「なんか風邪っぽいんだよね」
昼休み、うかつにそんなことを口走ってから、しまったと口元をおさえる。
今のは単なる独り言。
聞こえてない、聞こえてないよね……。
おそるおそる隣をちらりと見た。
隣の席の風紀委員長の真田くんが、くわっと般若のような顔をしている。
「なんだと! 風邪だと? たるんどる! あれほど日頃、保健委員がうがい・手洗いを啓蒙しているというのに、きちんとやっていなかったのか? そもそも日頃身体を鍛えて免疫力を上げておくという、積み重ねの努力を怠るからいかん! そして、食事だ! タンパク質にビタミン、炭水化物などバランスのとれた食事を三度三度きちんと取るということを……そもそもできていないだろう! 菓子パンばかり食っていないで、ちゃんと飯を食え! あと、睡眠だ! いつもいつも深夜テレビの話ばかりしおって、何時まで起きてるんだ! 第一、風邪気味だというなら、そんなにスカートを短くしてなどおらず暖かくせんかー!!」
風紀委員長の真田くんは、ほんっと口うるさい。
お母さんかっていうくらい口うるさい。隣の席になってから、私の日頃の行いがよっぽど気に入らないのか、何かと注意されてばかり。
想像したとおりの説教の攻撃を一通りうけて、私はため息をついた。
「……そんなこと言われても、風邪ひいちゃったんだもん。済んでしまったこと言われてもどうしようもないよ。今どうしたらいいの、真田くんが暖めてくれるって言うの?」
私は少々むかっとして言い返した。
風邪引いてしんどいなーって時に、そんなにやいやい責めないでよねー。
真田くんは険しい顔を真っ赤にして、教室に響き渡るくらいにバンッと机をたたいた。
「お、俺がお前を暖めるだと……!?」
想像以上の激しいリアクションに、もう面倒臭くなって私は片手で額を覆った。
熱、出そう。
俺が真剣に意見しているというのにお前はふざけているのかいい加減にしろそんなことだから風邪をひくたるんどるたるんどるたるんどるたるんどる……。
そっぽを向いてそんな怒号を聞き流していると、ふと目の前に黒いふわふわしたものが差し出された。
「……ん? なにこれ?」
「ネックウォーマーだ。これを首に巻いていろ。身体の冷えは首元から来るというからな」
相変わらず怒った顔の真田くんが差し出すそれを手に取ると、ふわりと柔らかくて暖かそう。筒状になっていて、真田くんは、こうだとばかり手振りで付け方を教えてくれた。
頭からかぶって首の回りにくるりと落ち着かせると、確かにほわほわと暖かい。
「……これ、外でするやつだよね? 授業中、しとくの?」
「そうだ、貸してやるから帰るまでつけておけ」
彼はそう言ってそっぽを向く。
いったん首元におさめたネックウォーマーを少しひっぱって、鼻の上くらいまで覆ってみる。真田くんの匂いがするような気がした。
顔が熱いのは、きっと熱が出てきたせい。
鼻水つけるなよ、と隣で真田くんが言うけれど、私が黙って口ごがえもしないものだから、おい大丈夫か大丈夫か!と今度は心配そう。
こうるさい真田くんの声が心地いいなんて、私、いよいよ本格的に熱が出てきたんだな。
2012.1.4(拍手SS)