● 恋のアドベントカレンダー(7) --- 観月はじめの頂上決戦 ●

 その週末、12月に入って最初の日曜日。
 部長から家庭科室に来るようにと言われていた。課外活動扱いで使用許可を取ったらしい。
 言われた時間より早めに家庭科室へ行くと、既に部長がお茶会の準備をしていた。
 横長のテーブルに向かい合ってカップ&ソーサーが4つ、そしてお誕生席にもうひとつ。
「部長、今日のお茶会どういうメンバー? 5人なの?」
「そう。悪いけど、これプレートに一人分ずつとり分けてくれる?」
 調理台に並べられたお菓子を見て私は目を見開いた。
 部長によるお品書きは以下の通り。

クリスマスティーを使ったシフォンケーキ
アールグレイを使ったブッシュドノエル
タルト・タタン
ミルクティーのババロア
アッサムのティラミス

「ど、どうしたのこんなに張り切って……。不二裕太くんでも来るの?」
 冗談半分で言うと、部長が満面の笑みで振り返った。
「その通り! 今日の立会人は不二裕太くんらしい!」
「はあ? 立会人って、何の?」
 何がなんだかわからず問い返すと、その時ちょうど家庭科室の扉が開いた。
 現れたのは、赤澤と不二裕太くん、そして不機嫌そうな顔の観月はじめ。
「決まってるじゃない、頂上決戦よ!」
 部長は腕組みをして言いながら、赤澤をにらみつけた。
「頂上決戦?」
 私は間抜けな声を張り上げてしまう。
「そうだ! 今日はテニス部と家庭部による頂上決戦だ!」
「頂上決戦って一体何の?」
 私がおたおたしていると、部長から一喝。
、ぐずぐずしない。まずお茶とお菓子のセッティング!」
「は、はい!」
 私がプレートとお茶を並べていると、観月と目が合う。なんだか気まずくて、でもちょこんと会釈をすると観月がすっと手を出してくれた。「手伝います」とあの落ち着いた声。
 あれから教室で話すこともなくて、なんだかこの声を聞くのも久しぶりな感じ。やっぱり素敵だな。
「観月、頂上決戦って何なの?」
「さあ、僕もわかりません。お茶会をするからと無理やり連れてこられたのです」
 セッティングを終えて、私たちはテーブルの席につく。
 私と部長が並び、向かいには観月と赤澤。お誕生席には不二裕太くんだ。
「えーと、赤澤部長、これ、俺が読みあげるんですか?」
 これまたいかにも無理やり連れてこられた感じの不二裕太くんが、手元のメモと赤澤を見比べる。
「そうだ、お前が立会人なんだからな」
「は、はあ」
 不二裕太くんは観念したように咳払いをして背筋を伸ばした。
「それではこれから、テニス部VS家庭部の頂上決戦を始めます。テニス部からはマネージャー兼選手・観月はじめ、そして家庭部は調達係・。両者の介添人はそれぞれの部長がつとめます」
「え? ちょ、ちょっと! 一体何を対決するの? こんなの聞いてない!」
 私があわてると、部長にキッと睨まれた。
「いいから黙ってなさい。対決はもう始まっている!」
 そう言われたら黙らざるを得ない。
「対決のルールを説明します」
 不二裕太くんがメモを読み上げた。読み上げながらもちらちらとプレートのお菓子を見ていて、どうやら興味はそちらに移りつつあるようだ。多分、お菓子につられてやってきたんだろうなあ。
「両者に関する恥ずかしい話をそれぞれの介添人がひとつずつ披露していき、どちらの黒歴史がより強烈かを競っていきます。それぞれのエピソードで相手をドン引きさせた方が勝ちです」
 立会人によるルール説明を聞いて、私も観月も思わずガタンと立ち上がる。
「何それ!」
「赤澤くん、裕太くん、一体何をやらせるんです!」
 抗議をする我々に、今度は赤澤くんが一喝する声が響いた。
「黙れ、観月! テニス部が負けてもいいというのか!」
「そうよ、! 我々家庭部はテニス部には負けない、力を合わせて頑張ろう!」
 何がなんだかわからないまま、腰を下ろさざるをえない。
「裕太、進めてくれ」
「はい、それではまず先攻後攻のじゃんけんをしてください」
 部長と赤澤が勢い良くじゃんけんをして、部長が勝利した。
「では家庭部の先攻で始め、以後交互に繰り返します」
 裕太くんはそれだけを言うと、さっそくブッシュドノエルを食べ始める。
「じゃあ家庭部から行きます。は、先々週電車で観月はじめに助けられてから観月のことがが好きで好きで仕方がない!」
 いきなり飛ばしてる!
「テニス部も行くぞ。観月はじめはが好きで好きで、先週デートに行く前日は浮かれすぎて寮の部屋から漏れる鼻歌がうるさくてしかたがなかった!」
 観月は裕太くんをギロリと睨む。
「……我々がお互いに好きだということくらい、知っています。そんなことを言われても、痛くもかゆくもないですね」
「そ、そうよ、全然平気!」
 私たちが言うと、赤澤が「裕太」と促した。裕太くんはもぐもぐと食べていたお菓子を飲み込むと、片手を高々と上げる。
「両者、引き分け!」
「結構手ごわいわね、。じゃあ、これでいこう」
 部長は一口紅茶をのみ唇を潤すと、胸を張った。
は先週観月とデートに行くにあたり、張り切りすぎてフリッフリのドレスをレンタルしようとしていた!」
 これだ! と言いながらスマホ画面を示す。ほほーう、と赤澤も不二裕太くんも目を丸くして画面に見入る。
「ちょっと、やめて! これどうかなーって見てただけじゃない!」
「いや、もしも私が『いいんじゃない』って言ったらポチってたね、あれは」
 うつむいて顔を覆っていると観月の声が響いた。
「様々な選択肢から検討をし、試行錯誤する事は大切です。それに、そのドレスはなかなか悪くありません」
「よし、観月こっちも行くぞ。観月は派手な薔薇模様のブラウスを何着も持っていて、1年の時にクラスの女子からドン引きされていた!」
「そんなの別にいいじゃない! 観月に薔薇、ぴったりだよ」
「そうです、好みの問題です」
「引ひ分へ!」
 裕太くんはシフォンケーキを口に入れたまま手を上げた。

は、お菓子に入れる砂糖やバターの量を直視することが恐ろしく、計量の時は目を細めて焦点をぼやかすから、ものすごく変な顔になっている。

観月はじめは今年の夏、部屋にカナブンが入ってきたと絶叫して不二裕太を呼ぶこと計5回だった。

引き分け
引き分け
引き分け
10時から始まった頂上決戦は正午になってもまだ決着がつかないまま。
 というか、私は部長に暴露されまくって消耗しきっている。
 観月くんも同様、うつむいてこめかみに手を当てていた。
「くそ、家庭部手ごわいな。ここまで言っても引かないとは。観月は結構コスくて、テニスの対戦相手が下痢で不戦勝になったと大喜びするような奴なんだぞ」
「平和的でいいじゃない」
「そうです、試合というのは勝利すればそれでいいんですよ」
「うーむ……」
 赤澤はうなり声を上げて、頭を抱える。
「よし観月、このままでは埒が明かん! 俺たちテニス部は絶対に勝つぞ!」
 立ち上がって観月に向き合ったと思うと、そのままぐわっと観月に覆いかぶさる。
 観月の顔をぐいと自分の方に引き寄せたかと思うと、なんと!
 ぶちゅーっと熱い口づけを交わすのだった。
 その後、観月の絹を裂くような悲鳴が響いたのは言うまでもない。
「どうだ! 観月はじめのファーストキスの相手はこの赤澤!」
 観月はバッグから歯磨きセットをひっ掴むと廊下に飛び出していった。
 部長は厳しい顔で赤澤を睨む。
「さすがテニス部、関東でベスト8に入っただけある……」
「うん、これはさすがにちょっと引く……」
、もしここで私がにブチューといったら引き分けにもっていける可能性も……!」
 部長が真剣な顔なものだから、私はあわてて首を横に振った。
「いや、いい、いい! もう負けでいい! さすがにこれは黒歴史……」
「いよっしゃー!」
 赤澤と裕太くんが立ち上がり、ハイタッチをした。
「よし、頂上決戦、このテニス部がもらったということでいいな」
「仕方がない、完敗よ」
 赤澤と部長がぐっと握手をした。
「負けたからどうだっていうのかもうよくわかんないけど、あんなに身体を張ってまで……赤澤的にはアレいいの?」
「はっはっはっ、俺は全然平気だ! さて、観月の歯磨きは当分終わらんだろうから、片づけをしておくか」
 赤澤と裕太くんがてきぱきと手伝って食器を洗って片付けた。
「じゃあ、私は帰る。今日は堪能させてもらった(不二裕太くんを)」
 部長は満足そうに私に手を振った。
「俺たちも先に帰る。観月の歯磨きはまだかかるだろうから、待っていてやってくれ」
「は、はあ」
 あっさりと帰っていく介添人と立会人。
 一人残された家庭科室には、観月のバッグがぽつんと残っていた。
 今日は一体なんだったんだろう。
 ため息をついていると、扉の開く音がして観月くんが入ってきた。
 さすがにうなだれて、ふらふらだ。
 倒れんばかりの様子で、椅子に腰を下ろした。
「……あの、大変だったね……」
 なんて声をかけていいのかわからなくて、とりあえずそれだけを言う。
 テーブルに置かれた携帯用の歯磨きセットは、歯磨きチューブがぺったんこだ。きっと全部使い切ったのだろう。
「……えーと、あの、お茶飲も!」
 私はそう言うと観月の返事を待たずに、お茶の準備をした。
観月は歯磨き後で味わかんなくなっちゃってるだろうから、クリスマスティーを濃く煮出しミルクティにして蜂蜜を入れてマグカップに注いだ。
 観月の前に差し出すと、うつむいたままカップに口をつける。
「……こういう時、スパイスと甘みが美味しいですね」
 私も向かい合ってマグカップを両手で抱えた。
「あのね、観月」
 一口ミルクティーを飲んで、私は胸の中ではっきりしたことを言葉にする作業にかかる。
「私、観月のことがすごく好き。先週……あんな風に言ってしまったのは……今の私じゃなんだか至らないし、きちんとしてないし、情けないし、きっと観月に嫌われてしまうって思ったから。だけど、今日その……部長が私のヘンな話をあれだけしても、観月がぜんぜん平気って言ってくれたから勇気が出て……うん私臆病だったなって。もし観月に嫌われたりしても、それでも私は観月が好きなままだから」
 整理したつもりなのに、やっぱり何がなんだかわからないや。
「……さん。今日、赤澤くんも言わなかったことで、そしてさんも知らないことがあります。僕とさんに関することです」
「ん?」
 観月は姿勢を正し、髪をちょいちょいと整えて正面から私を見た。
「僕がさんを初めてティールーム・ワルツで見たのは、今年の5月のことでした」
「え、5月?」
 そんな前に?
さんは一人でクリームティーセットを頼んでいました。その姿を見た瞬間、僕はさんを好きになりました。その時からずっと好きです」
 マグカップをテーブルに置いてぽかんとしていると、観月が続けた。
「いつか、ワルツでお茶を飲むさんの向かいに座りたいと、ずっと思っていました。ですから、この前電車で偶然一緒になった時……神様に感謝してもしたりないと思ったのですよ」
 ゆっくりと話す声は、私の耳から身体の奥にしみこんでいくみたい。
「……じゃあ私も神様に感謝しなくちゃ」
 顔を熱くしながら、あと赤澤と部長と不二裕太くんにも、と付け足すと観月は不機嫌そうな顔になる。
「それにしても、まさか赤澤くんからあんな陵辱を受けるとは……」
 片手で口を押さえ、うつむいてぶるぶると震えた。
「ごめんね、私がもっと早く降参しとけばよかったんだよね。でも、観月のどの話も、ぜんぜん引くようなことがなかったんだもの」
「僕も降参する理由がなかったのですから、仕方がない。さんのせいではありません」
 私たちはじっと見つめあったまま。
「今日の僕の赤澤くんによる黒歴史は、まだ挽回することができます」
「え?」
 私は少し考えてからはっと顔を上げて、手元のマグカップを横にのけた。
「……うん、そうだね。赤澤には負けない」
 私たちはテーブル越に顔を近づけた。
 目を閉じると、観月の唇が触れる。歯磨きのミントと紅茶のスパイスとはちみつの混じった匂い。そっと髪に触れてくれる手は優しい。どきどきするような出来事なのに、不思議と安心する。
「……これで、赤澤くんの行為は誤差範囲内です」
 顔を離すと、観月は私をじっと見つめながら自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「私たち二人の逆転勝ちね」
 観月は、んふっと笑った。
「そうだ、さん」
 観月はバッグから紙袋を取り出した。クリスマスのラッピングがされている。
「開けてみてください。本当は先週お渡ししたかったものです」
 中を開けるとツリーの形をした薄いボックス。
「……アドベントティー!」
「自分にも同じ物を買いました」
 クリスマスまでの2週間をカウントダウンするアドベントカレンダーに日替わりのお茶がついているものが、アドベントティー。
「何日かは過ぎてしまいましたが、これからクリスマスまで毎日二人同じお茶を飲みましょう。一緒にいても、離れていても、同じお茶を飲めます」
「うん……すごくうれしい、ありがとう……」
 私たちがもう一度顔を寄せ合おうとした瞬間。

「おーい、観月まだいたか! よかった!」
 
 勢いよく大声で入ってきたのは赤澤、そして部長と不二裕太くんが続いている。
「なっ、なんですか、赤澤くん! 僕はもうきみの陵辱には屈しませんよ!」
 観月があわてて身構える。
「何のことだ? いや帰り道に話をしていたら、家庭部部長が自分も裕太と頂上決戦をしたいと言い出してな」
 えーつ!
 部長を見ると、わくわくした顔をしている。
たちがすごく楽しそうだったから、私も不二裕太くんと対決してみたくなったんだ」
「いや、俺はいいっス……」
 不二裕太くんは明らかに既に引いている。
「今度はお前ら二人が介添人で俺が立会人な! 俺たちはまだまだ上をめざすぞ!」
 赤澤と部長が拳を振り上げた。
 こうきたら、もう仕方がない!
「……よし、まかせといて部長! 私たち家庭部は次は絶対に負けない!」
「僕を誰だと思っているんですか。同じ寮生でテニス部の不二裕太くんのことで知らない事はありません。その中から徹っっ底的に選りすぐったデータを披露しましょう」
 ひぃぃと声を漏らす不二裕太くんとわくわく顔の部長を向かい合わせて座ると、赤澤の「真・頂上決戦開始!」という大声が響いた。
 私と観月のアドベントカレンダーは、こんな感じで始まるみたい。

了 
2015.12.10 「恋のアドベントカレンダー」

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