誰でも多少なりともそんなものだと思うが、俺は他人と話す時、気分と相手によってチャンネルが変わる。例えば極端な話、従兄弟の忍足謙也と電話で話していたりすると、周りからは『何をケンカしてんだ』などと言われるが、別に言い争っているわけではない。関西人同士の会話はツッコミを入れ合ったり、あんなものなのだ。
そんな俺も、同じクラスなんかで俺の事を好ましく思って接してくる女の子は、今ではそこそこ丁重に気さくに上手にあしらえる。
特に好みのタイプじゃなくたって、俺は自分を好きだという女の子がいるっていうのは嫌じゃない。自分が誰かから好かれているというのは、ちょっとしたエネルギーになるから。
ただし、そこから相手が俺に更なる好意を求めて来たり、ややこしい事になるのはよしとしないので、俺はおのずとつかずはなれずのあしらいが上手くなってくるのだ。
そして、一度そんな女の子が、俺に何かの約束を求めてきたりしたら……つまり告白なんかをしてきたら、はっきりと断る事にしている。ハンパに気を持たせて、グダグダするのは好きじゃない。
まあ、一年の時に好きな女の子を泣かせてしまったりしていた俺も、今ではそんな風にソツのないふるまいができていると言う訳だ。
そんな風にクラスの女子とわいわいと話してる俺の隣では、一人ぼけーっとしている。
彼女は、俺とこうして他愛無い話を楽しむ過程もなく、バッサリと俺に振られた女なわけで。
ろくに話をした事もない女が俺に告白をしてくる事も、俺にとって実はそんなに珍しい事ではないのだけれど、は、一体いつどうして俺の事を好きになったんだろうな。
ふと俺は、普段なら滅多に考えないようなそんな事が頭に浮かんだ。
そしてある日の昼休み弁当を食いながら、俺はそんな疑問をこれまたズバリとに投げかけてみた。
すると案の定、奴は嫌そうな顔をして黙って弁当を食いながら、しょうがないというようにぼそぼそと話し出すのだった。
そういえば、俺はこういうの、初めてかもしれない。
つまり、告ってきてバッサリ振った女と、後で友達づきあいみたいな事をするのが。
まあ普通は、あんまりないわな。だって、その前にほとんど面識もなかったわけだし。
大体、振られた方が気まずくて近づいて来ないし。
こういう、不可抗力的なケースでもなければ。
そんな事を考えながら耳にするの話は、思いがけず俺を動揺させるものだった。
一年の時に、委員会で女の子を泣かせてたでしょう、と彼女は言った。
そう、冒頭で俺が言っていた話だ。アホちゃうかって言って、好きな女の子を泣かせてしまったっていう話。
は、その時に女の子を泣かせてオロオロしてた俺を見て、好きになったらしい。
「『なんや、自分、こんなんもでけへんのか! アホちゃうか!』って言って泣かせてた。その口調がね、内容の割に穏やかで、なんだか変わった人だけどいいなって思ったんだったかな」
コイツ、Mちゃうか!
なんて内心叫んだのは、俺の照れ隠しで。
そんなところ、他人に見られて記憶に残されたとは思いもしなかった。
おいおい、そんなトコ、見てんなや。
俺は自分で聞いておきながら、なんだか慌ててしまい『……あれなあ』なんて、なんでもないように言いながらも妙な気分だった。
今まで、つきあった子や告白してくる子から、『忍足くんの、これこれこういうところが好き』なんていろいろ言われたりしたけれど、こんなマニアックなところを好きだなんて言う奴はいなかった。
つまり、俺が『ツッコミを入れてスベった』ところを見られて、そこがいいなんて言われてるわけだから。しかも、こんなベッタベタでわかりやすくてガキっぽいに。
まるで弱みを握られたようで照れくさくて、ちょっと癪だった。
だから、俺はその後に、になんて言ったか覚えてなくて、まあなんかいつものように軽く毒を吐いておいたような気がする。弁当を食いながら、また呆れたようにため息をついて笑うの顔が見えたから。
「なあ! 数学の課題やってきたか? ちょっと見せてんか」
ある日の朝、俺は教室に駆け込むと慌ててに声をかけた。昨夜はトレーニングで疲れて帰ってすっかり眠りこけてしまい、数学の課題をやり忘れていたのだ。
「やってきた事はやってきたけど……」
俺はが出してきたノートをひったくって、書き写そうとする。
「……なんやこれ!」
そして、俺は思わず叫んだ。
「肝心の応用問題のトコ、マッシロやんけ!」
「いや、だって、やってみたけどわかんなかったんだもん」
「アホか、応用問題以外やったら俺かて授業の前にチョイチョイとできるっちゅうねん! ほんっま、使えんやっちゃな!」
俺はのノートに失望して、彼女からテキストを奪うと(俺はテキストも忘れてきた)大慌てで問題を解き始めた。
隣ではフンフン、と感心したように覗き込む。
「へえ、忍足くん賢いんだねえ、すごい」
「集中してんねんから、話しかけんなや! ボケ!」
を怒鳴りつけると、なんとか応用問題を授業前に片付けた俺は、はっと気付いた。
「しもた! これ、のノートやんけ! 俺、何、自分の課題を完成させたってるねん! ハゲ!」
毒づいた俺はそのまま授業が開始してしばらくかけて、のノートを自分のそれに書き写した。
「ほい、おおきに」
俺は眉間にしわを寄せてイヤミったらしく小声で言うと、ノートを彼女に返した。
「どうもありがと」
は嬉しそうに笑ってそれを受け取る。
コイツ、まじめなんだけど本当にどんくさいなあ。
俺、自分よりアホな女の子とつき合うた事がないから、マジびっくりさせられるわ。ありえん。
それに、東京来てから、これくらい俺にアホ・ボケ・ハゲ言わせる女も初めてだ。
そりゃあ、俺にも振られるっちゅうねん。
内心そんな風に毒づきつつも、課題の完成したノートをこれまたストレートに嬉しそうに眺めているを見ると、俺はなんともおかしくなってしまうのだった。
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2007.10.25