● 恋のバッド・チューニング(1)  ●


「悪い。俺、もっさりした女、好きちゃうねん」


 私は中学一年の時、テニス部の忍足くんを好きになった。
 そして数ヶ月の片思い期間の後、夏過ぎに思い切って告白をしたのだ。
 その返事は、冒頭のようなまったく短い一言。

 彼は文句の付けようのない断り文句で、私を振った。
 私は彼の、『天晴れ』とも言えるような見事なセリフに呆然とし、また当然ながら好きな男の子に『もっさり』なんて言われたショックで全身が震えるような思いをする事になる。
 勿論、数日はショックでご飯も喉を通らないくらいだったのだけど、三日ほどしたら

『ヨシ、せめてもうちょっと垢抜けよう』

 と、女子らしい努力をするに至る。
 まあ、中学生の女の子なんてそんなもの。

 そして私は二年生になって、まあベースが十人並なのは如何ともしがたいけれどそれまでよりはちょっとマシになり、夏になるとまだ自分が忍足くんが好きだという事に気が付いた。
 懲りない私は、彼に二度目の告白をしたのだ。
 彼の返事は、今度は前より少し長かった。

「何や、また自分か(関西弁で、「自分」=「お前」の意味らしい)! ……あんなぁ、俺、言うとくけどかなりマニアックなプレイが好きやねん。自分、そういうの平気か?」

 私は一瞬彼の言った言葉の意味がわからなくて、また呆然としてしまう。
 彼は可笑しそうに、そしてちょっと意地悪そうに笑った。

「どうせ、痛いのとかアカンやろ? ハイ、ほな、さいなら」

 そして私に手をひらひらとさせて、その場を去っていった。
 二年生になって少々大人っぽくなっていた忍足くんのその年の私への断り文句は、前年より若干アダルトでハイブロウだった。
 二年続けて告白する私もバカだけど、二年続けてなんとまあ痛烈な振り方だろう。
 私は振られたショックもあるけれど、あまりの痛烈さに、清々しさえも感じてしまった。

 それでそんな風にきっぱりと私を振った忍足くんを、私はきっぱりと諦めたかって?
 頭ではそうした方が良いというのは重々わかっているけれど、なかなかそうはいかない。
 だって、私は彼のああいうところが好きだったから。
 ちょっとキレイな顔をしてて、テニスが上手くて何でもソツなくこなして、そのくせ関西弁でちょっとヘンな事を言ったり辛らつな事を言ったり。
 彼とはクラスが違って親しくはないけれど、私は彼のそんな空気が好きだった。
 だから私の告白に、中途半端にきれいな言葉を並べて断ったりせず、ずばりと断る彼の姿勢は
『やっぱり、思ったとおりの男の子』
と、彼を見直す機会にすらなった。
そんな事を友達に話すと、
、Mっ気があるんじゃないの!」
 と呆れられてしまったのだけど。
 でもとにかく、さすがに私はもう忍足くんに告白する事はないだろうとは思うけど、相変わらず彼を好きだなあと思う気持ちは、私の体の中からなかなか消える気配がないのだった。



 そんなこんなで三年生になった私は、神様は多分、面白がりなのだろうなあと気付かされた。
 今回、三年生になって初めて、忍足くんと同じクラスになったのだ。
 そしてなんと、隣の席。
 目を丸くして隣を見上げる私を、彼は鞄をぽんと机に置きながらちらりと見た。

「おう、自分か」

 そして、さらりと一言。
 私はなんて言ったら良いのかわからなくて、

「……ッス(よろしくおねがいしまっす、のつもり)」
 なんて小さな声でつぶやく。
 忍足くんは一瞬笑って、自分の席に座った。
 私はテキストを用意しながら、少々落ち着かなく時にちらちらと彼を見たりする。
 まったくどうして今更、同じクラス・隣の席だなんて……。
 これからどんな顔をして、どんな風に毎日過ごせば良いんだろう……。
 私は少々、気が重かった。だって、二度も振られた相手なのだから。
 でも……。

 男の子ってすごいなあ。

 忍足くん、毎年すごく背が伸びてて、顔も一年の時からきれいで可愛い顔してるなあと思ったけど、今は少し面長になってとても大人の男の人みたいな感じだ。
 ちょっと長めの髪も彼に良く似合ってるし。
 彼の、クールでちょっと人を食ったような雰囲気というのは、三年生になってまた磨きがかかっているなあ、なんて私は思った。
 そんな事を考えながら、私はハッとして、頭をブンブンと振る。
 ダメダメ、本当にもうだめなんだってば。
 自分で自分に言い聞かせる。
 忍足くんにとって、私は「ナイ」んだから、もういいかげんにしなよ自分!
 もう一度ブンブンと頭を振って深呼吸をすると、ふと忍足くんと目が合った。
 彼はおかしそうに笑う。

「……自分、相変わらずやなぁ」

 私は彼の言葉に少々ムッとした。
 相変わらずって、彼が私の何を知っていると言うのだろう。

「相変わらずって、何がよ」

 私が尋ねると、忍足くんは伊達眼鏡の奥の目を意地悪そうに細める。

「いや、相変わらず、俺に惚れてんねやなぁと思ってな」

 表情も変えずに言う彼を、私はぎょっとして見つめ、そして言葉は出て来ない。

「でもまあ俺、自分はまずナイから、いちいち期待で一喜一憂せんと、気ぃ楽にしときや」

 そして、穏やかな声で続けるだった。
 三年生になって早々、告白もしてないのにこの言われっぷり。
 私は頭がクラクラする。
 彼はかっこよさだけじゃなく、毒舌の方も磨きがかかっているようだ。

「……忍足くんねえ、私、今年はまだ何も言ってないでしょ!」

 思わず私は彼に言い返した。
 悔しいけれど、まだ彼を好き、という事に関しては言い返せない。

「ああ、まあ、せやなぁ。けど、隣の席になったからには何やかや話するやろし、そしたら自分、淡い期待なんかして夜寝られへんようになって、授業中居眠りなんかして先生に叱られて、ほしたら隣の俺まで先生の目ぇ届くようになって、そないなったらかなわんからな。ホラこの席、結構前めやんか。せやから、今の内から言うといたった方が親切かな思てん」

 こんな冗談か本気かわからないような事を、彼は涼しい顔で言うのだった。

「……それって私、笑うとこ? 怒るとこ? どっちなの?」

 私は呆れて彼に尋ねた。
 すると彼は口元を緩めて笑って言った。

「模範解答をすると『イランお世話じゃ、ボケー!』って、軽くツッコむとこやな」

 彼の笑顔は、キレイとかさわやかとか、そういう一言では表わせなくて、なんとも味のある笑顔だった。
 どっちにしても、魅力的であるという事には変わりないのだけど……。
 当分の間この厄介な片思い相手と隣同士で過ごすのかと思うと、かなり先が思いやられる。
 そこまで話して、忍足くんは初めて私の名を尋ねてきた。
「……
 私が少々ぶっきらぼうに答えると、彼は気にする風でもなく
「ふうん、か。わたくし、忍足侑士でございます。ほな、よろしゅう」
 そう言って優雅に椅子に体をもたれかけるのだった。

Next

2007.7.18

-Powered by HTML DWARF-