必殺!恋のギャンブラー(7)



 自室のベッドでごろごろしながら、俺はサンから借りた委員会のファイルと携帯電話を交互に見てはため息をつく。
 どれだけファイルを真面目に読んでも、サンに連絡を入れるような口実は思い浮かばなかった。
 あげくの果てに俺は、もしかしたらサンが俺に連絡をしてきてくれたりする可能性はないだろうか、などと考えてしまう。
 例えば、

 明日朝早くに集まって、作業をしましょう。

 だとか、

 そのファイルに今必要な大切なものが入ったままだったの、ごめん、今から会えない?

 だとか、

 つまりはこの銀河系に地球人以外の生命体は存在する、という事と同じくらいの可能性の想像なわけだけれど。
 そんな「そりゃー可能性としてはあるにはあるかもしんねーけど、今日や明日に宇宙人にお目にかかる事はあるめー」みたいな事のために、俺は風呂やトイレに行くのも大慌てだった。
 だって、風呂に入ってる間にサンから電話がかかってきてて、そんで俺が慌ててコールバックしたらサンが風呂に入っちゃてて、なんてすれ違いがあったら大変じゃねーか!
 そんな具合に普段よりもかなりバカになっている俺は、電話が鳴るたびに飛び上がってしまう。
 それは勿論、ツレからのくだらねーメールで、その度舌打ちをした。
 俺は意味もなく、携帯にメモリーしたサンの番号をじっと見つめる。

 その番号は俺と彼女をつなぐ、ただ一つのものだ。

 ふと思い立って、俺は彼女の番号の着メロの設定にかかった。
 これで、高津や先輩たちからのメールや電話にいちいちドキドキと期待しなくてすむ。
 俺は考えたあげく、彼女の着メロをジョン・レノンの『Love』にした。
 ベタだろう?
 でも、それはこの俺でも聞き取れるようなシンプルな歌詞のシンプルなメロディーで気に入った曲なんだ。そして、あの日渡り廊下で英研部長を見つめていた彼女の姿を見た時に、俺のポータブルプレイヤーでかかっていた曲。
 いつの日か俺の手元で『Love』の静かなメロディーが流れる事を祈りつつ、俺は携帯を抱きしめたまま布団にもぐりこんだ。



 翌日から、俺は弁当をサンと食べるのが日課になった。
 なんたって広報を仕上げないといけないんだからな。
 弁当を食べながら打ち合わせをして、食い終わったら作業に入る。

「赤也が委員会の仕事をマジメにやるなんて、どういう風の吹き回しよ」

 俺のツレたちはからかうけれど、俺は『しょーがねーだろ』なんてちょっとめんどくさそうな顔を見せては、さらりとかわしながらサンとの幸せな作業を続けるのだった。

「まず、この前のアンケート結果をまとめてのせるだろ、それから音楽集会に向けての今年のテーマを書いて。そんで、ポスターデザイン募集の告知、と」
 サンの机に椅子をもってきた俺はノートに下案を書いていった。
 彼女はうんうんとうなずきながらそれを覗き込む。
「いつもだと、あとは去年の様子だとか感想だとかそんなんを載せるんだろ。けどさ、そんなのつまんねーと思わね?」
 俺は前回までの広報をぱらぱらとめくりながらつぶやいた。
「まあ、ワンパターンっていえばワンパターンよね、切原くんはどんな風にしたら良いと思う?」
 俺はちょっと考えてから、そうだ!というように口を開いた。
「例えばさ、いろんな先生のオススメの曲とか映画とかさ、書いてもらったらどうよ。先生なんて自分の事話すの好きだろ、それにまつわるエピソードなんかもきっと書いてくれて、結構いい具合に紙面も埋まるんじゃね?」
 俺が言うと、サンはちょっと目を丸くして、そして嬉しそうに笑った。
「へえ切原くん、すごい。そんなの、面白そうじゃない」
 おい今、サン、俺の事『すごい』って言った!
 これ、誉めてくれたんだよな!
 そして、俺に向かって笑ってる。
 うん、笑ってるんだ。
 サンの笑い方は、思ったよりもしっかりと口を開けてみせて、そして大きな目を細めて少し首を傾げる感じの、とても表情豊かで可愛らしいものだった。もっとすました笑い方をするのかなあと思っていたから俺はそれがちょっと意外で、そして不意打ちをくらったように胸にぎゅっと来た。
 ああ、こんな風に笑うんだ。
 サンとこんな風にいつも笑って話せたら、俺はメチャクチャ幸せで力がみなぎって何でもできるに違いないと思った。
「……どうしたの、切原くん? 切原くんのアイディア、すごくいいと思うよ?」
 バカみたいにぼーっとサンの顔を見ていた俺を彼女は不思議そうに覗き込む。
「あっ、うん、じゃあさ、こんな感じのフォーマットを作ってよ、先生に頼んでみようぜ」
 俺はノートにフォーマットの下書きを書いて、そしてサンに見せた。
 彼女は微笑みながら、それを見て満足そうにうんうんと肯いている。
 なんだよコレ。
 メチャクチャいい感じじゃねーの。
 俺、結構やるじゃねーの!
 


「切原くん、だめじゃん!」
 サンのそんな言葉には、以前のようなちょっと身構えた冷たさはみじんもない。
 彼女は親しくなるにつれ、なんだか俺を年下の弟のように扱った。そしてそれはなぜかしっくりきて、俺は彼女にそんな風に扱われるのが好きだった。
 俺たちは広報の内容とレイアウトを決定したら、先生達のリコメンド音楽なんかのコメントをもらうための用紙の正式なフォーマットを作成するために情報処理室に来ていた。
「先生方に依頼するコメントの用紙、必要事項のフォーマットはそれでいいけど、それをそのまま配りに行くんじゃだめだよ。ちゃんと、どういう目的でお願いするものなのかの依頼文をのせないと。あと、最後に責任者の私たちの名前と」
「あっ、そうか」
「いつものアンケートにも書いてあったでしょ」
「そうだっけか?」
「切原くん、見てるようでちゃんと見てないなあ、もう〜」
 サンはそう言いながらも笑って、俺からマウスを奪い取るとキーボードで手早く依頼文なんかを付け加えて体裁を整えた。
 俺の目の前で、彼女の髪から甘い香りがかすかに立ち上る。
 上妻が退院してきても、俺、ずっと文化委員でいいな。
 そんな殊勝な事を考えつつも、俺の中でまた新たな渦が産まれてきている事を自覚する。
 俺は欲張りなんだ。
 ここまで仲良くなったら、もっと……もっと俺はサンに近づきたい。
 もっと俺を好きになって欲しい。
 何て言うんだろう、もっと、もっと……。
 その小さな渦は、俺が気付いたとたん待ってましたとばかりにどんどん大きくなる。
 その時。
ウィーンとプリンターの音が情報処理室に響いた。
「切原くん、できたよ! あとこれをコピーして、一緒に職員室に持っていって先生にお願いに行こ」
 サンは嬉しそうに言うと、PCとプリンタの電源を落として立ち上がった。
「おう!」
 俺たちは連れ立って職員室に向かった。
 こんな風に彼女と笑い合いながら歩くなんて、先週はイメージすらできなかった事だ。
 それなのに、俺の中には、
『まだ足りない……もっとだもっとだ』
 とつぶやく何かがいた。

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2007.8.6




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