テニプリエロバトン学校編(白石)

「自分、おべんとつけてどこ行くん?」昼休み、あなたの顔についてるご飯粒を舐め取る白石。



 白石っていやらしい。
 いやらしいって、エッチって意味じゃない。
 なんていうの、ずるい男。
 だって、あれだけきれいな顔をして頭もよくて運動もできて。
 普通、そういう男の子って、手が届かないじゃない。
 けど、白石は女の子がいじりやすい、程よいツッコミどころをきっちり装備してるわけ。
 つまり、テニスでのキメ台詞が『エクスタシー!』だったり、トレードマークが左手の毒手だったり。
 そんなの、女子がいじらないわけないじゃん。で、白石は『そない言うんやったら、どや、試してみる?』なんて、上手いこと言って、女子をいい気分にさせたりするの。
 でもね。
 白石は、すごく身近で手が届きそうに見せかけていて、その実、包帯を施した左手が象徴しているように、妙にガードが固い。仲良くなったようでいて、実は遠い。そんな男の子だ。


「お、自分、ええシャンプーつこてるな。ローズマリーのエッセンシャルオイルの匂いや」
 奴は、振り返って、通りかかる子に軽く言う。『白石、鋭すぎるやんかー!』その子は、嬉しそうに笑う。なんでもない光景。
「……どないしたん?」
 彼の隣で黙ったまま弁当箱をしまう私に、ひとこと。
「べつに」
 同じ保健委員の私は、この日、ちょっとした打ち合わせをしながら白石と教室で昼ご飯を食べていた。
「ふうん」
 白石はそう言いながらも私の顔をじっと見る。こいつの視線が思わせぶりだったりするのはいつものことだけど、どうしてこんなにじっと見るの! むかつく!
「ま、ええわ。自分、食い終ったんやったら、印刷室に資料取りに行こうや。昼休みのうちに、保健室に運んでしまお」
 白石はその左手をひらひらさせながら私を促す。何気ない仕草なのに、なんでこんなにきれい。
 私は黙って彼に続いた。
 不機嫌なわけじゃない。近いのに遠い彼に、腹が立つから。手が届かないなら、近いふりをしないでほしい。
「なあ」
 印刷室の前で彼はまた私を見た。手には、職員室から借りて来た印刷室の鍵。
「ずっと、言いたかってんけど……」
 予測をしなかった彼の動きに、私は背筋がビリリとしびれる。だって、彼の顔が近い。
「自分、おべんとつけてどこ行くん?」
 彼はそう言うと同時に、私の顔に唇を寄せた。
 唇の左端に吐息がかかる。そのゆるい風圧に続いて、熱い舌の感触。
「米粒、ついとったで」
 あっけに取られた私の前で、わざとらしく舌を出して見せる。
 いつだって、触れるようで触れない、巧みに思わせぶりなだけの男だと思っていたのに。
 突然の危険行為。
 白石は印刷室の扉を開いた。
 部屋に足を踏み入れてから、一瞬私を振り返って笑う。
「はよ」
 そう、彼は、扉を、開いた。

(了)




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