●● 真夏の昼の夢(5) ●●
ヒヨシくんに連れて行かれた先は、氷帝学園のサロンを更に豪華にしたようなところ。あちこちから人が集まってきて、それぞれに丸テーブルを囲んでいる。
彼がさっさと手近なテーブルに落ち着くので、私もそれにならった。
腰を下ろしてから、着慣れない長いドレスの裾をなおしていると、ワゴンが運ばれてくる。
「、好きなのを選べ」
「え?」
ワゴンには、色とりどりのフルーツにジュース、焼き菓子がのっていた。
美味しそー!
あれもこれも食べたいけれど、そんなにがっついてはかっこ悪いだろうと、クランベリーのジュースと白桃とショートブレッドをいただいた。
ヒヨシくんも手馴れたように、いくつかを選び自分の前に置かせた。
「……毎日、こうなの?」
ジュースをちびちび飲みながら尋ねる。だって、美味しすぎて。
「は? あたりまえだろ」
ヒヨシくんは、何を言ってるというような表情。午後の3時くらいかな、今。そっか、ここでは毎日こうなんだ、さすがだな、なんて思っていると。
「おいおいおい、ヒヨシ!」
あれ。
ユーシの声なんだけど、それを耳にしてほっとする自分に少し驚いた。
ユーシは当然のように私たちのテーブルに着いて、ほぼ同時に彼の前にジュースなんかのセットが運ばれた。内容は私やヒヨシくんのものとは違う。きっと、彼の「いつもの」なんだろうな。
「……何か文句ありますか、オシタリさん」
抗議するようなユーシの声に、ヒヨシくんは悪びれずに反応する。
「俺が彼女を連れて来ちゃ、何かまずいことでも?」
「……いや、そうやないけどな、せっかく俺が案内して二人でゆっくりしよ思たのに……」
これまた少しトーンの低い声で言うのが、少し可愛らしかった。
「まあまあ、せっかくだから皆で食べようよ。美味しいよ」
少々険悪な雰囲気、私はユーシに桃を勧めてみた。
「……あ、せやな、美味そうやな……」
「オシタリさん、やめておいた方がいいですよ」
桃に手を伸ばすユーシにヒヨシくんがピシャリと言う。
「桃を食べると、口の中が痒くなるってこの前言ってたじゃないですか」
オシタリはチと舌打ちをする。
「余計なコト言うなや」
だめだ、なんかこう和やかにならないな。
私がはらはらしていると、サロンの空気がざわりと沸き立った。
振り返らなくても分かる。
王様・アトベがやって来たのだ。
「よぉ。仲良くやってんじゃねーの」
私たち三人の傍らで立ち止まると、ニヤッと笑って言う。
ふらりとやってきた風なのに、妙に迫力がある。
ユーシやヒヨシくんと同じ、白とグレーの腰がかくれるくらいの上着を着てるんだけど、何だか雰囲気が違うなと思って、落ち着いてよく見るとアトベのはすごく光沢のある高級な素材で出来ているみたい。同じようにしていても、やっぱり王様だ。
「おかげさまで、まあな。アトベが作らせた新作、なかなか美味いで」
「だろう。それより、ジローを見なかったか。カバジに探させてるんだが」
「いや、見てへんなぁ。あいつ、またどっかで寝てんちゃうか」
アトベは軽く眉間に片手を当ててみせて、息をついた。
「吟遊詩人として雇ったのに、寝てばかりで一度も唄ったためしがねぇ」
ジローってやっぱり芥川くんかな。こっちでも寝てばっかりなんだ。
アトベはサロンの少し奥の大きなテーブルについた。
「王様もここでいっしょにオヤツ食べたりするの?」
私が尋ねると、ユーシは「そやねん、団結するためや、とか言うてな。変わっとるやろ」と答える。こっちでもアトベって、いいヤツなんだか何なんだかよくわかんないな。ま、いいけど。
私はアトベ登場のドサクサにまぎれて、席を立つとジュースのおかわりをしに行った。クロスのかかったテーブルに、ブッフェみたいに沢山の飲み物やお菓子が置いてあるから。ワゴンで持ってこられると落ち着いて選べないんだもの。
今度は違うジュースを飲んでみたい。あと、このクリームののった生菓子もいっとくか……。なんて思いながらテーブルにかぶりつきで吟味していると、何かが足に当たる。
「ん?」
かがんで足元を見ると、人の手が!
「ぎゃっ!」
驚いてとっさにテーブルクロスの裾を持ち上げて見ると、見覚えのある顔。
テーブルの下でゴロンと寝とぼけているのは、まぎれもなく芥川慈郎だった。
あわわわ、と手にしたジュースをこぼしそうになっていると、傍らに大きな気配。
樺地くんだった。
そういえば、さっき、アトベが彼の名前を口にしてたっけ。やっぱりちゃんと彼も登場するのね。
銀のトレイを手に、アトベのためのオヤツを取り分けているのだろうか。彼もユーシたちと同じ白とブルーの氷帝カラーの、もといヒョーテーカラーの王子様スタイルなんだけど意外によく似合っていて、優しげな樺地くんの姿を見てなんだかほっとした。
「あ、ねえ、カバジくん! ほらこれ、ええとジローくん、だよね?」
私は足元を、コレコレと指差してみた。
彼は「ウス」と言って、ずるりとジローくんをテーブルクロスの下から引きずり出して軽々と肩に担いだ。
私に軽く目礼をして、傍のアトベのテーブルまでジローくんを運ぶ。
ジローくんはアトベのところまで運ばれてようやく彼は目を覚ましたようで、アトベからやいのやいの言われてるようだったけど、私はそれを見て笑いをこらえて、新たなジュースとフルーツ系の生菓子を手にテーブルに戻った。
まあ、ややこしいけど、とりあえず過ごしやすくはあるんだよね、ここ。
そんな一日をすごして、アトベッキンガムの一室に案内された私はまたほうっと息をつく。ユーシのメバチコ城の部屋も十分ゴージャスだったけど、ここはまた一段と豪華だ。もう、豪華すぎて落ち着かない。部屋のあちこちに薔薇の花が飾ってあって、そして、ベッドのシーツにもいい香りの薔薇の花びらがちらしてあるのだ。ユーシがなんとなく薔薇の香りがしたのも納得。こういった環境じゃね。
ベッドのシーツをめくってみたり、寝巻きらしいシルクみたいな生地の服を手にしてみたりそわそわしていると、扉がノックされて、そしてすぐに姿を現したのはオシタリユーシ。
私はさすがに驚いてしまって、眉間にしわをよせる。
「ちょっと、いきなり入ってこないで!」
抗議めいて訴えても、彼は強い眼差しで私を見てずかずかと向かってくる。
「なあ、」
あまりにも強い眼だから、私は手にしていたシルクの寝巻きを取り落として彼を見上げた。
「……なに?」
ユーシは時々真剣な顔をするけれど、今のこの雰囲気はなんだか嫌な感じだ。
私は神妙にならざるをえない。
「お前のこと、今はまだあれこれ聞かへんて言うたけど、約束、守れへんくなった」
私の体中の血液が、一度頭に上って、そして足元に下がるようなそんな感じ。くらくらする。
「うん? どうしたらいいの?」
かろうじて返事をした。
「なあ、……」
彼は再び私の名を呼んだ。
「お前、どこから来たんや?」
おそらく、初めて会った時からずっと彼が私に対して抱いていただろうその疑問は、やはり避けては通れない。
けれども、どうやって答えたらいいのだろう。
そして、今まで曖昧にしていたその重要な点を、彼はなぜ突然に明確にしようとするのだろう。
言葉が出ない私の両肩を、彼はぐっと掴んだ。
「、言うてくれ。俺を信じろ」
彼の両手は熱くて、そしてその低い声はいつになく力がこもっていた。
「俺はお前を守りたいんや……」
「……何か、あったの?」
私がゆっくり尋ねると、ユーシは私の両肩の手をするりと背中にまわし、ぐっと私を抱きしめた。思わず声が出そうになってしまうけれど、彼の力が強くて、そしてすらりとしているという印象の彼の胸が、思った以上にしっかりとぶ厚くて、息が止まりそう。
「アトベが……」
王様の名前が出る。私の顔はぴったりとユーシの胸にくっついていて、右の耳で彼の鼓動が生々しく聞こえる。
「お前を、幽閉しろ言うてきた」
「……えっ……?」
ゆうへい、の意味はわかる。
けど、どうして私が?
その疑問に答えるように、ユーシは続けた。
「お前はしっかりしたええ女や。けど、やっぱりイランこと言いやな。今日、カバジに話しかけたやろ」
「……うん、だって、カバジくんがジローくんを探してるって、アトベが言ってたから」
ユーシは大きなため息をついた。
「あいつのことカバジって呼ぶのは、ほん近いあいつと親しいヤツだけやねん。俺ら以外のアトベッキンガムの奴らとか、国の奴らは、あいつのこと『ウス』って呼んどる。、お前はどうしてあいつがカバジだって知ってた? あいつをカバジって紹介もしてへんのに、初めて会うたはずのお前がちゃんと名前を呼んだ事、奴はきっちりアトベに報告したんや。その結果が、を閉じ込めとけちゅうこっちゃ」
私から身体を離し、困ったように眉間に手をかざしてみせた。
私の心臓はどくどくと飛び出しそう。
どうしたらいいか、わからない。
ここも過ごしやすいんだけど、なんて呑気なことを思っていたことが遥か昔のことのよう。
「……。俺はお前が何者でも、この手から離したりはせぇへん。けど、一体お前はどこからきて、どうして俺の前に現れたんや? どうして初めて会うた時から俺のことを知っとった? 頼むから、俺を信じて話してくれ」
ユーシが身体を動かすたび、薔薇の香り。
私の両肩を掴む彼の手は強くて、それでいて優しい。
私はゆっくりとベッドに腰を下ろすと、彼も私を見つめながらそれにならった。
私は、私の世界と私が通っていた氷帝学園についてユーシに話した。