スプーンでかきまぜた珈琲にクリームを入れたみたいだ。
眼に見える早さでぐるぐると発達していく雲を見上げながら、私はそんなことを考えていた。
やけに気温の高い6月の今日、空が黒っぽくなったと思ったらグラウンドの上空にはまるでラピュタでもいそうな大きな雲がむっくり現れていたのだ。圧巻。
「先輩、早く片付けないと雨がくるっスよ!」
背後からかぶってくるドスの効いた声。2年生の海堂くんだ。彼は慌ててボールを拾い集めてる。
「あっ、ごめんごめん、急いで片付けなきゃだね」
海堂くんは2年生ながらレギュラー選手で、同級生や後輩なんかには時々口も悪かったりするんだけど、先輩にはすごく礼儀正しい子だ。基本的に真面目なんだと思う。
けど、私はちょっと苦手。だって、しっかりしすぎてる。
私はマネージャーの中でもあんまり出来のいい方じゃないっていうのは自覚してるんだけど、彼のあのきつい目つきで睨まれて、でも言葉だけはしっかり丁寧で文句は言わなくて、ってうの結構堪えるんだよね。まだ、桃ちゃんみたいにちょっとふざけてツッコんでくれる方がいい。
私はため息をつきながらコートに走った。ネットを外さなきゃ。
ぐずぐずしてると、また海堂くんに睨まれながら慇懃無礼なこと言われるに決まってる。
ついにポツポツと雨が降り出した。
ネットを外していると、もう片方を手早く海堂くんが外してくれていた。私より手際のいい彼は、ネットの端っことクランクを持って私の方にやってくる。
「俺がやりますよ」
そして、結局私の方も彼がさっさと外すのだ。
軽くため息。
雨足はどんどん強くなって、ついにどしゃぶりだけど今更雨宿りする気もない。
なんかこう、私も決定的に手際が悪いわけじゃないと思うんだけど、やっぱり海堂くんの出来がよすぎると思うんだよね。ダメな先輩だって思ってるんだろうな。口には出さないけど。
というか、いっそそう言ってくれたらいいのに!
作業を終えた彼がネットを持って待っている私を見上げた。バンダナもびしょぬれだ。
彼は、突然にぎょっとした顔をして眉間に深いしわをきざむ。私はどきっとした。
何かまた不手際があったんだろうか。
彼は立ち上がると、トリコロールのレギュラージャージを脱いで私に差し出した。
「こっ…これ着てろ!!」
ひどく慌てた表情でめずらしくタメ口の彼に、私はびっくりする。
「はあ?」
だって、もうびしょぬれだし今更上着貸してくれても……と思って、はっとした。
そういえば私、シャツ一枚だった。ちらっと自分で自分を確認すると、案の定、びしょぬれになった白いシャツは体にはりついて、下着がまる見えだ。
「あっ、ありがと……!」
さすがに私も慌ててしまい、いそいで彼が貸してくれたジャージに袖を通す。まだ少しぬくもりが残ってた。海堂くん、あったかいんだ。
ネットとクランクを手にする彼は私をもう一度見て、不機嫌そうに唇をむすんだと思うと顔をそむけた。
「だから、前、ちゃんと留めろって!」
言われて、あせった私はジッパーを閉めた。怒られないよう、ちゃんと一番上まで。
海堂くんは目で『早くしろ』と私を促し、倉庫に向かった。
多分、今までで一番、キツい物の言い。
だけど、海堂くん。その方がいいよ。
私はやけにドキドキしたまま、彼の背中について走った。