日本での仕事が終わって、隠れ家で一息ついているところだった。
次元は、彼らの隠れ家を訪れている美しい恋人を満足げにながめる。
この近くにはよい温泉が沢山ある。
二人で出かけないか、と次元はを呼び寄せたのだ。
いつも突然ね、と一言あったが、こうして傍にやってきてくれた。
ルパンたちもめいめい休息を取っている午後、恋人はリビングのソファでテーブルの上の本を手に取り、ながめていた。
きりりと背筋を伸ばした様や大きな瞳はあいかわらず美しい。
「ねえ、次元・・・・」
は本から顔を上げて、彼に声をかけた。
「ああ?なんだ?」
次元は優しい声で答えた。タバコの煙がのほうに行かないように横を向いて吐き出す。
「侍総受けって、なあに?」
次元はタバコの煙を思い切りむせ、咳き込む。
なんじゃそりゃー!
「ごほごほ……侍総受けって……ごほごほ……お前ぇいったいどこで……ごほごほ……そんな言葉を……ごほごほ……」
ふと、が手にしているものに目をやる。それは薄いオフセットのもので、表紙には実物よりもやけに美麗に描かれている五右衛門の絵が!!
「うわあああ!!」
次元はあわてての手からそれを奪い取る。
なんでこんなものがここに!
「あ、ごめんなさい。ここにおいてあったから、見ても良いのかと思って……。まだ目次しかみていないけど……」
は驚いたように次元を見た。
「こ……これはな……五右衛門の家に伝わる……重要な武芸書のひとつだ……」
「まあ、そうなの。私も武道をやっているものとして是非見せていただきたいわ」
「だっ、だめだだめだ!これは本当はこんなところに置いてていいもんじゃねえ。五右衛門のヤツ、うっかりしたんだろう。俺やルパンでも見せてもらったことのねえシロモノさ。お前だって、親父さんから受け継いだ技は簡単には他人に教えられないだろう?」
「……そうね、確かにそうだわ。勝手に見てしまってごめんなさい。……じゃあ、侍総受けって、あなたも知らないの?五右衛門さん、それくらいだったら教えてくれるかしら……」
「そっ、そんなことを五右衛門に聞くんじゃねえ!!!!」
思わず声を上げる。
「い、いや、怒鳴ってすまねえ。……侍総受けってのはなあ……つまり……武士道とは、向かってくる敵がいればそれが誰であれ何であれどんな手ごわいヤツであろうと、その身ひとつでどんと受け止めよ、という……まあ、云わば精神論みたいなものだ……。と、俺は聞いている」
「ふうん……。じゃあその書は、具体的な技、というより武人の精神的なあり方なんかについて記してあるものなのかしら……。」
「まあ、そんなとこだな。……プラトニックってぇ訳じゃなさそうだが」
次元は本をぱらぱらとめくっては、渋い顔をしてつぶやく。
「五右衛門さんは偉いのね、あれだけの武芸者でありながら、常にそんな精神的な鍛錬まで怠らないとは……。私もみならわなければならないわ」
はまたぴんと背筋を伸ばして瞑想するかのように目を閉じた。
ふーやれやれと、次元は胸をなでおろす。
「おい、ルパン!!」
次元はルパンの部屋に怒鳴り込んだ。
部屋ではうとうと昼寝をしかけているルパンが次元の声で体を起こす。
「なんだ、なんだあ?」
「てめえか、これは!」
が手に取っていた本をルパンにたたきつける。
「ああん?」
ルパンは目をこすりながら体を起こした。
「なんで、そんなうさんくせぇ同人誌が俺たちのアジトにあるんだよ!しかも五右衛門受けの(俺が受けよりマシだが!)!!」
「ああ、これね。なんか面白かったから、不二子にも見せてやろうと思って買ってきちゃった」
ルパンはいたずらっぽく笑う。
「だったら大事にしまっとけ!今日はが来るんだって言っておいただろうが!あいつに変なモン見せるんじゃねえよ!」
怒り狂う次元にルパンは肩をすくめながらもくっくっと笑う。
「悪ぃ悪ぃ。今度から気をつけるって」
「ただでさえ俺たちの隠れ家なんざ、あいつへの環境としちゃよくねえんだ。存在そのものが有害図書なんだよ!余計なモン見せたり、余計なこと言うんじゃねえぞ!」
次元は更に罵詈雑言を吐いてから、バンッと部屋を出た。
そうだ、こんなことをしている場合ではない。
との温泉旅行の計画を立てなければ。
を探す。彼女はリビングから出て、庭の簡易なテラスで茶を飲んでいた。
「ここにいたのか。」
次元はネクタイをきゅっと締め、帽子をかぶりなおしながらの隣に座った。
そうだ、いくらルパンが下品でどうしようもない野郎であって、自分がそいつの相棒であっても、次元大介はクールで品の良い洒落た男なのだ、ということをきちんと示しておかなければ。
「温泉はさっそく明日から出かけようぜ。勿論、二人でな。宿はどこがいい?」
次元は調べておいたパンフレットなどをいくつか出す。
「ありがとう……どこも素敵ね。……私……次元が連れて行ってくれるなら、どこでもいいわ。」
はにこっと笑って次元を見る。
そう、次元は恋人とこういう風な時間を過ごしたいのであって、アホなやつらと関わらせて「侍総受け」なんて言葉を説明させられるなんざ、もっての他なのだ。やはりを、あいつらに近づけてはならない。
「ほんと、次元は何でも詳しいのね……」
はパンフレットをうれしそうに眺めて言う。
「あ、そうそう」
ふっと顔をあげる。
「んん、なんだ?」
次元は愛しそうにを見て答える。
「言葉責めって、なあに?」
次元は手に持っている旅行ガイドをばさっと落とした。
「……誰に何て言われたんだ?」
脂汗をかきながらに問うた。
「なんてって……ルパンさんがね。次元とはどうだ、あいつはああいう性格だから、言葉責めなんかでさぞかしキツくやられてるんじゃないのか?って言うから……」
またルパンか!!
殺す!
絶対に殺す!
次元は手元のガイドブックをぐしゃぐしゃに握りつぶした。
「……言葉責めってぇのはなァ……。俺はこういう世界に生きてるし、お前も武道なんかをやっていたりで真面目なタチだ。お前の事は大事に思っちゃいるが、俺は時には厳しいことを言ったりもするだろう?しっかりやれよ、とか、油断するなとか……。つまり……相手を大事に思うからこそ時には厳しい言葉をかける、そんなようなことだ……」
唇を震わせながら次元は答えた。
「そうだったのね、辞書を見たけれどのってなかったから、ルパンさんがどういうことを言っているのかわからなかったの。でも、今の説明で十分わかったわ。ありがとう」
はうれしそうに笑って言った。
「ルパンさんもあなたのことをよくわかっているのね。きちんとルパンさんに言っておくわ。次元の言葉責めは厳しくて私も自分で自分が恥ずかしくなってしまう事もあるけれど、でもそれは私を思ってのことだってわかっているから、次元に言葉責めをされるのはとても嬉しいし、励みになるわって。」
次元はガイドブックを投げ捨て、思わず立ち上がって叫ぶ。
「言うんじゃねえ!!」
次元は部屋に駆け込んだ。
ルパンを探す。
丁度シャワーをあびてバスローブを身にまとったルパンがリビングのソファでビールを飲んでいた。
「ルーパーンー!!」
彼を見つけて、次元は怒鳴り込む。
「うわ、何、何よ、次元ちゃん。」
ルパンは驚いてビールをこぼしそうになる。
「てめえ、わざとか!?わざとなんだろう!?」
ルパンの胸ぐらをつかんで怒鳴った。
「に余計な事を言いやがってぇ!」
「ええ!?何?一体なんのこと?」
「どれをさしてるのかわからねえくらいに、あいつに余計なことを言ってるのか、貴様ァ!あいつに、言葉責めがどうとか言っただろうが!」
次元はソファにルパンを押さえつけて、ぐいぐいと首を締め上げる。
「……ああ、そういえば。挨拶がわりだよっ!次元とどお、うまくやってる?って聞いたときに、ちょっとそんな事言ったかもしんないけど……それっくらいで怒んなよ」
「あいつはなあ、初心なヤツなんだよ!てめえの感覚で、いちいち変な言葉を教え込むんじゃねえ!ちったあ、気をつけろ!」
ルパンは怒られながらもくっくっと笑う。
「ほんと、悪かったって。気をつけるよ。しかし、お前ぇ、ほんっと惚れてんだなァ。」
言われて思わずはっとする。
「おい、いい加減にどいてくれねえと、俺のバスローブの前、はだけっちまってるでしょうが。」
気づくと、首元を締め上げていたせいかバスローブの紐がほどけてしまいルパンの前は丸出しだ。
「……ああ……悪い……」
そっと襟元から手を離した、その時。
ばんっと、リビングにと五右衛門が入ってきた。
「次元、今日はなぜ怒ってばかり……」
は言いかけて、言葉が途切れる。
次元ははっと我に帰った。
自分は今、ソファで半裸のルパンの上にまたがっている。
これは、にはどううつるのだろうか。
「あ、、これは……」
「殿」
次元が言うそばから、五右衛門がついとに向かった。
「これが、やおいというものだ」
「やおい……?」
は首を傾げて五右衛門を見た。五右衛門は深くうなずく。
「そうだ、やおい、でござる。殿、次元に愛想をつかしたら、いつでも拙者が相談に乗ってつかまつる。」
「……ありがとう、五右衛門さん」
二人は部屋を出て行った。
残された次元はあいかわらず、ルパンに乗ってつかまつる。
の新たなる知識は、このように一歩進んで二歩下がる、といったところであった。