モクジ

● ジュテーム!〜君にムラムラオリジナル〜  ●

 やっべえええええええええ!!

 いや、やばくない。
 やばくはねーだろ。むしろ、すげえだろ。
 落ち着け、俺。
 この俺様、噂の二年生エース切原赤也。
 そう、俺様は噂の二年生エースなんだからな!

 この俺が、こうやって少々浮き足立ってるのは、実は今、女の子から告られたからだ。

 突然ごめんね。私、切原くんのことが好きで……。もし、切原くんに好きな人やつきあってる人がいなかったら、最初は友達からでいいから、おつきあいしてもらえないかなって思うんだけど……。

 放課後、部活に向かう途中に校庭のベンチの側で俺を呼び止めた女の子は、恥ずかしそうにそう言った。
 うつむきながら俺を見つめる彼女は、
『ビンゴォォォォ!』
 と叫びたくなるくらいに可愛くてスタイルのいい子で、俺は自分の足が地面から3センチくらい浮いてるんじゃないかと思った。
 こうして女の子から告られるのは初めてじゃねーけど、でもこう、『ビンゴォォォォ!』なのは初めてなんで、一体どうしたらいいのか俺は少々戸惑ってしまった。
 内心は『オーイエー! オッケーオッケー、カモンベイベー!』って感じなんだが、そんなあからさまにがっついた感じはいくらなんでもかっこわるい。
 俺は内心ドキドキしながらも口元がにやついてるのを自覚しつつ、

「あー、うん、別につきあってる奴いないし、いいぜ。メルアド、教えとこうか」

 なんてさりげなく返事をしたのだ。
 あわてて携帯を取り出す彼女の名前は、
 隣のクラスだ。
 彼女の名前は知ってた。
 なんでかというと、彼女は書道部でさ、職員室の近くの廊下に時々書道部の作品が貼ってあるんだ。
 その中でも彼女の作品は難しい漢字とかじゃなくて、なぜか流行りの歌の歌詞が書いてあるもので、それでもやけに力強くて凛としてて、まあとりあえず内容がわかりやすいから、ある時足を止めてそれを見てたら、同じクラスの奴が側で立ち止まって言った。
『あ、こいつ、けっこうカワイイよな。!』
 そんな事があってから、体育の授業か何かの時にそいつが、『ほら、あれがだぜ』なんて教えてくれて、初めて顔がわかったんだ。そんで、俺も『へー、結構可愛いし、胸もでけーな』なんて思って、でも忘れっぽくていつもテニスの練習にばかり夢中な俺は、彼女の印象をすっかり記憶の片隅に追いやってしまっていたのだ。
 だけど、そうやって可愛いなって思った覚えのある彼女が、俺の事が好きなんだって、俺の間近にやってきて必死な顔で俺に告白してさ。
 改めて近くで見ると、ほんと可愛くてさ。
 そりゃ、俺も足が宙に浮くっての!
 とりあえず、俺、これから部活だからさ、また明日。
 なんて言ってクールに別れたものの、俺の頭はヒートアップしたまま。
 
 おいおいおい!
 また明日なんて言ってさ、俺、明日からどーするってんだよ!
 今夜早速メールする? いや、あっちから告ってきたのに、それはちょっとがっつきすぎだろ。
 帰りにコンドームとか買っといた方がいいかな。いや、それこそがっつきすぎ?
 けど、肝心な時にないからできない!なんてことだけは避けたいしな! 
 いや、そういう状況に陥ったことってないけど。つーか、そういう事、したこともないけど!!!

 まあ、そんな具合に俺は相当にヒートアップしたままに練習に向かい、そういう時って俺は結構調子が良いから、ノリノリでトレーニングをこなして、珍しく真田副部長に叱られることもなく部活を終えた。

 部活から帰って、当然宿題に手もつけずにゲームなんかをやりながら、俺は存分にニヤニヤした。
 俺がとつきあうなんて聞いたら、クラスの奴らうらやましがるだろうな。
 一緒に昼飯食ったりしてるとこ、見せつけてやろう。
 そんな明日からの学校生活を思うと、俺はウキウキして仕方がなかった。
 部活はもうすぐ関東大会で、レギュラーに選ばれた俺はこのところ結構調子もいい。その上カノジョまでできて、俺は絶好調すぎるんじゃねーの?
 まったく、ニヤニヤ笑いが止まらないぜ。



 翌朝、部活の朝練を終えて教室に向かった俺は、ちょうど廊下で友達としゃべってるを発見した。
「よっ!」
 俺が声をかけると、は一瞬驚いた顔をして俺を見上げて、そしてまるで花が開くみたいにぱあっと嬉しそうに笑った。うわー、すげー嬉しそうな顔すんだなーって、俺はちょっとどきっとしてそしてこっちまで嬉しくなっちまった。
「おはよう、切原くん」
「なあ、昼飯いつもどうしてる? よかったら学食で一緒に食わねー?」
 俺が言うと、彼女は今度はちょっと照れたみたいに、それでもやっぱり嬉しそうに笑って、ちらりと側の友達を見た。彼女達は多分、もう俺とがつきあうんだって知ってんだろうな。『やったじゃーん』みたいな顔をして、を見てた。
「うん、嬉しい。私はお弁当だけど、一緒に行くね」
「おう。じゃあ、授業が終わったら声かけっからさ。待ってろよ」
「うん」
 俺はニカッと笑って彼女達に手を振りながら、自分の教室に入った。
 おいおい、こういうのすげー楽しいじゃん。
 やっぱり、かわいーわ。
 自分の席に座って教科書も出さずにニヤニヤしてたら、早速俺の前の席のツレがくるりと椅子を俺の方に向けた。
「よぉ、赤也、お前、隣のクラスのとつきあうことになったってマジ?」
 興味シンシンといった風に聞いてくるのだ。
 俺はなんでもないように、椅子にふんぞりかえる。
「まあな。なんだよ、情報はえーじゃん」
「隣のクラスの奴がさ、女子どもが話してるの聞いたって言ってた」
「ふーん」
「赤也お前、、いいって言ってたっけ? 俺たちが、いいよななんて騒いでたとき、あんまり興味なさそーだたじゃん。なんでお前がとつきあうんだよ」
 奴はちょっと不満そうに俺にまくしたてる。妬いてやがんな。
「今まであんまりちゃんと話したこともなかったし。けど、昨日、あいつが俺に告ってきてさ、ま別にいいかなって、つきあうことにしたんだよ」
「マジかよ! がお前に!? 、そういう事言わなさそーなのに!」
 そうそう、うらやましがれ! 可愛い彼女ができた俺様を、崇め奉れ!
 俺の鼻は天井知らずにニョキニョキとのびるのだった。


 昼休みになると俺は脱兎のごとく教室を飛び出して、を連れて学食に行った。自意識過剰って言われっかもしんねーけど、結構みんな俺たちを見てるような気がする。ま、俺は自分で言うのもなんだけど、二年の中じゃ目立つ方だし、もやっぱり可愛いから気にしてるやつ結構いるんだと思う。
 俺は見られるのって嫌いじゃないから、こういうの、悪くない。
 俺たちはテーブルの隅で向かい合いに座った。
 俺は大盛り焼き肉定食で、は持ってきた弁当を広げる。
「いっつも思うんだけどさ、女子の弁当ってほんっと少ねーよな!」
「でも、お弁当箱って結構入るんだよ。これ、ご飯も一膳分くらいはあると思う」
「いやでも、絶対すくねーって。足りんの? それで」
「そりゃ切原くんが食べる量には至らないけど、結構おなかいっぱいになるよ」
「へー、マジかよ」
 言いながら、俺はの小さな弁当箱のご飯の上に、程よく甘辛い焼き肉を一切れのせてやった。
「ま、それくらい食えって」
「えー、いいの? お肉、好きなんでしょ」
「いいんだよ、大盛りでたくさんあるからな」
 俺がキャベツをもしゃもしゃと食いながら言うと、は笑った。
 こいつ、ほんとに嬉しそうに笑うんだなあ。
 もちろん目鼻立ちも可愛いんだけど、なんていうか、すっげー嬉しそうに笑うとこがいいよな。
「じゃあ、お返しにこれあげる」
 は卵焼きを一切れ俺の皿にのせてくれた。
 うわー、なんかこういうの、すげー『つきあってる』っぽい。
 いや、つきあってんだけどさ。
 俺はさっそくがくれた卵焼きを一口でほおばった。
「なあ、、書道部だろ? 今日も部活あんの?」
「えーと、今日はないよ」
「あ、そーなんだ」
 俺はちょっとがっかり。お互い部活が終わって待ち合わせて、一緒に帰れるかと思ったんだけどな。
「あの、私んとこの部活はないから、テニス部の練習見に行ってもいい?」
 彼女は遠慮がちに言う。
 そうか!
 つきあってる彼女が、俺の部活を見に来る。そんで、待っててもらって一緒に帰る。
 王道じゃねーか!
「おう! もちろんいいぜ! えーと、帰りどうする? 部活終わんの待っててくれんなら、一緒に帰れっけど」
 俺が言うと、はまた嬉しそうにこくこくとうなずくのだった。
 きっとが練習見に来て、俺と連れ立って帰ったりしたらさ、部の奴らもうらやましがるに違いねー。先輩にだってうらやましがられるかも。
 俺は椅子に座りながらも、ケツのあたりがふわふわと浮いてるような気がした。


 放課後、これまた脱兎のごとく部室に行った俺は、着替えをすませてコートに向かうと、いつも見学者がいるあたりにと彼女の友達数人を確認した。
 俺が手を振ると、嬉しそうに彼女たちも手を振りかえしてくる。
「モテモテじゃな、お前さんのクラスメイトか?」
 背後からからかうように声をかけてきたのは、仁王先輩だった。
「隣のクラスの子たちっすよ」
「そうか。ああ、あの子、書道部の子じゃろ」
 仁王先輩が、あの子、と指すのがだってのはすぐにわかった。
「ちゃんとチェックしてんですか、ヤラシイっすね〜、仁王先輩。あれ、俺のカノジョなんすよ」
 そう、あん中で一番可愛いのが、俺の彼女。
 あれ、俺のなんスよ。
 内心鼻高々で俺が言うと、仁王先輩はちょっと驚いた顔で俺を見て、そして改めてコートの外のたちをちらりと眺めた。
「ほう、赤也があの子とつき合うちょるんか。お前さんもやるのぅ」
 点の辛い仁王先輩のお眼鏡にもかなったようだ。
 でしょ? 俺の彼女、可愛いっしょ?
 ニヤニヤしてたら仁王先輩に頭をペシンとはたかれたけど、ちっとも痛くねー。

俺は基本的に目立ちたがり屋で、見られんのが好きなんだろうなと思う。
 自分のカノジョが練習見てるんだって思うと、やっぱり張り切っちまうよな。そんで、そういうノリって俺には合うみたいで、調子もいい。
 調子に乗ってガンガン練習してると、いつのまにか俺はが見に来てんだってことも忘れて集中してて、あっというまに部活の終了時刻となっていた。
 噂の二年生エースとはいえ俺も二年生なんで、ネットの片付けなんかをすませると慌ててコートを走り出た。
「着替えて来っからさ」
 に一言声をかけると部室に走った。大急ぎで着替えをして、汗くさくねーかな、なんて柄にもなく気にしながらたちのとこに行くと、彼女たちはあいかわらず楽しそうにしゃべってた。俺の姿をみつけると、彼女の友人たちは、笑いながら『じゃあねー』なんて言って手を振って去って行く。
「お待たせ」
 一人残された彼女にそう言うと、彼女はなんだかまぶしそうに俺を見上げて笑った。
のツレ、練習見学つきあってくれてんの?」
 自転車置き場に向かって、二人並んで歩いた。
 下校時間になっても7月のこの時期は日が高くて、まだまだこれからって感じがしてわくわくする。俺の大好きな夏の匂いがあたりにただよっている。
「うん、それもあるけど、皆それぞれにお目当てがいるから見てるの楽しいって」
「へー、誰? やっぱ三年のセンパイ?」
「うん、丸井先輩とか仁王先輩が人気あるよ」
「やっぱりかー。モテるんだよなぁ、あの人たち」
 だけど、は俺を好きになったんだよな。
 なんて思うとすげーウキウキする。
 自転車置き場から自転車を引っ張りだして、を後ろにのっけると俺はさっそうとこぎだした。
「重くない?」
 俺の肩につかまってるは、ちょっとかがんで俺の耳元で言った。
「ぜんぜんヘーキ。それよりパンツ見えねーように気をつけとけよ」
 からかうように言うと、やーだ切原くんてば、なんて言っておかしそうに笑った。
 の家の場所を聞いて、俺はいつもの自分の帰り道をちょっと修正して自転車を走らせる。
 いつもと違う道、いつもと違う景色。
 俺の後ろには
 なんだかワクワクする。
 一足先に夏休みを味わってるみたいだ。
「コンビニ寄ってかね?」
 もうすぐの家って頃に、コンビニで自転車を止めた。
 なんだか、自転車だとあっという間だな。もうちょっと一緒にいたい。
 コンビニでジュースを買うと、今度は自転車には乗らずに押して、ゆっくりと歩いた。
「ここいらで飲んでくか」
 図書館の脇に自転車を止めて、カゴからガサガサとコンビニの袋を取り出す。
 を振り返ると、俺はちょっと考えてから、さっとその手を取った。
 こういうのって、考えすぎるとダメだからな、勢いで!
 はちょっとびっくりした顔をしたけど、手を引っ込めたりはしない。
 それで俺はほっとして、その手を引っ張って彼女をベンチの方へ連れて行くんだけど、俺はといえばの手がすっげーやわらかいことにびっくり。
 すべすべで、ほんとやわらけー。俺の手、ラケットのグリップでタコができたりしてごつごつしてっけど、、痛くねーかな、なんて心配になってしまう。
「はい」
 ベンチに座って、のストレートティーのペットボトルを手渡してやる。
「ありがと」
 そういって紅茶を飲むの横顔を、じゃがりこをバリバリ食いながら俺はじっと眺める。
 やっぱ、かわいいな。
 夏休みに入る前に、キスくらいはできるだろうか。
 全国大会が終わるまでは俺も忙しいから、一日かけてデートとかなかなかできねーかもしんねーけど、こうやってちょこちょこ会うくらいはなんとかできる。
 キスくらいはできるよな。
 そんで夏休み中に、できればそれ以上の事もしてーよな。
 だって、せっかくこんな可愛いカノジョができたんだぜ?
 しかも、俺を好きで告ってきたんだぜ?
 さっきコンビニで、コンドーム売ってんのも確認した。
 いつでも買えるぜ!
「ん、なに?」
 横顔をじっと見てた俺に、がくるりと顔を向けた。
「あ、うん、なんでもねーよ。じゃがりこ食う?」
 俺はあわててコーラを一口飲んで、じゃがりこを1本の口元に差し出した。えー? なんて恥ずかしそうに笑って、はぱくりとそれをかじった。
 ふっくらとした唇はぴかぴかで、きっと柔らかいんだろうな。
 彼女の口元を見てると俺はドキドキ、というかムラムラしてくる。
 うーん、さすがにつき合い始めた今日にキスすんのはがっつきすぎで引かれるよな。うん、今日はしねー。
 けど、早くしたい。いろいろしたい。
 女の子といると、ワクワクしたりドキドキしたりムラムラしたり、まったく自分でもわけがわかんなくなってくる。
 そんな自分を落ち着かせようと、俺はクラスのバカなツレのくだらない話なんかを彼女にまくしたてた。
 自分でも何を言ってんのかわかんないくらいだったけど、でもとにかくはすげー楽しそうに笑ってくれてたから、いいや。

 ひとしきり話して、薄暗くなりかけてきたから俺たちは図書館を後にしての家に向かう。自転車を押しながら。
「切原くん、今日はありがと。ちょっと遠回りになっちゃったでしょ?」
「かまわねーよ。トレーニングになるしな」
「あの……」
 は足を止めて俺を見た。
「うん?」
「昨日、突然に私があんな風に言って、びっくりしたでしょ。ほとんど話したこともなかったし、切原くんテニス部で忙しそうだから、きっとダメだろうなって思ってたの。だけど、こんなふうに仲良くしてくれて、すっごい嬉しい」
 、ずりーだろ!
 俺、今、自転車押してるから両手ふさがってるっつの。
 こんな風に嬉しそうに言われたら、さっきの決心なんて吹き飛んで、ぎゅーって抱きしめてブチューっていきたいのが男心ってもんだ。
「あ、いや、お、俺も結構楽しいし。また、明日もさ、昼飯一緒に食おうぜ」
「うん」
 彼女の家に着いて、カゴに入れてた鞄を手渡した。
「また明日ね」
「おう!」
 俺は手を振ると、勢いよく自転車にまたがって彼女の家を背にした。
 しばらく走ってからちらりと振り返ると、彼女はまだブンブンと手を振ってた。
 のあの柔らかい手の感触、嬉しそうな可愛い笑顔、いろんな余韻が俺の中で渦巻く。
 あいかわらずドキドキとワクワクとムラムラが俺の中では爆発しそうになってわけわかんなくなって、俺はとりあえず家に到着する前に普段は寄ったことのないコンビニに駆け込んでコンドームを買った。
 どんだけ前のめりなんだ、俺。



「今日はも部活?」
 食堂で飯を食いながら俺は彼女に問う。
「うん、そうだよ」
「じゃさ、終わったらメールしてくれよ。一緒に帰ろうぜ」
「うん、わかった。ええと、先に終わったらテニスコートの方に行くね」
 俺とって結構いい雰囲気だし、は俺を好きだしさ、もう結構話もしてるし、今日の帰りあたり、キスくらいしてもいいんじゃね? ま、つきあってまだ二日目だけど。でも、重要なのはお互いの気持ちなんだからさ!
 俺は浮き足立ちまくってた。
 飯を食って教室の前で別れて、自分の席に戻った俺を、クラスのツレがさっっと取り囲む。
「赤也、昨日、と一緒に帰ってただろ。どうだった?」
「何がだよ」
 どんな話したんだよ、まっすぐ帰っただけなのかよ、とか、奴らはやいやいとまくしたててくる。
「ま、コンビニ寄ってその辺で座ってちょっと話したりとかな」
 俺はなんでもないように答えると、奴らはうらやましそうなうなり声を上げる。
「でさ、って、結構ムネでけーよな? 赤也、もう触った?」
 一人が声をひそめて言ってくる。まったく男はバカだ。ま、俺もなんだけど。
「ばーか、いくらなんでもつき合い始めたばっかなんだから、触ってねーよ。手はつないだけどな」
 またもやうなり声が響く。
「で、どうだった?」
「そりゃ、やわらけーよ」
 うなり声。
 近づくとシャンプーのいい匂いがするとか、声がカワイイとか、唇ツヤツヤ、とかいろいろ話してやると、やつらはうなりまくり。
 うらやましがれ、ガキどもめ! 俺なんか昨日ついにコンドームを買ったんだぜ? ま、机の引き出しの奥にしまってあるだけだがな!



 その日、部活を終えて部室で携帯を確認するけど、からメールは来てなかった。着替えてからコートの周りを見ても、彼女の姿は見えない。
 って事は、まだ部活やってんのかな。
 俺は書道部が練習に使っている和室に向かった。
 和室の前に立つとやけに静かで、あれ、もしかしてもう終わってて行き違いになったのだろうか、と、そうっと中をのぞいた。
 中にいるのは一人だけだった。
 髪を後ろでまとめて、ジャージ姿の
 板の間に敷いた大判の紙を前に、膝をついて一生懸命筆を動かしていた。
 何を書いているのかはわからないけど、の目はすごく真剣で凛として、俺はびっくりした。
 にこにこしてて可愛いなあって思っていたは、筆を持っていると、やけに凛々しくて格好よくて、とてもきれいだった。
 声をかけることもできずに彼女を見ていると、俺はドキドキしてきた。
 正真正銘のドキドキだ。ムラムラじゃなくて。
 物音をたてないように、彼女が筆を動かし終えるのを見守る。
 なんだか息を止めてしまう。
 ひとしきり書き終えたようで、彼女は筆を置いて難しい顔で書を眺めていた。耳の横あたりのおくれ毛を、すっと指で耳にかける。
 ジャージだし髪をひっつめてるし、ぜんぜん色気のない格好なのに、みょうにセクシーに大人っぽく見えて俺はまったくドキドキしてしまう。
 思わずほうっとため息をついた。
 それはしんとした和室に意外なほどに響いてしまった。
 はっと振り返ったと目が合う。
「あっ、切原くん、ごめん!」
 俺はちょっとあわてて頭を掻く。
「あ、いや、こっちこそ、邪魔しちまったな」
「ううん、もう下校時間近く? ごめんね、もう終わろうと思ってたんだけど、もう一回、もう一回って書いてたらいつのまにか時間たっちゃって」
 俺は和室に足を踏み入れて、が何枚も練習しただろう書を眺めた。
 俺からすると、どれもすげー上手に見えるのにな。彼女はなかなか満足いかないようだ。
「やだ、失敗ばかりだからあんまり見ないで」
 俺が見てるのに気づくと、恥ずかしそうに言った。
「練習熱心なんだな」
「ううん、なかなか上手にかけないだけ」
 照れたように笑う彼女の頬のあたりに黒いものを見つけた。
「おい、墨、ついてるぜ」
 さっき髪をさわった時についたんだろうな。
 俺はあわててポケットをさぐってハンカチを取り出した。くしゃくしゃだけど、ないよりマシだろ。
「え?」
 あわてて頬を触ろうとする彼女を制した。
「だからさわんない方がいいって。、手に墨汁ついてるだろ、自分で触るとよけいに汚れっから」
 ハンカチを水道でちょっと濡らしてきて、それでの頬をぬぐった。
「ああまだついたばっかりだったんだな、きれいにとれたぜ」
 拭きのこしがないか、じっと目を凝らしてから俺はそう言った。
「あ、うん、ありがと」
 ちょっと戸惑いながら小さな声で言う彼女と俺の顔は、そういえばやけに距離が近かった。
 まつ毛、長いんだな。
 そんな事を考えながらも、俺の胸の鼓動は和室の中に響き渡るんじゃないかと思うくらいだった。
 心の底からドキドキする。
 彼女の唇は少し開いていて、ふっくら柔らかそうで、俺があと少し顔を動かせば、彼女のそれと俺の唇は触れ合うだろう。
 俺はすごくそうしたいんだけど、そして今日こそはそれをやってやろうと思っていた俺にとってこれは絶好のチャンスなんだけど、どういうわけか俺はそれができなかった。
 昨日は手をつないだり、あんなにスムーズに動けたのに。
「急いで片付けて着替えてくるね。ちょっとだけ待ってて」
 固まってしまった俺に、はそう言うと急いで筆や墨を片付け出した。
 てきぱきと片付けをするを眺めながら、俺は必死に胸のドキドキを落ち着かせようとする。
 今日はぜってーチューしてやろ、なんて思ってたのに。
 きっと余裕だぜ、なんて思ってたのに。
 なんで、あんな絶好のチャンスをものにできなかった?
 だってさ。
 自分で自分に投げかけた質問に、俺は言い訳がましく答えた。
 だって、もしもあそこでキスをして、に嫌われちまったらどうしよう。
 そう思っちまったんだから仕方ねーだろ。
 キスをしたり、体に触ったり。
 そりゃ俺はそういう事はしてーけど、もしもがそういうのはまだ嫌だって思ってたら、そういう事をする俺は嫌われちまうかもしれない。
 俺が、そーいうの目的でとつきあったんだって思われたら、いやだ。
「おまたせ、帰ろっか」
 奥で着替えてきたがぱたぱたと小走りでやってきた。
「ほら、手、ちゃんと洗ってきたよ。もう墨ついてないでしょ」
 彼女は笑いながら俺にその白い手を見せると、俺のシャツの裾を引っ張って部屋の出口に促した。
 昨日と同じように自転車の後ろにを乗っけて校門を出た。
 俺の肩に置かれる彼女の手が、少し動かされるたびに俺はびくりとしてしまう。
 俺たちは当然のように、昨日寄ったのと同じコンビニに入ってまたジュースを買った。店の中をうろうろしてる時、昨日俺が買ったのと同じパッケージのコンドームが売っているのを見かけて、俺は心臓が口から飛び出そうになった。は、俺がもうコンドームなんか用意してるって知ったら、びっくりするかな。そんなことばっかり考えてるの?って、引くだろうか?
 浮かれて鞄に入れてこなくてよかったと、心底思った(昨日の時点で、鞄に入れて常備しておくべきか、まだ机の引出しにでもしまっておくか、結構悩んだのだ)。
「あのさ」
 昨日と同じ図書館の傍のベンチでコーラを飲みながら、俺はに尋ねた。
「うん?」
「あのさ、、どうして俺を好きになったの?」
 唐突な俺の問いに、彼女はぎょっとしたような顔をして『えー』なんて言ってもじもじする。
「なんか恥ずかしいなあ、そういうの改まって言うの。あのね、一年の時にね……」
 へー、一年の時から俺を好きだったのか。
 俺はちょっと嬉しくなった。
「一年の時、部活でランニングしてた時にね」
「えっ、書道部でランニングなんかすんのかよ?」
 話の途中だが、俺はびっくりして聞き返してしまった。
「うん、するよ。筋トレもする。大きな字を書くときとかにね、やっぱりある程度筋力がないと上手く筆を使えないから」
 へー。そりゃ真田副部長や参謀は、習字上手いはずだ。
「へー、そっか。えっと、そんで?」
「うん、外で走ったりしてる時にね、切原くんがテニス部で練習試合してるの見たんだ。確か、真田先輩や柳先輩や幸村先輩と試合しててすっごいコテンパンになってて。わー、あの子一年なのに二年の先輩に立ち向かって、すごいなー、でも負けちゃって悔しいだろうなーって思ったの」
 あー、一年の時に調子に乗って三強に挑戦してボッコボコにされた時か! なんだよ、よりによってかっこわりーとこ見られてたんだな。
 俺はちょっとあわててしまう。
「だけど、その後、切原くんすっごい練習してたでしょ。すぐに、テニス部の一年ですげー強いやつがいるって有名になって、二年生になってすぐレギュラーになって……。切原くんは才能あって調子よくてって言う子もいるけど、私は一年の時のあのちょっと泣きそうな顔とその後にすっごい頑張って練習してたのが忘れられなくて……。レギュラーになったんだって聞いた時、私もすごい嬉しかったんだ。切原くんが頑張ってるの見ると、私もがんばろうって、いつも残って練習したりしてね」
 ゆっくり話しながら、くくっと笑う。
「私はそうやって切原くんを見てたから、切原くんのこと一方的には知ってるけど、ぜんぜん話したことはないし。あ、それに一年の時切原くん、彼女いたでしょ? そんなこともあったし、そもそも私と切原くんってなかなか接点もないから告白するつもりもなかったんだけど。だけど、なんだかね、切原くんがレギュラー選手になって、今年は全国大会の試合にも出るんだって思ったら、私まで勇気が出てきて、話しかけてみようって思ったの」
 恥ずかしそうに一生懸命話すを、俺はじっとみつめた。
 そうそう、一年の時、ちょっとだけつきあった彼女がいたっけ。
 その時も、相手から告られてつきあうことにしたんだった。
 その彼女にも、なんで俺が好きなのって聞いたっけな。そしたら、『赤也って有名だし、かっこいいもん』とか言ってた。
 そう言われるのはもちろん悪い気はしねーけど、だけど、ちょこっとの間つきあってたら『なんだよ俺が好きって、俺が有名だからで、俺の見た目が好きってだけなのかよ』って、急に退屈になってなんとなく別れたんだ。まあ、そん時ゃ俺もガキだったからかもしんねーけど。
 は、一年の時から俺を見ててくれたんだ。
 俺がかっこわりーくらいに頑張ってるとこ見て、好きになってくれたんだ。
 そう思うと、胸の奥がぎゅうっと熱くなった。
 俺、に嫌われたくねーな。
 こんな一生懸命なが好きになってくれたんだ。
 が好きになってくれた俺、でいたい。
 そんな風に俺を好きになってくれた
 そして、一人であんなふうに一生懸命に書道部の練習をしてる凛々しい
 俺はそんなが好きだな。
 が可愛いからだとか、胸がでけーからだとか、そんなんじゃなくて!
 一生懸命が話してくれたことに、俺はなんて言ったらいいかわからなくて、照れくさいような嬉しいようなそんな気持ちで、『そっか、サンキュ』なんて風にしか言えなくて。
 急に無口になってしまった俺たちは、ジュースを飲み終えると、昨日と同じように自転車を押しながらの家に向かった。
「なあ、明日も_、一緒に食おうな!」
 の家の門の前で、俺が声をはりあげると、彼女はおかしそうにくすっと笑う。
「うんうん、楽しみにしてる。今日も楽しかった。毎日、こんな風にすごせるんだって思うとすごく嬉しいよ」
「おう、じゃ、また明日な!」
 自転車をこぎだして、そしてしばらく走ってからまたそっと振り返った。はやっぱりまだ手を振ってる。
 ああ、俺はが好きだな。
 どうしてが好きなのか?
 上手く言えないけど、とにかく好きだ。
 家に帰り着いて、机の中のコンドームを取り出してしばらくみつめてまた引き出しに仕舞った。
 あんな一生懸命でかっこいいが、あんな風に俺を好きになってくれるなんて。
 夏の間にキスやそれ以上のことができなくたって、それでも俺はが好きだ。そりゃ、したいのはしたいけど! すげー、したいけど!
 その夜、俺はコンドームを取り出したり、また引き出しにしまったりを繰り返して、バカみたいな時間をすごしながら、『が好きだなー』って改めて何度も考えてた。



 翌日、待ちに待った昼休み。急いで教室を出ようとする俺を、廊下のあたりでツレが引き止めた。
「なあなあ! 昨日はどうだったんだ、と!」
「なんだよ、うっせーな、まあ普通だよ」
 昨日、自慢気にのことをあれこれ話した自分がやけにガキっぽく思えてしまい、俺はちょっとそっけなく答える。
 だってよく考えたら、俺との間のことは、俺とだけのものなんだからな。
「うちのバスケ部の三年の先輩がさ、が赤也とつきあうんだって聞いてめちゃくちゃ悔しがってたぜ。は、結構三年の先輩からも人気みてーなんだよ。くっそー、いいよな赤也。あんだけカワイイ子から告られたら、そりゃあ言うことないよなぁ」
「なあなあ、胸は触ったか?」
 は確かに可愛いけど、が可愛いからとか胸がでけーからってつきあってるんじゃねーよ、俺は。
 どういうわけだか、俺はちょっと腹が立ってきた。
「別にさ、俺、の顔とかはそんなに好みじゃねーよ。胸でけーのも特に好きってわけじゃねーし」
 ぜんぜん嘘だ。
 けど、なんだか俺がまるでの見た目が好きでつきあってるみたいに言われるのが、気に入らない。だから、俺はそんな風に言い放った。
「マジかよ! なんちゅう贅沢なやっちゃ! のルックス、好みじゃねーの!?」
 ワイワイ騒ぐ奴らの声が一瞬静かになった。
 うん? と奴らの視線の先を見ると、が廊下から目を丸くして俺たちを見てた。俺が遅いから、様子を見にきたんだろう。
「……切原くん、今日は友達と食べる? だったら、また明日ね」
 彼女はちょっと気まずそうに言って、くるりと俺たちに背をむけた。
 やべ!
 もしかして今の、聞かれた!?
 俺はツレどもに構う余裕もなく、あわててを追いかけた。
!」
 追いついて彼女の名を呼ぶ俺を、なんとも気まずそうな顔で振り返った。
「あれ、友達、いいの?」
「いいんだよ、別にあいつらと_食うわけじゃないし。ちょっと話してただけ」
 さっきの、やっぱり聞かれたかなあ。
 俺がをチラチラと見ていると、彼女は手にぶらさげてた弁当の入ったバッグを胸の前にもってきて抱きかかえるようにして両手持つと、ちょっと前かがみになって歩いた。
 あー。
 やっぱり聞かれてんな、こりゃ。
「あ、あのさ、今日は俺、パン買ってくっから、外で食おうぜ」
 そう言うと、彼女を売店につきあわせて急いでパンを買って、そして外のベンチに向かった。
 いつも姿勢の良い彼女は、今日はなんだか前かがみになってもそもそと弁当を食う。
「あのさあ」
 俺は何て言ったらいいかわからなくて、でも、このままにしとくわけにもいかないし、となんとか口火を切った。
「うん?」
「さっきのあれさ、嘘だから」
「うん?なに?」
 わけがわからない、というような顔で俺を見上げる彼女に、ああ、俺こそもう何て言ったらいいのかわからない。
「ええと、あの……俺、の顔も、胸が結構でかいのも、好きだから」
「えっ?」
 そう言った俺に、はなんだか困ったような顔になる。
 ああ、そりゃそうだよな。
 くそっ、これじゃ俺がが可愛くて胸がでかいから好きだって言ってるみてーじゃねーか! そうじゃねーんだよ!って力説してーから、ツレどもにあんな風に言っちまったのに!
「あっ、でもそうじゃなくて!」
 俺は頭をかきむしった。
「つまりさ、俺はの見た目は好きだけど、だけどな。もしもが、もうちょっと可愛くなくて、胸もちっさくて、だとしても俺はが好きだよ。だけど、たまたまは可愛くて胸もでけーから、まるで俺がそれを目当てにつきあってるみたいに思われんのはイヤなんだ。実際、俺、みてーなの好きだし。でも、俺の気持ちってのは、そんなんじゃないから。そういうことが、言いたかったんだ」
 こんなんで、俺の言いたいこと伝わっただろうか。
 は弁当箱をひざの上においたまま、ぽかんとしてる。
「あー……ごめん、なんかヘンなこと言って。気ぃ悪くしたら、ごめんな」
 俺はもしゃもしゃと頭をかきまわす。
「あっ、ううん、気なんか悪くしてないよ。あの……切原くんに、好きって言ってもらえるなんて、びっくりしちゃっただけ」
 ちょっと顔を赤くしたがあわてて言った。
 俺ははっと我に帰る。
 そういえば、俺、に好きって言ったの、これが初めてだった?
「えっ? あっ、俺、ちゃんと好きだぜ?」
 ついあわててくりかえしてしまう。
「うん、ありがとう、嬉しい」
 は、やっと笑った。
 なーんだ、俺、まだちゃんと好きって言ってなかった。
 早く言えばよかったな。めんどくせーことばっかり考えてねーで。
「あのね、私」
「うん?」
「切原くんの髪とか、顔も、好きよ。かっこいいもん」
 はふふふと笑いながら言う。
「マジ? 天パーでも?」
「うん、いつも結構キマってるじゃん」
「割と苦労してんだぜ。雨の日とか、広がっちまうし」
「うん、でも大丈夫、かっこいいよ」
「マジ? 俺、天パーなだけじゃなくて、結構バカだけど嫌いになんねー?」
「うん、大丈夫」
「あと、ちょっとスケベだけど」
「ええ〜? それはちょっと考える」
 おかしそうに笑う彼女の前で、俺は唇を尖らせて見せた。
 きっと、が考えてるよりも俺はバカでスケベだけど、そんな俺でも彼女が俺を好きでいてくれるといいな。バカでスケベを相殺するくらいに、今年の夏は活躍するからさ。

(了)
「ジュテーム!〜君にムラムラオリジナル〜」

2008.8.23

モクジ

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