「なんだよ、次元ちゃ〜ん。まんまとその女盗賊にお宝をさらわれちまったのかよ〜。うまくやってると思ったから助けに行ったのにな〜。」
「うるせえよ。お前こそ、偽者つかまされやがって。」
「けっ。」
ルパンは不機嫌そうにソファにもたれかかった。
「・・・・・・・・・・・・ところでルパン。あの翡翠の観音像はたしか旧家に伝わるものだっていう事だったよな。
どういったいきさつで南の手に入ったのか、調べてくんねえか?」
「人使い荒いんだから、もう。珍しいな、お前がお宝のいわれなんかに興味を持つなんざ。」
「まあ、たまにはな。」
次元は、あれだけ冷静なが浩一郎に見せた怒りの表情を、思い出していた。
「ほいよ、次元ちゃん。」
早速翌日に、ルパンが資料をどさっと放り出した。
「観音像の歴史さ。こいつはそもそもは烏丸っていう旧家の長女に代々受け継がれる物で、最後の烏丸直系の持ち主が、烏丸モクレンっていう女だ。
烏丸モクレンは本来なら烏丸家をついで婿をもらうはずが、駆け落ち同然で結婚している。観音像は持ってな。
そこからどういきさつか知らねえが、今の持ち主、南浩一郎に手わたっているな。で、俺たちが一体をいただいたってわけだ。」
「・・・・・・・・・その烏丸モクレンが嫁いだ相手は?」
「ったく、自分で資料読めよなあ。竜雪って男だ。5年以上前に二人とも事故で死んでいるがな。一人娘は結局、烏丸家にひきとられたようだ。」
次元はため息をついて資料の写真を見た。
烏丸モクレン。
40代くらいだろうか。
美しい女だった。
烏丸モクレンの一人娘という写真を確認しなくても十分、の母親だというのは理解できた。
「・・・・・・・・・・おい、次元、この娘は・・・・。」
五右衛門も写真を見てはっとした。
「今回の敵方という女は・・・・・この烏丸モクレンの娘の・・・・・ではないか。」
「ああ・・・・。」
次元は帽子のつばを下げてタバコに火をつけた。
「ルパン!ではこのが、観音像の正当な継承者ということだな。」
五右衛門はソファの上にぐっとあぐらをかいた。
「・・・・・・俺は今回の盗みは降りる。」
案の定五右衛門が言い出した。
「俺も、わけありの物に手をだすのは気がすすまねえ。」
次元もつぶやいた。
「・・・・・・・・わあってるに決まってるだろうがよ!」
ルパンが叫ぶ。
「これは噂だが、モクレンに横恋慕していた南浩一郎が相当に卑劣な手を使って観音像を入手したらしい。このお嬢ちゃんが取り返したいってぇなら、俺たちの持っている男型のも返さねえとな。」
「ルパン!おぬしも良いところがあるではないか!」
五右衛門が明るい声で言う。
「って訳で、次元よ、俺がここまで調べたんだ。あとは、お前がちゃんの居場所をさがしといてくれよなー。」
ルパンはふてくされた声で言う。
次元は無言で部屋を出た。彼にしては迅速な動きであった。
の自宅はつきとめてはいたが、そこからは当然姿を消していた。
南浩一郎の追っ手を考えての事だろう。
次元はと初めて会った寺に足を向けた。
否応なしに、車の中でを無理矢理陵辱した時の事が思い出される。
そうだ、仕事だった。
なのにあの女は初めて会った時から、やけに自分の感情を動かした。
浩一郎の屋敷で遭遇したときもそうだ。
気に入らない。
そう思いながらも、こうやって彼女の足取りを追う自分が居る。
そんな事を考えながら、寺の敷地をうろうろしていた。
「何者ぞ?」
男の声がした。
次元ははっとして振り向く。
住職とおぼしき老人がいた。
静かで細身の老人だが、彼が全く気付かないほどの気配の消しように驚く。
「・・・・・・・を探している。あんたなら居場所を知っているんじゃねえかと思ってな。」
次元はストレートに言った。
この老人にはややこしい手は通じないだろうと感じたからだ。
老人は次元の物の言いに少し驚いたように目を丸くした。
「・・・・・・・いきなりやってきて、わしにお前を信用しろと言うのか?」
笑いながら言った。
次元はジャケットの内ポケットに手をつっこんで、ルパンから預かってきた男形の観音像を住職に向かって差し出した。
「あんたがあの女の居場所を知っていて、俺にどうしても教えたくねえんだったら構わねえ。こいつを渡してもらいたい。それで、俺の目的は達する事ができるからな。」
住職はじっと次元をみた。
「・・・・・・お前は、名をなんという?」
「次元・・・・大介。」
「そうか、次元か・・・・・。とりあえず、中に入れ。」
次元は住職に案内され、茶室に入る。
住職は湯を沸かして茶を立て始めた。
「なぜ、その観音像をに?」
手を動かしながら住職は次元に尋ねた。
「簡単な事だ。こいつはもともとあの女の持ち物だからだ。」
「・・・・・お前たちは泥棒なのだろう?」
「ああ。しかし、泥棒なりにポリシーはあるからな。」
住職はくっくっと笑った。
「観音像を、わしが預かっても良いのだが・・・・お前達に頼みがある。」
次元は少しめんくらって、住職の次の言葉を待った。
「は今、女形観音とともにある寺にひそんでいる。わしのすすめでな。が、南浩一郎が見つけだすのも時間の問題であろう。あの娘を・・・・・・・奴から守ってやって欲しい。」
住職は静かに言って、次元に茶を差し出した。
「勿論、お前達にそのような義理がないのは分かっている。だからもしその気がないのならば、わしがその観音像を預かろう。それならばそれで構わない。」
次元は少し考えてから、茶を一気にのんだ。
「食えねえじじいだな。・・・・・・寺の・・・・・場所を教えろよ。」
住職は懐紙にさらさらと記入し始めた。
「・・・・・・ってなあ、何者なんだ?女盗賊にしちゃあ、変わってるな。」
「盗賊というわけではない。」
住職は庭を眺めた。
「あれの両親が亡くなった後、観音像も南の手に渡ってしまってな。しかしも歳を重ねるにつれ、母親の形見にあたる観音像をどうしてももう一度手元におきたいと重ねて言うようなった。最初は口で言うだけのことであろうと思っていたのだが、お前たちが南から男型を盗んだ事件があっただろう?おそらくあの時から真剣に、なんとかして取り戻そうと考えておったようだ。
先日・・・・・あれの母親がわしに結婚の報告をしにきたときと同じ・・・・桜色の小紋を着てわしに、その決心を伝えに来た。
驚いて止めようと思ったが・・・・他人の意見で止められるような様子ではなかったな。」
言って老人は苦笑いをした。
桜色の小紋・・・・・、二度目にに会ったときだ。
「・・・・・・あいつの使う妙な技は一体何だ?俺は首筋を一突きされただけで、体が動かなくなったが・・・。」
「あれの父親の竜雪は高名な武道家でな、は物心ついた頃から訓練を受けている。そうか、あれをくらったのか。」
くっくっとおかしそうに住職は笑う。
次元はあの時の自分の無様な姿を思い出して思わずむっとする。
「竜雪はそもそも弟子は取らなかったが、あの技はさらにまず他人には教えなかった。人の体の事がすみからすみまでわかって、初めてできる。体の神経や血流を理解し、例えば神経を刺激する、血流を一瞬遮断する、などで体を動けなくしたり一瞬にして意識を失わせたりさせる事ができる。もちろん・・・・・心臓を止める事もな。」
次元は思わずぞっとする。
あの時にの指で突かれた瞬間の感覚の記憶がなかったら、こんな話は信じる事はできなかったろう。が、あの感覚がよみがえると、自分が心臓を止められなかった事はラッキーとしか言いようがない。
次元は住職の差し出した懐紙を受け取り、大事そうに内ポケットにしまった。
住職はそんな彼をじっと見る。
「は・・・・・会った事があるならば、わかるだろう。
あのとおり、自分の足で立っている娘だ。
・・・・・普段は穏やかにしているが、心の中は燃えるように熱い。あのままでは早死にしてしまいそうでな、わしは少し心配なのだ。・・・・・・お前さんに言うてもせんないことだが、まあ、その観音像を返すというのも何かの縁だ。あの子に、もう少し力を抜いてやっていけと、教えてやってくれ。」
住職は優しく笑いながら次元に言った。
次元は困ったように帽子の鍔を下げる。
「けっ、あのバカみてえに気の強えぇ女が、俺なんかの言うこと聞くかよ。」
その言葉を聞いて住職は高らかに笑った。
「そうか、の事をよく分かっていると見受けた。安心して頼めそうじゃな。・・・・・・・南浩一郎は手強い。・・・・・・出来る男ではないのだが、何と言っても下衆な男だ。どんな手も使うしを見つけだしたら何をするかわからぬ・・・・。」
次元は観音像を見ながら少し考えた。
「ぐちぐちうるせえじじいだな。寺の場所を俺が聞いたって事ぁ、俺が責任を持ってこれをあいつに手渡すって事だ。そして俺は一度関わった事には責任を持つ。そういう主義なんでね。」
「年寄りは心配性ですまんな。そうだ、少々待たれい。」
住職は棚から小さな台を取り出して急ぎで書面をしたためた。
「が潜んでいる寺は一筋縄ではいかぬ。これを持って行け。」
折り畳まれたそれを、次元は寺の場所を示したメモと共にポケットにしまった。
「邪魔したな。」
次元は愛想もなく、茶室を後にした。