必殺!恋のギャンブラー(1)



「ねえねえ、赤也ってば。仁王先輩って、彼女いるの?」
「知らねーよ。わっかんねーもん、あの人。モテるから、いんじゃねーの?」
「ガハハハ、いなかったとしても、おめーは相手にされねーって」
「ちょっと高津、ひっどーい! アンタには何も聞いてないじゃん」

 教室で、俺の周りには仲の良い仲間が集まる。
 そいつらとこんな風にバカ話をするのが、俺は大好きだ。
 仲の良い男達は運動部の元気が有り余ってるちょっとバカな奴らで、女子は明るくてよくしゃべるノリの良い奴。
 俺の周りはそんな感じ。
 朝からギャーギャーと騒いでる俺たちの前を、一人の女子が通って行った。
 誰もが気にも留めない中、俺はちらりと彼女を目で追う。
 彼女は俺の席の少し前で、席に着くと近くの奴らと集まって静かに話を始めた。

「おっ、フィロゾーフのサロンの始まりですな」

 俺の視線の先に気付いたという訳じゃないだろうが、仲間の高津が何気なく笑って言った。
 俺はそれを無視して周りの女子たちと、ふざけた噂話なんかを続ける。
 時折、彼女の方をちらちらと見るのはやめないままで。



 俺にとってクラスの女子っていうのは、大体三つに分けられる。

 一、大人しくってちょっとガキっぽい奴。
 二、そこそこ明るくて、よくしゃべる楽しい奴。
 三、大人っぽくて頭が良くて、俺なんかとはふざけたりしない奴。

 つまり俺が普段仲が良いのは二番目に分類される女子で、今まで好きになったりしたのもこういう奴。

 けど、二年生になって俺は初めてそれまでとは違うタイプの女子を好きになった。
 いかにも手ごわそうな、キレイなコ。
 つまり、三番目のタイプだ。
 きれいで、大人っぽくて、洒落てて、俺とはぜんぜんしゃべらないような。
 それが、さっきから俺がチラ見している、

 どれだけ見ていても俺と彼女のおしゃべりの輪は、まったく交わる気配はない。
俺たちの交友関係は、見事に重なっていないのだ。

 俺の仲間から「フィロゾーフのサロン」と評される彼女と友人達は、これまた同じように大人びたキレイな女友達に、そしてクラスでも成績の良いスカして気取った男の奴ら、そんなメンバーだ。
 フィロゾーフってのは、歴史の授業で習ったばかりの言葉。なんだっけ、18世紀のフランスのサロンに集まる知識人の事を言うらしい。そういう覚えたての言葉をここぞとばかり使いたがるのが、またバカな俺たちらしいだろう?
 とにかく、フィロゾーフな彼女は俺たちとはぜんぜん違うんだ。
 なんて言うんだろう。
 カラオケでガンガン歌ったりジャンプなんか読んでる俺たちに比べ、洒落た洋楽を聴いて洋書のペーパーバックなんか読んだりしてるあいつら。
 つまりはそんなふうに、違うんだ。
 俺は別にそういうの羨ましくはないけれど、みんなが「フィロゾーフ」なんてからかい気味に陰口をたたくのは、まあやっかみ半分ってのもある。


 そんな風に、まったく接点のないようなコをどうして好きになったかって?
 実は、ほんの数秒、瞬殺だった。


 二年生になったばかりの頃、俺は窓際の自分の席で早速仲良くなった仲間たちとバカ話をしてた。
 天気の良いその日は、窓から心地よい風が入ってきてて。
 その時、がふと窓の方にやってきてカーテンに触れた。
 そう、風でカーテンがばさばさと暴れてたんだ。
 俺たちがワイワイ話してる中、彼女は静かにカーテンをまとめてフックに留めた。
 それはとても優雅だけど、さりげないしぐさで。
 窓から吹き込む風でなびいた彼女の髪、そこからのぞいた形の良い耳、白いうなじ、小さな顎、全てが驚くほどきれいだった。
 その瞬間、俺の耳には周りの仲間の話はまったく入ってこなくなった。
 彼女が俺の前で一連の動作をしていたのはほんの数秒。
 でもそれは、ものすごく長かったような気もする。
 その時の彼女の横顔、きれいな指の動き、俺は今でもリアルに頭の中で再生する事ができる。それくらいに集中して見ていた。
 俺は彼女がどんな人なのか、どんな風にしゃべるのか、そんな事さえまったく知らなかった。
 それなのに、その時のほんの数秒であっという間に恋に落ちてしまったのだ。



 さて、俺のそれまでの恋といえば、大体は仲間内のよくしゃべるコを好きになっていたものだ。
 俺は片思いを隠したりする方じゃないから仲間内で、『俺、〜が好きなんだよねー!』なんて盛り上がっては、からかわれたり後押しされたりして、上手く行ったり時には振られたり。俺はそんなワイワイとした過程も含めて、楽しんでいた。
 けれど、当然今回はそういう訳にはいかない。
 だから、に恋をして二ヶ月近く経ってはいるけれど、俺は未だ何の行動もできずにいた。
 正確には何度か話しかけた事がある。
 もちろん彼女は愛想良く応えてくれはするけれど、彼女の態度は話すたびに『初対面の人』と話すようで、とにかく俺に無関心だという事がわかる。
 俺はこれでも、テニス部の二年生エースとして結構モテる方なんだけど、彼女はどうもそのあたりには関心を示さないようだった。
 つまり、俺の切り札である「噂の二年生エース」はまったく効果がないし、交友関係も接点もないし、俺の手持ちのカードは今までで最悪なのだ。
 こういうスタートは初めてで、どう展開していったら良いのかわからない。
 もうすぐ夏だというのに、俺は何をやっているのだろう。
 ろくにしゃべった事もない女の子を好きになるなんて初めてだし、自分が気になった他人からまったく興味を示されないのも初めてで俺は戸惑いっぱなしだ。
 蒸し暑い日が多くなってきた近頃、俺はさすがに少しずつ焦ってきた。

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2007.7.27




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