恋の大予言(2)



 キレイな年上の女の人が自分に惚れてるなんてーのは、最高に気分の良いもんだ。
 俺はそういうの、すげー好き。
 自分が誰かから思われてるってのがさ。
 勿論そういうの、初めてってワケじゃない。一年の時にも女の子から告られる事あったし、ちょっと男女づきあいのマネゴトみたいなのもした(あっさり終ったけど!)。今だって、クラスに俺を好きなヤツいるし。ウザい奴につきまとわれんのはごめんだけど、そこそこ可愛い楽しい感じのコが俺を好きで、そういう奴がやきもきしながら俺を見てるって感じるのはなんていうか、いいもんだ。単純に、嬉しいよ。まあ、俺も誰とでもつきあうってワケじゃないし、実際ちょこっとでもつきあってみると女の子って結構面倒くさいモンだからアレだけど、女の子から好かれるってのは嫌いじゃない。
 クラスで友達みたいにしてよくしゃべる奴が、実は俺のことが好きで(そういうの、俺は結構すぐわかる)、そういう様子を観察しながら気付かないフリしてワイワイやったりするのが、俺は好き。だって、おもしれーもん。俺のことを好きで、なんとか俺の気を惹こうとしたり、俺から何かを聞き出そうとしたりする女の子は可愛くておもしろい。
 そんなわけだから、俺がジャッカル先輩を訪ねて行く回数はおのずと増えるのだった。
 俺がジャッカル先輩と話しているところを、ちらりと見て、そして俺と目が合ってはあわてて目をそらすセンパイ。
 俺が廊下側の窓を開けて、『あのー』なんて言うと、嬉しそうに俺を見上げるセンパイ。
 俺がその窓を経由せずにジャッカル先輩にたどりついて、そしてそのまま帰るのをちょっと残念そうに見つめるセンパイ。
 そういう彼女を見るのが、俺、すげー楽しい。
 教室でのセンパイは、結構いつもいろんなやつと話してて、キレイだし多分もてるほうなんだと思う。そんな、教室での彼女を見てると俺はまた嬉しくなる。ほらほら、あのヒト、実は俺に惚れてんだぜ。別に誰に言うってワケじゃないけど、そういうの、俺は本当にワクワクするんだ。

 その日、昼休みに俺がまたジャッカル先輩の教室に行くと、ちょうど前の扉から出てきたセンパイとばったり出くわした。
「わ、びっくりした」
 センパイは本当にびっくりしたように声を出す。
「ジャッカルならご飯食べに出たんじゃないかな」
 俺が尋ねる前に一言。
「あ、そっすか。センパイもこれから?」
 手にしている小さな財布をちらりと見て俺が言うと、彼女は肯いた。
「うん、パンでも買ってこようかなーって」
「ふーん、あ、だったら食堂行きません?」
 なんでもないように言うと、センパイは笑って髪をかきあげた。ああ、やっぱりキレイだな。
「うん、いいよ。行こっか」
 嬉しそうに笑うんだ。
 初めて会った時は、さらっとした年上っぽい笑顔しか見せなかったのに。
 女のヒトの、こういう『俺だけの』顔が見られるのって、すげーイイ。
 
 食堂で、俺は気に入りの大盛焼肉定食、センパイは豚の生姜焼き定食を選んで、隅っこのテーブルで向かい合った。いつも窓をはさんだ教室の中と廊下とでくだらない話をしている俺たちは、まあ場所をかえてもやっぱりくだらない話をする。
 先生の噂話とか、教室でのジャッカル先輩のこととかね。
 俺が真田副部長の鉄拳制裁をくらった話なんかすると、『やっぱ赤也、バカねー』なんておねーさんぽくからかうけど、楽しそう。
 俺も、すげー楽しい。
 俺のことを好きなんだなあって人と一緒にいると、なんでこんなにうきうきすんだろ。
 ゲームソフトの貸し借りをする約束なんかしながら、俺は胸が躍るのを感じる。
 もし、ちょっとしたタイミングで俺が『ねえ、センパイ、俺とつきあわね?』なんて言ったら、きっと上手く行くんだと思う。
 少々暑い食堂の中、ネクタイをゆるめたセンパイのシャツの襟元からは、きれいな鎖骨が見えた。彼女のつやつやの唇や、形の良い耳にくちづけたら、さぞ気持ちがいいだろうな。そして目の前の鎖骨を唇でなぞったら、どんな声を出すんだろう。
 まあ、俺は実際には女の子にそういうの、したことないんだけどね。
 俺も元気の良い中学二年生だから、センパイを見るたび頭の中でそんなことを考えるのはしょっちゅうだ。年上のキレイな、自分に惚れてるであろう女の人なんかいたら、まあ俺がどういう想像をするかなんてのはいちいち説明しなくてもわかると思うので、詳細は省略する。
 俺は正直なところ、センパイとだったらつきあってみたいな、と思う。
 楽しそうだ。
 でも、なんていうんだろう。
 ああ、センパイって俺のことが好きなんだなあって感じる今みたいなの、これも楽しいんだ。
 俺はジャッカル先輩を訪ねてくるバカな二年生で、センパイは実はそんなバカな俺を好きで。俺が顔を見せるたび一喜一憂するセンパイは可愛い。そういうのを、もう少し見ていたい。俺がセンパイをどう思ってるのかとか、そんなことにやきもきするセンパイ。
 俺、そういうのが好きみたいなんでね。
 ヘンかな?
「テニス部の練習って、いつもあんなすっごい真剣なの?」
 センパイはお茶を飲みながら俺に聞いてきた。この前見に来た時の練習のことか。
「ああ、そうっスよ。今は幸村部長はお休みでいないけど、幸村先輩もメチャクチャ厳しいし、真田副部長は言わずもがなっしょ。柳先輩はいっつも記録とってるし、すげー厳しいっスよ」
 俺がしみじみと言うと、センパイは感心したようにため息をついた。
「へえ。練習であんだけすごいんだから、試合ってすごいんだろうね。私、運動部の試合って見たことないけど」
「ふーん、じゃあ関東大会とか見にきたらいいじゃないスか。休みの日だし」
 何気ないように言った俺の言葉に、センパイの目が戸惑ったように光るのを感じる。
「関東大会? 部外者が見にいったりしていいの?」
 彼女もなんでもないように言いながら、俺の目をちらちらと見た。
「みんな、結構見にきたりしてますよ。三年生の先輩たち、結構モテるからファンの女とか多いしね」
「へー、赤也もそういうコいる?」
 センパイは頬杖をついて笑いながら言う。
 俺は得意のニカッとしたバカみたいな笑顔を見せて、ちょうどセンパイと鏡写しになるような感じで同じように頬杖をついて彼女と顔の角度をおんなじにした。
「さあ? わかんないっス。どうでしょ?」
 そして、そんな風に言ってやった。
 センパイの、肩透かしをくらったようなちょっと不安そうな顔、やっぱりイイな。
 ぞくぞくする。
 ホント、俺、こういうの好き。

 ま、関東大会までまだしばらくあるし、この前見学した練習面白かったならまた見に来なよなんて誘って、彼女は二つ返事ですぐにその通りにするわけじゃないんだけど、でももちろんやぶさかではないことは俺にはわかってる。
 そうやって学食で一緒に飯を食った日から、俺はしばらくジャッカル先輩の教室に行かなくて(わざとね)、ああセンパイどうしてっかなー、そろそろ様子を見に行こうかなーなんて思い始めた頃、ひょっこりとセンパイはコートの外に現れた。
 俺は自分の胸がぐっと熱くなるのがわかる。
 けど、ラリーの練習のインターバルになるまでじっと我慢して、時間がきたら休憩のフリをして飛んでいった。
「どう? 練習見んの、やっぱ面白いスか」
 俺が走っていくと、なんとも嬉しそうな笑顔。
 まったくさセンパイ、どうせ俺の顔見たかったんだろ。だったら、もっと早く来いっつの。
「うん、面白い。赤也、頑張ってるねー」
「そりゃ、二年生エースだから」
 久しぶりにセンパイと顔を合わせたので、俺もやけに浮かれてしまい、部活終ったら一緒にゲーセン行こうなんて強引に約束をしてしまった。彼女は、えー? なんて言いながらも、断らなかった。
 部活を終えると、俺は自転車の後ろにセンパイをのっけて本屋やゲーセンのある辺りまでひとっ走り。センパイは、『まったく赤也ったら、強引』なんて思いつつ、ドキドキしたりしてんのかな。そうやって『おバカで強引な二年生エースに振り回される、キレイめのセンパイ』なんてのを客観的にイメージすると、俺はまたワクワクしてしまうのだ。

「ちょっと赤也、待ってよ!」
「何言ってんスか、勝負っしょ!」
 ゲーセンで俺とセンパイは対戦をやってみたんだけど、まあ案の定、センパイと俺とじゃ勝負になんねー。あっさり俺に負けて不満そうなセンパイに、俺は高笑い。
「赤也、強すぎだって。もう、つまんない」
 センパイはあっさり勝負を投げて、しばらくは俺が一人でやっているのを見ていた。最初は、『しょうがないなー』って感じだったけど、そのうち結構楽しそうに見てる。俺、かなり強いからね。
 あんまり放っておくのも悪いんで(俺がゲームに夢中になってる間に、知らないヤツがセンパイに話しかけたりしてたし!)、俺は適当に対戦ゲームを切り上げてセンパイを連れてクレーンゲームを見に行った。女の子とゲーセンに来たら、お約束だろ。
「ほら、何か欲しいヤツとかないスか」
「赤也、こういのも得意なの?」
 彼女はおかしそうに笑った。俺がガキっぽいってことか? まあ、ガキなんだから仕方ない。俺は、まあね、と気取って答える。
 少し腰をかがめて、ガラスケースの中を吟味するセンパイ。
 家でゲームはするけど、ゲーセンはうるさいからあんまり来ないっていう彼女は、いろいろ物珍しそうに見ていた。
「ああ、アレアレ。あの、ドロンジョ様がいいな」
 俺も中腰になって彼女の指差す方を見た。
「あー、アレかー。アレはちょっと厳しいスねー。このマシン、ちょっとバネ弱いみたいだし……。その隣の、ヤッターキングならいけると思うんスけど」
 俺が冷静に判断を下して言うと、これまた彼女はおかしそうに笑う。
「そうなの? じゃあ、ヤッターキングでお願い」
 なんか、ガキの遊びにつきあってやってるって感じ。でも、そんなガキが好きなんっしょ? 俺はわざと元気良くガキっぽく、ヨッシャー! なんて言って小銭を入れて、ヤッターキングめがけてクレーンを移動した。
 結果、一回ミスったけど見事にゲット。
 俺は得意げに、そのぬいぐるみを彼女に渡してやった。
「へえ、赤也すごいじゃん。もらっちゃっていいの?」
「前、ジュースおごるって言っておごってなかったし」
「そっか。ありがと」
 彼女は嬉しそうに笑って、ぎゅうぎゅうとヤッターキングを握り締めた。
「よく女の子にぬいぐるみ取ってあげたりするの?」
 ほらね、待ってましたって感じの質問。
「まあ時々ね。女の子はこういうの好きだし、俺は取るのが好きだし」
 俺はまるっきり正直に答えました。
 センパイは、一瞬だけ寂しそうな顔をしてまたヤッターキングをぎゅうぎゅう。
 わかってる。
 嘘でも、女の子とは滅多に来ないス、みたいにテキトーなことを言う方がセンパイがほっとして喜ぶんだって。
 だけど、やっぱりこういうちょっと不安そうな切なそうなセンパイの顔がイイ。
 俺とセンパイはひとしきりゲーセンで遊んで、ちょっと本屋に寄って、そんでまた自転車の後ろに彼女を乗せると、俺は彼女を家まで送っていった。
「今日はありがと、面白かった」
 門の前で、センパイはバイバイと俺に手を振る。
 ああ、そっか。もしちゃんとつきあってたりしたら、ここでバイバイだけじゃなくて、ちょっと手を握ったり、場合によってはぎゅっと抱きしめてキスとかしたりできるんだよなあ。
 でもまあ、しょうがない。
 俺もバイバイと手を振って自転車を飛ばした。
 うん、俺も楽しかったな。
 センパイが俺の隣にいると、なんだかあったかいんだ。俺を好きなんだーってパワーが伝わってくる。そういうの、すげー元気になるし嬉しいし楽しい。
 自転車をこぎながら、クレーンゲームをみつめるセンパイの横顔を思い出したりした。可愛かったな。
 センパイはどうすんだろ。
 俺が、彼女を好きって言い出すのを待つ?
 それとも、自分から俺に告る?
 くそー、こういうの、すげー楽しい。
 俺は女慣れしてるわけでもないし、恋の達人ってわけでもないけど、こんな恋の過程が猛烈に甘くて楽しい期間なんだってことだけはわかるんだ。

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2008.2.18




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