月曜日、家庭科室準備室にて私は真剣な表情の家庭部3年の面々に囲まれていた。
ちなみに家庭科室は2年生たちがきちんとした活動に使用しているから、まあ私たちは引退したということもあり一応遠慮して準備室を使っているというわけで。
「、どういうこと。計画では、今頃私は不二裕太くんに食べてもらうための第二弾のお菓子を焼いているはずだったけど」
部長の厳しい尋問にさらされていた。
「部長、今は部長のファン活動よりの恋だよ」
他の部員がなだめてくれる。
「そう、それ。繰り返すけどどういうことなの。あんなに観月に夢中で、そして観月からも好きって言われたんでしょ?」
「……う、うん」
「だったらそれでめでたしめでたしのはずじゃない」
「まあまあ、部長もも落ち着いて。が買ってきてくれたクリスマスティーでも飲も。ほら、ちょうど蒸らせたよ」
お茶が注がれたカップからは、昨日観月と一緒に飲んだあの香り。
「ほら、美味しいねえ。さすが観月と選んできただけあるよね」
場を和ませようと皆明るい声を出す。
ふとその時、隣の家庭科室が妙に騒がしい。2年生の子たちの浮かれた声が聞こえる。続いて準備室の戸が開けられた。
「おう、はいるか?」
現れたのはテニス部の赤澤。ああ、2年生の子達が騒いだのも納得。
赤澤は家庭部2年女子に絶大な人気なのだ。
今の2年生が1年生として入部して来た頃、恒例の「新入部員だけで協力しあって何か一品を作る」というイベントの日。毎年その品目はクッキーとかパンとかパイとかそういうものが多いんだけど、なんとその学年はカレーだった。しかも調理室の寸胴大鍋一杯の。
あんたたちキャンプじゃないんだから! カレーって! と当時の私たちは大爆笑をして、それにしてもこんなに食べきれないしどうすんの。となっていた時に現れたのが赤澤だった。カレーの匂いに誘われてやって来た彼は大のカレー好きらしく、ばくばくとそのカレーを平らげてくれたのだ。それ以来2年生女子からはカレー先輩として大人気。
いや、話がそれてしまったけどその赤澤が、家庭科室に顔を出してこっちの準備室を案内されたのだろう。
「ん、どうしたの、赤澤。今日はカレーパンとか作ってないよ」
お茶を飲みながら見上げると、彼は扉を閉めてずかずかと準備室に入ってきて、いつもの大声で言った。
「あのな、観月はが処女じゃなくても気にしないって言ってたぞ!」
ブッハー!
私はまさに漫画みたいに、飲みかけの紅茶をむせて吹き出してしまった。
「ゴホゴホ、赤澤、ゴホゴホ、い、一体何を言ってんの? 何の話してんの?」
がちゃんとカップとソーサーをテーブルに置くと、立ち上がって赤澤に向かって突進した。
「昨日、観月がを好きだって告白したって? それでお前も観月が好きなんだろ。なのにお前、だめだとかなんとかわけのわからん事を言ったらしいじゃないか」
私はカーッと顔が熱くなる。
「ちょ、ちょっと、観月もうそんなことしゃべってるの?」
「誤解するな、観月は頑なに口を閉ざしていたものだから、俺が少々卑怯な手を使って口を割らせたんだ。あいつは悪くない」
「卑怯な手って?」
「あいつが淹れてくれたダージリンとかいう紅茶に、コーヒーフレッシュを入れてやるぞと言って脅した」
「それはひどい!」
家庭部全員の声が揃った。
「それはそうとして、さっきの……処女じゃなくてもとかって、どういうことなのよ!? 男子たちで一体どういう話してんのよ?」
「も観月が好きなはずなのに、なぜだめなんだろうな、と皆で相談してた話題の一環だ」
「ちょっと! それでそんな、私についての根も葉もない話に!? 観月が!?」
「すまない、俺の拡大解釈だな。正確には観月は、お前が1年の頃につきあっている男がいたことなど知っているし、気にしてないっぽいぞ」
「えっ、知ってたの? いや、私だって別にその事は気にしてないけど……待って、私その子とは手をつないだことしかないんだよ! 赤澤、観月に変な話を吹きこまないでよ!!」
私は混乱してわめきちらしてしまう。
「まあ、落ち着け。観月がひどく落ち込んでいるんだ。お前、なにがだめなんだよ」
私がどれだけわーわー言っても、赤澤は落ち着いたものだ。
私は観念してため息をついた。
「……まさか観月が私を好きって思ってくれてるなんて、びっくりして。だって、観月ってかっこよくて、すごくちゃんとしてるじゃない。今みたいに時々話すくらいだったら私もボロは出ないけど、もっと仲良くなって付き合ったりしたら……私、絶対観月に嫌われる。だから、私、もっとちゃんと観月につりあうようになって、それからきちんと好きって言いたいっていうか……。やっぱり前につきあった男の子とうまくいかなかったこともあるから、慎重になっちゃってるっていうか……」
「、お前はそこそこ可愛いし性格も明るいし、お前のこと好きだっていう奴結構いるぞ。十分じゃないか」
「でも私、雑で大雑把だったり小麦粉もまともに計量できなかったり、少々散らかっててもぜんぜん平気だったり……。それに比べて観月はパーフェクトな王子様だから……」
「そうかぁ?」
今度は赤澤の声に家庭部の全員の声も揃った。
赤澤は考え込むように一旦目を閉じてから、顔を上げた。
「よし!」
パン!と手を叩く。
「家庭部部長、ちょっと来い。話がある」
「受けて立とう」
部長が赤澤と連れ立って話をしながら、準備室を出て行った。
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