● シーブリーズ(3)  ●

 ジャッカルっていうのは、きっと損な性分なんだろうなあとこのところ私は改めて感じるのだった。
 まあ、以前からも薄々感じてはいたけれど、こうやって一緒に仕事なんかしてるとつくづく思う。
 例えばね、ジャッカル桑原っていう男の子がどんな子かって、言葉で説明してみようか?

 背が高くて筋肉質で、テニスがすごく強い。全国でも有名な立海テニス部のレギュラー選手で。
 そして成績も悪くなくて、真面目で、頼りになって、親切だ。
 ブラジル人とのハーフで、スキンヘッドというちょっとマニアックな風貌ではあるけれど、よく見るときりりと整った男らしい顔立ちをしている。

 ね?
 つまり、すごくモテてもおかしくないような子でしょう?
 だけど実際のところ、ジャッカルはあんまりモテないんだなー。
 よく考えたら不思議じゃない?
 あのおっかない真田くんでも、「良いよね」っていう女の子は結構いるのに。
 まあ、でもジャッカルがあんまり女の子からモテない理由、私はちょっと分かる気がする。
 なんていうのか、いろんな事によく気が回るくせに、多分女の子の事をまったくわかってない。
 結構何でもできるのに、誰に対しても妙に腰が低い。
 いま一歩のところで、我を通そうとしない。
 って、ところかなー。
 などと思いながら、私はジャッカルとオープンキャンパスの打ち合わせの後、見学説明会参加申し込みの用紙を記入していた。
 ああ、この見学申し込みは、私たちが高校と大学の見学に参加しますよっていう申し込みね。附属の生徒だけど、参加するには一応申し込んでおかないといけない。
 連休の、3日の午後が大学の見学会で、4日が中・高の見学会。
 強制参加じゃないから、私は例年普通に休んでたんだけど、今年は委員だしなんとなく参加しておかなければならない雰囲気なのだった。
 つまり連休が二日ともつぶれてしまうわけ。あーあ。
 用紙を記入しながら、私はジャッカルの書きかけの用紙に目を留めた。

『氏名:ジャッカル桑原、学年:中等部三年、生年月日:19××年11月3日』

 11月3日って、オープンキャンパスの初日じゃない。
 私は彼の手元を見て思わず目を丸くした。ジャッカル、大学説明会の日が誕生日なんだ。
 私は軽くため息をつく。
 ほらね、こういうとこ。
 こんなところが、ジャッカルのモテない理由の一つだと思う。
 これだけ一緒にこの連休に向けて仕事してるんだから、一度くらい『実はその日、俺、誕生日でさ』とか言ったら良いと思わない?
 こういう肝心のツボで、話を広げないんだよね、こいつってば。
 この前だって私が何気なく『彼女いるの?』って聞いたら、『いねーよ』って言うだけ。
 普通、『そう言う自分はどうよ』って聞き返したりして、話をつなげるもんでしょ。
 私だって、ジャッカルに彼女いないだろうっていうのは大体予測の上で聞いたのであって、その答えを知りたいんじゃなくて、ジャッカルとちょっとそういう話をしてみたかったから切り出したのに。
 いつもバタバタしたオープンキャンパスの話ばっかりだから、たまに友達っぽい話をしようと思ってもこうなんだから。
 それとも私相手じゃ、自分の誕生日の話とか、彼氏彼女の話とか、したくないって事?
 そう考えるとちょっとムッとするし、そんな事を考える自分にもイライラする。


 その日は、ジャッカルが担当するプレゼンの資料を作るというので、一緒にPC室へ行った。パワーポイントで作るのを、私も手伝う事にしたのだ。
 ジャッカルはプレゼンで使う画像を編集して、私はジャッカルがノートに下書きをした書面をパワーポイントで体裁を整えて打ち出してみる。
「どう、こんな感じ?」
「ああ、そうだな。これとこれ、一枚にできねえ?」
「できるけど、字が小さくなりすぎちゃってプロジェクターに映したら見えにくいんじゃない?」
「あ、そっか」
 適当に学校のビデオでも流しておけばいいのに、わざわざ資料を作るなんてジャッカルはやっぱり真面目だなー、と思いながら私はファイルをまとめてメモリーに保存し、彼に手渡した。
「おう、サンキュ」
 出来上がったそれを、二人で委員長に提出しに行った。
 他のプレゼンの担当者の分と合わせて、全体の流れを確認して、先生に最終提出だそうだ。
 じゃあ、俺は部活に顔を出すから、とジャッカルは部室の方へ向かう。
 私はさっきジャッカルがPCで見せてくれたブラジルの風景や、テニス部の試合の画像を思い返す。
 ジャッカルは本当にいろんな事を知ってるし、テニスも一生懸命だ。
 というか、まったく私の知らないような世界を知ってる人なんだなあと改めて思った。
 もっと、いろいろ話をしてくれたら楽しいだろうになあ。
 あれで、もうちょっとだけ自意識過剰で調子の良い男だったら、きっと女の子からモテるだろう。
 でも、自信たっぷりに女の子の前でペラペラとしゃべる調子の良いジャッカル、というのを想像するとちょっとおかしくて、くすくす笑いながら私は校門を出ようとしていた。
 と、携帯にメールの着信を知らせる音。
 またまた委員長だ。急ぎの事じゃないといいんだけど、と内容を見ると、さっき渡したジャッカルのファイル、委員長のマシンだとエラーが起こって上手く開かないので、もう一度保存形式を変えてファイルをもらえないかという事だった。
 そしてこの調子は、今すぐに、という様子だ。
 私はため息をついて、テニス部の部室に走る。
 ファイルのコピーはジャッカルが持ったままだ。
 私がテニス部の近くに走って行くと、私がジャッカルを探して回る姿にはもう慣れた二年生が、『あっ、ジャッカル先輩ですよね? 今、ちょっと高等部のテニス部との話し合いに出てるんですよ』と教えてくれた。
 最近では、ジャッカルがグラウンドに出てたりすると二年生がすぐに走って呼びに行ってくれるのだけど、さすがに高等部へとなると行きづらいようだった。
「うん、わかった。高等部ね?」
 私もそれを察して、二年生の子にありがとう、と手を振る。
 高等部かあ。オープンキャンパスの会議で何回か行ってるし、まあわかると思うんだけど。早めにつかまえなくちゃ、と私は思い切り走って高等部の部室棟へ向かった。
 久しぶりだな、ジャッカルを探して走るなんて。
 近道をして高等部の部室棟へ走ると、丁度ジャッカルが丸井くんや真田くんたちと歩いているのを見つけた。よかった、話し合いに入る前につかまえられそう。

「ジャッ、カ、ルゥー!」

 私は彼の名を呼びながら、手を振って彼に追いつく。
 彼はすぐに私に気付いて足を止めてくれた。
「忙しいところごめん。なんかファイルが上手く開かなかったらくて、私、もう一度委員長に渡してくるから、メモリー預かってもいい?」
 驚いて振り向いた彼に、私は手短に用件を話した。
「あっ、そうか、悪かった!」
 あわてた顔のジャッカルは、がさがさと鞄を探った。
 私たちのやりとりに、ああいつもの用件か、と真田くんや幸村くんは先に部室へ向かう。
「じゃ、これ、頼むわ」
 ジャッカルはまた申し訳なさそうな顔をして、私にUSBメモリーを手渡した。
 受け取って、私はほっと息をつく。
 久しぶりに走って、やっぱり疲れた。
「うん。あー、ほんと、ジャッカルと仕事するようになって、走ってばっか。ありえないよ、まったく」
 私は一安心した事もあって、苦笑いを見せながら言ってやった。
 ジャッカルはあいかわらず、申し訳なさそうな顔をしたまま。
「いや、いつもほんと悪ぃな。あ、そうだ」
 そして、隣にまだ残っていた丸井くんを見た。
、ブン太とケータイの番号とアドレス、交換しといてくれよ。俺が部活出てる時は大抵こいつもいるし、、ブン太だったら話しやすいだろ? 俺に急ぎの用ができたら、こいつと連絡してくれよ。ブン太、いいよな?」
 名案! というように言うと、丸井くんを見た。
「おう、俺は勿論いいけど」
 丸井くんはいつものように笑って軽い調子で言って、携帯を取り出そうとした。
 私はしばらく黙って二人を交互に見つめると、首を横に振る。
「ジャッカル」
 そして、彼の名を呼ぶ。
「うん?」
「用があったら、のろしを上げるって言ったでしょ!」
 私はそう叫ぶと、USBメモリーを手にして、二人に背を向けて走った。

 私は気に入らなかった。
 そりゃ、私だって走り回るのはしんどいしイヤだし文句は言うけど、別に本気で怒ってるわけじゃないし。なのに、どうしてジャッカルは、『用があるならブン太と連絡を取れ』みたいに、他人に丸投げするの。
 次こそは、ホントにのろしを上げるから。
 ちゃんと走って来なさいよ。
 なんだか自分でもわけがわからないけれど、私は腹を立てたまま走り続ける。


 その次の日、私が若干機嫌を損ねているのを察してか、ジャッカルは何か言いたげだけで、でも様子は伺ってくるものの、やっぱり何も話して来なかった。
 ほらね、こういうところ。
 妙に敏感なくせに、私がどうして機嫌悪くしてるのか、その理由にはもうひとつ気付かない。
 だからダメなんだ、ジャッカルは。
 まあ、別にいいや。今のところ、オープンキャンパスに関して急ぎの仕事はないし、これといって用事はないし。
 私は授業を終えるとちょっと友達と話をして、さっさと帰宅した。
 結局、一日中ジャッカルは何も言って来なかったな。
 まあ、落ち着いて考えれば、ジャッカルがわけわかんなくて私に何を言ったらいいのか困るのも仕方がない。
 ジャッカルに用があるなら、いつも近くにいる丸井くんに連絡してくれって、確かに理にかなった話ではある。
 だけど……。
 私は家でジャンプを読みながらも、イライラしたまま。
 と、携帯が鳴る。
 メールの送信者は、例のオープンキャンパスの委員長だ。
 またか、と私はため息をついた。
 さて、用件は?
 ふんふん。プレゼン用の資料を読み合わせたが、ジャッカルの資料がなかなか面白いのでプレゼンの時間をもう少し増やしてかまわない。よって、パワーポイントの資料も数点増やしても良い。
 との事だった。
 へー、やるな、ジャッカル。ていうか、頑張ったが故に更に仕事が増えるのか。ジャッカルらしいな。
 なんて思って、私ははっとした。
 私、ジャッカルの資料のファイルが入ったメモリーを預かったままだった。
 あわてて鞄のポケットをさぐると、あった。よかった、なくしてないよね。
 明日、学校でこの内容を伝えて、メモリーを返せばいいかな。
 そう思いながら、私は読み終わったジャンプを手にしたままテラスに出る。
 戸を開けると、緩い海風が入って来た。
 私はしばらく空を見上げると、家の物置のバーベキューの道具からトーチを取り出して庭に出た。


****************


 そうして、私は庭でのろしを上げる準備をした。
 別に、今、委員長からのメールの内容を急いでジャッカルに伝えなければいけないわけじゃないし、メモリーを渡すのだって明日でもいい。
 それに、火を焚いた煙を見て、ジャッカルが本当に来るとも思えない。

 でも、もし、彼が走ってやって来たら……。

 だったら、どうだって言うわけじゃないんだけど……。
 私は、ジャッカルが全速力で走ってくるところを想像してみたり、いや来るはずないしと我に返ってみたり、そんな事を考える自分がばかみたいだなと思いながら、枝を集めて、トーチで火をつけたのだった。

 そして、ジャッカルがやってきたのは、その約10分後。

「神奈川じゃ、野焼きは原則禁止なんだぜ。早く消せ」

 まだ呼吸が早く、肩を揺らしている彼は飲みかけのペットボトルの水を私に放ってよこす。
 門を開けて歩み寄って来る彼からは、海風に乗ってかすかな汗の匂い。
 今、私は、はっきりと分かった。

 私は、彼に恋をしている。

「遅いよ、ジャッカル」

 それでも、残り火に水をかけながらそう言うのが精一杯だったのだけれど。

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2007.11.2

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