俺の眼鏡は伊達眼鏡なんだって、もう皆知っているだろう?
けれど、なんで俺が伊達眼鏡なんかかけてるかって知ってる奴は少ないと思う。
え? なんで伊達眼鏡なのかって? 結局、言わすんかいな。
それは一言で言うと、東京の奴がボケ殺しだからだ。
二年前、氷帝の中等部に入学してきた俺は、関西から引っ越してきたばかりで柄にもなく少々緊張していたのだと思う。何を思ったか、入学式の日から、ウケ狙いで食い倒れ人形ばりに丸いフレームの伊達眼鏡をしていったというわけだ。関西人やしな。
しかし、今時こんな丸眼鏡(しかも伊達やで)をしているというのに、同じクラスになった奴は誰もツッコんで来ないときた。
クラスメイトは品の良い奴ばかりで、外部入学の俺にも皆親切で、俺もクラスですぐに溶け込めたのは良いんだが、この眼鏡にツッコんで来る奴は結局いなかった。
そしてそのままテニス部へ仮入部をしたのだが、これまた俺がこんな伊達眼鏡をしたままラケットを持ってコートに入っても、誰一人としてツッコミを入れない。
当時から生意気だった跡部が、通りすがりに『……フン、伊達眼鏡か』と一瞥をくれただけだったのを、今でも覚えている。
そんな訳で、ウケ狙いの伊達眼鏡をすっかり外すタイミングを失った俺なのだが、それでも今となっては、自分の空気を作る程よい小道具になったコイツは、すっかりなじみの相棒になってしまった。
いや、俺の眼鏡の事はどうでも良いんだ。
どうせなら、もっと別の事を聞いて欲しい。
例えば、好きな女の子のタイプとか。
そう、俺の好みはわかりやすい。
シュッとスタイルの良い美人さんが好きだ。
言っておくけど、細いだけじゃダメなんだ。メリハリがあって、健康的なスタイルの良さ、背もちょっと高くて、頭の良いキレイな子がいい。
そして、これは関西だったらいちいちつけくわえなくても良いんだが、程よくボケとツッコミができると尚良い。
なんて、気軽に構えていた俺だったが、この『+アルファ』の好みが、どうも結構難しいらしいと一年の早々に理解する事になる。
一年の頃、さっさと学校になじんだ俺は、担当した委員会で早速好みのキレイな女の子を見つけたのだったが、同じクラスでもないし最初はどうやって話し掛けるのか、少々悩んだものだ。何事も掴みが肝心だから。詳しい事は忘れてしまったけれど、俺はちょっとしたきっかけを見つけて、『なんや、自分、こんなんもでけへんのか! アホちゃうか!』って彼女にツッコんだのだ。勿論、仲良くなるためのつかみとして。
俺の計画としてはそこから、『そんな、アホアホ言うたかてしゃあないやん、できひんねんもん!』と彼女が拗ね、『ほな、俺にかしてみぃ、やったるから』と、俺がささやき……(以下略)、といった感じに上手く進んでゆくはずだったのだ。
しかし現実には、
「そんなひどい事言わなくたっていいじゃない! 私だって、一生懸命やってるのに……!」
と、彼女は叫んで泣き出してしまったのだ。
ああ忘れとった、ここは東京で、彼女は東京の女の子やったんや……。
俺はシクシクと泣き続ける彼女の隣りで、とにかくびっくりしてオロオロして困って呆然としていたっけ。
俺は一年の時から今まで、はっきり言って女の子にはかなりモテる方なのではあるが、実際のつきあいとなると、まあこういった失敗が多い。
けど、三年になったからにはちょいと切り替えて行かなければならない。
恋にボケやツッコミを求めて失敗するのはそろそろ卒業だ。
俺は気持ちを新たに、三年生になった新しいクラスの自分の席に向かった。
俺好みの美人さんが隣りだったりすると良い、なんて思いながら。
そう思ってちらりと見た隣りの席の住人は、ああ、まあ世の中そう上手くはいかないものだという感じの女子で……が、何か、見覚えのある女子だった。
その、まるでマンガみたいに目をまん丸にしてちょっと口をぽかんと開けて、『びっくりしてます』とそのまま書いてあるような表情に、見覚えがあったのだ。
思い出した。
去年と一昨年、二回俺に告白をしてきてそして二回ともあっさりと振った女の子だった。
「おう、自分か」
俺は自分が思い出してすっきりできた事がうれしくて、思わず言った。
彼女は気まずそうに、何かもごもご言っている。
ちょっと可笑しくなって、俺はくくくと笑いながら自分の席に座った。
俺は穏やかな性格だと思うけれど、割とはっきりと物を言う方だ。彼女に限らず、女の子から告白されたりする事は多い俺は、『こいつとはないな』と思うとその場ではっきりと断る事にしている。なるべくはっきりとわかりやすい言葉で。
一年の時、ちんまりとして俺を見上げていた彼女は、俺はさっぱり好みじゃなくてはっきりそう伝えたのだったと思う。
そしてその時の、目を丸くして驚いたような子供っぽい顔が、俺の印象に残っていた。
告白を断った女の子は、大概は泣きそうな顔をして俯いたり、作り笑いをしたり、そういう様が多いのに、なんでコイツはこんなびっくりした小学生みたいな顔するんだろうな、なんて思ったっけ。
そしてコイツは、こりもせず翌年にもまた告白してきたのだった。
相変わらず小柄な彼女は、一年の頃よりもちょっとは背は伸びていたけれど、残念ながら俺の好みのタイプにはかすりもしないので、その年もはっきりと断って、そしてまたあの顔。
今、隣りの席にいる彼女は、多分去年よりまたちょっとは背が伸びて、そしてちょっと可愛らしくなっていて、でもやっぱり相変わらず俺の好みとは程遠くて、あの子供っぽいびっくり顔を見せたのだった。
周りを見渡しても、残念ながら俺の席の近くには好みの美人さんはいないようだ。
ため息をついてふと、隣りの彼女をまた見ると、ちらりと俺と目があった。
すぐに彼女は目をそらして、一瞬考え込むようにしてから落ち着かなく頭を振ったりする。
自意識過剰だと言われるかもしれないが、俺は彼女の心のうちが見えるようで、思わずおかしくなってしまう。
二回も告って振られた男の隣りになって、どう振舞ったら良いのかわからないのだろう。そして、多分コイツはまだ俺を好きなんだろう。
まあとにかく、そんな事が一発で見てわかるくらいに、わかりやすいベタな奴だった。
俺はクールな女の子が好きでそういう子とばかり仲良くしていたから、こんな落ち着きのないわかりやすい奴はあんまり接した事がなくて、ちょっと新鮮なくらいだ。
そんな彼女を見ていると、また目が合った。俺は思わずまた笑ってしまう。
「……自分、相変わらずやなぁ」
そして、ついそう言ってしまうのだった。
するとそれまでソワソワと落ち着きのなかった彼女も、さすがに俺のからかうような調子の言葉にムッとしたようだった。
「相変わらずって、何がよ」
ほら、あっさりとひっかかって、まんまと俺に次のセリフを言わせてしまうわかりやすさ。俺は満を持して、言った。
「いや、相変わらず、俺に惚れてんねやなぁと思ってな」
俺がなんでもないように言うと、出た出た、あのびっくりした小学生みたいな顔。こいつ、どうしてこんなにストレートなんだろうか。こんなに駆け引きもできないようじゃ、そりゃあ男にも振られるだろう。
「でもまあ俺、自分はまずナイから、いちいち期待で一喜一憂せんと、気ぃ楽にしときや」
そして俺はまた、さらりと続ける。俺はわざと何気なく机に向かいつつも、ちらりと彼女を見た。彼女はまさに目を白黒させるような、なんとも憤慨したような顔をしている。
「……忍足くんねえ、私、今年はまだ何も言ってないでしょ!」
多分俺がいつもつきあうような女だったら、こういう時は余裕しゃくしゃくで笑って『何言ってんの、バカじゃない』なんてかわすものなんだが。
俺はつい面白くなってしまう。
「ああ、まあ、せやなぁ。けど、隣の席になったからには何やかや話するやろし、そしたら自分、淡い期待なんかして夜寝られへんようになって、授業中居眠りなんかして先生に叱られて、ほしたら隣の俺まで先生の目ぇ届くようになって、そないなったらかなわんからな。ホラこの席、結構前めやんか。せやから、今の内から言うといたった方が親切かな思てん」
調子に乗った俺は、机に肘をついたままそんな事を言ってみた。
すると彼女は呆れたような顔をして、こう言うのだった。
「……それって私、笑うとこ? 怒るとこ? どっちなの?」
おっ、コイツ、恋の駆け引き的にはからきしだけど、リアクション悪くないなあ。
「模範解答をすると『イランお世話じゃ、ボケー!』って、軽くツッコむとこやな」
俺は今度は素直な返答をしてみた。
彼女は軽くため息をついて、困ったように俺を見るけれど、別に怒った風でもなければ泣きそうでもない。
そういえば、俺、コイツの名前知らんかったな。聞いたけど、忘れたんやろか。ふとそんな事に気付いて、自分、名前なんていうん、と尋ねた。
「……。」
彼女……は自分の手元を見ながら、少々ぶっきらぼうに答えた。
俺は椅子の背にもたれながら、くくくと笑う。
これくらいが良い。
自分を振った男が隣だからって、ずっと気にしてソワソワと落ち着かなく過ごされるよりは、俺の毒舌っぷりに少々呆れながらも気楽に過ごしてくれる方が良い。
「ふうん、か。わたくし、忍足侑士でございます。ほな、よろしゅう」
俺は彼女の呆れ顔を心地よく感じながら、静かに言って眼鏡をクイッと持ち上げた。
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2007.10.24