● 恋は時限爆弾(4)  ●

 そうやって、俺と真知子は徐々に一緒にすごす時間が増えていった。
 しかし、俺はそんな時間が増えるとともに、妙な戸惑いを覚える。
 俺たちは一度別れていて、そりゃあ勿論、別れてからまたやり直すというも、アリだろう。けれど、彼女はどう思って俺と話をしに俺のクラスにやってきているのだろうか。
 懐かしさという慣れが心地よいから?
 真知子は俺を、好きなのだろうか?
 彼女が俺を好きだとしたら、俺はどうなんだろう?
 また、彼女とつきあうのか?
 そして、真知子が俺を呼び出しに教室に来るたび、いつも俺はちらりと隣の席のを見る。最初に真知子が来た時に見せたあの表情は、今はもうなかった。
 俺は、きっとすぐにが『ねえねえ、あの人、忍足くんの彼女?』なんて、ちょっともじもじしながら聞いてくるものだと思っていた。けれど、はいつまでたっても聞いてこない。の言動が俺の予想を裏切るなんてちょっと癪で、俺は少しばかりイラついた。

 その日、は日直だったようだ。
 二限目が終わると、彼女は英語の課題を集めていた。が、一緒に組んでいる日直の男の奴が何かぐずぐずしている。
「これで集まったよね、じゃ、提出に行こっか」
 が言っても、男は自分のノートをめくってもたもたしているのだ。
「実は俺、課題やってきてないんだよね。ヤバいな、この前の英語の試験、ギリギリだったのにな」
 言いながらも、奴はあきらめたように自分のノートを放り出すと、の抱えているノートを受け取って立ち上がった。
「しょうがね。行くか」
 するとは、そのクラス全員分のノートを奴から再度奪い取ると、一番上のものを奴に手渡した。
「じゃあさ、私が出してくるから、その間にチャッと写しちゃいなよ。後で、日直の分だけ忘れてましたーって、急いで届けに来て。そしたらきっと、遅れた扱いにならないよ。私、英語はそんなに苦手じゃないから、まあまあできてると思う。英作のとこはテキトーにちょっと変えといてね、まったく同じだとバレちゃうから」
 手渡したノートはのものらしい。
 男はびっくりしたような顔をしてから顔をほころばせ、感謝! というように手を合わせた。
「わり! 助かる! 昼に何か奢るわ」
「ほんと? ラッキー!」
 は笑って重たそうにノートを抱えると、急いで走り出そうとして、そしてそのノートを思い切り崩して床にぶちまけてしまう。
「バッカだなー、!」
「うわー、ごめんごめん」
 日直の男はおかしそうに笑うと、急いでノートを拾い集めた。
 お前、自分が課題忘れて一人に仕事さそとしといて、バカはないやろ、バカは!
 俺はやけに腹立たしい思いで、ノートを拾い集める二人を眺めていた。
 だ。そんなどうしようもない奴、甘やかしたりせんとほっといたらええのに。
 はアホだけど、どうしようもない奴がにバカとか言ったりするのは、俺は少々ムッとした。女の子にアホとか言うてええのは、俺みたいなええ男だけやっちゅうねん。
 まあ、わかってる。は俺に平気でアホ・ボケ言われるだけあって、大人しいけど親しみやすい奴で、いい奴なんだ。きっと、クラスの他の男も、と話したりするのは嫌いじゃないだろうな。ま、モテる女とは思いがたいけれど。
 そんな事を考えつつ、俺はフンと鼻を鳴らして、ノートを抱えて廊下に出てゆくの後姿を眺めた。
 真知子が俺のところに来るようになっても、それまでとさして様子の変らない
 はまだ俺を好きなんだろう、と思っていたのは、俺の勘違いだったんだろうか。
 いや、それならそれで別に構わないけれど、俺が他人を読み違えるというのが、ちょっと気に入らなかった。

「……で、何を奢ってもろてん」
 昼休みの途中、学食から戻ってきたらしいに俺は言い放った。
 は一瞬、何の事やらと不思議そうな顔をするけれど、すぐに思い当たったようで、なんだ、というように笑う。
「英語の課題のお礼ね。デザートをもらったよ。どうせ忘れてると思ってたら、さっき由香里とご飯食べてきた帰りに廊下で会ってさ、コレくれた」
 そう言って、手に持っていたそのパンナコッタを開けると、自分の席で美味しそうに食べ始めた。
「……何や、たっかい定食でも奢らせたったらええのに」
 てっきりは学食で例の日直の男と飯を食ってきたのだと思っていたから、俺はちょっと拍子抜けしたし、ほっとした。というのは、なんだかが男と学食で飯を食ってるとこなんて、似合わない気がするから。それでも、多分昼休みになると教室をきょろきょろとしていたあの日直の男、昼をと食おうとして探し回っていたのだろうなと想像がついた。そして、はそういう事にさっぱり気付かない、どんくさい奴なのだ。
 俺はぱくぱくとパンナコッタを食べ続けるを見つめていた。
 そして、彼女がそれを食べ終わった頃、ふとこんな事が口をついて出る。

「あいつなあ、俺の元カノやねん。一年の時につきあっとった」

 そんな俺の唐突な言葉に、は目を丸くする。

「はあ」

 返ってきたのは、のれんに腕押しのような返事。
 俺は、に話してどうしようというのか。
 一つは、実際こういう場合、真知子はどう思っているのだろうかと、一応女であるに聞いてみたいというのがあった。
 そしてもう一つ、は俺と真知子の事にどういう反応を示すのかが、見てみたかったのだ。
 はあ、じゃなくてもうちょっと何かないんかい、と俺が黙っていると、は次の授業のテキストなんかを出しながら、ようやく言った。

「ふうん、忍足くんとはどうして別れたの?」

 は、俺がその言葉を待っていたのがわかっているかのようだった。
 俺がに読まれるなんて、情けない。
 なんて思いながらも俺は、
「まあ、結局のところ俺が振られる形やったなあ」
と、話を続けた。すると、はおかしそうに笑って言うのだった。
「へえ、忍足くんでも振られるんだ。マニアックなプレイでも強要して嫌われた?」
な、何を言うねん、コイツ! と俺はぎょっとして、そしてああ、と思い出した。
 俺、二回目のの告白を断る時、『俺、マニアックなプレイが趣味やねんけど』なんて言ってやったんだっけ。それは当時の俺の、バッサリした断り文句の中のバージョンの一つだったわけだけれど。
「アホか! ……結構言うねんな。まさか、アレ、本気にしてたんか」
 当時としてはクールなつもりで言っていた文句だが、今となってはこっ恥ずかしいばかりで俺は少々あわててしまった。
「そんな訳ないじゃん。まあ、そういう可能性もあるなあとは思ってたけど、冗談よ」
 はしてやったりといわんばかりに笑って、それでも俺の話を聞く気はあるようで、『で、忍足くんみたいないい男が、どうして振られちゃったの』と、俺に続きを促した。
 俺は、真知子とつきあった当時の事や別れるまでの事、そして最近の事をに話した。
 他人からしたら、下らない話だろうに、は真剣にうんうん、と聞いてくれる。
 はいつもこうだな。
 多分、聞き上手っていうのは、こういうのを言うのだろう。
 俺は話しながらの目をみて、ふとそんな事を思った。
「今は……あの人、また忍足くんが好きなんじゃないかなあって、時々こっちの教室に来てるの見てるとそんな風に感じるけどなあ」
 俺の話を聞いて、はまるで俺を励ますかのようにそんな事を言った。
 ふうん、から見て、真知子はそう見えるんか。
 ていうか、俺、にそんな恋愛相談して励ましてもらおう思てるわけとちゃうねんけどなぁ。
、そう思うか?」
 俺としょっちゅう会ってる元カノが、また俺を好きだったりしたら、はどう思うのだろう?
 そんな事を思いながら、俺がついやけに神妙な顔で言うと、はまた俺を元気付けるみたいに笑って言うのだった。
「忍足くん、第一印象運命派でしょ? 自分でわかんないの?」
 おい、お前、何、俺の恋を応援するかのような事を言うてんねん。お前、俺の事が好きなんとちゃうんか。そんなんやから、アカンねん。
 いや、それともやっぱり、さすがにもう俺の事はきっぱりあきらめた上に、ナイ事になってるんやろうか。いや、コイツにきっぱりあきらめさすようにしたんは、俺の方やけどな。
 すっきりしない俺がなかなか話を切り上げられずにいると、はこう言った。
「恋ってドキドキするものだけど、まったく日常と別世界の事じゃなくて普段の積み重ねなんだから彼女もしばらく時間が経ってみて、やっぱり忍足くんいいなあって思ったんじゃない?」
 ね? と、俺の顔を覗き込むように真剣な顔で言うのだ。
 普段の積み重ね、か。
 俺はの言葉を心で繰り返して、そして目の前で一生懸命俺を励まそうとしている、このどんくさい女をじっと見た。
「……のくせに、なんや、もっともらしい事言うなあ。でも、どうも、おおきに」
 俺がふううっと深呼吸をして笑って言うと、はやっと、ほっとしたように笑った。

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2007.10.27

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