当たって落ちるつぶてを足で蹴り、男を見た。
次元は銃を抜く。
「こっちも遠慮なくやらせてもらうぜ」
次元が銃を発砲すると、存外身の軽い彼は飛び上がってそれを避け、また次元につぶてを浴びせた。
「うっ」
再び両手で防御している隙に男は間合いをつめて、そしてとてつもない重い衝撃がボディに響いた。
「……やれやれだぜ」
脂汗を流しながら、笑うしかなかった。
ふと派手な音のする方を見た。
「あちゃちゃちゃちゃ!」
ルパンが踊りまわっていた。何をしているんだと思ってよく見ると、猫背の男はくちゃくちゃと口を動かしながらそこから何かを吐き出し、それはルパンの行く先々でパンパンと爆発をする。水分と反応するプラスチック爆弾か。ルパンはなんとか体に付着させるのは避けているものの、逃げる方向へ方向へとそれは仕掛けられ、それは爆発までの時間までも絶妙に計算されていて苦戦を強いられているようだった。
しかし他人の心配をしている場合ではない。
次元にはまたつぶてが浴びせられる。つぶては彼に銃を撃たせる隙も与えないし、顔をそらせばそのあとにヘビー級のパンチが襲い掛かるのは目に見えていた。今度は防御する腕の後ろから目をそらさず男に向かう。体を低くして、思い切りその腹に蹴りを入れた。男は一瞬ふらついてひるむが、またつぶてを飛ばす。
「けっ、丈夫な男だぜ」
後ずさりしていると、五右ェ門と背中合わせになる。
「……五右ェ門、そっちはどうなんだ?」
五右ェ門は肘を押さえながら肩で息をしていた。
「なかなか食えない男だ。あの刀、西洋の剣でたいした業物ではないのだが重量があるし、巧みな角度で打ってくるゆえ、なかなか斬鉄剣で切り捨てることができん」
次元はつぶてと拳に、五右衛門は重量級の刀にぎりりと追い詰められた。
それぞれの敵が二人に襲い掛かるその瞬間、次元と五右ェ門は身をよじる。
次元の銃から放たれた弾丸が男の剣を粉々に砕き、五右衛門の斬鉄剣はつぶてをすべて切り落とした。
用をなさなくなったつぶてと剣が地面に散る前に、次元はつぶての男の顎とボディに思い切り拳をお見舞いした。そのクリティカルヒットで男は泡を吹いて倒れる。
振り返ると、剣を失った男はとっくに五右衛門の足元に倒れていた。
「さて、あいつか」
あいかわらず軽快なステップで踊っているルパンを追い詰める男に、銃口と刀が向けられた。さすがに男はくちゃくちゃという口の動きを止める。
「さて、ガムを噛むのはそのくらいにしときな。行儀が悪いとママにしかられるぜ」
男は口の中のものをつまむと、観念したように放り投げた。
パンッと最後の爆音。
ルパンはふう〜っと息をつく。
「やれやれ、だいぶいい運動になったぜ」
ネクタイを緩めるとカチャリと腕時計を外し、爆弾男の頭の上に置いた。カチッと小さなボタンを押すとストップウォッチモードが作動した。
「さて、そこを動くなよ。頭の上からから少しでもコイツが動いたら、その首がふっとぶぜ」
男はさっと青ざめ、直立したそのまんま動かない。
三人はその前を通り過ぎ、そして昨日クロードが入っていった扉の前に立つ。
「ルパン、あれは動かなくてもタイマーでドカンって奴か?」
「まっさか。俺の気に入りのクロノグラフよ。帰りには回収するから、落っことして傷でもつけられっと困るんだよね」
「……へっ」
ルパンがドアノブに手をかけた。
ゆっくりそれを回して、扉を開ける。
扉の向こうには、シャル・バレイとダニエル・ブリルが腕組みをして待っていた。
「よう、ずいぶんと手厚い歓迎、感謝いたみいるぜ。教授」
「ここまで来れたとはこれまた驚きだな。ま、しかし予想はできたことだ」
グレーのひんやりとした瞳で三人をじっと見てから、落ち着いた声で教授は言った。
「女を返してもらおう」
ルパンの言葉に、教授は高らかに笑った。
「我々はブリル嬢を、泥棒の手からかくまっているのだよ。なぜその泥棒に差し出す必要があるかね」
「あんたたちに保護されるのは、彼女の意じゃないからさ」
部屋の真ん中に置いてあるテーブルの前を、カツカツと歩きながら教授はその銀縁の眼鏡をついっと指で持ち上げた。
「しかし君達はもう少し利口だと思ったがね。大人しくしておけば、マリーは解放されるし、君達の命も助かった」
「で、ヘッジズ・スカルはあんたのモノか」
シャル・バレイはキッとした顔でルパンを見た。
「コソ泥が一体ヘッジズ・スカルに何の用だ。あれには、偉大なマヤの歴史の謎を解く鍵が隠されているのだ。コソ泥が手に入れて良いようなシロモノではない」
「だからといってあんたが手に入れて良いってモンでもないだろう?あの、お嬢さんの物だ。違うか?」
「……持っていても仕方のない者が持つより、価値のわかる者が持つべきだ。あれはそういう物なのだ」
「それであんたはその秘密を独り占めし、そしてダニエル叔父さんは功績により『ククルカン』での地位を得て、世界中のコネクションを手に入れると。コソ泥よりもタチが悪ぃんじゃねえか?」
「……なんとでも言え」
うそぶくシャル・バレイに次元は銃を構え、五右ェ門は斬鉄剣を抜いた。
「さあ、マリーはどこだ?」
「……ここさ」
教授はテーブルの上においてあったノートPCの画面をくるりとルパンたちに向けた。
そこには壁一面が絵画で覆われた部屋、そしてその真ん中のソファに横たわるマリーの映像が映っていた。
「マリー!」
聞こえないのはわかっていたが、次元は思わず叫ぶ。
「……隠しコレクションの部屋か……!」
ルパンがつぶやいた。
「君達はまったくわかっていないようだな。すべては私が握っている」
コントローラーのようなものを、これみよがしにもてあそんで見せた。
「これは見ての通りコントローラーなんだがね、これで操作して、このマリーのいる部屋に神経毒を送り込むことができる」
「なんだと!」
ルパンは思わず叫び、次元と五右ェ門はそれぞれの得物をぐっと引っ込めた。
「というわけだ。さて、武器を捨ててもらおうか」
「……クソッ……」
次元は銃を足元に落とした。ルパン、五右ェ門もそれにならう。
シャル・バレイは満足そうにくすくすと笑って、その中から次元の銃を拾って手に取った。
「明日……いやもう今日、まもなくだ。9時になればブリル家に弁護士がやってきて、金庫を開ける。そして正式な遺産相続の手続きが始まる。マリーも君達もそれが終わるまで大人しくしていてもらえば、泥棒に扮した部下がヘッジズ・スカルを届けてくれることだろう。だがもう一つ、スマートなやり方もある。……マリー」
シャル・バレイはマイクを手にして、マリーの名を呼んだ。
マイクはマリーのいる部屋につながっているのだろう。
何度か呼ぶと、ソファにいるマリーが体を起こした。眠らされていたようだ。
「マリー。賢明な君のことだ。自分がどこにいるのかはわかるだろう」
画面の中のマリーは体を起こしてあたりを見回し、何か言っているようだがそれは聞こえない。通信は一方通行のようだった。
「今、君を助けにルパンたちが来ている。そして、彼らの命は私が握っている。いいかい、彼らを無事に帰したかったら、そこに書類があるだろう?そうだ。ヘッジズ・スカルをここにいるダニエル叔父さんに譲り渡すための書類だ。それにサインをしたまえ。それさえすめば、君もルパンたちも無事に解放しよう。どうだ、悪くない取引だ」
マリーはソファの前のテーブルに置いてある紙切れをじっとみつめていた。
シャル・バレイは視線をPC画面からルパンたちに戻す。
「そういうわけで、君達には一切の選択権はないのだよ」
くっくっと笑いながら銃を構えた。
「……どっちにしろ俺達は殺す気なんだろう?いつ、またヘッジズ・スカルを狙ってくるかわからないからな」
憎憎しげに次元が言うと、シャル・バレイは芝居がかったそぶりで肩をすくめる。
「よくわかってるじゃないか。この家に盗みに入ると宣言して侵入した君達を殺しても、われわれには何の咎もない。パリ市警あたりから表彰されるんじゃないかな」
得意げに話すシャル・バレイの背後で、ダニエルが妙な声を上げる。
「おい、大変だ……!」
PC画面を見て青ざめていた。その声でシャル・バレイが振り返る。
「マリー!!」
思わず次元も叫んだ。
画面の真ん中では、轟々とそのソファとテーブルが燃え上がっていた。
マリーが火をつけたのだ。
To be continued >>next