その日、俺は生まれてから何度目かの愛の告白をした。
それまで、好きになった女の子からは
「付き合っている人がいるから」
という返事しかもらった事のない俺は、今とにかく最高に大好きな彼女……さんから、笑顔を返してもらう事ができた。
俺はそれだけで有頂天になった。
まあ、俺がさんざんに駄々をこねてやっと、という感じではあるのだが……。
ドキドキする。
彼女の笑顔で、とにかく俺は彼女を好きでいて良いのだと、それだけは分かった。
俺はなんだか無我夢中で、まずはそれだけで十分に幸せだったのだ。
俺は部室で着替えを済ませ、急いでコートに入る。
早速、真田が俺を見てぎろりと目を光らせた。
いつもならここで遅刻に対する鉄拳制裁をくらうところだが、今日は遅くなる旨をブン太に伝言してあるから、問題ないはずだ。
「悪り、用事があって遅れた。アップは済んでるから」
俺はそれだけ言って、奴の傍を通り過ぎようとすると、奴は俺にこう言った。
「で、今度はどうだったんだ?」
奴の言葉に俺は足を止め、聞き返した。
「何がだよ」
ラケットを取り出しながら尋ねる。
「首尾はどうだったかと聞いている。ブン太によれば、お前は、世紀の愛の告白をするために部活に遅れるという話だったんでな」
真田は普段どおりの表情で淡々と俺に言った。
俺は思わずコートの外で素振りをしているブン太を振り返り、そしてそのまま猛スピードで奴に向かって一目散にダッシュをした。
ブン太の首根っこをつかんで、グラウンドに連れ出す。
「おい、何だよ、俺もうアップ終ってるんだってば」
ブン太は迷惑そうにガムを噛みながら俺に抗議した。
「てめー、真田に何を言ったんだよ!」
俺が奴をにらみつけると、ブン太はいたずらっぽく笑う。
「ああ、お前が部活遅れるって言ったら、理由は何だと聞くからさ」
そして奴はスカした顔で言うのだった。
「……ば……バカ野郎! そういう時はテキトーにボカすのが普通だろうが!」
俺は思わずブン太を怒鳴りつけた。
俺のこういうところを、こいつが面白がってるのはわかっているのに、どうにも止まらない。案の定、奴はおかしそうにクククと笑う。
「で、どうだったんだよ」
そして、真田と同じように俺に尋ねた。
俺はしばらく黙ってブン太と併走していたけれど、渋々口を開いて、先ほどのさんとのやり取りを話した。
「……で?」
ブン太は更に尋ねてくる。
「だから……それだけだよ」
俺が前を向いたまま言い放つと、ブン太はじっと俺を見ていた。
「それだけって……結局さんは、お前と付き合うの? 付き合わねーの? まったくツメの甘い男だなァ」
そして呆れたように言う。
俺は忌々しげに、このガムを噛む男を再度睨みつけた。
「ウルセーよ。いいか、とにかく俺は振られなかったんだ! 好きで、傍にいて良いんだから、これはスゲー事なんだよ!」
怒鳴り散らす俺を、ブン太はまたおかしそうに眺めながら走り続けた。
翌日の朝、部活を終えて教室へ行くと、この日はさんはもう教室へ来ていた。
教室に一歩足を踏み入れて彼女の姿をみとめると、俺はなんだか昨日までとすっかり教室の空気が違うような気がした。
思わず俺が足を止めて彼女を見つめていたら、ふと彼女も振り返って俺を見た。
そして俺に向かって微笑む。
「おはよう、ジャッカルくん」
俺はゆっくりと彼女に近づいた。
「うん、おはよう、さん」
彼女の近くでじっと彼女を見下ろして、俺はしばらくそのままでいた。
つま先から頭のてっぺんまで、なんともいえない幸せな気持ちが駆け巡る。
昨日までも彼女を見ると幸せな気分になっていたけれど、今日はちょっと違う。
さんは、俺が彼女を好きだと知っている。
そして、笑ってくれている。
少しは、俺を受け入れてくれてるんだ。
「……どうしたの? ジャッカルくん」
バカみたいに彼女を見たままじっとしてる俺に、さんはおかしそうに笑って言った。
「あ、いや、何でもない。……昨日、走ってなんともなかったか?」
俺はあわてて言った。
「……うん、大丈夫よ。ありがとう」
彼女は一瞬照れたようにうつむいて、そしてまた笑って言った。
俺はフワフワしたような足取りで自分の席へ向かう。
昨日までの俺は、さんに対して、ゼロだった。
でも、今日からはちょっとはプラスなんだ。
そう考えると、胸が躍って仕方がない。
今日から、俺はどんどんさんに近づいて行こう。
せっかく同じクラスなんだ。
授業での事を話し合ったり、勉強を教えあったり、移動教室の時は一緒に行ったり……。
俺はバカみたいにそんな事で頭の中を溢れ返させる。
待てよ? 移動教室?
俺ははたと気付いた。
うちの学校では、社会と外国語が選択科目になっていて、それぞれの科目の時は教室を移動して授業を受ける。
さん、社会は何を取ってたっけ……そうだ、歴史と経済だ。
よかった、俺と一緒だ。
外国語は?
俺は必死で思い出した。
そうだ、さんは英語とフランス語を取っていたはずだ。
俺は英語と、ドイツ語だ!
ドイツ語とフランス語じゃあ、別々じゃねーか!!
俺はその日の昼休み、職員室に飛んで行った。
「すいません、俺、第二外国語をドイツ語からフランス語に変更したいんッスけど」
突然の俺の申し出に、当然担当の教師は『こんな時期からか!』と驚いて呆れる。
しかし俺は、『将来、テニス四大大会の一つフランスオープンに出るためにはフランス語が必要だと、今日気が付きました』とゴリ押して、履修変更をかなえる事ができた。
ヨシ、これで全部の選択科目がさんと同じだ。
俺は自分の努力を自分で称え、ガッツポーズを作りながら教室に戻った。
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2007.7.6