決行の日だった。

なぜその日を決行の日に選んだかというと、その日は南コレクションの警備装置の点検補修にあたる日だったからだ。
南コレクションはバイオメトオリクスを使っており、個人コレクションの割にはかなりハイレベルなシステムを持っている。
おそらくもこの日を狙って来る。

いいだろう。

真っ向に勝負してやろうじゃないか。
あの女がどの程度のことをしでかすのか、見てやろうという気になっていた。

彼らの作戦は極めて確実でオーソドックスだ。
バイオメトリクス管理の技術者が来るその時に3人が警備員に扮して侵入し、点検補修の隙に観音像をすり替える。
シンプルだが、3人で確実に行えばこれ以上の事はない。
あとはがどういう手で出てくるかだ。
気は抜けない。

首尾よく警備員に成り代わった3人はちゃくちゃくと観音像に近づいていた。
コレクションの中でも観音像は特に厳重なシステムの中にある。
まず展示室へのバイオメトリクスが解除された。
そのシステムのチェックをする。
バイオメトリクスキーは一度に一つしか開かない仕組みになっている。
そしてついに観音像のケースのキーが解除された。
3人で囲み、ルパンがあっというまに観音像をすり替えた。
南邸の職員で、彼ら以外に怪しげなものはいない。

首尾は上々だ。

ケースのバイオメトリクスのチェックをして、あとは展示室を開けて出ていくばかりだ。
あまりに順調で3人は思わず笑みを浮かべてしまいそうだった。
その時、ルパンが妙な動きをした。
顔が赤くなる。
「おい・・・・」
次元が思わず声をかけようとするとルパンが飛び上がった。

「あちちちちち-!!」

懐の観音像を放り出す。
観音像は赤く発熱しており煙を出していた。
南氏と周りの警備員の目が集中する。
「観音像が!?お前ら・・・・・!」
ルパン達の変装にようやく気付いたか、怒号が飛び交う。

「やべえぞ、ルパン!!」

その時、黒い影がすっと横切った事に次元は気付いた。
女が三人に一瞥をくれながら、大騒ぎする警備員達を尻目に展示室を駆け抜けていった。

走り抜ける瞬間、次元と目があった。

だった。

いつのまに潜んでいたのか。

「おい、そいつは!!!」
次元が声を上げるまもなく、気付いた警備員も走り出した。
「ルパン、俺は奴を追う!!」

変装をといて警備員とやり合うルパンと五右衛門に言い捨てて、次元はを追った。

「くそ、俺達に偽物をつかませやがって!!!」

走りながら考えた。
女は何処に逃げるつもりだろうか。
女の考えを読まなければ。
次元の体の自由を奪った技と同じ技でか、先々であっさり警備員が倒れていた。
おかげで彼女の道筋はすぐにわかるのだが。

一体どこへ向かっているのだろう。
車か?
いや、こんな大騒ぎになってしまっては外の警備を連れて車で逃げるのは厳しいだろう。
中に隠れる?
それも無理がある。何しろ相手が知り尽くしている己の屋敷だ。

となると、自分たちも最もよく使う手、空からの脱出か?
の一派にはヘリを用意するような機動力があるのだろうか?
しかもこの屋敷の屋上は幅が狭く、ヘリを離着陸させるにも無理があるし、そもそもヘリが降りたりしたらすぐに警備に知れてしまうだろう。
それがあって次元たちも若干離れた場所にヘリを隠してあるというのに。

しかし彼女は油断のならない女だ。
次元は心を決めて屋上に向かった。
ほとんど使われる事のない屋上への朽ちた階段を息をきらせながら走った。

屋上への扉を開くと、次元はあっと声をあげた。
そこにはトライク(ハンググライダーに着座とエンジンを着けたもの)に乗り込もうとするがいた。
そうか、トライク。
これなら技術さえあればエンジンをカットして着陸可能だし目立たない。

次元の姿を認めたは慌てて乗り込んでエンジンをかけた。
次元は走り出す。
トライクのエンジンがかかり、小さな車輪が回りだした。
丁度、次元のいる方に滑走しなければトライクは離陸できない。
は思い切り出力を上げてまっすぐ次元の方に向かってきた。

トライクを撃つか?

それでは引火して観音像も破損してしまうだろう。
撃つわけにはいかない。
が、彼女が観音像を持っていないとしても自分に女が乗ったトライクのエンジンを撃てるかどうか、次元には自信がなかった。

機首を上げつつまっすぐ自分に向かってくるトライク。
次元は離陸寸前に、エンジンの下のバーに飛びついた。

「あっ・・・・あなた・・・・・!」
まさかという行動にさすがに驚いたは、次元を見ながらも懸命に操作をした。
エンジンの出力を保ちながら失速しないように迎角を上げてゆく。
ふらつきながら二人分の体重をのせてトライクはなんとか離陸した。

「近くに来ないでと言ったでしょう。」

は淡々と言った。

「嫌がらせさ。嫌いな男と心中ってのもオツなもんだろう。」

「本当に最悪な男ね。」

「そういう性格なんでね。」

「そんなところにつかまっていられると、機首が上がって失速してしまうわ。それにこれ、特別な小型機なのよ。」

「こんな時くらいタンデム機を用意しとけ。」

「私は1人でやってるから必要ないの。」

屋上を離陸してからなかなか思うように機首の角度が安定しないトライクは、前後にふらついてどんどん高度を失ってしまう。
はピッチのコントロールで必死だ。
少しでも警備のいないところへと機をすすめるが、エンジンの出力があってもいかんせん高度が足りない。
結局敷地内を脱出することもできず、トライクはハードランをした。

「いててて、おい、もうすこし優しく降ろせよ!」

は次元を無視してさっさとベルトを外す。
派手に着陸したトライクはあっさり警備に見つかり囲まれた。
さすがにいかんともしがたい。

二人は手をあげて降参するしかなかった。