水中で人が溺れるのは、三半規管がうまく機能しなくなった場合自分が上を向いてるのか下を向いているのかわからなくなるからだって、先生が言っていたっけ。
上へ上へ空気を求めてもがいてたつもりが、実は水中深くにむかってじたばたしたりしてね、溺れちゃうんだってさ。
忍足に抱かれながら、そんな話を思い出していた。
私は水中で溺れたことはないけど、きっとこんな感じに違いないって思う。
彼が私に与える快楽は、私の立ち位置を失わせる。
今がいつで、ここがどこで、私と彼がどんな距離でいて。
それが、まったくわからなくなる。
眼鏡を外した忍足の目からは、普段は感じたことのない熱が伝わってくる気がして、それをもっと知りたいと追えば、気がつくとそれは水中の中に深くもぐっているようで私の脳は酸欠。
「忍足……っ」
すっかり溺れてしまっている私は、彼に導かれるまま。
快楽の波に飲まれて、流された結果、震えるような余韻に体中をピリピリさせてベッドに横たわっていると、隣にはいつのまにか眼鏡をかけた忍足。
私と目が合うと、彼はふっと眼鏡の奥で穏やかな笑みを浮かべる。
さっきまでの私の乱れっぷりに、何か言われるかな、と照れくささで身構えるけれどさすが彼は大人だ。眼鏡のブリッジをいじりながら微笑むだけで何も言わない。
そう、いつもの忍足侑士だ。
眼鏡をかけた彼は、すっかり私を陸に救い上げたみたい。
「……寒いことないか?」
そんなことを言って、ぐい、と私の肩に毛布をかけた。
「うん、大丈夫」
さっきまで溺れる私が見てたのは、もうちょっと違う忍足だったと思うんだけどなあ。
私は手を伸ばして、すっと彼の眼鏡を指でつまんで外してみた。
彼は驚いたように少し目を丸くしてじっと私を見る。
「何や、てんごしぃやな」
そしてふふっと笑う。
近眼でもないくせに、わざとらしく顔を私に近づけた。
当然のようにキス。
「あかん。またやりたくなってもうた…」
彼は私の身体にかけたばかりの毛布をはぎとり、ぎゅっと胸を手のひらで覆う。
もう片手は私の手の眼鏡を奪い取り、それをサイドテーブルへ。
「忍足……」
愛撫を受けながら思わず彼の名を呼ぶと、彼は私の鎖骨に歯を立てた。
「二回目する仲やん。いいかげん、侑士って呼びぃや」
自分こそ、ちゃんと顔、見せてよね。
きっとそんな彼の顔を見ると、私はどこに空気があるのかわからなくなって、確実に溺れてしまうのではあるけれど。
(了)