● 恋のT.K.O(3)  ●

 私が仁王くんに協力を願い出たのは、勿論私の片思いを進歩させるためでもあるけれど、なんとか美紀の願いを聞き入れようという事もあってだった。
 私は仁王くんは苦手だけれど、少しでも苦手じゃなくなって友達になっていた方がきっと美紀も近づきやすい。そう思ったから。
 それに落ち着いて話してみると、仁王くんは意外と普通に親切で、頭が良くて面白くて、良い人だった。

「ところでお前さん、実際に佐橋とはちゃんと話した事あるんか?」
 恋の総監督・仁王くんは、弁当を食べながらいきなり痛いところを突いてきた。
「……ちゃんとっていうか、毎日挨拶はするよ」
「それは会話とちがうじゃろ」
「……同じクラスだった時に、一緒に日直やって、日誌を書くときに話した事ある」
 仁王くんは、長めの前髪の間からあのきれいな目で私を見て笑いながらため息をついた。
「なんじゃ、ろくに口もきいちょらんのか。なんで惚れたんじゃ?」
「えー、そんな事も言わないといけないの?」
 私は顔をしかめて彼を見た。
「まあ、参考までにのぅ」
「……わかんない。佐橋くん、大人しくて無口なんだけど、日直とか委員会とかね、黙って真面目にやってて、時々笑う顔が優しくてね、なんかいつの間にか好きになっちゃったんだなあ」
 私は他人にこんな事を話すのは初めてで、たまらなく照れくさかった。
「ふーん」
 仁王くんはバカにしたように言うので、私はムっとした顔でにらみ返した。
「じゃあ仁王くんはどうよ。女の子好きになる時って、どういう風に好きになる? 好きじゃないけどキスするとかさ、どういう基準?」
 私が反撃すると、仁王くんはおかしそうに笑った。
「そうじゃなあ、言われてみると、これといった理由はないのぅ。何かええのぅと思って、気付くと好きになっちょったりするし、いくら可愛い子でも響いて来んなと思うたら、キスでもしてバイバイじゃ」
「サイテー!」
 私が手足をばたばたさせると、また仁王くんは大笑いするのだった。
「俺の事はええじゃろ。お前さん、もっと相手と話をしてお互いを知らんとあかんよ」
 仁王くんは、これまたひどく真っ当な事を言う。
「……だって、何話したらいいかわからない。だいたい普段、男の子とあんまり話さないんだよね」
「俺と話しちょるみたいに、普通に話したらええじゃろ」
 彼の言葉に私は少し考え込んだ。
「仁王くんとは話しやすいけどねえ、そもそもきっかけが少しイレギュラーだったからなぁ……」
 私は自分が佐橋くんと、こんな風に話すところを想像してみたけど、とてもとても無理そうでため息をついてしまった。
 そういえば、どうして仁王くんとは話しやすいんだろう。
 ちょっと不思議だなあと、私は改めて目の前のつかみ所のないような男の子を見つめた。

 私と仁王くんは席も近いから、こんな風にちょっとよく話をするようになると、昼休みなんかも一緒にお弁当を食べて話をしたりする。そして、ちょうど私の作戦どおりその頃に美紀が遊びにくるのだ。
「おう、島崎、最近よく来るのぅ」
 そんな美紀に、仁王くんは結構愛想よく話し掛けてくれる。
 そして、美紀と同じクラスのテニス部員のジャッカルくんや丸井くんの噂話なんかをして、盛り上げてくれるのだった。
 結構ひとを気遣ってくれるんだなあと、私はちょっと感心した。
 私をガキだガキだと言うだけあって、確かに仁王くんは大人だった。




「なあ、。島崎って四組じゃろ?」
 放課後に、ふと仁王くんは言う。
「うん、そうだけど」
「島崎には、お前さんが佐橋を好きなんじゃって相談はしちょるんか?」
「……ううん、してない」
 そう、実は美紀は佐橋くんと同じクラスなんだけど、私は彼女に片思いを打ち明けていないのだ。
「なんでじゃ。女同士ってのは結構そういうの話したりするもんじゃろ?」
「……うーん、なんていうのかな。私、ひとに自分の恋の話とかするのものすごく苦手なんだよ。なんとなくわかるでしょ?」
 私が言うと、仁王くんはいつものようにクククと笑った。
「まあ、そうじゃろな。俺が『お前さん、佐橋を好きじゃろ』言った時の慌てっぷりはすごかったし」
 私はちょっとムッとしながら肯いた。
「……男とも付き合うた事ないんじゃろ?」
 また肯く。
「……だからどうしたらいいかわからなくて、こうなってるんじゃん!」
 私が怒ったように言うと、仁王くんは笑って自分の頭をくしゃくしゃとかきまわした。
「すまん、すまん、そうじゃった。……島崎はと話をしにウチのクラスに遊びに来ちょるんじゃろ? じゃったら、が四組に……島崎のクラスに遊びに行きんしゃい。そうすれば佐橋とも顔を合わせられる。きっかけちゅうのは、そういう事からじゃ」
 なるほど! と私は思うと同時に、いやそれはダメ! と心で叫ぶ。
だって、そうしたら美紀が仁王くんと話せなくなる。それに大体、私が行ってもきっとろくに佐橋くんと話したりできないだろうし……。
 なんて思っていたら、まるでそれを見透かしたかのように仁王くんはこう言った。
「四組はジャッカルや丸井がおるからな。俺は奴らと話しに行くし、は島崎と話しとったらええ」
 つまりは。
 一緒に行ってくれるという事なのだ。
 私は、今ではとても頼りがいのある友達だと思うようになっていたこの総監督を、感謝の念を込めて見上げた。



 そんなわけで、私と仁王くんは昼休みのおしゃべりの場を自分たちのクラスから四組へと移し、そしてそこでは、ジャッカルくんに丸井くん仁王くん、そして佐橋君、美紀に私、といった風に一見にぎやかで和やかな友達同士での話が盛り上がるのだった。
 しかしその実、影の総監督・仁王くんに、下心ありありの私に美紀にと、陰謀渦巻いているわけだけど。
 仁王くんは実に皆を楽しませるのが上手だった。
 自分が中心になってしゃべりまくるというのじゃない。
 そういうのはどっちかというと丸井くんの役割で、ジャッカルくんはイジられ役で。
 そんな風に盛り上がっている中、仁王くんは実に上手に私と佐橋くんが話せるように振ってくれたり、美紀の相手をしたり。
 仁王くんはいろいろな人のそぶりを見ていて、その人がその時にどう思っているのか、そういうのがすごくよく分かる人なんだろう。ヘンな人だって思ってたけど、私が佐橋くんを好きだって一目で見抜いたのも今では納得だ。

「……佐橋くんて、剣道、今は何段になったの?」
 今では私も本当にぼちぼちとだけど彼と話もできるようになって、そんな他愛ない事を聞いたりする。
「ええとね、今度三段を受けるよ」
 彼は穏やかに笑って答えた。
 同じクラスだった時はほとんど話した事なかったのに、今、仁王くんと四組に来るようになってから、ほんの少しだけどちゃんと話せるようになった。
 本当にちょっとなんだけど、やればできるんだなあって、私は嬉しくなる。
 嬉しくなったついでに、どう? 先生、と言わんばかりに、ちらりとジャッカルくんたちと話している仁王くんを見ると、彼もいつものようにククと私を見て笑った。

 昼休みが終ると、私と仁王くんは「プチ反省会」をしながら教室に戻る。
「まあ、前に比べたら大分マシじゃけどなあ、もっとサクサクと佐橋としゃべらんかい」
 仁王くんは呆れたように言う。
「だってねえ、私もともとそんなにおしゃべりな方じゃないんだよねえ、特に男の子相手だと」
「せっかく俺が、佐橋に、さりげなくのよさげな話なんかを言うちゃっとるのに」
「ええ? どんな事言ってくれちゃってるのよ」
「クラスでは真面目じゃし、責任感もあって信頼されちょるとかな。第三者の好印象な話は、恋愛の初期には重要じゃ」
「へえ、そうなの?」
 私が感心したように言うと、仁王くんは大きく肯いた。
「……美紀もね、すごく可愛いし実は料理も上手でいい子だよ」
 私が言うと、仁王くんは笑った。
「知っちょるよ。お前さんと話してるの聞いちょったし、俺も結構話したから。そうそう、前から言おうと思うちょったんじゃがな」
 仁王くんは足を止めた。
「何?」
「お前さん、いつも髪、留めちょるじゃろ? ちょいと下ろしてみんしゃい」
「ええ?」
 面倒くさくて、私は若干抗議の声を出しつつも総監督の言う事には逆らえず、髪をまとめているピンを外した。私の髪は下ろすと肩よりちょっと長いくらい。ピンを外してから、髪を指で梳いて整えた。
「うん、その方が可愛らしいな。多分、男はそういう方が好きじゃ。これから、そうしときんしゃい」
 私は彼の言葉にちょっと驚きつつも、私は外したピンを胸ポケットにしまって、髪を下ろしたまま教室に向かった。
 やけに胸がどきどきする。
男の子に『可愛らしい』なんて面と向かって言われたのは、初めてだったから。



 その日、私は久しぶりに美紀と二人で下校をした。
 最近、美紀はご機嫌で、こころなしか綺麗になったような気がする。
 仁王くんと上手く行ってるのかな?
 まあどっちにしても、私はあまり恋の相談相手になるタイプじゃないから、私の方から聞き出そうとはしない。ただ、美紀が嬉しそうにしてるから、いい感じだなあって私も嬉しくなる。
「……ううん? なあに?」
 私が歩きながらじっと美紀を見ていたものだから、彼女は不思議そうに私に尋ねた。
「あ、なんかね、美紀、最近嬉しそうだしキレイになったなあって」
 私は笑って彼女に言った。すると、美紀は照れたように、そして幸せそうに微笑むのだ。
もなんか、最近すごくきれいになったじゃない。髪、下ろすようになってからすごく雰囲気変わって、大人っぽくていいよ」
 彼女がそんな風に言うものだから、私もなんだか恥ずかしくなってしまう。
 ……佐橋くんもそんな風に思ってるのかな。
 うん、総監督のお墨付きだからね、きっとそうなんだ。
 あの時の仁王くんの言葉を思い出して、私はふふふと嬉しくなった。
 美紀と歩きながら町の商店を見ると、どこもお菓子屋さんは可愛らしい飾り付けをしている。もうすぐバレンタインデーなんだ。
 私と美紀は顔を見合わせて、ちょっと笑う。
『好きな人にチョコをあげるの?』なんて、お互い口にはしないけど。
 美紀はきっと手作りチョコを仁王くんに贈るにちがいない。
 私は?
 考えると胸がドキドキしてくる。
 私は、こういうイベントが本当に苦手なんだ。
 自分の事として実感して過ごした事がない。
 今年はどうしたらいいだろう。
 いつものように、何もせずにその日が過ぎるのを待つ?
 どうしても、自分が男の子にチョコレートを贈るなんて事はちょっと考えられなかった。



 さて、恋の総監督に言わせると、私の振る舞いはとにかくてんでダメらしい。
「毎回毎回、どんな話をしちょった? 今までの事をまとめて報告してみんしゃい」
 ある日の放課後、仁王くんはまるで個人面談の先生のように私に詰問した。
「えーと、剣道の事とか」
「お前さん、剣道詳しいんか?」
「ううん」
「じゃあ、へえ〜へえ〜って言うちょるだけじゃろ」
「……うん」
「他には?」
「……この前のテスト何点だった? とか、苦手な先生の話とか……」
 仁王くんは、まったくダメというようにため息をついて首を振った。
「あのな、これから付き合うようになりたいちゅう男と話すんだったらな、もっとこう、例えば誕生日はいつじゃとか、好きな歌手は誰じゃとか、どんなテレビ観ちょるとかな、兄弟はおるんかとかな、休みの日は何しちょるとかな、そんな話をしんしゃい」
 それはまったく、いつも美紀が仁王くんとしているような話だった。
 仁王くんはもうちゃんと美紀の気持ちに気付いてるのかな、そして、仁王くんはどうするんだろう、なんて思った。そういえば最近ずっと、美紀は私に仁王くんの話をしてこないし結構ご機嫌だから、もう上手く行ってるのかもしれない。
 なんて考えてたら、仁王くんに怒鳴られた。
「おい、聞いちょるんか」
「あっ、はい、聞いてます」
 仁王くんはやれやれといった風に椅子にもたれてそっくり返った。
はちょっとずつ上手いこと仲良うなってちゅうんは、ほんとヘタクソみたいじゃな。しゃーない、今日は部活も休みじゃ。買いに行くぞ」
「は? 何を?」
 仁王くんはダメだこりゃ、という風に大きくため息をついた。
はまったくガキじゃ、言うか、バカじゃな。明日はバレンタインデーじゃろが。佐橋にチョコレートやるじゃろ?」
「……ああー……うん」
 私はついに来たかと、思わず声を上げた。
 やっぱり仁王くんには言われてしまった。
 ついに私が男の子にチョコレートを贈るだなんて。
 でも、総監督の言う事だ。
 ここまで来たら、逆らうわけにはいかない。

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2007.6.28

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