● MKK!  ●

 マジ、こいつ、殺す!

 同級生の恵子を目の前に、こう思うのは、いや、実際口に出すのは、一日に一回や二回じゃすまない。
 は、俺様の『殺すリスト』の筆頭にいる。

「切原、また課題忘れてきたわけ? いいかげんにしてよね。あんたが忘れるから、ウチの班の提出物いっつもそろわないじゃん」

 は、班のやつから回収したノートを俺の目の前でトントンとそろえながら嫌味ったらしく言う。

「しょーがねーだろ、忘れちまったモンは!」

 忘れた自分が悪いとは分かっていながらも、とにかくこいつの言い方にムカツク俺は、思い切り怒鳴りちらした。大体、班の成績がって言うなら、提出前に写させてくれりゃいーじゃねーか。前に一緒の班だった女子たちは、大概俺が課題やってこないのなんて承知で、『もー、切原くんしょうがないなー』なんて皆で面倒見てくれたものだ。なのに、こいつときたら。
「しょうがない、じゃないでしょ。いっつもじゃん」
「いつもじゃねーよ! 英語だけ、たまたまだよ! だいたいお前、こないだ寺内が忘れた時は、皆で見せて写させてそんで全員分提出してさ、なんで俺ン時だけ鬼の首取ったかのようにガーガー言うんだよ!」
「切原は確信犯だから写させないよ。だって、あんたわざと忘れて、誰かに見せてもらって写してそれで出せばいいやって、心で舌出してるでしょ。そーいうの、めっちゃウザいんだわ」
 実は核心をついた奴の言葉に俺はカッとなる。
「なんだと、うっせーよ、このドブス! マジ、殺す!」
 俺はの襟首を掴むけど、奴はパシッと俺の手を払う。
「ウザ! 今から提出に行くから放してよ、バカ」
 すたすたと廊下に向かうの後姿を見ながら、俺は中身まっしろの自分の英語の課題ノートを思い切り床に叩きつけた。
 
 マジ、むかつく!
 マジ、こいつ、殺す!
 いや、こんな女を殺して警察に捕まるのは割にあわねーから、宇宙人にでもさらわれてこの世から消えてくれ!

 俺は、心の底からが嫌いだ。
 とは小学校も同じで、とはいっても幼馴染というほどでもなく、5年生の頃に顔見知りになったような間柄だ。
 女子サッカーをやって背も高くて運動もできるは、小学校の時はよく男子と混じってサッカーや野球をやってた。5年生の頃俺の遊び仲間に混じってきて、初めて顔と名前を知ったのだ。俺の仲間が、『こいつ女だけど、足が速くてサッカーも野球も強いから』とチームに誘ったのだ。たしかに当時はまだ俺よりも背が高かったは、なかなかに有力なチームメイトではあったのだが、とにかくその頃から俺とはそりが合わなかった。
 まあ、個人的に俺より背が高くて俺より足の速い女が後から入って来たなんてのが気に入らなかったし、そんな俺の態度が見て取れたのかもしれない。
 俺とはよくちょっとしたことでもめて、つかみあいになったりしたけど、その頃はの方が背が高かったから俺は馬乗りになられてひっかかれたり、バカみたいに丈夫なあいつの足でケツに青アザができるくらい蹴飛ばされたり、本当にぶち殺したいと思ったものだ。
 今は当然俺の方が背が高いし、ももう男子に混じって一緒に野球したりなんかしないけど、相変わらず口も態度も悪い。
 そんなわけで、は俺の『殺すリスト』の上では三強よりも優先順位が高い。
 なのに、なんと中学に上がってから一年二年と同じクラスなのだ。

ー、これ、次の授業の配布物だってよ」
「あ、サンキュー」
 職員室から戻ってきたに、同じ班の寺内がプリントを渡した。
 小学校の時はいつも短パンをはいて、男みたいに短い髪だったは、中学に上がると当然スカートで、そして2年になるとやけに髪も長くなって、はっきり言ってキショイ。
 今年初めてと同じクラスになった奴とか、『って、結構キレイだしいいよな、赤也、小学同じだろ? メルアドとか知ってんの?』なんて言うことがあるけど、俺ははっきりいってそいつバカだと思う。いくらスカートはいて髪長くなっても、どうしようもなく柄の悪いドブスなんだぜ、は。俺はそうやって丁寧に説明してやるんだ。
「赤也さー。に怒られんのわかってんだから、課題やってこいよなー」
 寺内が、やれやれと小声で言った。
「なんだと! この俺様に、に従えってのかよ? なんであいつが怒るからって、俺が気をつかわなきゃなんねーんだよ? あんなうっとーしー奴、言わせときゃいいんだよ」
 二年生になって、はや数ヶ月、今年初めて同じクラスになった奴も、俺との険悪さにはすっかり慣れている。
 俺がわざとに聞こえるように言うと、はフンと鼻をならしてちらりと俺を見た。
「寺内、しょうがないよ。だって切原、バカだもん」
「あー!? バカバカ言うなよ、このドブス!」
「バカ以外になんて言えばいいわけ? ドーテー野郎!」
「ドーテーじゃねーよ、このバカ女!」
 俺ははっきり言って童貞だが、ここは違うと言い張るしかないだろう。ほんっとうにムカツク女だ。
 俺が嘘を言ってると見抜くかのように、ハッと笑うがまた憎たらしくて、俺は目からビームが出たらいいのにと思いながらを睨んだ。
 もう一発くらい何か言い返そうと思ってると、授業が始まるベルが鳴って、斜め前の席のはふいっと前を向いた。
 くそ、まったく腹が立つな。
 けんかするほど仲がいい、とかそんなレベルじゃねーんだ。
 俺たちは常に、互いがいなくなればいいのにと思っているくらいに嫌いあってる。
 本当にお互いうっとーしんだ。
 は妙に口が立つから(女って大概そうだけど)俺は結構言い負かされちまう。
 小学校の時は、の方が体がでかかったからとっくみあってのけんかや、野球やサッカーでも負けることがあって、本当に腹立たしかった。
そして今じゃすっかり体や力では負けねーわけだけど、でももう一緒にサッカーも野球もやらねーし、つかみあいのけんかでをボコボコにしたりしたら女子からも男子からも非難ゴーゴーだろうことは俺にもわかる。
つまり、は勝ち逃げなのだ。
ほんっと、ムカツク。
こんなやつ、いなきゃいい。
つまり無視してりゃいいんだが、あまりにもむかつきすぎてなかなかそれができない。
だったら、なんとか完膚なきまでにぶちのめしたい。
けど、それもなかなかできず、俺はあいつに何か言われてはギャーギャー怒鳴り散らすばかりの日々なわけだ。

「ちょっと、切原」

 放課後、さっさと部活に行こうとしたら、あいつの声。
「あー?」
 俺は心の底から嫌そうに振り返った。
 今では俺の方が背が高いから、思い切り見下ろしてやる。ま、高いといってもちょっとだけど。
「掃除! ちゃんとやってから部活行きなよ」
 チッ、と思いきり舌打ちをしてやった。
 は乱暴にほうきを投げてよこした。
「なに? テニス部様は掃除免除されるとでも思ってんの? ちょっとレギュラーになったくらいでめでたいね」
「別にそんなこと言ってねーだろ! お前、ほんと性格悪いな! 俺が二年生エースだからって、ひがんでんの?」
 俺がちょっと余裕っぽく言ってやったら、はまた憎たらしく笑う。
「バッカじゃない。 あんた、ひがまれるほどの人間? ジイシキカジョーで、キッショー!」
 マジ、こいつ、殺す!
 思わずほうきを振り上げたけど、それでぶん殴るわけにもいかず、思い切り床をぶったたいた。
 そんな俺を無視して、はさっさと黒板の方へ向かった。
 はらわたが煮え繰り返りそうな気分で掃除を済ませ、ようやく部室へ向かって、ジャージに着替えて気分一新、トレーニングだ。
 もうすぐ関東大会。
 俺たち立海大附属は、幸村部長に誓ったんだ。無敗で勝ち進むんだって。
 俺は二年生エースとしてチームを支える一員なんだ。
 幸村部長に誓ったことを思い出しながら、自分のモチベーションをぐっと盛り上げて、基礎トレを終えた俺はコートに向かった。
 ラケットを手にしてボールを取りに行くと、ふと、俺の視界の端に何かがひっかかった。
 んん? と気になったもののあたりまで視線を戻すと、数人の女子。
 うん、同じクラスのやつだ。見学に来たんだな。
 なんて、さらりと通り過ぎようとしたが、俺ははっともう一度視線を戻した。
 その女子の一群の中で一番背の高い奴と目が合う。
 だった。
 俺と目が合ったのがわかると、奴は最高に嫌そうな顔をする。
 俺も思い切り嫌な顔をして顔をそむけてやった。
 あいつがこの近くで俺と同じ空気吸ってるなんて、気分悪ぃ!
 がどうしてこんなとこにいるのかなんて、どうだっていい。とにかく俺はあいつなんか見たくもないから、極力集中をしてトレーニングを開始した。
 この日、俺は仁王先輩と組んでラリーの練習をしてたのだけど、コートの位置によってはたちがちらちらと目に入って、めっちゃくちゃ気分悪かった。くっそ、胸クソ悪ぃから早くどっかいけっつの!



「なあ、赤也。って彼氏いるかどうか、知らねぇ?」
 翌日、隣のクラスの朝倉(去年同じクラスだった奴)が、俺の席の近くまでやってきて小声で聞いてきた。
 俺はあからさまにムカッとした顔でそいつを睨みつける。
「知るわけねーだろ! 俺にあいつの話をするなよ! だいたいあんなドブスに男いるわけねー!」
 教室の後ろの方でいつものように仲のいいやつらとしゃべってるを一瞥して、俺は舌打ちをしながら吐き捨てた。
 朝倉は苦笑い。
「いや、お前が嫌いなのは知ってっけどさ。ウチのクラスで、いいって言うやつが結構いてさ、男いんのかどうかってさわいでるんだわ。で、最近、テニスコートの辺りでが他の女子とうろうろしてんの見かけたって奴がいて、もしかすっとテニス部の男とつきあってんのかなって思って」
 そういや、昨日、テニスコートの近くにいて俺を不愉快にさせやがったな、あいつ。
「しらねーよ。ウチの部にはそんな趣味の悪ぃ奴はいねー!」
 俺と同じ部活の奴がとつきあうなんて想像しただけで、気色が悪い。
「ま、赤也、お前は昔なじみでが嫌いもしんねーけど、あいつ結構人気あんだぜ。可愛いしスタイルいいし、話しやすくていい奴だし」
 俺は頭を掻きむしった。
「ンなわけねーだろ! あんな下品で口が悪くて性格の悪い奴!」
「お前は仲悪ぃからしょうがねーかもしんねーけど、俺も結構好きだぜ、。ちょっと気ぃ強えぇから彼女にしようとは思わねーけど、しゃべったり遊んだりすんのおもしれーし」
 俺がギリギリと睨むと朝倉は、まあまあというように手を振った。
「ま、あいつがもしテニス部の奴とつきあったりしてんなら、お前が知ってっかなって思って聞いただけ。忘れてくれよ」
 言われなくても、についての記憶はできるかぎり消去してーよ。不愉快だから。
 

 ま、そうやってのことはなるべく記憶から消去するように努めている俺なので、をテニスコートの近くで見かけたことや、朝倉に尋ねられたことなんかは、俺はすぐに記憶のかなた、ほとんど忘れてた。
 そういうことのあった翌週、連日のトレーニングはいいとして、夜遅くまでゲームをやりすぎていた俺はさすがに眠たくて、午後の一発目の授業をサボってどっかで寝ようかと画策をする。保健室はまずいし、どっかの部屋で横になるか、と視聴覚教材室に狙いを定めた。視聴覚教材室は二つあって、ビデオとかの古い教材を置いてある方の部屋はほとんど人の出入りがなく、こっそり昼寝をするのに最適なのだ。
 昼飯を食ってそのまま姿をくらますか、と教材室に入ると俺は思わず眉間にしわをよせる。
 なんだよクソ、よりによって。
 そこにはがいたのだ。
 は俺には気づかず、いくつかのビデオを手にしたまま、窓の外を眺めていた。
 そういえば今日こいつ、日直だったな。先生に言われて、授業に使う教材を取りに来たんだろう。
 あーあ、こんな奴が息をした空間で寝れやしねーよ、と俺は奴に気づかれる前に部屋を出て行こうとした。
 が。
 窓の外を眺めるに、なぜだか目を奪われた。
 俺に気づいてないは、やけに穏やかな表情で静かに窓から外を見下ろしている。
 開け放たれた窓から吹く風は、の髪をすくって横顔がよく見えた。
 うっすらと開いた唇は、リップとかグロスとか塗ってやがんのか、太陽の光でつやつやと光ってる。
 俺をにらみつけないでいるは、まるで知らない奴みたいだった。
 見たことのないような、やけに甘い、すこしぼんやりとしたような表情。
 が、一体何を見てるのか?
 俺は少々興味を抱いた。
 半開きの扉を、わざと乱暴に開けた。
 当然ながら、はっとは俺の方を見て、一瞬おどろいた顔をするとすぐにいつもの不愉快そうな顔になり、すっと窓から離れた。
「……なによ、教材取りにきたの?」
「べーつに。何だっていいだろ」
 俺はが言うことを無視して、窓に近づいた。
 が見下ろしていただろうところに、視線をやる。
 そしてその先を見て、まずは少々意外に思うけど、すぐににやりと口の端が持ち上がるのを止めることができなかった。
「へーぇ」
 俺を無視してメモを見ながら棚のビデオを手に取るに、わざとらしく言ってやった。
「お前、身の程知らねーな」
 にやにや笑いを抑えられない。
 だって、があんな顔をしながら見ている先にいるのは、仁王先輩だったから。
 教材室の窓から見える木陰でごろりと横になって昼寝をしている、俺と同じテニス部の仁王先輩。
 そういえば、この前テニスコートの近くに来てたとき、俺にガンくれてやがんのかと思ったけどあの時の俺は仁王先輩と一緒に練習をしてたんだ。
 はまだ無視。
 俺にわかんねーとでも思ってんのかね?
「仁王先輩、すげーモテるし同じ学年の彼女だっていんだぜ? お前みてーなの、相手にされるわけねーじゃん」
 ついにこの手につかんだの弱点。
 俺はもう嬉しくて嬉しくて、にやにや笑いながら言ってやった。
 俺のその言葉で、はようやく振り返る。でかい目を見開いて、俺を睨みつけた。
「何言ってんの。バカじゃない」
「俺、バカだけどさー。そのバカな俺でもわかるぜ。お前、仁王先輩が好きなんだろ? この前もストーカーみてーにテニスコートに見に来てたじゃねーか。キショいんだよ」
 くっくっと笑いながら言うと、は手に持っていたビデオをバンッと空いてる棚に置いた。
「切原には関係ないでしょ! ガキみたいなこと言ってんじゃないよ」
「テニスコートは見てるしよ、そしてこんなとっからも覗き見かよ、お前、ほんっとキショイな! それにしても、お前が仁王先輩が好きだなんて、ちょーウケるっつの! ほんっとバカじゃね?」
 俺はマジにおかしくて、くくくと笑い続ける。
 次の瞬間、一瞬俺の息は止まった。
 そして、後頭部に衝撃。
「それ以上言ったら殺す!」
 俺はあっというまにに首もとを締め上げられていて、そしてその勢いで床に倒れ込んでいたのだ。
「イッテー!」
 当然したたか打ち付けた頭が、ガンガンと痛む。
 俺の首を締め上げたままのは、仰向けに倒れ込んだ俺に馬乗りになって、俺を殺さんばかりに睨みつけている。
「なにすんだよ、このドブス! 俺を犯す気か、どけよ!」
「うるさい、このフニャチン野郎! 今度、仁王先輩がどうとか言ったら、ほんとに殺すから!」
 は俺に馬乗りになったまま襟首をギュウギュウ締め上げた。
 そういえば、小学校の時、の親友が大事にしてたキーホルダーを俺がふざけて壊した時、こうやって怒って馬乗りになってきて髪をひっぱったりあったりしたな。
 そんなことを思い出した。
 けど、いい気になるなよ。もう俺は小学生の時とちがうんだ。
 お前も、いつまでも俺に勝てると思うな。
「いっつまでたっても下品な女だな! いいかげんにしろよ、このドブス! なめんな!」
 俺はそう怒鳴ると、両手で目の前のの胸を思い切りつかんでやった。
 小学の時、こうしてやって『この男女め! 胸もぺったんこのくせに!』って怒らせてやったっけ。

 だけど。

 今、俺の両手の中にある、制服越しのの胸は思いがけず大きくてびっくりするくらいに柔らかかった。
 そして、目を見開いてびっくりしたようなあっけにとられたようなの顔が、すごく女の子だったことになにより驚いた。
 つまり、フツーに『いきなり男に胸を触られてびっくりしてる女の子』の顔なのだ。
 間近で見るの目は、ただでさえ大きいのに更に大きく見開いて、ぷっくりした唇は驚きのあまり半開きで、俺のすぐ目の前の顔はみるみるピンク色に染まっていく。まるで女の子みたいに。そんな、見たこともないような顔で俺を見下ろしてる。そして、俺の両手の中の、丸くて柔らかい二つのふくらみ。
 そんな刺激が脳に到達すると、脳はすぐさま俺の体に命令を出したようだった。
 つまり、に思い切り馬乗りになられたまま、俺は勢い良く勃起した。

「ギャアアアアアー!」

 俺がの胸をつかんで、俺の股間が豪快に盛り上がって、奴が叫んで飛び上がるまで多分ほんの数秒。
 が叫んで飛び上がるのを見て、俺は床をバンバン叩きながら笑った。
「ざまーみろ、まいったか! もう一度フニャチンなんて言ってみろ! 俺様をなめんな! いつまでも俺に勝てると思うなよ!」
 どうだ、まいったか!
「ヘンタイ! バカ! 死ね! 最低!」
 は思いつく限りの罵声をあびせようとしたようだが、かなり動揺していたのか、奴にしては珍しくガキみたいに凡庸な言葉しか出てこず、それだけを叫ぶと資料室を走って飛び出して行った。
 その後姿を見て、俺は腹をかかえて笑う。
 ついにをギャフンと言わせてやったぜ!
 胸のすく思いでようやく呼吸を整えるが、よく考えると、床に尻餅ついて一人股間をおっ勃ててるなんて、結構間抜けかもしれねーなとようやく気付いた。
 ってか、で勃ったなんて、超不覚!
 改めて思うと、勝ったのか負けたのか、よくわからない。
 まあ、いい。
 あいつが仁王先輩を好きだなんて弱点をついて慌てさせてやって、心底すっきりした!
 しかも、俺をなめくさってたバカ女を、俺様のあばれん棒で退治してやった!
 俺のことをドーテードーテー言ってやがったけど、あの様子じゃどうせあいつだって処女だろ。ま、そもそもあんな女に男なんかできるわけねーし!
 股間はもぞもぞするけれど、しかし内心はスッキリした俺はそのまま床に横になって気分よく昼寝に突入した。



 それ以来、は教室でうっかり俺と目が合おうモンなら、いかにも憎々しげに俺を睨みつけ、そしてフン!と顔をそらす。以前なら、『なんだよチクショー!』と俺も負けじと睨み返してただろうが、俺は今は余裕でニヤニヤしてやったりする。だって、俺はあいつの弱点を握ってんだからな。
 俺はあいつが自分の席で友達とうだうだしてっときに、わざとらしく側でツレと『こないだ、仁王先輩と一緒にゲーセン行ったんだけどよ』なんて言ってやる。すると、もう、は笑っちまうくらいに、ビクンとして一瞬俺を見て、またすぐ目をそらすんだ。
 もう、俺は楽しくて楽しくてしかたがない。
 そんな絶好調の日々の昼休み、珍しく仁王先輩が俺の教室に顔を出した。
「あ、仁王センパイ、何スか?」
 俺が廊下まで走って出て尋ねると、仁王先輩は穏やかに髪をかきあげた。
 うーん、やっぱり大人の男って感じだな。クラスの女子がじっと注目してるのがわかる。もちろん俺は、の反応を見てやろうと探したけど、残念ながら奴は学食かどっかに出てるところだった。
「参謀が、今日はレギュラー皆で幸村の見舞いに行こう言うちょるけど、お前さんの予定はどうじゃ?」
「あ、もちろん、行くっす!」
 このところ俺は絶好調で、当然試合でも勝ちまくるんだぜって部長に報告しなくちゃ!
 俺と仁王先輩が、そんな風に教室の扉のところで話していたら、仁王先輩の背後で足を止める人影に気づいた。
 戸惑ったようにややうつむいただ。
 仁王先輩はすぐにそんな気配に気づいたようで振り返る。
「おう、通るのに邪魔じゃの、すまん」
 そう言ってひらりと体をかわして、に笑った。
 はちょこんと頭を下げて、『あ、すいません』なんてしおらしく言いながら、俺たちの脇を通り過ぎようとする。
「なーんだよ、、何気取ってんだよ」
 通り過ぎようとする彼女に、俺はにやにやしながら言ってやった。
 は顔を上げると、眉間にしわをよせて俺を睨む。
「別に普通! 小学生みたいにいちいちつっかからないでよ」
 仁王先輩は俺たちを見下ろしながら、くくっと笑った。
「なんじゃ、赤也の彼女か? 可愛い子じゃな」
 呑気に言う先輩を、はぎょっとして見上げる。
「彼女なんかじゃないスよ! 可愛くもねーし! こいつ、上に乗っかって来て、無理矢理俺を勃起させるような女なんスよ!」
 俺が言うと、シャレのわかる仁王先輩がまたおかしそうにくっくっと笑う顔が見えて、俺も一緒にガハハハと笑ってやろうとしたが、開いた俺の口から漏れるのは『グゥゥ……』というなんとも言えないうめき声。
 の右の拳が、思い切り俺の腹にめりこんできたのだ。
 くそっ、昼飯食った後だというのに、なんてことしやがる、このバカ女……。
 当然ながら、そのまま膝を折って床に崩れる俺。
 が俺たちの隣をすり抜けて、廊下を走って行く気配を感じた。
「おい、赤也、大丈夫か?」
 仁王先輩が少々心配そうに言って、俺に手を貸してくれた。
「……大丈夫じゃないっスよ、クソ、あのドブスめ……」
 なんとか立ち上がった俺の背中を、仁王先輩がさすってくれる。
「けど、今のは赤也が悪いじゃろ。追いかけて、謝って来んしゃい」
 そして、仁王先輩は優しい顔をしてなんとも無慈悲なことを俺に言うのだ。
「えー!? マジっすか〜?」
 思わず情けない声を上げる。
「おう、先輩命令じゃ」
 そう言うと、が走って行った方を指差して微笑む。
 俺は盛大にため息をつきながら、とぼとぼと廊下を歩いた。
 追いかけて謝ってこいって言われても、何しろあいつは足が早いから、とっくに俺の視界からは消えていて、どこに行ったのか見当もつかない。そして当然俺は嫌々だから、足取りも重くて。
 ふと時計を見るともうすぐ授業だし、と俺は教室に戻った。
 廊下から教室の中を伺うと、はまだ戻っていなかった。
 あいつは簡単に授業をさぼるタイプじゃない。
 これは、相当恨まれてるかもしんねー。
 俺は少々びびってしまう。
 怒りを蓄積したによる闇討ちに合うくらいなら、今のうちに謝っとく方がマシかも、と俺は教室に入らずにそのままを探し続けた。
 しかし、屋上やら校庭の隅のベンチやら藤棚やら、あちこちを探してみるけどの姿は見つからない。っていうか、学校なんて広いし探し出したらきりがない。は鞄も何も持って行ってないから、あのまま家に帰ってるってことはないし、学校内にいるのは間違いないだろうけど。
 俺はため息をつきながら、ま、いないだろうけどなと、例の視聴覚教材室の扉を開けた。
 休憩がてらだ。
 ずかずかと入って行くと、俺はぎょっとする。
 壁にもたれながら床にすわりこんでるがいたから。
 俺以上にぎょっとしたが顔を上げて俺を見た。
 は泣いてた。
 俺はまるで幽霊でも見たような気分(幽霊見たことないけど)。
 だって、が泣くなんて、想像したことすらなかった。
 膝を抱えて小さくなって、涙をこぼすなんて。
 俺は思わず奴の前の座り込んだ。
「なあ、。あの、さっきの……」
 仁王先輩に言われたからってんじゃないけど、がこんな風になるなんて思いもしなかった。さすがに俺はちょっと悪ノリしすぎたかもしれない。
「わりーな、俺、調子に乗りすぎた。ごめんな」
 の前にしゃがみこんで、俺は手を合わせて謝った。
 は膝を抱えたまま、俺をじっと見た。
 泣いたせいか顔は上気してて、目には涙がたっぷり。涙で濡れたまつ毛が束になってる。あ、こいつ結構まつ毛長かったんだな、なんて、俺はふと思った。
 そんな風だけど、は俺をじっと睨んだまま。
「……ないで」
 震える声で言う奴のことばは、ちょっと聞き取りづらい。
「あん?」
 聞き返すと、今度ははっきりとした声が返って来た。
「もう二度と話しかけないで! 私も話しかけないから!」
 それだけを言うと、やつは突如立ち上がって、あの日と同じように俺の前から走り去って行った。パンツが見えるのも気にせずに。

 授業のおわりがけにふらふらと教室に戻ると、同じ班のやつから、は授業の途中で突然教室に戻ったと思ったら、気分が悪いからとそのまま早退したと聞いた。俺が何かしたのかと、周りの女子からも男のやつからもあらぬ疑いをかけられたけど、とりあえず俺は『知らねーよ』と答えた。
 は翌日にはあっさりといつも通り学校に来たから、俺はそれ以上責められることはなかったけど。
 はなんらいつもとかわりなく、周りのやつらと過ごしているけど、それまでとまったく違ってることがひとつ。
 宣言通り、あいつは俺には一言も話しかけることはなかった。まあ、以前からちゃんと話すってことはなかったけど、目が合ったりすると町のヤクザ同士かのごとく、お互いにやんのかコラとばかりにもめたものだけど、もうは俺と目を合わせることはない。俺が課題を忘れても掃除をさぼっても、何も言わない。
 つまり、にとって俺は存在していないといった風だ。
 そして、俺にとっても、小学校の時から競り合ってつかみあってたあのはいなくなった。背が高くて、まつ毛の長い、隣のクラスの男に結構人気のあるらしいがいるだけだ。
 目の上のタンコブだったが俺に何も言わなくなって、ムカつくこともないし、好きにやりたい放題だし、俺は最高潮にすがすがしかった。
 けど、それと同時に俺は少々困った状態に陥った。
 家の自室でゴロゴロしてる時、うっかりすると俺は、あの時視聴覚教材室で思い切り俺に体重をあずけて馬乗りになって来たなんかを思い出してしまうのだ。
 ウゼーよ、なんてつぶやきながらそんなイメージを頭から追い出そうとするのだが、あいつはしつこいのだ。俺の目の前まで顔をちかづけて怒ってたあいつの顔、そして俺の両手に残る、あいつの胸のやわらかい感触。
 ベッドの上で仰向けに寝転びながら、あの時あいつの胸を、こんな位置で触ったんだったかな、なんて両手を上げて見たりするとやけにリアルによみがえる。あの時のあいつが、もしアレ、裸だったりしたらちょっとすげーんじゃね? なんてついつい考えてしまってから、ハッと我に返って、『チックショー!』なんて叫んでは、隣の部屋のねーちゃんから『うるさいよ、赤也!』と怒鳴られたりする。
 まあ、とにかくそんな具合に、が俺にエラソウな説教も嫌みもいわなくなってけんかもしなくなって、すっきりしたと思ったら、今度は毎晩毎晩、頭の中でしつこいのだ。
 もう、のことなんか記憶から消し去りたい! と思うのに、俺の上に乗っかるのイメージは消し去るどころか、どんどんバリエーションが広がって行く。
 は怒った顔で俺の上に乗ってたはずなのに、俺の頭の中のイメージでは、仁王先輩を見つめる甘い切ない顔、教材室で膝を抱えて目に涙を溜めて泣いていた顔、そんな表情に時々すげかわる。そんな切ない顔で俺の上に乗ってるは、やけに俺を熱くして、なかなか俺を寝かせないのだ。
 教室で、俺は時々の横顔を見つめる。
 あいつが俺をにらみつける可能性はもうないから、俺は心置きなくじろじろとあいつを観察した。
 小学校の時は日焼けをして真っ黒だったあいつは、今ではだいぶ色白になった。
 髪も長くてさらさらで、大きい目をしていて。俺は今まであいつのことを便宜上『ドブス』と呼んでたけど、まあブスではないんだ。
 若干行儀のわるいあいつは、教室の自分の席でも無防備に足を投げ出しがちで、かつては俺をバンバン蹴飛ばしていたあの足は結構すらりと長くて、いつも周りの男はみんなちらちらとそれを見たりしてる。そういえば、この前怒って俺の上に乗っかって来たときも、女のくせにスカートがまくれあがるのも気にしないで、太ももまで丸見えだったなあ。ま、このところ俺の頭に思い浮かぶあいつは、スカートなんてはいてないことの方が多いけど。



「よぉ。最近、元気ないのぅ。ゲームのやりすぎか?」
 トレーニングの休憩中ドリンクを飲んでいると、仁王先輩がポンと背中をたたいてきた。
 いやー、毎晩がしつこいんスよ。俺の脳内妄想でね。
 なんて心で思いながら、俺はなんでもないっスと答える。
「そういや、お前さんのあの、騎乗位が好きな彼女は元気か?」
 さらりと言う仁王先輩の言葉に、俺は思わずドリンクをむせそうになった。
 だって、ここ最近の俺の頭の中で展開されていることを読み取られてるかのようで慌ててしまったから。
「いや、だからアレ、ぜんぜん彼女じゃないって言ってるっしょ! あいつ、そもそも仁王先輩のファンなんスよ」
 俺が言うと、仁王先輩は、ほうと口角を上げて笑った。
「そうなんか? 俺のファンねぇ。じゃあ赤也、俺に彼女を紹介してくれや」
「はあ〜?」
「俺好みのべっぴんさんじゃったし、あの脚はなかなかに魅力的じゃ。ああ、別に回りくどい紹介の仕方せんでええよ。彼女にひとこと言うて、彼女の電話番号とメルアドを俺に教えてくれるだけでええ」
「って言われても、俺、あいつのケータイもメルアドも知らねんですけど」
「じゃあ、聞いてきんしゃい」
「えーっ!? 俺が!?」
「ま、今度はパンチをくらわんように気をつけてな」
 仁王先輩はそういいながらまたおかしそうに笑う。
 マジかよー。
 ぶつぶつ言いながらも、意外と悪くねーかもなんて俺はふと思った。
 もう一度改めてに謝る。そして、仁王先輩がおめーのこと気に入ってるみたいだぜ、と言う。
 そうしたら、はもうちょっとは普通に俺に接するようになるかもしれない。
 だって、今みたいなのは。
 がまったく知らない女みたいになってて、そして、毎晩俺の頭の中に思い浮かんでくるみたいなのは、ちょっと困る。
 俺は、なんだかちょっと困るんだ。
 あいつにうるさいこと言われるのも面倒くせーけど、こんな風に毎晩悩まされるくらいなら、また前みたいに『バカ』とか『ドブス』って言い合ってる方がいい。



 さて、それにしてもまず、なんて言ってに話しかけたものか。
 今までは、『なあ、オイ、ちょっと!』なんて一言ですんでたんだけど、あの時、泣きながら俺を睨んだ顔を思い出すと、ちょっとなかなか話しかけられない。
 せっかく話しかけて、空気扱いされたらムカつくだろうなー。
 それにしても、改めて教室でのを見てると、確かに男も女も友達は多いんだよな。そして、すっげー楽しそうに笑う。俺と話してる時は、当然あんな顔したことはない。そういや小学校の時も、俺以外の仲間の奴とは一緒にふざけて笑ったり楽しそうにしてたっけ。まあ、それってのも、あいつが仲間に入って来た当初に俺がちょっと意地悪くしてたから、俺とだけは仲が悪いままだったわけだけど。
 それにしても、もうガキの頃の流れなんて忘れて、俺にだって普通にしてくれたっていいじゃん。俺は自分のことを棚に上げてそんな風に思う。俺だってさ、あいつがああやって他の奴と楽しそうにしてるみたいにフツーにしてたら、襟首つかんだりブスとか死ねとか言わねーのに。
 ま、とにかく俺は言われたとおりにあいつの携帯の番号やらメルアドやら聞いて仁王先輩に伝えねーと。そして、あいつと若干の和解をしねーと。
 そうしないと、俺の頭の中の妄想上のはどんどんすごいことになって、俺は困ってしまう。
 しかし、なかなか話しかける機会がないまま、放課後部活へ向かうことになった。
 しょうがない、今日はちょっとダメでした、と仁王先輩に謝るしかないだろう。
 そうやってとぼとぼと校庭を歩いていたら、が武道場に向かっている姿を見かけた(ちなみにこいつ、剣道部)。
 一瞬俺は体がこわばって足が止まってしまったけど、すぐに走り出した。
!」
 そして、名前を叫ぶ。
 彼女は振り返って驚いた顔で俺を見た。
「……なに?」
 静かなひとこと。
「あ……部活行くとこ呼び止めてわりーな、いや、てっきり無視されっかと思った」
「用事ないなら、もう行くけど」
 彼女は前みたいにあからさまな怒った顔というより、冷ややかな表情で俺を見ると背を向けようとした。
「いや、用事ある! あのな、まず……」
 俺はの鞄を引っ張ってこの場にとどまらせ、そして深呼吸をした。
「まあ、まず、いろいろ謝らねーとと思って」
 俺はそのいろいろを頭に思い描いた。いろいろあったけど、こいつもムカつくやつだけど、確かに俺も悪かった。
「5年の頃、お前、柿本や矢島に誘われて俺たちと一緒に野球やサッカーするようになっただろ? あの頃、俺はまだ体が小さかったから、俺よりでかくて足の速い女って、ちょっとムカついてさ、そんでいろいろ態度悪かった。ガキだったからしょうがねーけど、すまなかったな」
 俺がとっさに言うと、はきょとんと大きく目を見開いて驚いた顔。
「謝るって、そこまでさかのぼるわけ?」
「いや、だってさ……」
 なんだか、もうこういう機会はないだろうなと、俺は思いつく限りの過去の悪行を振り返って懺悔した。の友達のキーホルダーを壊したこと、が俺のツレに貸してた漫画を勝手に借りて汚したこと、が女子の友達と遊ぶのにキープしていたバスケットコートを勝手に使って譲らなかったこと……などなど。
 中学に上がるまでの件を並べ立てるだけでゆうに10分はかかっただろうか。
 は黙って俺の懺悔を聞きいていてくれた。
「そんでさ」
 そしていよいよ真打ちの登場だ。
「……仁王先輩のこと、からかって悪かった。あと、仁王先輩の前で調子に乗ってヘンなことを言ったのも」
 何度も思い返した、の、仁王先輩を見つめるあの顔、泣いていた時の顔。
 あれを思い出すたび、俺はなんだか妙に苦しくて。多分、俺は本当に悪いことをしたのだ。
 ちらりとを見ると、彼女は戸惑ったような顔でうつむいていた。
「……もういいんだ」
 そして小さい声で言う。
「切原が言ってたみたいに、仁王先輩はモテるし彼女いるのも知ってるよ。けど、別にいーやって、だって見てるだけなんだしって。かっこいいなーって見てるだけなんだけど、頭の中で、こんな風な人なのかなとか勝手にいろいろ考えたりして、それで楽しかったの。切原が仁王先輩の前であんなこと言って、そりゃちょっとあれはびっくりしてキレちゃったけど、よく考えたら仁王先輩は私のことなんか知らないんだし、あんなの聞いたって別になんとも思わないよね。なのに、私ってば、まるで世界が終わるみたいに思っちゃったんだよ。……私も、ちょっと悪かった。切原に、いろいろ乱暴なことしたり言ったりして。大人げないよね、ごめん」
 はちょっと眉間にしわをよせて、気まずそうに俺に言った。
 俺、とこれだけ長い時間けんかをせずに話すの初めてかもしれない。
 目の前で、仁王先輩ことを恥ずかしそうに話して、そして俺に『ごめん』なんて言うを見て、とにかく俺はびっくりした。
 が俺に謝ることがあるなんて、というのがまずびっくりだけど、太陽の光に照らされて風に髪をもてあそばれながら俺をまっすぐに見るは、すごくきれいだったのだ。
 って、こんなに可愛かったっけ?
 隣のクラスの奴とか仁王先輩が、あんな風に言ってたのは、が可愛くて結構スタイルもいいからだったのか!
 まったく、世の中の男ってやつは油断も隙もあったもんじゃねーぞ、、なんて思いながら、俺はもう一度深呼吸をする。
「あ、あとさ、あれ……あの時、その……の胸触ったりして悪かったな。小学生の時のけんかみてーな気分だったから、つい……」
 そして、くっついたままで豪快におっ勃ててびっくりさせて悪かったな、と心で思う。
「あー、あれね、あれは……」
 はくくっと苦笑いをした。
 あっ、が俺と話してて笑うのって、初めてじゃね? やっぱり笑うと可愛いな! 俺は柄にもなくを前にしてドキドキしてしまった。
「あれは、もういいよ。びっくりしてムカついたけど、まあ切原は、昔なじみだしあんまり男って感じじゃないから、そんなに気にしてない」
 なんだとー!
 俺が男じゃないだってぇ!?
「いや、でも、俺、めちゃめちゃ勃ってただろ!」
 思わずいらないことを言ってしまった。
 そんな一言がおかしかったのか、は声を上げて笑う。ああ、いつも友達なんかといるときに笑う、あのまぶしい笑顔だ。
「あ、そういえばそうだったよね、確かにあれもびっくりした。でも、切原だったら、まあいいかーって感じだし、気にしてないからいいよ」
 いや、気にしろよ!
 あの時のお前、今じゃ俺の脳内で、裸になったりしてんだぜ?
 さすがにそれは言わないけれど。
「じゃ、切原、わざわざありがと。じゃあね」
 くるりと武道場に向かおうとするの鞄を、俺はもう一度引っ張った。
「なあ、オイ!」
「なに?」
「……俺、これからちゃんと宿題やってくることにした」
「へえ、いいんじゃない」
「わかんねーとこがあったりしたら、お前に聞くから、電話番号とか教えろよ」
「えー!? 私が教えんの?」
「だって、お前、班長だろ!」
 俺が主張すると、しょうがないなーと言うようには鞄から携帯を取り出して、俺のそれと赤外線通信で番号の交換をした。
「お前、俺が電話したりメールしたら、ちゃんと出ろよ! 班長なんだからな!」
「いいけど、まずは自分でやってよね。全部答え教えろなんてのはナシだからね」
「わかってるよ!」
 電話をしまってさっさと武道場へ行く彼女の後ろ姿に、俺はフンッと鼻息を荒くした。
 覚悟しとけよ。
 俺は男の中の男なんだって、思い知らせてやる!
 くそ、そのためにはまず宿題をきっちりとやらなきゃなんねーのか。
 ため息をつきながら、俺も携帯を鞄にしまった。
 の携帯の番号とアドレス?
 当然、仁王先輩に教える気なんか、ない。

(了)
「MKK!」

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