● 妻になってよ  ●

夜も明けきらない早朝に、私は全力疾走をしていた。
 梅雨も近いこの時期、アスファルトからはかすかにしっとりとした空気がたちのぼる。
 なんとしても始発電車に乗らなければならない。
 駅までの道すがら、私はいつもの習慣で、一瞬足をとめる。
 かわむらすしの前。
 当然、店は閉まっているけど、10年前からなんらかわりのない店構え。
 ふうっと息を吐いてから、また駅に向かって走り出した瞬間。

!」

 懐かしい声に思わず心臓が跳ね上がった。
 振り返ると、「かわむらすし」と入った白いバンの運転席から声の主が顔を出している。
 タカさん……河村隆だった。
「駅まで? 乗せて行こうか?」
「え、あ……いいの?」
「急いでるんだろ?」
 久し振りに会うけれど、変わりのない笑顔。
 彼が開けてくれた助手席に、少々緊張しながら乗り込んだ。
「……朝、早いんだね」
「あ、うん、この4月からちょっと朝の早い仕事を担当してて……」
「そっか。俺はちょうど仕入に出かけるとこなんだ」
 彼と会うのは、4年ぶりくらいだろうか。
 中学の頃から、彼は身体が大きくて大人びていたけれど、久し振りに会った彼は本当にがっしりとして大人の男といった感じ。それでいて、きれいな優しい目だけは中学生のころのまま。
 ちらりとそんな彼の横顔を見ながら、私は内心混乱してしまう。
 何か、ちゃんと話さなくちゃ、なんて思いながらそれでも言葉が見つからなくて、そしてすぐに車は駅のローターリーに到着。
「じゃ、仕事頑張って」
「うん、ありがとう……! あの……タカさんも、仕入、頑張ってね!」
 車を降りてから手を振ると、彼もニコッと笑って大きく手を振ってくれた。
 駅の改札に走って、振り返ると彼はまだロータリーで車をとめていた。
 もう一度手を振ろうとしたけど、「まもなく電車が到着します」というアナウンスに焦って、ホームへ走った。

 タカさんとは青学中等部の3年生の時につきあいはじめた、大好きな彼だった。
 高等部でもそのつきあいは続いたけれど、私が進学した大学が少し家から遠かったものだから家を出ることになって、それからなんだかうまくいかなくなってしまったのだ。
 よくある話といえば、よくある話なんだけど。
 それで、自然消滅のようになったのが私が大学2年の頃。
 それから何人かの男の子とつきあったけれど、すぐに別れてしまった。
 大学を卒業してから家に戻って、それから私はかわむらすしの前を通るたびに、初めて彼に恋をした時の気持ちを思い出す。
 あの頃、私の夢は「お寿司屋さんのおかみさん」だったなって。
 結局夢は夢のままで終わってしまった。

 お寿司屋さんのおかみさんにはなれなかったけれど、私はこの4月からお寿司屋さんばりに早起きをするはめになっている。
 私は大学を卒業してから、気象予報会社に就職をして3年目。この4月から、職場の担当者が体調を崩したため、朝のテレビ番組の天気予報コーナーを担当することになったのだ。
 それで、いつもは朝はタクシーで出勤しているんだけど、今日は寝坊をしてしまって「ヤバイこりゃ始発電車で行った方が早そう」と駅に走っていたの。
 なんとか電車に乗って、ほうっと一息つく。
 まだ胸がドキドキしている。
 走ったからっていうことだけが理由じゃないことだけは、確か。

 この日は一日、タカさんの声が頭をかけめぐって、なんだか落ち着かない日。
 朝の天気予報のコーナーのシメでは、ついつい「めばるやかれいの美味しい季節になってきました。海温も上昇してきているので、きっとスーパーに沢山並びはじめることでしょう」などと、予定していなかったお魚ネタを話してしまった。今日は、農業ネタにしようと思っていたのに。
 思えば、私が気象予報士になろうと考えたのは、タカさんがきっかけだった。
 タカさんと一緒に歩いて学校から帰ることはとても楽しくて、彼は通りすがりに見かける植物のことなんかをとてもよく教えてくれた。そして、お天気の話。夕方の空を見上げながら、明日の天気の話をした。お店の食材の仕入れや客足の予測に、天気予報をよく見るんだと言っていた。彼は本当になんでもよく知っていて、彼と歩きながらいろんな話を聞くのが大好きだった。タカさんとつきあうようになるまでは、私は服や化粧品やテレビのバラエティ番組のことなんかが頭の中のほとんどを占めていたのに。
 そう、私はタカさんが大好きだった。
 正確に言うと、過去形というわけではないけれど。

 テレビの天気予報コーナーでの仕事を終えてからは会社に戻り通常業務をするのだけど、朝のコーナーを担当するようになってからは朝が早い分、帰らせてもらうのも少し早い。明日の朝は特に早い予定なので(朝というか、夜中に出かけなければならない)、今日は昼過ぎに会社を出て家に帰る。
 そして、駅からの帰り道、私はまたかわむらすしの前で足を止めた。
 今の時間が、夜の仕込みがひと段落した時間帯ということを、私は知っている。
 朝のお礼を言うことは、なんてことのないことだよね。
 むしろ、ひとことお礼を言うべき。
 そう考えながら、「準備中」の札のかかっている「かわむらすし」の前で、私は立ちすくんでしまった。
 扉をたたく勇気が出ない。
「……やっぱり今度にしよ」
 扉の前から一歩下がってつぶやいた瞬間、勢いよく扉が開いたものだから、私はびっくり後ずさって尻もちをついてしまった。
「うわっ、、大丈夫?」
 手を差し伸べてくれたのは、タカさん。
 最後に会った時よりも、一回りたくましくなったようなその手はがっしりしているけれどふんわりやわらかくて、私は恥ずかしさやなんかで顔が熱くなる。

「おどろかせて、ごめん、人影が見えたから。親父に用のある人でも来たかと思ってね」
「朝、乗せてくれてありがとって、お礼言っとこうと思ったけど、もしかしたら仕込みで忙しいかなあとも思って……」
 カウンターに座り、お茶をいただきながら私はぎこちなく言った。
「お安い御用だよ。今、帰り?」
「うん、明日は今日よりずっと早いから、早く帰らせてもらったの」
「そっか、じゃあ俺より早起きだな。おつかれさま」
 タカさんはカウンターの奥で丁寧に手を洗う。
「昼飯食った?」
「え? ううん、帰ってから食べようと思って」
「よかったら、食べてってよ。おごるからさ。俺の寿司食べるの、久し振りだろう?」
「いいの? お礼に来たのに、なんだか悪い……」
 私が言うと、彼はくくっと笑った。こういう柔らかい笑い方、ちっとも変わってない。
「水くさいな。俺の握る寿司、かなり美味くなったと思うから食べてみてほしいんだよ」
 そう言って、彼は保冷ケースからいく種類かの鮮魚を取りだし、鮮やかに包丁を入れた。

 タカさんと疎遠になったのは、本当に私のどうしようもない意地というかやきもちがきっかけだった。
 大学生の頃、家を出ているとはいえ電車で2時間程度のところだったので私は時々は帰ってきて、その時に彼と会っていた。
 けれど、高校を卒業したら本格的に店の仕事を始めた彼はなかなかに忙しくて、当然、思うようにデートはできない。だから、家に帰ってきた時には、うちのお母さんが気を利かせて家族でかわむらすしに食べに連れてきてくれたものだ。
 そんなある時だった。
 かわむらすしにアルバイトの大学生の女の子がいたのだ。
 彼女は笑顔の可愛らしいおとなしそうな子で、タカさんのお父さんのことを「大将」と呼び、タカさんのことを「隆さん」と呼んでいた。
 特別な呼び方じゃないということはわかってる。
 けれど、私の目には。
 まるで、彼女がかわむらすしにお嫁に来たかのように見えてしまったのだ。
 もちろん、そんなわけないのだけど、「ああ、タカさんはこういうお嫁さんが似あうんだろうなあ」と思うと、急に自分に自信がなくなってしまったのだ。
 中学生の時、タカさんにお魚のさばき方を教えてもらって練習したけれど、その後結局上達の見られなかった私は、中学生の時からの夢「お寿司屋さんのおかみさん」には向いているのだろうか。
 その後、タカさんと何度か会って、たぶんタカさんは私がアルバイトの女の子のことを気にしていると、察してたと思う。けど、私はそんなこと口に出せないから。だって、「タカさん、あの子とはなんでもないよね? なんだかすごくお似合いに見えちゃって、私、焦ってしまう」なんて、言えないよね。だから、タカさんもそのことに触れることもできずで、なんだか私たちは気まずくなって疎遠になって、いつのまにか連絡を取らなくなってしまった。
 思いきって電話をしようと思っても、私が学校から帰ってきてひと段落した頃はタカさんは仕事だし、夜遅くなると、早起きするタカさんが寝るのをじゃましてしまうかもしれない。かといって昼間は学校だ。
 そんなわけで、4年の月日が流れ、一昨年就職を機に実家に戻ってきた私は、かわむら寿司の前を通るだけの日々。タカさんのことだから、もう素敵なお嫁さんがいて二人でお店をやっていたりするのかも、なんて想像してたら、お母さんが「かわむらすしの隆くん、まだお嫁さんはもらってないみたいだよ。は振られちゃってそれっきり?」なんて無神経なことを言って、キーッなんてなったこともあったっけ。

「はい、どうぞ」

 そんなことを思い返してたら、タカさんが目の前に握りの盛り合わせとお吸い物を出してくれた。
「わあ、美味しそう!」
 すっかりお腹が減っていた私は、心から声を上げる。
「かれいが旬で美味しいよ」
 言われるがまま、口に入れるとふわりとなんともいえない幸福感。
「……お魚も美味しいけど、しゃりがすごくふんわりしてる……」
「だろう? 俺、最近、しゃりを握るの上手くなったって親父にも褒められたんだ。昔はなかなかこういう風にふわっと握れなかったんだけど」
 私はしばらくぱくぱくと無言でタカさんのお寿司をたいらげた。
 だって、すごく美味しい。
「……はー」
 幸せな溜息をつきながら、お茶をいただいた。
「……あの、すっごく美味しかった。ありがと」
 タカさんはうれしそうに私を見る。
「すっごくうまそうに食べてくれて、こっちもうれしいよ。この前、桃と海堂も来てうまいうまいって食べてくれてさ。あ、ほら、テニス部の後輩の」
「ああ、あの子たち! 海堂くんって、ほら、私、中3の時にタカさんにみんなでお魚料理習った時、一緒にいたよね。男の子なのに、包丁さばき上手でびっくりしたなあ」
「でさ、桃はロン毛になってたよ」
「えーっ!」
 私たちは声を上げて笑った。
「……あの、ごちそうさま、ほんと美味しかったありがと」
 美味しいものを食べて笑うって、どうしてこんなに幸せなんだろう。
 しかも、タカさんが一緒だと。
「よかった。俺もなんとか一人前のすし職人になれそうだよ。親父からも、このところはほとんど仕込みは一人で任されててね、今日も親父はお袋と芝居見物さ」
 タカさんは苦笑いをした。
「私なんかから見ると、タカさんはとっくに一人前のおすし屋さんって感じだけどなあ」
「いやー、まだまだひよっこだよ。……はあれだろ、気象予報士になったって?」
「え? あ、うん。大学卒業してから、気象予報会社に就職したの」
「親父が、のおふくろさんにたまたま会って聞いたって。、大学に入ったとき、そういう仕事したいって言ってたから、ちゃんと夢をかなえてえらいよな」
 うちのお母さん、タカさんのお父さんになんかヘンなこと言わなかっただろうか、あせってしまう。
「私の方こそ、まだまだだよ……。社会人3年目だしさ」
 タカさんがおすしを出してくれた、盛り板をカウンターに返した。
 サンキュ、と言いながらタカさんがそれを受け取るとき、その手に触れる。
「あ……ゴメン」
 タカさんは少し照れくさそうにすぐに盛り板を洗って、拭き上げた。
 さっき、尻もちをついた時に握った手の感触がよみがえって、また顔が熱くなる。
 10年前、初めてかわむらすしに招き入れられた時の気持ちを思い出した。
 あの時、私の汚れたパンプスをきれいにしてくれて、ハナモモの花をくれたタカさんに私は一瞬で恋をしたっけ。
「……そういえば、ウチさ、自宅の方、改築したんだよ」
 タカさんはお椀を丁寧に拭きながら、言った。
「あ、外壁とかちょっと変わってたもんね」
が前に来た時はまだ古かったろ。よかったら、見てく?」
「え? いいの?」
 思いがけない申し出に私は顔を上げる。

 タカさんに案内されて、お店の奥の自宅への廊下を歩いた。
 高校の頃はしょっちゅう遊びに来てたっけ。懐かしい。
「うわ、広くなった……」
 タカさんの部屋のドアが開いて、私は思わず目を丸くした。
「ははは、前は四畳半だったからね。さすがに、でかい図体で四畳半は狭くなってきたよ」
 タカさんは明るく笑った。
昔ながらの四畳半だったタカさんの部屋は、今では8畳くらいフローリングになっていて、床にはトレーニング用のダンベルなんかが転がっていた。古いぶ厚い木で出来た立派なちゃぶ台は昔のままで、新たにベッドが置かれていたのはちょっと意外だったけれど、結構しっくりきている。本棚には、昔よりも写真集や美術書が増えていて、盛り付けの参考にするんだと話していたことを思い出した。
「ああ、これ懐かしいね」
 壁を見ながら言った。
 4畳半時代の部屋のカーテンが、タペストリーのように壁に飾ってあった。
 お店ののれんをリフォームしたカーテンだ。
「ははは、それは気に入ってるからね。今の窓にはサイズが合わないけど、とても捨てられなくて」
 高校の頃、四畳半の部屋で密やかな情事に至る時、彼は照れくさそうにそのカーテンを閉めたっけ。彼に抱かれながら眺めたその、ふるびた「かわむらすし」という文字は忘れられない。
「……
 タカさんの声でハッと我に返る。
「あっ、うん、なんだか懐かしくて見入っちゃった」
 笑いながら振り返ると、タカさんはやけに真剣な目で私を見ていた。
 彼は何かを言いかけてから、ぎゅっと一瞬目を閉じ、その後に深呼吸をした。
 胸の前で握り締められていた拳がふわりと開き、その大きな掌がゆっくりと私に近づいた。
 気がつくと私は彼に抱き寄せられ、息が苦しくなるほどの、キス。
 そして、ようやく息継ぎをした後には、熱い愛撫と抱擁が続く。
 緊張をしたり取り繕ういとまもなく、私は彼の愛撫にとろけてしまい、彼の部屋に声を響かせた。激しいのに、優しい丁寧な彼の愛撫は昔のままだ。タカさんの、大きくて一見ごつごつしているのに、意外なくらいにふんわりとやわらかい掌で触れられることが、私は大好きだった。
 そして、久しぶりのその感触は思い出の中でのそれよりも数倍も気持ちが良くて、私は我を忘れてしまう。私がどうすれば感じるのか、彼の掌の記憶はとても正確。
 その大好きな掌で腰を支えられながら、彼の激しい律動で私は何度も絶頂に達した。
 どうしよう。
 私はやっぱりタカさんが大好き。
 身体と気持ちの昂ぶりで、目尻に涙がにじむのを感じた。

 行為を終えて、しばらく私を胸に抱きしめていたタカさんは息をついて私から離れると、妙に照れくさそうな顔で身体を起こした。そりゃそうだ、私だって照れくさい。思わず顔が熱くなって、つられて起き上がる。
「……あのさ、
 そして、彼はまた深呼吸。
が就職してこっちに戻ってきてから、時々店の前を通るのを、俺は知ってたんだ。ずっと、声をかけようと思ってた。の家から駅まで、別の道もあるのにウチの前を通るってことは、は少なくとも俺の顔を見るのもイヤだって思ってるわけじゃないだろうって、自分で自分を勇気付けてさ」
 はは、と彼は苦笑い。
 私は恥ずかしさで縮こまる思い。
 未練がましく私がお店の前を通ってたの、見られてたんだ。
「あ、私こそ、こっちに戻ったよってひとことくらい挨拶すればよかったのに、ごめん……」
 なんだか、こんなことが言いたいんじゃないのに。
「……あのさ、
 彼はまた繰り返して顔を赤くすると、そして、ベッドの上の軽い羽根布団を、裸の私にぎゅっと巻きつけた。
「俺、が好きだよ。が大学に行ってる時……不安な気持ちにさせてごめん。ちゃんとに連絡をして、そう言いたかったけど、あの頃は俺、まだ自信がなかったんだ。すし職人として駆け出しだったし、大学に行ってるがまぶしくて」
「タカさん……」
「毎日考えてたよ。今度、が店の前を通るのを見たら、ちゃんと声をかけようって。そして、今度、手をつかんだら、絶対にもう離さないようにしようって」
 ぽかんと口を開けた私の前のタカさんは、まっすぐ私の目を見て言った。
「だから、妻になってよ」
 妻になってよ。
 私は一瞬意味がわからなくて、ベッドに倒れこんでしまいそう。
 だけど、ほんの少しでもタカさんを心配させたくない。
「うん」
 すぐさま、こくんと頷いた。
「えっ、、ほんとにいいのかい? ちょっと考えなくていいのか?」
 彼が妙に慌てるものだから、私はおかしくなってしまう。
「っていうか、タカさんの方こそ、いいのかなーって。私……その……結局、お料理とかあんまり上手にならないままだし、あの時アルバイトしてた女の子みたいにてきぱきお店手伝ったりなかなかできないかもしれないし……」
 私が言いにくそうに言うと、タカさんはほっとしたように笑った。
「やっぱり、あの子のこと気にしてたんだ」
「えっ、やっ、そういうわけじゃなくて、ふと思い出しただけで……!」
 思わずこぼしてしまった言葉に、私はあせってしまった。私ってばなんでこの期に及んで今更!
「大丈夫だよ、。しばらく前までは、親父は早く嫁さんもらえなんて言って、見合いさせられそうになったり知り合いの娘さんを紹介しようとしてたけど、この4月からはさっぱり言い出さなくなったんだ」
 私は首をかしげた。
「……朝の天気予報を見て、『オイ隆! ちゃん、まだひとりモンみたいじゃねーか! って! って!』って、大騒ぎだったよ」
 私は耳たぶまで熱くなる。
「……見てたの!!」
「ちょうど仕入れが終わる頃の時間だからさ、よく一息いれてテレビ観てる時間帯なんだ。仲間の業者さんたちとテレビ見てて、が季節のコメントで魚ネタを言うたび『この子は魚をわかっとる!』って、河岸のおっちゃんたちに人気みたいだよ」
「……そうなんだ……」
 なんだか照れくさくて、うつむいてしまう。
「だからさ、ウチだけが、から今日の天気じゃなくて、明日の天気を教えてもらえるってなったら、それだけでもう十分だよ。のお魚予報があれば、かわむらすしは安泰だ」
 胸の奥がぽわぽわと暖かくなって、あふれ出してとまらない。
 タカさんにまきつけられた羽根布団をはねのけて、彼の分厚い胸板にぎゅっと顔を埋めた。
 私がどれだけ彼のことを好きか、とても言葉にはできない。
 中学生の時の私に、言ってあげたい。
 元気を出して。夢はかなうよって。

(了)
2013.2.28

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