● 観月主任とわたし(2)  ●

 今日は、私の上司である観月主任をご紹介します。
 新入社員として就職をした私が紅茶部に配属されて、約1週間。
 初日のしょっぱなからガサツな紅茶の淹れ方で観月主任からど叱られた私ですが、そんな主任にも少しずつなれてきました。
 
 って、作文か。

 いきなり観月主任に怒られた翌日、先輩たちが口々に慰めてくれた。
 いやー、きみがいきなりお茶を淹れるって言い出したから、止めなきゃ!ってみんな思ってたんだけど観月が腕組みして見張ってるから、ハラハラしつつも言い出せなくてなー、結果は案の定で大変だったね、とか。
 ちなみに観月主任は入社して4年目で主任という、スピード出世らしい。観月、観月、と話しかけている先輩たちは役付ではないけれど、観月主任とは同期なんだって。
 ちょっととっつきにくいし、変わったところがあるけど、頼りになるし頭はキレるし結構いい奴だよ、と皆言っている。
 配属された一日目で、私、だいたいそれは実感済みだ。
 すごく真面目で厳しいしちょっとおっかないけど、ちょっと優しいところもあるというのはよくよくわかっているんだけど。

 でも、やっぱり面と向かっているとすごい緊張感。
 だって、机がね。
 ご本人の見た目どおり、すっごいきれい。
 デスクマットには他の人みたいにごちゃごちゃメモが挟まってたりしない(電話番号だとかそういうのはすべて記憶しているらしい!)。机の上にはブックエンドでいくつかの資料本やファイルが置かれているけれど、ほんの少しのずれもなくきっちり並べられていて、中には外国語の書籍もいくつか。書類を入れるサイズのトレイはシルバーで、ぴかぴか。小さな小物を入れるトレイは、薔薇模様でアンティークらしい。お茶を飲む時のカップも、自社の製品以外に、私物と思われる繊細できれいなアンティークのカップを使っていた。いずれもぴかぴかに磨き上げられている。
 初日にオリエンテーションを受けて、私があせりながら重要箇所にアンダーラインを引いていたら「……よかったらこれをお使いください」と、これまたピカピカの定規を貸してくれた。私がフリーハンドでふにゃふにゃの線を引いてたのに我慢ができなかったんだろう。ありがとうございました、と定規を返したらハンカチでキュッキュッと磨いてからペンケースにしまっていた。
 そう、ご本人の見た目どおり、潔癖のようなんです。
 これは、がさつな私はかなり注意して行動しなければ、と肝に銘じた。
 きれいな顔をして、陽にもあたったことがないような透き通る色白美肌、頭が良く、紅茶に詳しく、アンティーク小物が好きで、外国語にも堪能な主任。まさに深窓の王子様って感じ。
 
 いやー、大変な人が上司になっちゃったなー。
 と思いながら、自分の机で回覧書類を見ていた。社内報があって、何気なくぱらぱらめくっていると、ん? とあるページに目を留めた。
 ん? んんんん?
 私は二度見……ならぬ五度見くらいその記事を見る。
 そこには「社内硬式テニス大会優勝・観月はじめ。入社以来連勝」と写真入りの記事があったのだ。ややご満悦気味に写っているその姿は、まぎれもなく観月主任。
 私はびっくりして社内報を持ったまま立ち上がってしまう。
 テニスって、スポーツだよね? あの主任が? モヤシッ子の文学青年にしか見えないのに!
 隣の席の先輩がくすっと笑った。
「あ、今の社内報、観月の記事出てただろ。あいつ、ああ見えて学生の時からテニスやっててかなり強いんだ」
「へえ〜」
 あまりに意外で言葉が出ない。
「あとな、ああ見えて、たまーにカラオケにつきあってくると、『僕は結構です。いえ、本当にいいですから。……まったく仕方ないですね、一曲だけですよ』なんていって歌ってな……それが、もうドン引くくらいに上手いんだぜ。年に1〜2回あるかないかだが、結構皆楽しみにしてる」
「へえ〜! 歌まで!!」
 観月主任、すごい! 一体何者なんだ!
 驚きのあまり、立ったままイナバウアーばりにそっくりかえっていたら、背後から「何をしているんです、腰を痛めますよ」と主任の声。
「わ!」
 あわててくるりと振り返った。
「いえ、あの、今、社報を見て……。主任、テニスお強いんですね、すごい!」
 そう言うと主任はまんざらでもなさそうに、くるりと前髪をいじった。
「んふ。まあ、多少はね」
「主任を見習って、私も少しは運動をしようかと思います、はい」
 よし、真面目にまとめた!
 と思ったら、主任が私の机に本を何冊か置いて言った。
「いえ、その前に仕事に必要な知識を頭に入れてください」
 そりゃそうだ。
 ちらりと見た書籍は英語のものばかり。ぐうっと気持ちが重くなる。
「……それと」
 まだ言う! 私が身構えると、主任は改めて私を頭のてっぺんからつま先までを見た。何? 今度はファッションチェック? 私センスはまあまあ自信ある方だけど……と思っていたら、主任は軽くため息をついた。

「運動をするのは良いですが、いきなり張り切って走ったり筋トレはおやめなさい。普段あまり身体を動かしていないと見受けます。先ほどの後屈姿勢からすると、身体の柔軟性にも欠けているようですね。まずは、ストレッチから取り組む事をおすすめします」

 主任はそれだけ言って、さっさと自分の席に戻っていった。
 ……ぐうの音も出ない……。

 とまあ、私の上司の観月主任は、こんな感じの人なのです。

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