五右衛門がカードをめくった瞬間の彼の表情を見たとたん、次元は待ってましたとばかりににやりと笑った。
不機嫌そうに腕を組む五右衛門の目の前で、ガンマンはわざと大げさなしぐさでもってして、古いが分厚く重厚なテーブルに両足をどかんと載せる。
「さて、奴隷になったお姫様。どうしてもらおうかな」
五右衛門は唇をかみ締め、背筋を伸ばして目を閉じた。
眠くてたまらないはずのルパンだったが、この先の行方に対する好奇心が瞼の重みに打ち勝って、悪戯っぽい表情で二人の顔を見比べた。
「……俺は何をすればよい」
不機嫌そうな声で五右衛門はつぶやいた。
次元は行儀悪くテーブルに載せた脚を組み替えながら煙草に火をつけると、ふウッ、と煙を吐き出す。
「俺たちも、なんだかんだ言って長いつきあいだよなァ」
「ああ……」
五右衛門は低い声でつぶやく。
帽子の下では多分上機嫌であろう次元の表情を想像しながら、ルパンはカードを片付けてそして自分も煙草に火をつけた。
「お前ェの事は、よくわかってるようでわからねえ。ま、他人同士ってナァそんなもんだろうけど、お前ェは俺やルパンと違って下らねエ話に興ずることも少ないからな」
「何が言いたい……」
五右衛門はぎゅっと刀を握ったままで次元を見る。
次元は傍らのグラスに氷を入れてメーカーズマークを注いだ。
「夜は長いし、0時まで時間はたっぷりある。たまには腹を割って話そうぜ」
「今更何を話すというンだ」
「……ま、とりあえずは、お前さんの女の思い出話でも聞かせてもらいてえなァ、王様としてはよ」
五右衛門はあんぐりと口をあける。
ルパンは必死に笑いをこらえながら立ち上がった。
「俺はつまみと氷を用意してくるぜ」
「いや、ルパン、それは奴隷の仕事だ」
逃げ出さんばかりに立ち上がる五右衛門を、次元は制止した。
「いいじゃねえか、平民がやってくれるってェんだからよ」
五右衛門は観念したように再度座り、またぎゅっと刀を握り締めた。
まるで進路指導をうける出来の悪い学生と、鬼の学年主任といった風だ。
キッチンに立ちながら、ルパンはくっくっと笑う。
3人で、そして時には不二子もいれた4人で仕事をするのはしばしばだが、実はこうやってオフタイムを過ごす時間は意外に少ない。
仕事が終われば五右衛門は修行に出る事が多いし、次元やルパンもそれぞれの過ごし方がある。
単に「仲良し」の集まりなのではなく、「プロ集団」なのだから。
しかし、仕事の上がりを賭けてこんな下らないゲームに興ずるプロ集団なんて、自分たちくらいのものだろう。
ルパンはアスパラやセロリ、オリーブの実にサラミなんかを皿に盛ってテーブルに戻った。
相変わらず五右衛門は背筋を伸ばして、時にうめき声をもらしながら次元の前に座っていた。
次元はせかすわけでもなく、上機嫌でグラスに唇をつける。
「ああ、ルパン悪ぃな。おい五右衛門、つまみもできたし一杯飲んだらどうだ?
」
奴隷のために、グラスに新しい氷と琥珀色の液体を注いだ。
飲みたくもないだろうに五右衛門はそれを口に含み、オリーブをつまんだ。
「……俺が幼年の頃修行していたのは山間の道場で……」
腹をくくった五右衛門がぼそぼそと話し始める。
おいおいいつの時代の話から始めるんだよ、とルパンは突っ込みたいのを我慢しながら可笑しそうにサラミを一枚二枚と口の中に放り込んだ。
ルパンがハッと椅子の上で目覚めると、すでに太陽が高かった。
部屋の電気を消してテーブルを見ると、椅子にもたれてイビキをかく次元に、
机につっぷしている五右衛門。
何度次元に修正を要求されても、どうにも自分の剣に対する志について語ってしまう五右衛門の話に、ルパンは途中ですっかり眠りこけてしまったのだ。
おそらく次元も似たようなものだろう。
二人の相棒をおかしそうに見比べながら、ルパンはつまみの残りを放り込んでフライドライスを作った。
彼の振るうフライパンの音とガーリックの香りで、二人の男は目覚めたようだ。
「ふぁ〜あ、昨日から悪ぃなルパン、平民だってのによ」
「ま、いいってコト。モテる男はこういうマメさが必要なのよ」
ルパンは香ばしいフライドライスを皿に取り分けてサーブした。
「モテる男といやあ、夕べは五右衛門の女談義、どこまで進んだんだ?」
にやにやしながら二人に尋ねる。
「それがこいつ、からっきしだ。肝心なところになると、剣の道がどうのなんて話になってな」
「それはやむを得まい!そこから話さねば説明にならんのだ」
「そもそもぜんぜん説明になってねェよ」
言い合う二人を尻目に、ルパンは自画自賛の料理をほおばった。
まったく粋な茶番だぜ
からかってるのも
からかわれてるのも
そして王様が手にした金貨が、結局山分けされるのも
全員がわかっていながら、全力でゲームに取り組む。
彼らは単に「仲良し」の集まりではなく、「プロ集団」だ。
だからこそ、下らない事にでも全力で取り組む。
そういうところが大切なんだ。
そんなひとつひとつが「倦怠期」をも回避させるんだぜ、奥さん。
fin