五右衛門は女が苦手だ。

しかし、日本に帰ってきたら必ずやりあわねばならない女がいた。

「石川さん、刀はカウンターに預けて行ってください」

五右衛門はため息をつく。

そこは、五右衛門が日本に帰ってきた時の常宿から程近くにある、静かな公立の図書館。
そこで本を借りて宿で静かに過ごすのは、五右衛門の楽しみの一つだった。
五右衛門がしぶしぶ刀を渡す相手は、図書館の司書の女。
小柄で華奢な色白の、いつも背筋をぴんと伸ばしている娘だった。

「……俺は別に刀で悪さもしないし、規則に刀の事は書いていない。どうしても預けなければならないのか?」

刀を一時でも体から離すのにはどうしても抵抗がある。
毎回、ここで彼女とこの件でやりあうのだ。

「規則にはないけれど、真剣は紙でできた本とは相性がよくありませんし、図書館の中で刀は必要ありません。きちんと預かっておきますから、どうぞゆっくり本を見ていってくださいませ」

端正な顔でにこりと微笑みながら、女は言った。
言葉は柔らかいのだが、決して折れない。

五右衛門はまたため息をついて、中に入った。

刀を渡した後はしばらく居心地が悪いのだが、不思議とここにいるとそれにも慣れてくる。五右衛門は興味を惹かれた本をいくつか手に取り椅子に腰掛けた。

久しぶりの日本に、なじみの図書館。目を閉じて本の匂いを感じる。
手足の先の血管がふわりとひらいていくような安心感があった。


そんな感覚に身を任せていると、女の声がする。
目を開けると、窓の外は暗くなりかけていた。眠ってしまっていたのだ。
はっと飛び起きて、癖で腰の刀を取ろうとするがそれは空振りに終わる。
目の前には驚いた顔をした司書の女が立っていた。両手で大事そうに五右衛門の刀を抱えている。

「……石川さん、もうすぐ閉館ですよ?」

「……あ、ああ、すまない。うとうとしてしまって……」

丸腰ですっかり眠りこけてしまった自分に驚いてしまう。なぜこんなに気を緩めきってしまったのだろう。

「借りていかれるんでしょう?」

女はくすっと笑って刀を五右衛門に渡すと、彼の前の本を手に取った。

「ああ、頼む。」

言って五右衛門もくっくっと笑う。

そうだ、ここにはこの女がいるのだ。
次元のマグナムも、ルパンのワルサーも、銭形の投げ手錠でさえもカウンターで取り上げるだろう彼女が。

もしかすると、世界で一番安全な場所なのかもしれない。