●● ファンタム・ファンタスティコ(9) ●●
「で、爆弾は見つかったのか、ラッキー?」
コヨーテの、冷ややかな声が響いた。
私と跡部さんはもとの部屋に連れ戻され、並んで座らされていた。
その向かいには、ラッキーとコヨーテ。
「……処理班に確認させましたが、ありませんでした」
ラッキーは噛み締めていた唇を開いて言った。跡部さんを、殺さんばかりの目つきで睨みつけている。
「これも、ただの電卓のようだな」
コヨーテは指先であのカード電卓をもてあそぶ。
跡部さんは長い脚を優雅に組んで、軽く頬杖をつきながらうっすら笑って二人を眺めていた。
結局あれから私と跡部さんはあっさりとつかまって、こうやって部屋に連れ戻されたというわけ。
そして、今では周囲を武装した男たちがぐるりと取り囲んでいる。
さて私たちは、跡部さんの携帯、ドアラ、そしてカード電卓でついにスリーアウトだ。
いくら跡部さんが余裕な顔をしていても、私はもう心臓がばくばくするのを抑えることができなかった。
「下らない手にひっかかったな、ラッキー。騒ぎが大きくならなかったからいいようなものの、下手をすれば今夜の13ナイトの開催があやぶまれるところだった。ラッキー、お前の処分は今夜のオークションが終了次第決定をして通達する。それまでしっかり働いておけ」
「……はっ……」
拳をにぎりしめながら怒りで震えるラッキーを、私はハラハラしながらチラ見する。
もう、一体どうなっちゃうんだろう、私たち!
コヨーテは眼鏡のブリッジをくいと指で持ち上げて、改めて私たちを見た。
「ありもしない爆弾のチェックのために、すっかりオークションの開催時刻が遅れてしまった。きみを待ちかねているお客はさぞいらいらしているだろうよ」
冷静な声で、彼は言う。
「ほう、今夜のオークションではこの俺様が目玉商品なのか?」
ちょっとわざとらしく眉を持ち上げてみせて、跡部さんは面白がるように言った。
「わかっているだろうに。今までもきみを所望する客はいたが、今年は特に要望が高まっていた」
「ほう?」
「ある特定の嗜好の人々は、大人と子供の間にいるような君の年頃をとても美しいと感じるらしい。私にはわからない趣味だがね」
「フン、そんなくだらねー趣味で俺様の試合を邪魔されちゃかなわねーな」
まるで世間話のように話す二人を、私はどきどきしながら眺めていた。
コヨーテは左手を持ち上げてちらりと腕時計を見た。
「さあ、きみたちの出番だ。これ以上客は待たせたくない。行くぞ」
言葉は穏やかだけれど、私たちを促すのは黒光りをした銃口。
ゆっくりと立ち上がる跡部さんにならって、私もあわてて鞄を手にして後ろをついて歩いた。
私たちが連れて行かれた場所は、同じ階にあるつきあたりの部屋で、広いラウンジのようなところだった。私は勝手にステージのある劇場みたいな部屋を想像していたから、ちょっとばかり拍子抜けした。
薄暗いライトの室内には、かなりの人数の人々がいることに気付く。
顔はよく見えないけれど、私たちが部屋に通されると、皆がなにやら口々に小声で話す声が聞こえてきた。おそらくいろんな国の言語だ。
私たちは部屋の奥に設置されているソファの前に立たされた。
しばらく立ったままでいろ、とコヨーテに小声で言われ、私たちが立っている間にコヨーテは静かな声で会場にむかってなにやら話していた。
その内容がよくわからないのは、つまり彼が英語だとかその他よくわからない外国語で話していたから。
まあ、おそらく商品説明でもしているんだろうな、なんて思っていると、ようやく座れという指示がきてソファに腰をおろす。隣に鞄を置いた。
あ、私、こんな鞄まで持ってきちゃって、宿題やってる場合じゃないのに。あらためてため息が出た。
会場では、私たちがライトアップされているため、人々の顔はよく見えない。
オークションって、どうやるんだろ、なんて思って眼を細めて眺めていると、会場の人たちは静かに手を上げてるだけ。
「……これ、何やってるんですか?」
隣の跡部さんに、そっと尋ねると、彼はふっと笑った。
「オークションに決まってんだろ」
「手を上げてるだけで?」
「ああ。指一本で多分1万ドルだ」
1万ドルっていくらくらいだっけ、と、かなりドンくさく計算をしてタイミング遅く『えーっ!?』と驚く私を、跡部さんは呆れたように一瞥。
私だけじゃ、指一本分にもならないんだろうなあ、なんて考えながら会場を見渡す。
ここにいる誰かのところに、私と跡部さんは連れて行かれるのだろうか。
どこか見知らぬ国へ。
まだ夏休みにもなってないのに。
テニス部はこれから関東大会、そして全国大会だっていうのに。
それより、私はついに彼氏もできないまま、建物委員の仕事も途中のまま氷帝学園を去ることになるんだ。
跡部さんはそりゃ、これだけ能力のある人だから、これからどこに連れて行かれてもそれなりに何か活路が見出せるかもしれない。
だけど、私にはまったく何の希望もない。
だって、今、目の前で人々は私たちの値段を決めてる。
値段が決まって取引がされたら、私たちはもうここから連れ去られるのだろう。
そして、明日はどこかの外国へ?
私は目から涙が溢れるのを感じた。
泣いたりしちゃだめだって、ずっと思ってた。
だって、きっと跡部さんが怒るに違いない。
あきらめるなって。
チャンスを逃すなって。
だけど、そんなことを言えるのは、跡部さんが跡部さんだからだよ。
誰より特別な、価値のある中学生。
私なんかとは違う。
ライトアップされているのがわかっているのに、私は自分の涙を止めることができなかった。
けれど、跡部さんは隣で足を組んで優雅に座っているだけだし、会場の人々は相変わらず静かに手を上げて指を何本も立てたり折ったりをするばかり。
私が泣こうがどうしようが、この世の中の誰にも関係ないんだ。
私が両手で顔を覆っていると、パンパンと手を叩く音。
コヨーテが立ち上がって、両手を打っていた。
これまた何語かよくわからない言葉で(少なくとも英語ではない)何かを言っている。そして彼の視線の先には、得意げに立ち上がる肌の浅黒い中年の男。
コヨーテと彼のそぶりからすると、どうやら私たちを落札した男らしい。
私は大きく息をついて、そしてもう一度顔を両手で覆った。
もうだめだ。
きっと、私はもう死んだのと同じ。
そう考えながら、両の手のひらに自分の涙がにじむのを感じる。
すると、私の頭にそっと何か暖かいものが添えられる。
びっくりして顔を上げると、それは跡部さんの手だった。
跡部さんが私の頭に、そうっと手をあててくれていた。
彼がそんなことをするなんて。
ちょっと驚いて、ひどい泣き顔にもかかわらず彼を見上げていると、跡部さんは私を見て笑う。それまでの、不敵だったり冷ややかだったりする笑みと違って、なんだかやけに優しい笑顔で、それにもまた私は驚いてしまう。
「、大丈夫だ。泣くな」
大丈夫なわけないじゃない。
そんなことを思いながらも、跡部さんの優しい笑顔、やけに優しい一言に私はとにかく驚いてしまって、そしてそれがあまりにも私にとって甘い力を持っていることにも驚いて、こんな時だと言うのに跡部さんのそのきれいな顔をじっと見つめてしまった。
落札者が決まった瞬間、それまでのしんとした会場は若干騒然としていた。
けれど、私の頭から手を離した跡部さんが、すっと立ち上がった瞬間、会場は不思議な緊張感と期待感の空気を沿えてしんと静まり返った。
落札者の男と、そしてコヨーテまでもが、跡部さんをじっと見つめる。
跡部さんは左手を軽く眉間のあたりにあててから、すうっと息を吸うとよく響く声でこう言った。
「Fortuna favet fortibus」
ああ、ラテン語で『運は強き者の味方をする』だっけ?
彼がその言葉を発した後、会場はみな固唾を飲んで続く言葉を待っているかのようだった。
そして彼の言葉は続く。
「この俺様がその程度の値段で取引されるだと? 笑わせるな。チンケな金を惜しんで、俺様を手に入れそこねるなんざ、13ナイトの客もたいしたことねーな。え? あーん?」
立ち上がって体をちょいとそらせ、右手を腰に軽くそえて左手でさらりと髪をかきあげながら美しい声を響かせる彼は、本当に雄々しくて、きっと跡部さんが言った言葉の意味が分からなくても心を震わせるには十分だったにちがいない。
こんな時だというのに、私は心から彼に見ほれてしまって、ああ、学校中の女の子がみんな跡部さんに夢中だっていうのはやっぱり納得だなあなんて思ってしまった。
「さあ、入札はこれで終わりか? この俺様にもっと高い値をつける奴はいねーのか、あーん?」
彼がそう言って指をパチンと鳴らすと、まるでそれが合図かのように会場の温度がぐっと上昇したような気がした。
それまで静かだった会場は、ひどく騒然として携帯を取り出し電話をかける者、また声を張り上げながら手を上げるもの、軽くパニック状態に陥った。
当然ながら、コヨーテを始めとするスタッフは立ち上がって無線で連絡をとりあいながら、会場をおさめるために必死に声を響かせる。
つまり、どうやら跡部さんの争奪戦は、彼のパフォーマンスひとつでがぜん熱を帯びて再開されてしまったようなのだ。
それまでがっちり締められていた扉に向かってスタッフに止められる人や、席を立って前にやってきてコヨーテに必死に何かをまくしたてる人が続出。とにかく会場は手がつけられない状態になった。
私がびっくりして両手を膝の上で握り締めていると、さっき私の頭に添えてくれたように、跡部さんは私の拳の上にそっと手をのせた。
「いいか、あと少しだ。落ち着いていろ」
何があと少しなの?
どんなに騒然となっても、私たちが誰かのものになってしまうことにはかわりないし、跡部さんはゆったりと座っているだけで、この騒ぎに乗じて脱出しようという気もないようだった。
そんな風にハラハラと思いながらも、私の拳に添えられた彼の手は、本当に暖かいんだなということに改めて気付いて、私は不意にそれまでとまったく違う意味合いでドキドキしてきてしまった。
だって、これ、跡部さんの手。
跡部さんの手が私の手に。
そんなふうにドキドキしていたら、私たちが入って来た会場の扉が大きく開いた。
騒ぎをおさえるためのスタッフが補充されたのだろうかと思ったけど、そこから入って来た人たちの雰囲気はなんだかちょっと違った。
「景吾さん、ご無事ですか!?」
そんな滑舌のいい一言が私の耳を貫く。
私の隣で、跡部さんは軽く手を上げた。
私は跡部さんと、扉から侵入してきた一群を見比べる。
「なんとか間に合ったみてーだな。後は、巻き込まれねーように大人しくしてろ」
まるで他人事みたいにソファでくつろぐ跡部さんと、そして口をあんぐり開けた私の目の前では、あわてて部屋を出て行こうとする客たち、そして13ナイトのスタッフと跡部さんの警備員たちが激しく競り合いを交わす情景が繰り広げられていた。
助けが来たことに安堵する一方、私の日常とはまったくかけ離れた激しい情景に、すっかり固まってしまっていた私の前にふと大きな人影。
それは、目を充血させたラッキー。
「よう、クソガキ。やってくれたようだな。こうなっちまったら、お前がどうなろうと誰も何も気にしはしねえ。今までは商品として扱っていたが、もう関係ねえ!」
きゅっと眉をひそめる跡部さんの目の前で、ラッキーは拳を振り上げた。
「そのすました面ぁ、二度と見れねえご面相にしてやらぁ!」
ラッキーが目を吊り上げて怒鳴るのと、私が隣に置いた鞄を持って立ち上がるのはほぼ同時。
そして、両手で掴んだ鞄が、遠心力でもってして思い切りラッキーの後頭部を直撃したのはその約0.5秒後。
どうよ、ションベンくさいガキの鞄の、辞書とか地図帳とか年表の威力は!
あんたなんかが跡部さんに触れたり傷つけていいわけないじゃない。
彼の拳は、跡部さんの背後のソファにくにゃりと力なくめり込み、その脱力した大きな体は遠慮なく跡部さんにおおいかぶさった。
「……やれやれ」
跡部さんはうっとおしそうに足で彼の体を蹴り上げて、ごろりと隣に転がした。
「男にのしかかられるなんざ、趣味じゃねーぜ」
そう言うと、私を見てくっくっと笑った。
その笑顔を見つめて、私もようやく笑う。
なんだか嬉しくて仕方がなかった。
だって、これでお家に帰れる。
スリーアウトの試合に、お荷物選手の私だったけど、最後になんとかバントくらいは成功したかもしれないよね?
会場での小競り合いは数分続いたけれど、結局跡部さんの警備の人たちにコヨーテは取り囲まれ、武器は捨ててすっかり観念したようだった。
ようやく静まった会場で私がほっと胸をなでおろしていると、その雑然とした会場をつっきって私たちのところへやって来たのは、なんと榊先生だった。
ほら、あの音楽の、そしてテニス部顧問の、43歳の!
なんで榊先生が?
と、私が呆然としていると、榊先生は当然のように私と跡部さんの前に立った。
「災難だったな、跡部、そして。怪我はないか」
「ああ、大丈夫です」
「あの小型のGPS発信機はそれなりに使えるようだな。ヘリを出す手続きに少々手間取ったらしく、救出に時間がかかった」
榊先生はそう言うと、ちらりと私を見た。
「心配をかけたな、。こわかっただろう」
「え、どうして榊先生が……?」
私の言葉には、跡部さんが答えた。
「例の地下での警備システムには榊監督にも協力してもらっている。それに、この時間から家に帰るにゃ、先生がいた方がいいに決まってる。さすがにありのままを親に説明するのは、刺激が強すぎるだろ」
はっとして腕時計を見ると、もう真夜中近くになっていた。
やだ、お母さん、きっともんのすごく心配してる!
「の家には私が連絡を入れてある。学校の委員会でのトラブルで遅くなるが、責任を持って送り届けるとな」
私の心のうちを察したかのように、榊先生が静かに言った。
助かった。
確かに、ヘンな人に捕まって、海外にとばされそうになってたなんてお母さんに言えないよ。
「あ、そーですか、ありがとうございます……。あの、だけど、どうやって私たちのいるところが分かったんですか?」
だって、携帯もドアラもアウトだったのに。
私が尋ねると、跡部さんがポケットに入れていた手を、私の目の前に出した。
その手には、あのドアラが!
「あっ、それ……!」
「ベントレーに落ちていた。多分、あの車を出る時にラッキーが荷物を挟み込んで、切れて落ちたんだろう」
あ、それで鞄からなくなってたんだ!
それにしても、そんなところに落ちてたなんて。
「あの時、ラッキーを騙して車まで行った時は、多少の危険をおかしてでもいちかばちかあのまま車で脱出する気でいた。が、こいつが見つかったからには、危険をおかす意味はないからな。ただひたすら時間稼ぎをすることに切り替えた」
ああそうかだからあの時、車で逃げるふりをして、つかまっても跡部さんはぜんぜん慌ててなかったんだ。
私ってば、本当になにもわかってなくておたおたしてただけだなあ。
ふうっとため息をついた。
「ま、おめーの電卓のおかげだ」
彼がそんなことを言うので、私はびっくりして顔を上げた。
「えっ、いや、そんな、私はほんっと、なにもできなくて……」
そんな風に話しながら、私たちは榊先生に連れられて屋敷を出た。
「結局、やつらは?」
跡部さんが歩きながら尋ねると、榊先生は指でこめかみをトントンとたたきながら言った。
「13ナイトのボスは当然既に高飛びをしている。が、この会場からは、以前に盗難にあって長らく捜索されていたフェルメールとレンブラントが発見され、すでに警察に通報を入れた。当分13ナイトが動くことはないだろう。ここは海外の要人の名義の屋敷だから、事件としておおっぴらになるかどうかはわからないがな」
榊先生がポケットから出したキーでライトが光ったのは、ワインレッドのボンドカーのような車。
「二人とも、家まで送る。疲れただろう、後ろに乗ってゆっくり一眠りするがいい」
遠慮なく後部座席にすべりこむ跡部さん。
私は少し躊躇しながらも、その後に続いた。
静かに発進される榊先生の車の後部座席の窓にはスモークなんか貼ってなくて、窓からはきれいな夜景が見える。どうやら横浜の方に連れてこられていたみたい。
やっとお家に帰れるんだなあなんてほっとすると、榊先生の車の後部座席に跡部さんと乗ってるなんて事実が、やけに私を緊張させる。
だって。
私があの時、日吉くんとあの階段をしつこく上り下りしたりしてなければ、こんなこと絶対なかったんだよね。
もちろん、こんな恐い思い、しない方がいいに決まってはいるけれど。
そんなことを思いながら、隣の跡部さんをちらりと見た。
きっと彼はもう目を閉じて眠っているか、窓の外を眺めているかと思っていたものだから、その瞬間ばっちり目が合ってしまって、私は座席から飛び上がらんばかりに驚いた。
「」
「は、はあ」
突然に名を呼ばれて、私はなさけない返事しかできない。
「週末は忙しいのか?」
「え? あ、いや、別に……」
「そうか。だったら、関東大会でも見に来たらどうだ。うちの応援に」
そして続くのは、なんとも無難な一言。
「あ、ああそうですねえ、クラスの子も行くって言ってたし、行ってみようかなあ」
めまぐるしい出来事の後の、社交辞令的なお誘いに、私も社交辞令的なお返事しかできなくて、なんだか戸惑ってしまう。
修正しなくっちゃ。
今までの数時間は一緒に脱出をもくろむ同志だったけど、これからはまた氷帝学園のキングと、そしてまったく冴えない二年生に戻るんだから。
私の頭の中を修正しなくっちゃ。
私、別に跡部さんと仲良くなったとかじゃないんだから……。
そんな風に自分で自分に言い聞かせていると、ふと泣いている私の頭の上に、そしてふるえる拳の上に添えられた跡部さんのあの暖かい手のことを思い出した。
急に胸がぎゅっと痛くなる。
だめだめ、そんなことを思ったって。
一生懸命に、混乱する私の心を落ち着かせようと深呼吸をしていると、私の目の前にドアラ。
「これ、持っていろ」
「え?」
その、ちょっと汚れてチェーンのちぎれたキーホルダーと跡部さんの顔を見比べて私はまたバカみたいに口を開けたまま。
「今度はなくすな。お前がこれを持っていれば、どんなに沢山の奴らのなかにいても、お前がどこにいるのか俺にはいつでもわかる。試合会場は初めてだろう? 迷ったら、探し出してやる。いつでも、どこにいてもな。」
ちょっと汚いドアラを受け取りながら、私は跡部さんを見上げた。
すると、彼はくっくっと思い出したように笑う。
「ジャパニーズクノイチ、サンキューな。これからも頼むぜ」
もしかして、ラッキーの件? 跡部さん、私にお礼言ってんの? 跡部さんが私なんかに?
そして……これからもって?
わたしを探し出すって?
ねえ、ちょっとドアラ、今の、どう思う?
それは、どういう意味だと受け取っていいんだろうか?
聞き返そうと思っても、跡部さんはもう目を閉じてしまった。
きっと、もう何を言っても目を開けてくれないに違いない。
私はドアラと跡部さんを見つめたまま、大きく息をついて、そしてドアラをぎゅっと握り締めた。
とりあえず、このぼけーっとしたコアラ、もう絶対に落としたりしないんだから。
(了)
「ファンタム・ファンタスティコ」
2008.8.31