● 恋は最後のフェアリーテール(7)  ●

「ああ、さんも一緒に行かれるのですか。たまにはいいですね、きっと賑やかで楽しくなります」
 放課後、私と真田くんは柳生くんとも連れ立って、柳くんに言われたように待ち合わせ場所の正門に向かった。
 歩きながら柳生くんはにこやかに真田くんに声をかけている。さらりとこういうソツない振る舞いができるからこそ、紳士と呼ばれているのだろうなあ。
 正門には、既に幸村くんと仁王くん、そして柳くんが来ていた。
「今、ジャッカルがブン太を呼びに行っているところだ」
 柳くんが私たちに手を上げてみせて、そしてそう穏やかに言った。
「やあ、真田。ああ、さんも連れてきたんだね。フフ、仲が良いんだな」
 幸村くんがあの優しげな笑顔でちょっとからかうように言う。
 私、自分の友達なんかにこういう風に言われたりするのはそんなにイヤじゃないけど、こうやってあんまり親しくもない人から公然といじられるのは苦手なんだよなあ。
 自然と嫌そうな顔になってしまう。ま、こんな顔は真田くんらしくていいかもしれない。
 一方、真田くんは、自分にとってはなじみの友達ばかりのためか意外と普通になんでもないような顔をしてる。
「ブン太、遅いぞ!」
 柳くんが顔を上げて声をかける先には、ジャッカルくんにせかされてやってくる丸井くんがいた。
 これで三年生元レギュラー全員か。尚、切原くんは勿論部活中。
「よし、じゃあ行こうか」
 幸村くんがマフラーを翻して歩き出した。
 それにしてもテニス部の男の子たちっていうのは、やはり目立つ。
 皆、体が大きいししかも姿勢が良いからきりりとしているのだ。
 そんな中に、私の姿をした真田くんがちんまりと混じっているのはやや違和感がある。
 珍しく感じるのか、周囲の生徒達もちらちらと見ていた。
 なんだかいつもの私の友達と連れ立って歩くのとは、当然だけどやっぱり雰囲気が違う。皆、歩きながらわいわい騒ぐわけじゃなくて静かなんだけど、気詰まりっていう訳でもない。女の子同士みたいにくっついて歩くんじゃなくて、それなりに距離を保って歩いていて、そのつかず離れずな感じっていうのは、ああ本当に気心が知れてるんだろうなあと、ちょっと新鮮に感じた。
 私たちが幸村くんに率いられて到着したのは、学校からさほど遠くないところにあるカフェだった。カフェといっても、ファーストフード店に毛が生えた程度の気軽なキャッシュオンの店だ。チェーンのファーストフード店に比べれば少しだけお高いけれど、ボリュームがあって美味しいから、クラスメイト達もよく利用している。真田くんたちも男の子同士でこんなとこ来てたんだ、知らなかった。
 店に入ると、ちょうど大きなテーブルが空いていて、仁王くんがさっさと奥に入った。
 仁王くんはこうして皆でいると、意外に静かだ。でも、そういうのが確かに似合っている。奥の壁際の席っていうのがね。
 なんて事をふと考えていたら、幸村くんにポンと背中を小突かれた。
「真田、座りなよ」
 彼は真田くんがさっさと座った席の向かいを指して言った。
 ああ、結構気遣ってくれるんだなあ。
 軽く頭を下げて腰をおろした私の隣に、彼も腰掛けた。
 ちょっと緊張するけれど、前にはちゃんと真田くんがいるし私の隣には柳くんが先に座っていたし、大丈夫だろう。でも願わくば、一番端っこに座ってなんだかんだと楽しそうに話しているジャッカルくんと丸井くんの隣辺りでのんびりしたかったな……。ま、今は真田くんの姿だから、向こうはのんびりどころじゃないかもしれないけど。
 私たちはそれぞれに飲み物や軽い食べ物を頼んで一息ついたところで、何気ない談笑が始まった。真田くんは隣になった柳生くんと、なにやら風紀委員の話なんかをしてる。そういえば、明日が委員会って言ってたから気になっているのだろうか。柳生くんは真面目でいい人なので、私がそんな事を聞くなんて、などという疑問はあるかもしれないけれどそれは表に出さず丁寧に対応してくれていた。
 それにしても、私と真田くんの中身が入れ替わってしまっているなんていう特殊な状況でなければ、私ももう少しこの場を楽しむ事ができるのかもしれないけど、早く用事を終えて帰りたいな。
 そんな事を考えていたら、それぞれの注文した品が運ばれてくる。
 私は目の前に運ばれてきた大好きなチーズ入りのベーグルをちょっとわくわくしながら見つめて、ふと真田くんを見ると、彼はなんとがっつりカツサンドを頼んでいる! ちょっと、晩御飯前にどれだけカロリーを摂取してくれる気なの!
!」
 私はとっさに、彼の皿と私の皿を取り替えた。
「それは、俺の頼んだものじゃないか。お前のはこっちだろう」
 一瞬彼は不満そうに私を見るが、はっと我に返ったようで、うん、と小さく肯いた。
 まったく、食べ過ぎないでって朝言ったばかりなのに。
 隣では幸村くんが、ふふふと笑いながら、『真田は本当にここのカツサンド、好きだよね』と言った。真田くん、好物を奪って申し訳ないけれど、もしちゃんとお互いに戻れたらその時はおごってあげるから。私は勝手に心の中で約束をしつつ、さくりと一口カツサンドをかじった。おお、これは確かにすごく美味しいかも。
「ところで、今日皆で久しぶりに集まったのは、この休み中の事なんだ」
 幸村くんがようやく口火を切った。まあその主旨は皆知ってはいたようで、うんうんと肯く。
「来年になれば我々も内部受験とはいえ少々忙しくなるし、この休みの間に一日くらい皆で集まって久しぶりに打ち合いたいと思うんだよ。勿論、赤也も呼んでね」
 その件には誰も異論はないようで、いつにしようか、場所はどこで、などとわくわくした話し合いが始まった。
「赤也も夏が過ぎてからぐっと落ち着いて成長したけどね、やっぱりまだまだ未熟なところがある。鍛えてやれるのも、これが最後だからさ」
 なんて言いながらも彼は嬉しそうで。
 幸村くんは夏まで、病気で戦線離脱していたんだっけ。その間皆と離れていた事を、もしかしたら今でももどかしく感じているのかもしれないな。そんな気持ちを、きっと皆も察しているのだろう。
 ふうん、何て言ったらいいのかわからないけど、男の子同士の友達って女の子同士とはやっぱりちょっと違う。違うけど、結構いいものだな。
 皆、切原くんについてはやいのやいの言いながらも結局のところ可愛くてしかたのない後輩のようで、彼についてのいろんな話を交えながら新年の練習会は、4日あたりでなどと話が落ち着いて行った。私は、うむ、うむ、などと適当に相槌を打ちつつ、その日自分も真田くんとしてテニスをしなければならないのだろうか、とまた新たな不安などを胸に抱えたりする。
「そうだ赤也と言えばさ、好きな女の子がいるの知ってるか?」
 もくもくと食べていた丸井くんが突如口を開いた。
「それは初耳ですね」
 柳生くんが上品に紅茶をすすりながら言った。
 へえ、切原くんにね、と私も単純な興味で丸井くんを見て次の言葉を待った。
「ほら、二年生の風紀委員のコだよ。柳生と真田は知ってるだろぃ? 三島さんっていうんだったかな」
 ああ、あの子か。なるほどねえ、切原くんは彼女を好きなのね。
 などと私が呑気に考えていると、隣で幸村くんがくくっとおかしそうに笑った。
「そうか、赤也も可哀想に。あの風紀委員の子は、あれだろう? 真田の事が好きだろう?」
 そして、当然のように言うのだ。
 突然に矛先が私たちに向けられた事に、ぎょっとしてしまう。
 そんな彼の言葉に、『へー、真田もスミに置けねーな』と丸井くんは明るく笑って、その向かいではジャッカルくんが、『どさくさに紛れて、俺のポテト食うなよ』なんて抗議している。
 そんな呑気な二人と、私たちの席の辺りはほんの数メートルしか離れていないのに、この瞬間かなりの温度差があった。
 幸村くんは明らかに真田くんである私の、何らかの反応を待っている。面白そうに。
 そしてそれを見守る、柳くんに柳生くんそして仁王くん。
 それぞれの思惑はわからないけれど、真田弦一郎の何らかのアウトプットが待ち望まれているわけだ。
 ……いや、大丈夫。ここで私が『何をバカな事を言っているんだ。たるんどる』と落ち着いて一言言えば、話は終るはず。
 と、思いきや。
「幸村くん、何を言っているの! 彼女はただの風紀委員の後輩で、真田くんとは何もそんな勘ぐられるような間柄では……」
 真田くんが、ひどくあわてて憤慨したような顔でまくしたてるのだ。
 ちょっと、真田くん! 何を言ってるの! それじゃ、私がアホみたいに嫉妬深い彼女といった風情じゃないの! せめてそこは、さらりと笑って『へえ、真田くんももてるんだ』って言うところでしょう! っていうか、真田くんは今真田くんじゃないんだから、余計な事言わないでいいのに!
 私は真田くんの様子を見て激しく動揺してしまった。
「ほう、はクールな女かと思うちょったが、結構やきもち妬きで可愛らしいところがあるんじゃのぅ。真田も男冥利につきる」
 そうやってついに口を開いたのは、真田くんの隣に座っていた仁王くんだった。
 彼は壁際から静かにカフェオレを飲みながらずっと皆を観察するようにしていたけれど、満を持したように言うのだ。その表情は、楽しそうなからかいモードだ。
 彼にそう言われてみて真田くんはある程度我に返ったようで、ちらりと気まずそうに私の顔を見た。
「やきもちだなんて、私、別にそんな事思ってないし、真田くんを疑ったりしてるわけじゃないし。仁王くん、ヘンな事を言わないで」
 真田くんなりにフォローしているつもりなんだろうが、私からすればこれはもうグダグダだ。
 私は一応、幸村くんに向かって『いや、彼女は真面目に風紀委員に取り組んでいるだけで、仕事に私情など持ち込んでなどおらぬ』と冷静に言ってみるのだが、どうやらこの場での彼の興味の対象は『真田くんの彼女』の方に移っているようだった。
 そりゃあ、そんな反応をしてるようじゃ仕方ないよ真田くん。
「ふふ、さん、真田はこれでも結構女の子からもてるんだ。特に、他の学校の子から人気がある。試合の時なんかね、大変だよ」
 へえそうだったんだ。なんて思いつつも、今はそんな事はどうでもいいから、お願い真田くんが取り乱しませんように。
「幸村、お前ほどではないだろう」
 私は内心はらはらしながらも、とりあえずそんな風に落ち着いて言って見せた。
 真田くんは眉間に皺をよせたまま私と幸村くんを交互に見て、また何かを言いそうなそぶり。
 ああ、もう何も言わなくていいから!
 私が祈るような気持ちになっていると、くくくと仁王くんの笑い声。
「幸村、あまり意地悪をしたらいかんぜよ。真田は俺たちにあれこれ言われるのは慣れちょろうが、をあんまりからかっちゃ可哀想じゃろ。、気にするな。真田は誠実な男じゃ、ちゃんとに惚れちょる」
 意外な助け舟だった。しかし、仁王くんて結構こっぱずかしい事を平気で言うんだなあ。
「……うん、仁王くん、ありがとう」
 しかしストレートな真田くんはそんな彼の言葉に、じっと彼を見つめ本当に感謝したように礼を述べるのだった。実際に、心からそう思っているのだろう。
 真田くんもツンデレだけど、仁王くんもからかってみたり助けたり、結構ツンデレだ。というか、彼の場合はわざとなのだろうけど。私は、仁王くんの真田くんを見る目が、ひどく面白いものを見るように変わってきている事に気付く。
 私はもう何を言っていいのやらわからなくなってきて、とりあえず不機嫌そうに眉間に皺をよせているだけ。まあ、真田くん的ふるまいとしては、これでいいかもしれない。
「真田もそうだけど、さんも結構人気があるからね、真田も心配だろう。以前は、ジャッカルもさんが好きだったみたいだし」
 幸村くん、まだ言う!
「ジャッカル!……くん、そうなの!?」
 そして取り乱した真田くんは腰を浮かせて、声を上げるのだ。
 丸井くんと呑気にホットドッグを食べていたジャッカルくんは、『おい、急に俺かよ! いや、俺は別に……!』とこれまたひどくあわてた様でワイワイ騒ぐ。
 あああ、もう真田くん、いいから……。私は顔を覆いたくなった。
 まったく、真田くんにしろジャッカルくんにしろ、どうしてみんな幸村くんの思うツボみたいな反応をしてしまうのだろう。真田くんもまだ険しい顔をしてるし。
 もう本当に早く帰りたい。
 私が途方にくれかけていると、次に助け舟を出してくれたのは柳くんだった。
「まあまあ、いい加減にしないか。今回はせっかく弦一郎がさんも連れて来てくれたんだ。あまりからかうと、二度と連れて来てくれなくなるかもしれないだろう」
 諌めながらも、いつもの穏やかな表情。
さん、皆少々面白がりなところがあってね、悪気があるんじゃないんだ。気にしないでやってくれ。これに懲りずに、また新年の練習会なんかは是非見に来てくれるといい」
 そして、真田くんに言う。いつも私に声をかけてくれる時のように。
「弦一郎もそんなに険しい顔ばかりするな。恋人がいれば、やっかまれたりからかわれたりするのも仕方がない」
 柳くんは大人だなあ。
 私はふうっと表情をゆるめ、うむ、と肯いて彼に微笑んだ。
「まったく、なっていませんよ!」
 一旦落ち着いたかに見えた場で、一人声を上げるのは柳生くんだった。
 私はびくりと姿勢を正す。
「黙って聞いていれば、皆さん、何を言っているんですか。真田くんも三島さんも、風紀委員なんですよ? 真田くんには、さんという人がいるんです。他の女子にかまけたりするわけがありません。三島さんも、真面目な女子なんです。横恋慕なんてするわけがありません。まったく、風紀委員を何だと思っているんですか、幸村くん! だいたいこのようなふしだらな会話は中学生らしくありません!」
 と、突然腹に据えかねたように、柳生くんの『中学生の男女のありかたと風紀委員について』のお説教が始まったのだ。
 柳生くんは穏やかな人だから、しばらく我慢していたすえの爆発なのだろうけど、できれば幸村くんが言い出したしょっぱなに言って場を締めて欲しかったな……。
 あーあ、これで私と真田くんがちゃんとそれぞれの体だったら、私もこの程度の会話、真田くんのあわてっぷりを楽しむ余裕くらいあっただろうになぁ。
 まったく真田くんてば、私ってあんなにやきもち妬きのツンデレキャラじゃないのに……。
 本当に参った。

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2008.1.5

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