水と緑と骸骨と(6)
アストン・マーティンのセダンを駆って、次元とマリーはダニエル・ブリルの屋敷に向かった。勿論後部座席にルパンを乗せて。
ヴィンセント邸からは車で数十分の距離にある。
「美人が助手席に乗ってるのにこの俺様が後部座席たぁ、シマらねえ図だな。え?次元よ?」
ルパンは高級車の後部座席にふんぞりかえりながらも不満そうに言う。
「仕方ねぇだろう?俺は彼女の婚約者、お前ぇはお邪魔虫って奴だ」
運転席の次元はからかうように笑いながら、ちらりとミラーに映るルパンの表情を楽しむ。
「なんでぇ、言うじゃねえか」
「それより屋敷の下調べ、しっかり頼むぜ」
「わかってらぁ」
「……ねえ、叔父様の隠しコレクション、私は一度も見たことはないしどこに隠してあるかもわからないのよ?美術館の関係者の中で噂されてるだけで……。本当にみつかるのかしら?それに……クリスタルの方はどうするの?」
心配そうに言うマリーに、次元はしょうがないなと言うように説明した。
「何のために俺が相棒を呼んだと思う?遺言状の開封と金庫を開けるのは明日だろう?ダニエルのコレクションが狙われてるってぇ知ったら、さすがに奴もクリスタルの事だけに構ってるわけにもいかねぇ。ルパンがそっちで撹乱させておいて、クリスタルは俺が事前に盗み出してやる。そうすればあんたも奴にしつこくつきまとわれる事はないだろう。なんたって、ルパン一味に盗まれちまったものはしょうがない」
「……難しい事を簡単そうに言うのね?
「それが大泥棒さ」
ルパンは身を乗り出して、ニッと笑って見せた。
そして、再び後部座席に思い切りふんぞりかえって、外の景色を眺める。
「隠された名画に、マヤの秘宝、そして麗しきパリジェンヌ。アヌシーはいいところだねぇ〜」
鼻歌を歌うルパンをものめずらしそうに振り返りながらくすくす笑うマリーを見て、次元は彼女の中の「大泥棒像」が妙な方向に行ってしまうのではという危惧を抱くのは否めなかった。
湖を回って市街の近くにダニエル・ブリルの屋敷はあった。
これもブリル家の古い屋敷で、荘厳な石造りの邸宅だ。
「俺達はこれからダニエルに会う。お前ぇはその隙に忍び込んで、偵察を頼むぜ」
「おう、まかせとけって」
ルパンは後部座席からウィンクで応えた。
次元はマリーとともにダニエル邸の扉をくぐる。
中に入ってすぐに感じる違和感。
何があるというわけではないのだが、思わずヒップホルスターに隠している銃を確認した。
ヴィンセント邸の、屋敷の中のすべてが一体になっているような落ち着いた雰囲気と違い、なぜだかざわついた混沌としたような空気がそこにはあった。
二人が執事に案内されると、ようやくダニエルが現れる。
朝よりも更にあわててうろたえた様子だった。
「叔父様、朝から様子が変だわ。どうかなさったの?」
さすがにマリーも不審に思ってか、尋ねた。
ダニエルはしばし、型どおりのもてなしの言葉を二人にかけていたが、ふうっとため息をついて上着のポケットから蝋で閉じられていた封筒を取り出した。
「……実はな……今朝家でクロードがこれを受け取ったらしいんだ」
彼の取り出した紙きれを二人はのぞきこんだのだが、次元はその見慣れた内容に思わず声を上げそうになる。
ダニエル・ブリルのコレクションを明日頂戴しに参上する旨を記した、ルパンの予告状だった。
(あいつ、夕べのうちに送りつけてやがったのか!)
マリーも驚いた顔で次元を見た。
「クロードに調べさせたんだが、タチの悪い盗賊らしい。私のコレクションを盗むだと……」
ダニエルはため息をもらしつつも、怒りをあらわにした表情を隠せない。
「すまない、せっかくコレクションを見に来てくれたというのに……。これから警備を見直したりの話し合いがあるんだが、どうぞ絵は見て行ってくれたまえ。マリーは何度も見に来たことはあるからわかるだろう?彼を案内してくれ」
「大変な時にごめんなさい、叔父様」
ダニエルは、気にするなという風に手を振って居間を出て行った。
「……いつも、あんなメッセージを事前に出すの?」
マリーは不思議そうに次元に問うた。
「ああ、主義なんでね」
「……びっくりした。私にはわからない世界だわ」
マリーはため息をついて首を振る。
「ま、勝手に見て行っていいってぇんだったら、偵察にはおあつらえ向きだ」
二人はまずコレクションルームに入る。
中央には、コレクションを鑑賞しながらくつろぐために使っているのか、ゆったりとしたソファとテーブル。そして壁には、ゴーギャン、ラトゥール、ロートレック、ドラクロワなどの絵がびっしりと飾られている。
次元も思わず息を飲んだ。
「……すごいでしょう?どれも真作よ。しかも良い作品ばかり」
マリーはうっとりしたように部屋を見渡した。
「確かに、あんたの叔父さんは目利きで、かなりの好きもののようだな」
次元はぐるりと絵を見て回る。
ポケットの煙草をさぐって火をつけようとすると、その手のライターを不意にマリーに奪われた。
「何すんだ」
「絵を見ながら煙草を吸ったりしてはダメよ。大体あなた、煙草吸いすぎ」
次元は何か言おうとするが、肩をすくめて煙草をくしゃっとポケットに戻し、大人しくその両手はポケットにつっこんで絵画を鑑賞した。
きちんと修復のされた、保存状態の良いそれらは、確かに紛れもない真作で良品ぞろいだった。こういうコレクションを持つ男の隠しコレクションはさぞかしすばらしいものだろう。しばしこの家にやってきた目的も忘れ、次元はそれらに見入ってしまった。
はっとして、ネクタイピンに手をやった。
「そうだ、こうしちゃいられねぇ」
ネクタイピンの小さなボタンを押す。ルパンとの通信機だ。
「おい、ルパン。お前の予告状で、ダニエル・ブリルはてんてこまいだぜ。そっちはどうなんだ?」
「お〜う、無事忍び込んでるぜ。今、地下の廊下にいるんだが、この屋敷、どうも見た目より人の気配がしやがるのが気に入らねぇ」
「気をつけろ、何かあったら連絡してくれ」
「りょう〜かい」
通信は切れた。
「この屋敷は地下まであるのか?」
「知らないわ。昔から叔父は苦手だから、このコレクションを見に来る以外、ほとんどここには来たことがないもの」
「なんだ、頼りねぇなあ」
「そんな事言ったって、私、あなたたちの泥棒の手伝いをするっていうわけじゃないんですからね!」
憤慨したようにマリーは言う。
次元はそんな様子を無視して、廊下に出た。
造りと構造からして、相当古い屋敷だ。地下に部屋が作りこまれているのも納得で、まあ普通に考えたらそこにコレクションが隠されている可能性が高い。だからこそルパンは真っ先に地下に忍び込んだのだろう。
部屋を出る次元の後にあわててマリーもついてきた。
が、すぐに次元は足を止めることになる。
クロードが、そのぴかぴかの靴の高らかな音を廊下に響かせながら急ぎ足でやってきたからだ。
次元とマリーの前で彼は足を止め、じろりと二人を見た。
次元はニッと笑ってマリーの肩を抱き寄せた。
「やあ、朝に改めて挨拶をしたかったんだが、お会いできずに無礼をしたな。具合でも悪かったのかい?今、素晴らしい絵画を堪能させてもらったところだ」
クロードは一瞬激昂した表情を見せるが、すぐにふんっと鼻から息を吐いた。
「こちらこそお相手ができず申し訳ない。ちょっと忙しいんでね」
細身のスーツのジャケットのすそを翻して、二人の横をすり抜けた。
その時、次元の左手から何かがキラリと光るのを、マリーは肩越しに目で追った。
「……あなた、結構意地が悪いのね?」
マリーは次元の腕の中から彼を見上げて悪戯っぽく言った。
「俺が性格の良い男に見えるか?ま、ああいう坊やはちょいといじめたくなるのさ」
次元は意地悪く笑いながらマリーの肩に回した手を離した。
「……クロードに何かしたでしょう?」
マリーの目の前でその左手をひらひらとさせてみせる。
「ちょっとな。仕掛けをしたのさ」
またネクタイピンに触れた。
「……ルパン、もうすぐそっちに男前の坊やが現れるぜ。見つからねぇように注意しろ」
「りょうっかい」
ルパンの返事を聞くと、次元はくるりと方向を変えてクロードの歩いていった方へ進む。
「後をつけるの?」
マリーは驚いて次元の後を追う。
「ああ。俺一人でうろうろするわけにはいかねぇ。あんたも来な」
「だから私は泥棒の手伝いをするわけじゃないって……」
また繰り返すマリーの声を無視して、次元は先に進んだ。
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