必殺!恋のギャンブラー(6)



 文化委員の委員会が行われる教室で俺とサンは並んで座り、会議が始まるまで彼女は俺に改めて委員会の諸々について説明をしてくれた。
 資料に目を通して委員会の事について大体の理解をした俺は、彼女が傍で話すのを少し余裕を持って眺める事ができるようになった。
 どうして俺はサンを好きになったんだろう。
 俺はワイワイと楽しく話すような感じの女の子が好きだったのに。
 サンの落ち着いた静かな感じ。
 そんな雰囲気が、突然俺にガツンと来たんだ。
 このサンがいつか俺に優しく笑ってくれたり、楽しく話をしてくれたら、俺はどんなに幸せな気分になるだろう。
 想像するだけでゾクリとした。

「聞いてる? 切原くん」

 そんな俺の想像を、彼女の落ち着いた声がさえぎる。

「あ、うん、聞いてるってばよぅ」

 俺は慌てて、サンがまとめてきた先日のアンケートの集計結果の用紙をもっともらしくペンでなぞったりしてみた。そんな俺にサンはまだ何かを言おうとするけれど、その言葉の続きは発される事なく視線は俺から余所へと移動した。
 彼女の視線の先……教室の入り口を見ると三年生の委員と顧問の先生が入ってくる。
 顧問の先生と並んで入って来たのは、英研部長の西野先輩と……いつか渡り廊下の下で彼と一緒に歩いていた女の人だった。

「遅くなってすまないね」

 英研部長は穏やかな笑みを浮かべ、しっとりとしたテノールの声で言った。
 そして俺の方を……正確には多分俺の隣りのサンを見て、やあ、というように手を上げる。それも何ともいえず優雅なしぐさだった。
 この声できっと流暢な英語を発音し、この手つきでなめらかなボディランゲージを見せるのだろうなと俺はついつい想像をする。
 英研部長と、一緒に来た女の人は並んで座った。
 そうか、彼女がもう一人のクラスの文化委員か。
 この前の一緒に歩いている時の雰囲気からして多分まちがいなく、西野先輩の彼女だろう。
 いかにも三年生の女の人といった、大人っぽくて落ち着いた頭のよさそうな人だった。
 だけど……。
 俺は気付かれないように本当にちらりと、隣りのサンを見た。
 俺に委員会の説明をしてる時よりも、ちょっとだけ緊張したようなとりすました表情。
 西野先輩の彼女よりも、サンの方がずっときれいで素敵だと思う。
 今、じっとサンを見てしまったら、きっと彼女はまた眉間に皺をよせて俺を見るだろう。それが俺にはわかっていたから、俺はずっと資料を見るふりをして視界の端っこで一生懸命彼女を見た。
 大丈夫だ、サン。
 俺がいるから。
 俺がいるから。
 そんな、まったく意味のない訳のわからない事を心で唱えながら、俺はじっと彼女の隣で座っていた。
 


 間もなく委員全員が揃い、委員長である英研部長・西野先輩の議事進行のもと時間どおりに委員会が開催された。
 内容は想像通り、退屈なものだった。
 各クラスのアンケート結果を読み合わせて、広報のたたき台を話し合って。
 それもほとんど従来の内容についてなぞるような意見しか出てこない。
 ばかばかしくって、俺はさっさと自分たちで作業をしたいなと思った。
 俺は会議中、ちらちらと英研部長とその彼女、そしてサンを観察した。
 サンは見事に冷静に、会議に没頭している。もしかしたら、それなりに英研部長たちを意識しているのかもしれないけど、それを表に出さないという事には成功していた。
 大人っぽいだけじゃなくて、思ってたより気の強い人なんだな。
 ふと、そんな風に思った。

「それでは、今回の広報は2年7組の担当でよろしくたのむ。アンケートの集計結果はデータベースに入力してあるので、どうぞ利用してください。それでは、解散」

 やっと終った!とばかりに俺が配布資料を鞄にしまっていると、英研部長が俺たちの方へやってきた。

「上妻くんの代理って、切原くんだったんだ?」

 そしてまったく嫌味ったらしくないサワヤカな笑顔で俺に向かって言った。
「はぁ、そうっス」
「丸井やジャッカルの後輩だよね? 時々うちのクラスに来てる」
 とても親しみを込めた、優しげな顔で言うのだった。
 あー、こりゃあ女子が好きになるのも無理はない。
 仁王先輩や丸井先輩なんかとは芸風が違うけど、いかにも女子が好きそうな落ち着いたいい男だ。俺は少し口をとんがらせて、小さくため息をつく。なんだよ、こんなイイ男、つっこみどころがないじゃねーか。
「そうそう、さん、これ渡しておくよ。僕が広報を担当した時のファイル。レイアウトだけでも使えそうだったら使ってみて」
 そう言って小さなUSBメモリーを差し出した。
 俺はそれを見て、とっさに言った。
「いや、西野先輩、いらないッス。俺たちは俺たちのやりかたで、俺たちの広報を作るんで」
 英研部長の目をじっと睨むように見て言う俺を、サンは驚いた顔で見る。
「切原くん、何言ってるの、レイアウト最初から作るの大変なんだよ!」
「俺がやるっていったら、やるから!」
 俺はなぜかムキになって怒鳴ってしまう。頭の中では、俺のこういうところがガキくさくてきっとサンも呆れてるんだと分かってるのに、止められない。
 とにかく俺は、俺とサンの作業の中に、英研部長の気配が入る事が許せなかったのだ。
 バカみたいに怒鳴った俺に、英研部長はふっと穏やかに笑ってそしてメモリーを引っ込めた。
「うん、そうか。そうだね、そういう事も重要だ。さすが切原くん。じゃあ君たちの広報、楽しみにしてるよ」
 そう言って(これまたまったく嫌味じゃない穏やかな口調で)、俺たちに手を振ると同じクラスの彼女と一緒に教室を出て行った。



 その後、俺とサンは情報処理室へ行く。
「切原くん、部活行かなくていいの?」
 サンは情報室のPCを立ち上げてながら俺に言う。
 俺とサンは一台の端末の前に椅子を二つ置いて、画面をのぞきこんでいた。
「大丈夫、今日は委員会があるから遅れるって副部長に言ってある」
「そう。テニス部は部長も副部長も厳しいって聞いたから」
 彼女は言いながら文化委員用のデータベースを開いた。
「あ、このデータベースでアンケートの集計結果とか、各クラスの委員が入力したのを集めてあるの。過去の広報のデータもあるけど、手書きで作る人もいるし、フォーマットとかはあんまり置いてないわね」
 俺が英研部長のデータを断った事を、サンはもっと怒ってるかと思いきや、そうでもないようだった。怒っているというより、呆れてるという感じではあるが。
「……切原くんて、PCで資料作ったりするの得意なの?」
 プリンターの電源を入れて、俺に尋ねてくる。
 俺は少し黙ったままでいて、それからブンブンと首を横に振った。
「……なのに、あんな事言って、変わってるのね」
「だって、なんつうかさ」
 俺はあの時に思った本当の事は言えず、少しもじもじと考えてから続けた。
「せっかくやるんだったら、前のヤツと同じとかじゃなくて、一から新しいモン作る方がやりがいもあるし面白いじゃねーか」
 俺が言うと、サンは少し驚いた顔をして俺をじっと見た。
 プリンターから出てくる用紙を手にとって、そして少し笑った。
「へえ。カッコイイこと言うじゃない」
 彼女が俺に手渡したのは、アンケートの総合結果の単純集計だった。
 それを見ると、一番下に、「その他:ジョン・レノン、イマジン」と入力されているのが目に入った。
「今日はとりあえずこれだけプリントアウトしておくから、目を通しておいて、あとは明日からやろっか。できるだけ昼休みにやっちゃおう」
 サンの表情は、今日一緒に委員会に出席した時よりも少しやわらかくなっているような気がした。俺のとっさの対応は、意外と彼女に好印象を与えたのだろうか。
「おう、そーだな」
 俺は彼女から手渡された用紙を鞄にしまった。
「ファイル、借りて行っていい? 家でも読んでくるわ」
「うん、いいよ。……切原くん、結構まじめなんだねぇ」
 おお、これまたもしかして俺様イメージアップなのか?
 俺はちょっと嬉しくなって調子にのってしまった。
「あのさ」
 そして、思い切って続けた。
「あの……わかんねー事とかあったら聞きたくなるかもしんねーし、あの、携帯の番号とかメルアドとか教えてくんねー?」
 俺はできるだけ、なんでもないように事務的に聞こえるように言った。
 静かな情報処理室の床が、俺の心臓の鼓動で揺れるような気がした。
 サンは一瞬黙ってじっと俺を見たけれど、すっと鞄から携帯を出すと自分の番号とメルアドを表示させて俺に差し出す。
 俺はあわててそれを自分の携帯にメモリーした。
「ええと、じゃ、俺の番号、発信しとくから」
 俺はなんだか舞い上がったまま、彼女に空メールを送り、そして一度通話ボタンを押して発信した。
「じゃ、俺、部活行くわ」
 これ以上だらだらして彼女の心象を悪くしちゃかなわない。俺はさっと彼女に手を振って、情報処理室を出た。
 廊下を走りながら、俺は携帯にメモリーされた彼女の番号を見て、ぎゅっと電話を握り締めた。

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2007.8.5




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