五右衛門は深夜に一人、バスを待っていた。
この時間だったら、終バスだろうか。
時刻表を見ながらたたずんでいると、女が一人、隣に来た。
彼と同じように時刻表を覗き込み、腕時計を見る。
いかにも仕事帰りというような上品なスーツをまとい、深夜ではあるが、疲れた様子もない美しい女だった。
立ち止まれば寒さが増して感じるのか、きゅっとジャケットの前をあわせ、バッグをさぐる。
はっとして、彼を見た。
「…煙草を、吸っても良いかしら?」
穏やかな目で彼を見て、静かに言った。
「ああ…、俺はかまわない」
五右衛門も彼女の目を見て言う。
緑色の深い色をした湖を、なぜだか連想させる女だとふと思った。
彼女はバッグをさぐった後、すこし困ったようにまた彼を見る。
「あの、あなた…、マッチか何かを持ってない?」
恥ずかしそうに尋ねる。
五右衛門は自分の持ち物に思いをめぐらせたが、持っていないことを認識する。
「すまないが、火は持っていない」
五右衛門は本当にすまなそうに言う。
「そう、ごめんなさい。煙草は吸わないのね?」
女はあきらめたようにバッグを閉じた。
「煙管なら時々やるのだが…」
「煙管?」
女は目を丸くして、じっと彼を見る。
そのストレートな表情は意外に幼げで、五右衛門はついどきりとした。
「ふうん、古風なのね」
言って、おかしそうにくすりと笑った。
言われて、五右衛門もついおかしくなってしまう。
自分の身なりやなんかが、クラシックなのは十分わかっている。
そして興味本位で、とやかう言われるのも慣れている。
しかし、そんな事を飛び越して煙管で反応するなんて、変わった女だと思った。