必殺!恋のギャンブラー(5)



 俺がに話しかける度、彼女は嫌そうな顔をしたり驚いた顔をしたりなわけだが、おそらく今回が今までで一番のリアクションだ。

サン、俺、文化委員代理になったんで、今日の委員会ヨロシク」

 俺の一言には目を丸くして驚き、そしてしばらく言葉が出なかった。
 俺はこの突然の展開のどさくさにまぎれて、彼女の親しい男友達がそう呼ぶように、彼女を『サン』と呼んでみた。
今まで心の中でつぶやいてみた事はあったけど、実際に口に出した事のなかったその呼び名は、声にしたとたんなぜか不思議な力を持つ。
 例えて言うなら、行った事のない遠い外国へのエアチケットを手にしたような気分だ。その国の土地を自分の足で踏みしめてはいないけれど、自分はいつでも飛んでいける。そんな力を手に入れたような感じ。
 サン、と名前で呼んだだけでそんな気分になる俺は、相当おめでたいのかもしれないけれど。

「……どうして、切原くんが?」

 彼女はしばらく俺を見てから、ようやく口を開いた。
 俺は先生から言われた事をそのまま彼女に伝える。

「そうなの」
 
 サンはふうっとため息をついた。

「私、一人でも大丈夫なのに。広報を担当するのも初めてじゃないから。……切原くんは部活でレギュラーだし試合も近いから忙しいでしょう? 代理を立てなくても大丈夫って、私から先生に言おうか?」

 予想通り彼女は俺と委員をやるのは気が進まないのだろう。
 でも俺は平気だ。

「いいよ、本来は全員どこかの委員に所属しなきゃなんねーのに、俺、ちょっとズルしてやんなかっただけだからさ。たまにはちゃんとクラスの仕事やるよ。だから……弁当食った後、時間があったら委員会で話し合う事とか、ちょっと教えてくんね?」

 試合は序盤が大切だ。
 まずは手堅く。
 
 俺はきちんと誠実な態度で、サンを見つめて一言一言伝えた。
 彼女も俺をじっと見つめて、そしてため息とともにあきらめたように小さくうなずいた。



「文化委員の仕事ってね、大きなものは文化講演会と音楽集会の企画と実施なの」

 サンは委員会のファイルを広げて俺に説明をしてくれる。
 俺はサンの机の隣りに椅子を持ってきて、彼女の言葉に熱心に耳を傾けた。
 彼女の言葉が、俺のためだけに紡がれる事が嬉しくて、普段だったら退屈で仕方ないだろう委員の仕事について俺は真剣に理解しようと努めた。
 今日放課後に行われる文化委員の集まりでは、先日集めた音楽集会に関するアンケート結果のすり合わせ、及び次号の広報の内容についての話し合いが行われるらしい。
 そして、その広報の作成が俺たちの役目になるとの事だ。

「ここに今までの文化委員の広報がファイリングしてあるから、一応見ておく?」

 彼女はどうせ俺が広報なんか見ちゃいないとお見通しなのか、ファイルを差し出してきた。俺は素直に肯いてそれを手に取った。
 パラパラとめくってみると、丁寧に段組みされた広報がびっちりファイリングされていた。これを二人で作るのか。思った以上に大変かも、とため息が出そうになる。
 ふと、先月の広報の文責が目に付く。
 西野達也。
 英研部長だ。奴も文化委員だったのか。
 なる程、俺が文化委員代理をやるのをサンが嫌がるのは当然だろう。
 けれど俺は俄然やる気が出てきた。
 俺は、やればできる奴だ。バリバリ仕事をするぞ。英研部長にだって負けない。
 俺が広報を見ながらそんな事を考えていると、俺とサンの前に誰かが立つ。
 
「あ、上妻の代わりに文化委員やるの、切原なんだっけ?」

 そう言って来たのは、クラス委員の黒木だった。
 いつもサンたちと仲良くしてる奴だ。

「上妻もしょうがないよなぁ、柔道部のくせに体育の時間の柔道で骨折するなんてさ」

 黒木はさわやかな笑顔で言って俺とサンを見た。

「そんな事言っても、本人が一番ショックなんだから」

 サンは静かに笑って諌めるように言う。
 黒木は俺の手元のファイルをちらりと見た。

「ああそうか、広報の担当なのか。それで忙しいからって、代理を立てたんだな。……切原、テニス部の試合もあるし忙しいだろう? 俺も手伝おうか?」

 黒木は俺を見て優しげに笑い、そして伺いを立てるようにサンを見た。
 俺にはすぐ分かった。
 コイツはサンが好きなんだ。
 サンが何かを言う前に、俺が口を開いた。

「いや、いいよ。代理とはいえ俺が引き受けた仕事なんだし、作業は人数が多いからってはかどるモンじゃねーし」

 俺がきっぱりと言うと、黒木の優雅な笑顔は一瞬姿を消した。
 サンは俺と黒木を交互に見て、そして少し黙った後、黒木を見上げた。

「うん、そうね、二人で大丈夫。私、前にも広報は作った事あるし。ありがとう、黒木くん」

 彼女の言葉に黒木は軽くため息をついて、またニコッと品の良い笑いを浮かべる。

「そうか、わかった。何かあったら、いつでも言って」

 そしてそう言うと、手をひらひらとさせて自分の席に戻って行った。
 俺はふんっと鼻息を荒くしてファイルを閉じた。

サン、これ、ちょっと借りてていーか? 委員会までに目を通しとくから」

「うん、いいけど……」

 少々意外そうな彼女の視線を受けながら、俺は張り切ってファイルを抱え自分の席に戻った。
 俺は、黒木にも英研部長にも負けねー。
 俺が一番頼りになる男になってやる!

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2007.8.4




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