今後の動きとしては、明朝から南浩一郎の地元に戻る事にした。
虎穴に入らずんば虎児を得ずといったところで、いちいち逃げ回っていても仕方ないというルパンの案だ。誰も反対する者はおらず、明日に備えてそれぞれ簡易な寝室で休息をとることになった。

次元はキッチンに残り、バーボンをちびりちびりとやっていた。

「よお。俺もちょっと飲むかな。」

ルパンがやってきて、カップにバーボンをそそいだ。

「こんな滅多に使わなねえ小屋にブッカーズとは勿体ねぇ話だ。」
次元はくっと笑ってグラスを傾ける。封を切ったばかりの銘酒の香りはたまらない。

「確かにな。」
 ルパンもカップに口をつけて、ちらりと次元を見る。

「・・・・・・しかし、お前とちゃん、なんかぎこちねえなあ。」

ルパンはバーボンの香りを楽しみながら言った。
次元は、ほらきた、と内心肩をすくめる。

「俺みてえな男が嫌いなんじゃねえのか。」

ルパンは声を立てて笑った。

「ま、だいたい想像はつくけどな。」

次元はやけくそでグラスに残ったバーボンを喉に流し込み、またボトルからグラスに注いだ。

ルパンの事だ。
ああいった目的で女に近づいて、何をしてくるかは十分にわかっているのだろう。
そして次元が情報を得られずに帰ってきたという事が、どういう顛末を意味するかも。
そのあたりが五右衛門と違う。

「わかってるんだったら、いちいち聞くんじゃねえよ。だから女がらみは嫌なんだって、いつも言ってるだろうが!」

「はいはい。けどよ、お前も五右衛門ほどじゃないにしろ、修行が足りないんじゃねえの?」

からかい気味に言うルパンに、次元はまだ罵声をあびせかけてやりたいが、良い文句も思いつかず黙り込んでしまう。

「うるせえよ。」
かろうじてそれだけ言って、グラスに口をつけた。

「俺だったらきっともっと上手くやるけどなァ。是非、挑戦してみたいもんだぜ。」
ルパンはここぞとばかりに可笑しそうに言う。

「やめとけ、このスケベ野郎。今更挑戦しようにも、目的がねえだろうが。それに、あの女以上に生真面目な五右衛門にたたっ斬られるのがオチだ。」

「ちげえねえ。」
 ルパンはおどけた顔をして、煙草に火を付けた。

「・・・・・・心配しなくても、俺もプロだ。ちゃんとやる事ぁやるし、あの女だってその辺は心得てるだろうさ。これからの事に支障をきたすような事ぁねえよ。」
次元は吐き捨てるように言った。

「そうだな、お前ぇの事だ。心配はしてねえよ。ま、お前もさ、ちったぁ彼女に優しくしてやれよ。怖い態度ばかりじゃ、女の子に嫌われるぜ?」

「ケッ、近くに寄るなってぇ言われてるんだ。今更優しくもへったくれもあるか。」

「まったく、お前ぇも大人気ねえなあ。」

「知るか!そもそも、一度レイプした女とニコニコ仕事をするなんざ、俺のプログラムにないんでね。」

 だんだん言葉を荒げてくる次元を、ルパンは相変わらずにやにやして見る。

「ま、あの男慣れのしてなさと気丈さじゃ、お前もさぞ手こずって・・・・・・」

次元はガンッとグラスを置いて立ち上がり、ルパンをにらみつける。

「わかった、悪りぃ悪りぃ、言い過ぎたよ。そんな怖い顔すんなって。」
ルパンはさすがに慌てたように身を縮こめる。



次元は煙草に火を付けながら外に出た。
いつものように、俺ぁ降りる!と言えないところがシャクだった。
なんといっても自分が想念から引き受けてきてしまった仕事だ。
煙草の煙が夜の闇に溶けていった。外の空気は冷たい。

月が明るかった。
煙の漂う先を見ていると、じっと月を見上げるがいた。
彼を見て、目が合うと顔をそらしてまた月を眺める。

「・・・・・・眠れねえのか?」

煙草をくわえたまま尋ねる。

「そういうわけじゃないわ。」

はひとこと言って、あとはもう話は続かなかった。
シャワーを浴びた後なのだろう。
紫陽花の柄の入った浴衣を来て、髪を夜風になびかせていた。

話はないが、どちらが去るというわけでもなく、近づくわけでもなく、そのままで二人は立っていた。

次元は先ほどのルパンとの会話を思い出す。

ルパンとて単に次元をからかいに来ていたわけではないというのは、十分わかっていた。
彼なりに、二人の軋轢を気にしてなのだろう。

次元は煙草を一本灰にしたら、呼吸を整え、言った。

「・・・・・・あんたが俺を嫌いなのはわかっている。だが、こうやって一緒に事をすすめていくには・・・・・・ある程度は信頼してもらわねえと困るな。」

は少し驚いたような顔をして、煙越しに次元の方を見る。一二歩近寄ってきた。

「確かに私はあなたの事は嫌いだけど、信頼してないわけじゃないわ。」

 次元の目をじっと見て言った。

「あなたは・・・・・・南邸で、どうして私を助けたの?」

 まっすぐに言ってくるを、次元は戸惑いながら見つめる。
こんな事を尋ねられるとは思いもしなかった。
顔をのぞきこまれないように、帽子をぐっと目深にかぶりなおした。

「・・・・・・お前こそ、あの時どうして俺に銃をよこすようなマネをしたんだ?」

 は表情をかえることもなく続けた。

「それが、唯一の活路だと思ったからよ。・・・・・・どうして・・・・・・そう思ってしまったのかは、わからないわ。」

 言って一瞬うつむいて、そのまま彼の立っている方に、建物の戸口に近づいてきた。
彼のすぐ前で歩を止めて、見上げて言った。

「心の底から嫌いなのに、信頼するって、変な感じね。」

「・・・・・・・ああ。俺も、こうじっくり見られて、心の底から嫌いと言われるのは、変な感じだ。」

「・・・・・・・・おやすみなさい。」

戸口に入っていこうとするの肩に、次元はぐっと手を伸ばした。
はびくりと飛び退く。

「ばか、何もしやしねえよ。虫だ。」

次元はの肩についていた大きな羽虫をつまんで放した。ブブブ、と低い音をたてて飛んでいく。

「・・・・・・信頼するんじゃないのか?」

は迷ったようにうつむいて、また彼を見上げた。

「そうね・・・・・・ごめんなさい。」

 ゆっくりと、本当に申し訳なさそうに言った。
思いのほか真摯な反応に次元はつい動揺してしまい、また帽子を目深にかぶる。

「いや、謝る事ぁねえけどよ・・・・・・。こっちこそ、驚かせてすまなかった。」

しばらく二人はそのまま黙って立ちつくし、はすっと戸口から部屋に入っていった。
次元は煙草の煙を吐き出しながら、その後ろ姿を眺める。
 足下の小石を思い切り蹴飛ばした。