● 純愛だけど朝帰り(1)  ●

8月夏休みの真っ盛り、彼らも私と同様暑い暑い夏の真っ只中。
「うおー、真田負けちゃったじゃん!」
 私はアイスをガシガシかじりながらジャンプの合併号を読んで絶叫。
「ま、関東大会だしさ。これから全国大会もあるし、まだまだ立海出てくるって」
 青学好きの美和ちゃんは呑気に言う。
「いや、私もそんなに立海好きってわけじゃないんだけど、なんつーか真田、負けちゃイカンだろー」
 私たちは、図書館帰りにコンビニの前の日陰でジャンプを座り読みするという、なんとも冴えない中三なわけで。実際の中学生なんてこんなもんだよね。勉強の合間にこんな風にテニプリ談義をしたりね。
「でも、絶対これは全国大会に向けてのドラマティックな展開の伏線だって! 幸村部長もまだ謎っぽいしさー」
「そうそう! 幸村、気になる! 手術って、どうなのよ!」
 もしやテニプリのボスキャラなのか? というなんだか美形の少年キャラクターが、私はどうにも気になるのだ。
、ああいうの好き?」
 美和ちゃんはからかうように言う。
「好きっていうかさー。だって真田が副部長で、その上の部長なんでしょ? きれいな顔して、絶対ボスキャラだよねー」
 くだらない話なんだけどさ。
 こういうの、まあ楽しいの。勉強の息抜きね。
 私たちはしばらくアイスを食べながらワイワイと漫画の話をして、暑くてクラクラしてきたころ、やっと帰路に着いた。

 家に帰って自分の部屋にエアコンを入れて一息いれてから、私はジャンプを何冊か取り出して読み返す。うんうん、関東大会の青学VS立海の試合はなかなかよかったな。乾や不二の試合もよかったし。
 そんなところを振り返りつつ、謎に包まれた(?)立海大付属部長・幸村の出てくるシーンをちらちらと見直した。そして最新号の、リョーマからCoolドライブをくらって負ける真田。
 つまり幸村は今、手術中か。
 手術が終った幸村に、負けましたって言いに行くの、悔しいだろうな。立海の皆。
 ま、漫画の事にそんなに真剣に考えても仕方ないんだけど、私もたまたま中三だから、同じような歳の子が病気して手術して好きなテニスを中断しないといけないっていうのは、ちょっとピリピリ来るんだよなあ。
 もう一度、真田が幸村に電話をしているシーンをちらりと見た。
 ま、次号での展開は、リョーマが勝って青学が優勝してワー!って感じの回かな。
 ちょこっとでいいからさ。
 幸村の手術が、無事に終わりましたってシーンとかがあるといいなあ。
 私はそんな事を考えながら、じりじり溶けるような暑い夏、ジャンプの新刊を待ちつつすごしてた。あっ、くそっ! テニプリ、次号は休載じゃん! なーんて思いながらね。
 中学三年の夏だけど冴えないでしょ。
 でもまあ、現実の中学生なんてこんなもん。

 それにしても、夏休みが過ぎるのは早い。本当に早い。
 終らなければいいのになって思うけど、本当に早いんだ。
 ジャンプ算で言うと、8月9日の合併号の次は23日の39号でしょ。で、その回はテニプリ休載。で、次の号は30日なわけで。つまり、次にテニプリが読めるのは夏休みの超終盤ってわけじゃん!
 テニプリは読みたいけど、夏休みは終って欲しくないという私のジレンマにお構いなしに毎日はまさに溶けるように過ぎて、私はテニプリに出てくる学校みたいなのと違って普通に公立だから受験勉強もしなきゃいけなくって、なんだかじりじりした日々を送っていた。
 だけど時々、『ああ、お盆休みに休載期間もあったら、幸村部長も十分療養できるんじゃないかな』なんて考えたりしてね、ちょっと無理やり和んだりもした。
 お盆の期間とテニプリ休載の一週間、なぜだか私は、ほんの数回しか登場してない幸村の快気を祈りつつ過ごしていた。
 だって、ああいう子、気になるから。
 そんな風に私の夏休みはボケーっとしたまま過ぎてゆき、8月最終週の日曜の夜。
とりあえず宿題は終えているので、私はゆっくりと眠りに就いた。

 その晩の眠りは、ちょっと不思議だった。
 夢を見てるんだけど、妙に安定感がある。
 いつも私が見る夢っていうのは、コロコロと場面が変わったり周りの景色もぼんやりしていて、不安定。だけど、今はいつもとちょっと違う。
 夢、見てるんだろうなーって感じはあるんだけど、自分自身の体だとか周りの景色や人がやけにリアルなの。
 私は夢の中できょろきょろと辺りを見回した。
 どこなんだろうなっていうのはさして気にならない。夢だしね。
 ただ、なんだか人通りの多い、駅前みたいなところかなーって感じ。ふと気付くと私はベンチに座ってて、ぼんやりと周りを見ていた。
 あっ、普段の夢だったら気にしないような事に今気がついた。
 皆、冬服だよ。
 ってか、今、冬みたい。
 私は、というといつも部屋で着てるTシャツとジーンズ。
 これが、寒くないんだな。夢だもん。
 そして、周りの人たちは全く私の事を気にしない。こんな季節に半そででヘンな子! と思って無視してるのかなーと思ったけど、なんだかまったく視界に入らないみたい。この夢では、私は透明人間みたいなものなのかなあ。
 こういう感じの夢ってはじめてかも。
 私はちょっと面白くなって、近くのコンビニに入ってみた。
 ああ、やっぱり私ってこの世界では認識されないみたい。
 そりゃ普段でも知らない人となんだかんだ話すとかってしょっちゅうあるわけじゃないけど、ほら、ちょっと近くをすれちがったりしたらなんとなく目が合ったりするし、店員さんは一応入店した時にちらりとこっちを見るじゃない。そういう空気がないんだよね。
 すごくヘンな感じだけど、面白いかもしれないな。
 私はなんとなくコンビニの中をぐるぐると見て回った。
 別に何か万引きでもしてやろうなんて気はないけど、夢の中なのに妙にリアルな商品の品揃えが面白かったから。ほら、チョコレートとかも冬季限定のやつとか置いてある。あ、これ今年の冬に出てたやつじゃないかな。やっぱり私の夢だから、過去に見た事のある物が出てくるんだなあ。
 そんな事を考えてたら、私はふと雑誌コーナーのところに立っている子に突然目を奪われた。
 なぜなら、半そで野郎がいたのです。
 この寒空(私は寒くないけど)に半そで!
 スポーツ新聞を手に取っている男の子は私と同じく、真夏の服装だった。
 タンクトップに襟ぐりの深いTシャツを重ね着して、青い石のついた革のチョーカーを首から下げた、ちょっとおしゃれな感じの背の高い子。
 彼を見上げて、私は驚いた。
 だって、目が合ったんだもの。
 この夢の中では、私は誰とも目が合わないのに。
 彼も少々驚いたように、私をじっと見ていた。
「……きみさ、そんな格好で寒くないの?」
 彼は静かな声で突然に私に言った。
「……そっちこそ」
 私が言い返すと、彼は肩をすくめてちょっと笑った。
「それが、別に寒くないんだよね」
 彼の緩やかな笑顔に、私はあっ、と声を出しそうになった。
 幸村じゃん、この子。
 テニプリの、幸村精市です、まさに。
 私ってば、ジャンプの発売日が待ち遠しくて夢にまで見ちゃったのか。

 私と幸村部長はなんとなくそのままコンビニを出て、立ち話をするような形になった。
「俺、多分夢を見てると思うんだけどね」
 彼は私が思ってる事と同じような事を言う。
 自分の夢の中に出てくる人物も夢見中とは、ちょっと今までにない夢だなあ、なんて思いながら私はふんふんと彼の話を聞いた。彼は、私が漫画の中で数コマ見かけたイメージから作り上げられてるのかしら。それにしても、ちゃんと綺麗な男の子の姿だ。触るとなんだかツルンとしてそう。ま、触ったりはしないけど。
「……どうも、周りの人からは無視されてるような気がするんだ。認識されてないっていうか。まあ、そういう夢なんだろうなって思いながらも、ほらどうやら今、この世界は冬みたいだろ? やけにリアルな夢だし、じゃあ日付はいつなのかなってコンビニに新聞を見に行ったんだよ。そしたら、きみは半そでだし、俺を認識できるみたいだから」
「そうそう、私たちだけ、妙に浮いてるよね」
 私が相槌を打つと、彼は大きく肯いた。
 ちなみに、さっき彼が手にしていた新聞によると、今はちょうど去年の年末くらいみたい。そりゃ寒い時期だわ。
 私たちは目を合わせるとまたクスッと笑った。
「俺は幸村精市っていうんだけど、きみは?」
 おおお、自己紹介か! なんだか、夢の中できちんと自己紹介なんてあんまりしたことないなあ。
。中三だよ」
 同いだよ、という事も主張してみた。
「へえ、そう。もうちょっと下かと思った」
 いや、君らみたいに大人っぽくないからね。私は特に憤慨もせず、ふにゃっと笑った。
 私たちはなんとはなしに、駅の方へ向かう。
「俺、手術受けてたはずなんだよね。腕に点滴とか刺して、手術室に向かってさ。こう、マスクみたいなのをされて、ふと気づいたらここにいた」
「ふーん」
 じゃあこの幸村くんは、手術中って事なんだ。私はテニプリ好きだから知ってるけど、本当はもっとみんな知ってるべきことなのかしら。ちょっとそのあたり、不明確でドキドキしてしまう。それにしても夢の中だからなのか、幸村くんって結構しゃべるな。
「じゃ、幸村くんは目が覚めたら手術が終った直後って感じなの?」
「多分そうなんだろうね」
 何気なく話しながら、『もし手術が上手く行かなくて、幸村くんが目覚めないままだったら、彼はずっとここにいるって事?』なんて恐いことを考えてしまった。私はあわててそんな考えを振り払う。
「でさ、さっきコンビニで見た新聞の日付なんだけど、去年の年末だよね」
 へえ、と私はちょっと意外に思って驚く。私と彼は、同じ時間軸にいるんだ。うん、確かに去年の年末の日付だったよ。コクコクと肯きながら彼を見てると、彼はずんずんと駅の中に入っていく。
「ちょうど、俺が具合悪くなって入院してる頃なんだ」
 そう言いながら、彼は改札を通ろうとする。
「ねえ、ちょっとちょっと! 電車乗るの!?」
 いや、私までついて行く事はないのかもしれないけど、ここで唯一話しができる相手と別れるのは心細いし、なんだか幸村くんは私も一緒に行って当然という感じなのだ。
「そう。ウチの学校に行ってみようかと思ってさ。切符ないけど、問題なくとおれるみたいだし、これくらいいいじゃない」
 ま、そういわれたらそうだけど、と私は彼の後をついて電車のホームへ行った。
「あっ、幸村くんの学校って言ったら、立海大付属?」
 そして、私は思わず言ってしまった。
「そうだけど。ああ、知ってるの?」
 それでも彼はさして意外そうにはしない。そうか、ハイハイ、テニプリ界では有名なんだもんね。
「あ、うん、まあね。立海テニス部、有名じゃん」
 『テニスの王子様』読んでるからって言うのは、なんだかヘンな感じがして、私はついそんな風に言う。だってさ、こんな風に普通の男の子といるみたいにしてるのに、きみは漫画のキャラだしなんて言うの、いくら夢でもどうにもおかしな感じだもの。
 彼は私の一言ですんなり納得したようだった。
さんも何か部活やってるの? どこの中学?」
 ホームにやってきた電車に乗り込むと、彼は尋ねて来た。
 今は平日の昼間で、電車は空いている。
「私? 私は、立海みたいないいとこじゃないから恥ずかしくて言いたくないなー。部活はね、気象部」
「気象部?」
「天気図を書いたりさ、輻射熱を測ったり、百葉箱を管理したりそんなの。三年だからもう引退だよ。受験しないといけないし」
「ふーん、変わった部だね」
 彼はおかしそうに笑った。
 気象部って言うとよく笑われるけど、夢の中で漫画のキャラにまで笑われるとは思わなかったよ。私はため息をついた。
「百葉箱といえばさ。うちの学校には結構ノラ猫がいるんだけど、一応学校ではえさをやってはいけませんってなってるんだよね。だけど、うちの部の後輩が百葉箱に子猫を隠しててさ、それを見つけた副部長が怒って大変だったよ。結局飼い主が見つかって解決したんだけど」
 幸村くんは思い出し笑いをしながら言う。
「ええーっ、百葉箱に猫なんか入れちゃだめだよー!」
 私もそんな風に言いながら、つられて笑う。へえ、立海テニス部でそんなほのぼのとした事があったんだ。後輩って、もしかして切原赤也とかなのかなあ。で、真田副部長に叱られた? 想像すると、めっちゃ笑える。
 なんか不思議。ま、夢なんだけどさ。綺麗な顔の幸村精市が隣にいて、普通の男の子みたいにしゃべってる。うん、いや、普通の男の子なんだよね。
 彼に促されるまま電車を乗り継いで降りた駅から、私たちはしばし歩いた。
 これから立海大付属中に行くのかー。
 私の夢の中では、どんな学校となって出てくるんだろ。どきどきするなー。
 っていうか、幸村くんは学校に行ってどうしようっていうんだろ。
 私たちの歩く先に、生い茂った木々に囲まれた古くも重厚な建物が見えてきた。
 ひゃっ、と私は驚いてしまう。私の通ってるしょぼい公立中とは全く違う、もんのすごく広くて大きい学校だ。私、こんなの見たことないよ。
 なんていうか、夢ってすごいんだなあ。
 立海大の正門の前に立って、私はあんぐりと口を開けてバカみたいな顔をさらしてしまった。

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3.3 2008

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