さわやかな晴天の日、3人は住職の言う寺に車で向かっていた。
ルパンがドライバーで、あとの二人は座席で手足を伸ばす。
「やれやれ、いつになったら着くのやら。まったくとんでもねえところにいやがるなあ。」
ルパンはあくびをしながら車を転がす。
「・・・・・・・南浩一郎の動きはどうなのだ?次元が住職から聞いてきたところによると、かなり危険な男なのだろう?」
五右衛門は以前にルパンが集めてきた書類を眺めながらつぶやく。
「ああ、かなりあちこちを捜索してるようだな。しかし、まだこっちまでは手は伸びてねえ。なんとか俺達の方が先にちゃんに接触できるだろう。」
ルパンは後部座席の五右衛門をちらりと見た。
「おいおい、またちゃんの写真を見てんのかよー。まあ、お前好みの清楚な和服美人だからなあ。」
ルパンはからかうように言う。
「なっ・・・俺は何も!」
五右衛門はあわてて書類をしまって座席に置いた。
「ちらりとすれ違っただけだが、あまりに身のこなしが素晴らしかったので、このように若い娘が、と思っていただけだ!!」
必要以上に声を荒げて言う五右衛門に、ルパンはついくっくっと笑う。
次元は帽子を顔にのせ、ため息をついた。
あの女は、こうして自分を含めた3人が会いに行ったらどうするだろう。
住職に大見得を切ったものの、彼女とうまくやっていけるのか若干自信がなかった。
というか、自分がどういう態度で彼女と接したら良いのかわからない。
浩一郎の屋敷で、自分はを助けてしまった。
そしてその後、は次元の手を離した。
当然といえば当然だろう。
自分は彼女をレイプした男だ。
これから行って、再度自分の差し出す手を彼女はどうするのだろうか。
何度も同じ事を考えてしまう。
が、出てくる結論は一つ。
どうにかして、彼女を浩一郎の手から助け出したいという事だけだった。
最初に南邸で彼女に手を貸した時の気持ちと変わらない。
一時でもどんな形であっても自分を凌駕した女が、あんな下らない男の手にかかるのは我慢ならないのだ。
ルパンも五右衛門も自分との事情は知らない。
だが、二人がいて心強いと改めて思った。
ようやく3人は目指す東昌寺という禅寺にたどりついた。
堅牢な木製の門が3人を迎える。
一風変わった雰囲気の寺だ。
中の庭では体格の良い僧達が雄叫びを上げながら、激しいぶつかり稽古を行っていた。
五右衛門がふっと前に出る。
「・・・・・・・そうか、ここは・・・。」
「五右衛門、知ってるのか?」
「話だけはな。たしか、高名な武道家が住職として率いている、日本でも有数の武闘派の禅寺だ。ここで修行するがために、俗界をすてる武道家もいるという話だ。」
「へえ、そりゃあ潜伏するにゃあ丁度いいだろうよ。」
ルパンは若干辟易した感でつぶやいた。
「さて、じゃあちと行ってみっか。」
次元はポケットに手をつっこんだまま門を通過した。
あとの二人も続く。
ずいずいと中に入っていくと、防具を身につけ当身を受け続けていた一際体の大きな僧が動きをとめて3人に目を留めた。
「・・・・・・・・何用でございますかな。」
険しい顔のまま、言う。
あまりの迫力に3人は思わず足を止めて見上げる。
竹で作られた防具はぼろぼろになり、彼の口端からは血がにじんでいた。
この防具はおそらく毎回新調するのだろう。稽古の激しさが伺えた。
「・・・・・に用がある。」
次元は帽子からちらりと目をのぞかせながら言った。
僧は表情も変えず、3人を見下ろす。
「ここは見てのとおり、男ばかりの寺です。女性をお捜しとなれば、見当違いではあるまいか?」
次元は内ポケットから、山寺の住職から預かった書面を開いて見せた。
「こっちは急いでんだ。さっさと女のところに案内してほしい。」
僧はその書面を受け取り、さっと真剣な表情になって書面と次元達3人を交互に見る。
「・・・・・・・・これは間違いなく、想念様の書・・・・。」
「わかったら急いでくれ。」
「まて、光明和尚に確認を・・・・・・・。」
「お宅のボスには用はねえ。」
「待てと言っておろうが!」
「うるさい!出し惜しみをするってなあ、本当はもう女は南浩一郎にさらわれちまったんじゃねえのか?」
次元はにやっとして僧を見る。
「そんな竹の防具での古くさい稽古をしてるようじゃな。」
僧はかあっと怒りで顔を赤くする。
「何を言うか!様は我々が責任を持ってお守りしておるわ!今とて、ちゃんと離れに・・・・・!」
僧がはっとした時はもう遅かった。
「離れだとよ、急ぐぜ、次元!」
「おうよ、ルパン!」
3人は寺の中庭の離れに走った。
「おい、待て!様は今稽古を終えたところで・・・・・・!」
先ほどの僧と数人が慌てて追いかけてくる。
寺は静かでよく手入れのされた、荘厳な見事な建物だった。
回廊の先に、がいると思われる離れを見つけ、そして彼女自身を見つけだすのも難ない事だった。
磨き上げられた濡れ縁に、彼女は立っていた。
その姿に、走ってきた3人も追ってきた僧たちも思わず足を止め、息を飲む。
長い髪をそのままおろし、風になびかせていた。
総絹の蜻蛉の羽のような生地の浴衣を身につけ、その美しい体の線は光に透けて男達の目を射た。
おそらく、湯を使った後、ほてった体を冷ますために薄い着物を身につけ風に吹かれていたところなのだろう。
騒々しく駆けつけた男達を濡れ縁から見下ろし、少し目を見開いて驚いたようだったがすぐに落ち着いた表情に戻る。
「さ・・・様、湯浴みの後に申し訳ありません!この者達が想念様の使いとの事で、強引に入り込み・・・・・。」
大柄な僧はの姿にどぎまぎしながらうつむいて言う。
は次元に目をとめた。
「想念和尚の・・・・?」
相変わらずのまっすぐな目だった。
次元たちをちらりと見てから、僧たちに目を向ける。
「・・・・・・満勝様、気になさらないでくださいませ。話を聞いて、光明和尚には私から説明いたします。どうぞ、稽古を続けてください。」
「はっ・・・・。」
言われて僧たちは下がる。
僧たちが去った後、は次元をあらためて見下ろした。
「・・・・・何をしに来たの?」
はルパンと五右衛門にもちらりと視線をやるが、また次元をきっと見据え、静かに言った。
次元はちらりと二人を見ると、ルパンはいかにも従来の女好きが顔を出したような表情での姿を舐めるように見ているし、五右衛門は五右衛門で先ほどの僧と変わらぬようなどぎまぎした様でいる。
次元はついついため息をついてしまう。
内ポケットから男型の観音像を出した。
「これをあんたに渡しに来た。」
はじっと観音像を見て、濡れ縁からとんっと降りてきてた。
そっとそれを受け取り、見つめてからぎゅっと胸に抱く。
大きな目をとじてうつむいた。
その様はまるで天女の像のようで、しばし次元は言葉をなくした。
沈黙を破ったのはルパンだった。
「いやー、僕ちゃんもその胸にぎゅ?ってされたいもんだねえ。」
にやにや笑いながら胸元の観音像ごとをとんっとつついた。
は驚いて顔を赤くする。
そのストレートな反応に次元は少々意外な気がした。
「おい、ルパン!ぶ、無礼だぞ!」
あわてて五右衛門が叫ぶ。
「・・・・・・・・どうしてこれを、私に・・・・?」
は気を取り直して小さな、しかしよく通る声で尋ねた。
3人の顔をゆっくり見まわす。
「二体の観音像はあんたが正式な持ち主なんだろう?
俺達が昔男型の方を盗んだときは、南浩一郎からだった。単にあいつのコレクションだと思っていたもんでね。
正式な持ち主が必要としているのに、それをくすねるほど俺達はケチなこそ泥じゃねえ。」
次元は言う。
は観音像と3人をもう一度見比べた。
戸惑ったような表情。
それは次元がまさに初めて会って声をかけた時の、あの時のまっさらな表情だった。
年相応の女性としての危うさや脆さ。
そんなはかないような表情だった。
「あの・・・・・・・何て言ったら良いのかしら・・・・ありがとう・・・。」
困ったような表情のまま、それまでの気の張った凛とした声とは少し違う、小さな声で言った。
次元は思い出したように住職の書面を出す。
「そして、これがあの山寺の住職の手紙だ。」
は受け取って目を通した。
「そういう訳だ。俺達はあんたにその観音像を渡しに来たんだが、それだけで用が終わるわけじゃねえ。あのどうしようもねえ男をなんとかするまでが、頼まれ事だ。」
は書面を読み終えるとまた、次元の方をじっと見た。
すっと濡れ縁に上がる。
「あの男がやはり探索しているという事なのね。・・・・・・だったら、私もここにいるなり一人で出て行くなり、まず自分で考えるわ。想念様とあなた達の申し出はありがたいけれど、これを届けてくれたまでで結構です。私は・・・・・あなた達に、あの男から守ってもらうまでの義理はないから。」
は3人に背を向けて部屋に入ろうとした。
次元は靴も脱がずに濡れ縁に上がって、の手を取って振り向かせた。
「あのなあ、お前ぇはどうしてそうなんだ!?意地っ張りにも程がある!大体、南邸から脱出する時だってなあ、俺と一緒に来てりゃ、こんな手間はかけなくて済んだんだぜ!」
次元は思わず怒鳴り散らす。
まったくこの女は、ちょいと可愛いと思ったらこれだ!
はびくっとして次元の手をふりほどいた。
その行為に、次元ははっと我にかえる。
そうだった。
この女は自分の事が「ぞっとするくらい」嫌いなのだ
「おいおい、次元ちゃん、そういきなり喧嘩腰にならなくても」
あわてたルパンが取りなす。
「ちゃんよ。俺達は観音像を君に返しに来た。もちろん、本来だったらそれで俺達の用事はおしまいさ。が、考えてもみろよ。
せっかく持ち主に返したのに、すぐ悪い奴に横取りされちまったら俺達も返しに来た甲斐がないだろうが。」
ルパンが言うと、五右衛門はばっと濡れ縁に上がって刀を横に置き、の前に座った。
「殿、観音像とあなたの家のいわれは聞いた。
知らずに我々が所持していたばかりか、もう一体までも手に入れようとしていた事は本当に心苦しく思っている。どうか、このたび、南浩一郎とあなたとの因縁を断ち切るために手を貸す事を許していただきたい。」
はそんな五右衛門の様子には本当に驚いたようだった。
あらためて三人を見る。
次元はため息をついてルパンと五右衛門を見た。
まったくストレートな連中だ。
思いつつも、二人のそんなところが少しうらやましい気がした。