水と緑と骸骨と(10)
突然の銭形警部の闖入に、次元も五右ェ門目を丸くする。
「またまた早いご到着じゃないの、とっつぁ〜ん」
ルパンは苦笑いをしながら、じりじりと後ずさりをする。
「善意の市民からの通報があってな。さて、大人しくお縄についてもらおうか」
ぶんぶんと投げ手錠を回す警部に、ルパンは苦笑いをする。
「気持ちはわかっけっども、そういうワケにゃあいかねんだわ。悪いね、とっつぁん」
窓から飛び出すルパンに、マリーの手を取って次元も続いた。悲鳴を上げる彼女を、SSKの後部座席がしっかり受け止める。しんがりを務める五右ェ門が飛び乗るとSSKはパトカーの間を縫って走り出した。
「今回の銭形は行動が素早いな」
次元は帽子を押さえながら後ろを向いて銃を構える。
「ククルカンの奴らがさっそく通報したんだろ。まずは警察に俺達を抑えさせちまえば、穏便だ」
ルパンは巧みなドライビングで対向車やなんかをかわしながら、ハイスピードで走る。
スピードを落とさないままのカーブに伴う激しいロールの度に、マリーは悲鳴を上げた。
「振り落とされねぇよう、しっかりその辺につかまっとけよ!」
次元はマリーに声をかけてから立ち上がり、あわや追いついてきそうなパトカーのタイヤに弾丸を一発撃ち込んだ。当然の如くそれは命中し、舵を失ったパトカーは後続車とともに消え去り、あっというまに追っ手は半減した。
さっと座席に戻り、リボルバーの弾丸を確認していると、また激しいカーブでマリーの体が次元の方に投げ出される。
「しっかりつかまっとけと言っただろうが」
「そんな事言ったって!」
震えた声で抗議する。まあ、無理もない。揺れる車の中で、後方を確認しながらマリーを抱きとめた。
「次元、どうだ追っ手は?」
運転席のルパンが、相変わらずのスピードでSSKを走らせながら落ち着いた声で尋ねてきた。
「だいぶ撒いたな。しかししつこい奴がまだいやがる」
一台のパトカーが追い上げてきた。次元の弾丸をたくみによける。
「……チッ、他の車みてぇにはいかねぇか。どうやら銭形の乗ってる車らしいや」
案の定、その一際運転の上手いドライバーの操るパトカーのルーフから、銭形警部が顔を出した。SSKが対向車をよけるのにスピードダウンしたその一瞬に、銭形号はさっと距離をつめてきた。次元は左手でマリーを抱きとめたまま、再度パトカーのタイヤを狙う。
今度は見事に命中!
が、すでにそのパトカーのルーフには銭形警部の姿はなく、SSKの後部座席のヘッドレストには見慣れた手錠とそれにつかまってぶらさがる銭形警部。
「ようし、もう逃がさんぞ!」
警部はニカッと笑って、SSKにしがみつく。
「おいおい、あいかわらず無茶しやがんな!」
ルパンさっさと振り落とせ、と言おうとするが、その次にやってきたSSKへの衝撃でその言葉は飲み込むこととなる。
SSKのボディには銃弾がめりこんでいた。サイレンサー付の銃から発射された様子だ。
「銭形、手前ぇの部下は上司が乗ってても撃つよう教育されてんのか?」
「ちがう、部下どもは俺が命令しなければ撃たないはずだ!」
心当たりのない銃撃に銭形もあわてる。
次元が振り返って周囲を見ると、明らかにSSKを追うセダンが数台。
「警察じゃねえぞ、別の追っ手だ!」
「なんだとぉ?」
警部はあわててSSKに乗り込む。
再度銃弾があびせられ、SSKのスペアタイヤが吹き飛んだ。
「おい、ルパン、奴ら何者だ?」
なんとか後部座席に割り込んだ警部は険しい表情でルパンに問う。
「とっつぁんに、俺のアジトをチクった奴らさ」
「なんだってぇ?」
「銭さんよ、女を頼む」
次元は抱きかかえていたマリーを、警部に託した。
「た、頼むって、おい、次元!」
警部は突然押し付けられた若い美女に戸惑ったようだが、瞬時に自分の役目を理解してマリーを抱きかかえるとシートに伏せさせた。
「五右ェ門、援護を頼んだぜ!」
「承知!」
次元が銃を構えて立ち上がると、飛んでくる銃弾を五右衛門の刀が弾き飛ばす。
次元はすぐ後ろに迫ってきているグレーのセダンのタイヤに向かって、立て続けに三発発砲する。
前輪の前でそれは弾け、一瞬それはスピードダウンするのだが、それまでのパトカーのようには行かなかった。
「……チッ、やっぱりタダの車じゃねぇか」
シートに身を沈めると、リボルバーの弾丸を入れ替える。入れ替えながら、銭形警部の腕の中でシートに身を伏せているマリーをちらりと見た。
「大丈夫か?」
「……怖くてぜんぜん大丈夫じゃないけど、あなたこそ。撃たれたりしないで」
あいかわらずの震えた声で言う彼女が、こんな時だけれど、なんだかおかしくて次元はくっくっと笑いながらもう一度銃を構える。
「あんたから報酬をもらうまで、やられるわけにゃいかねぇよ」
今度は一発。
命中すると同時にグレーのセダンはスピンをする。
「ぃヨッシャ!」
思わずガッツポーズを決める。
「おい次元、まだまだお次がいるようだぜ?」
銭形警部は帽子を押さえながら体を乗り出して後方を見た。
「言われなくてもわかってるさ。銭さんはそこで女を守っといてくれ。後から割り込んできたクセに一番イイ役なんだぜ?しっかり頼まぁ」
「バカヤロウ、そんなもんわかっとる!」
警部は銃を構えつつ、再度身を伏せた。
追っ手は今度は二台やってきた。惜しげなく弾丸を浴びせかけてくる中、五右ェ門に守られながらカーブの瞬間引き金を引く。
先ほどの車と同じく、一台は後方に滑ってゆくがしかし、もう一台への狙いは外れた。
「しまった!」
生き延びた一台はSSKの隣にならび、窓からはサイレンサー付の銃身が次元を狙っていた。あわてて次元がそちらに照準を合わせようとするより先に、パーンという音と共に相手の銃ははじけ飛んでいた。
銭形警部の銃から放たれた弾丸だった。何も言わず再びマリーを覆って身を伏せる彼に、次元は思わず口笛を吹く。
「やるじゃねぇか」
「正当防衛だ」
今度は外す事なくタイヤを打ち抜かれた隣の車はあっというまに視界から消え去った。
「次元ちゃ〜ん、どうよ追っ手の方は。サイレンサー付とはいえ、じゃんっじゃん撃ってくれちゃって、まあ」
さすがのルパンも参ったようだった。
「とりあえずは撒いたようだが……しっかし、なんて奴らだ。女も警察も乗ってるってぇのに、構わず撃ってきやがる。な〜にが精神世界だ」
「奴らはおそらく雇われたプロさ」
「通りでタチが悪ぃ」
次元はふうっと一息ついてシートにもたれた。
隣でははっと気づいたように体を起こす銭形警部。続いて恐る恐るマリーも起き上がり、周りを見渡した。
「……あの、ありがとうございました」
まずは闖入者に礼を言った。警部は今更ながら照れくさそうに姿勢を正す。
「いや、お怪我がなくて何よりです」
そんな二人のやりとりを見て、次元はくっくっと笑いながらリボルバーに弾丸を込めなおしていた。
「……次元、怪我をしているわ」
次元の左腕から血がにじんでいた。
「あれだけ撃たれりゃ、いくら五右ェ門の刀で弾いてもカスるくらいはあらぁな。薄皮一枚だ」
構わずに作業を続けていると、マリーはバッグからハンカチを出す。
「これ、あなたに借りたものだけど」
昨夜、次元がマリーに渡したハンカチだった。
「……こうやってオープンカーに乗るのは初めてだけど、銃で撃たれた人を見るのも初めてよ」
眉をひそめながら、彼の腕にハンカチを巻きつける。次元は作業を中断して、大人しく彼女の処置を受けていた。
「……初めて乗ったオープンカーの感想はどうだ?」
「もっと風で……髪がばさばさと乱れるかと思ったけど、結構そうでもないのね。……なんて、考えてる余裕なんてあるわけないじゃない、もう!」
くっくっと肩を震わせる次元を見て、マリーは憤慨して声を上げる。
「まあ、あんたに怪我がなくてよかった。なんといっても、俺の雇い主だからな」
指先で帽子のつばを持ち上げて、ニッと笑ってマリーを見る。
マリーの大きな目を捉えたのは一瞬で、彼女はすぐうつむいて、またそっぽを向いた。
助手席で五右ェ門が、ついと立ち上がる。
「……どうやら一息つくのは早いようだぞ、ルパン、次元」
次元がハッと振り返ると、路地やなんかから出てきた車がどんどんハイスピードで追ってくる。その数、両手の指で数え切れるかどうかといったところ。
「団体さんかよ!!」
ルパンがあわててスピードアップするが、大人5人が乗っているSSKは加速が若干鈍くなる。あらためて銃弾の雨を受けることになった。
いつのまにか湖岸近くになり、敵の車はどんどんスピードを増す。
「ルパン、これだけの数に囲まれてはキリがないぞ!なんとか撒けないか!」
さすがの五右ェ門もルパンをせっつく。
次元もその精度の高い射撃技術で後続車のタイヤをどんどん打ち抜いてゆくが、追っ手もどんどん補充される。
「おい、もう特別仕様の弾丸が足りねぇ。銭さん、相手の狙撃手を狙ってくれ!」
「わかっとる!」
マリーを伏せさせて、銭形警部も銃撃に加わった。
しかし敵からの銃弾は容赦がない。
「おい、ルパン!なんとかならねぇか!!」
「なんとかったって、これじゃ、お前ぇ……!」
と、SSKのハンドルがとられる。
重なる銃弾に耐えていたタイヤが、ついにバーストしたのだ。
激しいGに悲鳴を上げるマリーを、次元はとっさに抱きしめた。
次の瞬間、SSKはそのロールに耐え切れなくなり横転。
そしてSSKは火を吹き、5人は湖に放り出された。
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