● 恋のメガラバ  ●

 私が何に命をかけてるかっていうと、ここしばらくは、そう、毛先!
 親に頼み込んで買ってもらったヘアアイロンで、理想の毛先をつくること。
 最近ではもうお手の物。
 今日の私の毛先も完璧だと思う。作りすぎてなくて、それでいていい感じのカールが肩のあたりで揺れる。どんな角度から見てもばっちり。
 そんな事を思いながら、私は教室の窓ガラスに移る自分の姿(特に毛先)をガン見してた。
 グロスのつき具合もかなりいい。程よくティッシュオフもしたしね。
 結構いけてると思うんだ、私。
 最近、男の子に誘われて遊びに行くことも多いし、メールのやりとりだって頻繁。
 来てると思うんだわ。
 ほら、アレ。
 モテ期が!
 そんなことを考えながら、窓ガラスの自分を見つめている視線をほんの少しずらすと。
 そこにはやけに強い二つの瞳があって、私は自分の姿しか見てなかったものだからびっくりしてそのまま視線を動かすことができなかった。
「何、ぼーっとしてんだよ」
 この前の席替えで隣になった、向日岳人だ。
「え? あ、いや、なんか朝弱いからさ、ぼーっとしちゃって」
 自分で自分の姿にチェック入れまくってイケてる判定を下してました、なんて言えない。
「ふーん」
 そう言いながら、向日はじっと私を見たまま。
 この子、テニス部なんだよね。
 夏過ぎまではテニス部の練習とかで忙しそうにしてたけど、冬になってからは部活に顔を出す事も少なくなったからか、クラスの友達と遊びに行ったりすることも多いみたい。結構、言うことずばずば言うタイプだけど、にぎやかで人気者だ。
 私は、遊び友達のグループが違うからあんまり親しくはなかったけど、隣の席になってから普通には話す。
「あっ、なあ、。社会科の課題やってきた?」
「まあ一応はね」
「悪りぃけど、ちょっと見せてくんない? 俺、なんか苦手でさ」
「いいけど、私もあんまり得意じゃないから信用しないでよ」
 私がノートを手渡すと、サンキュ、と笑ってすぐさま写しにかかった。信用しないでよーって言ったのにー。
 ノートを写しながらも、彼は時々ちらちらと私の顔を見上げる。妙に真剣な顔。
 向日って、結構にぎやかで友達多くて、人気者で。
 言動は結構男っぽいしかっこいいんだけど、小柄ってこともあるのか、なんか可愛い感じがして、男って認識じゃないんだよね。
 でも、なんかこうしてじっと見ると、わりと筋肉質だし男らしいかも。
 なんてさ。
 なんか、向日がやけに私のこと見たりするから、意識しちゃうじゃん!
 私は急に照れくさくなって、席を立つと友達を誘って自販機のジュースを買いに行った。まだ始業まで、時間があるし。
「ねーねー、今朝、向日くんてやけにのことじっと見てたよねー」
「えー、そーかなー。たまたまじゃなーい?」
 ま、言われてまんざらでもないんだけどね。
って結局まだ誰ともつきあってない? もうすぐ冬休みでクリスマスだよ」
 友達の葉月はのんきそうに言う。いいよね、葉月は彼氏がいるもん。
「うーん、ない」
 私は正直に答えた。
 葉月は幼稚舎から氷帝に通ってるからか、すごくおっとりしてて上品で、それでいてキレイな子なんだ。私は親の転勤で中学から入ったんだけど、なんか氷帝ってみんなやけにあかぬけてるから、入ったばかりの頃ってあせったあせった。
「えー? はかわいいし、男の子みんな結構のこといいって言ってるみたいよ。こないだ、ウチの彼氏の友達とで遊びに行ったじゃん。あの時の子とかどう? メールしてんでしょ?」
「うん、まあぼちぼちね」
 なんかね。
 ヨシ、モテ期来てる! なんて思うものの。
 ちょっと遊びに行った男の子と、もしかしてこの子とつきあう? とか考えると、なんか違うかなーって思っちゃうんだ。
 よく一緒に遊びに行く葉月の彼氏の友達も、みな同じ氷帝の子ですごくかっこいい子ばかりだけど、なんていうんだろ。
 私は外見は毛先をくるんくるんさせたり、氷帝の子ですよーって風にはなったけど、なんだかまだ追いついてないような気がするんだ。生粋の氷帝っ子に。
 何がどうだっていうのは、自分でもよくわかんないんだけど。
 いいなーって思う男の子がいても、私、つきあっちゃって大丈夫かなあ、私で大丈夫かなあってどこか不安になる。
 卑屈になってるわけじゃないんだけどさ。みょうに身構えちゃうの。
「またを誘ってよーっていう子もいたらしいから、休みになったら皆で遊びに行こうよねー」
 葉月はオレンジジュースを飲みながら無邪気に笑ってくれた。
 

 ジュースを飲み終えて席に戻ると、机の上に社会のノートとキットカットが置いてあった。
 立ったまま隣の席を見ると、向日がにかっと笑って私を見上げる。
「サンキュ、それ、やるよ。お礼」
「あ、別にいーのに。でもありがと」
 向日は私を見上げて、じっとそのまま。
 向日って、なんていうかすごい強い視線をしてるなあ。目が合うと、なかなかそらせない。つか、こういうの向日のくせ? すっごいじっと人の顔見る。
「……んーと、なに? 何か、私、変?」
 思わず立ったまま毛先に手をやると、向日は私のことをじっと見たまま。
「うん、えーと、いや、なんでもねーよ」
 彼はそう言って、手元の漫画に視線を落とした。
 キットカットを鞄のポケットにしまって、私は教科書を机に用意する。
 あー、こういうのって。
 なんか、意識しちゃうじゃん!
 昨日まで、別にぜんぜん気にもしてなかったのにさ。
 向日って結構私のこと気にしてるの? とか思って見ると、なんか結構かっこよく見えてきちゃうし、あーもう私って自意識過剰だなーってちょっとうんざりする。
 教科書を広げながら、ちらりと隣を見た。
 今度は目は合わなくて、真剣に漫画本を読む向日の横顔が見えるだけ。
 頬にかかる切りそろえた黒いストレートの髪が、結構きれいだなあ。
 って、私、何見てんだー!
 必死に教科書に視線を落としたけど、なんだか集中できないまま。
 


 昼休み、葉月と二人で葉月の席でお弁当を食べてたら、クラスの女の子たちが妙に騒がしい。私と葉月はおしゃべりとやめて振り返ってみて、ああ、と納得。
 向日のとこに、H組の忍足くんが遊びに来てる。
 時々あるんだ、こーいうの。で、忍足くんはこれまたかなり人気あるから、女子が色めき立つの。
「やっぱりさー、忍足くんてきれいな顔してるよねー」
 葉月が野菜ジュースを飲みながら笑って言った。
「だねー。最初は何あの眼鏡って思ったけど、あの眼鏡も見慣れるとまあ悪くない」
 私たちはのんきに品定め。
 向日と忍足くんの組み合わせも、最初はいびつだなーって思ったけど見慣れるとなんかほのぼのしてていいんだよねー。
 なんて思いながら二人を眺めてたら。
 ふと忍足くんと目が合った。
 そして、その前に座ってる向日も振り返って私を見るのだ。
 何? 何、何?
 例によって、なんだか私はすぐに向日から目をそらすことができなくて、ごくんと喉を鳴らして牛乳を飲み下した。
 向日と忍足くんは私の方を見ながら、何か話してるみたい。
 いや、私の方を見てるっていうのも自意識過剰だろうけど。
「なんか、こっちみてるよねー」
 隣で葉月が声をひそめて言った。やけに楽しそう。
「そうかなー。なんだろ?」
「だからさ、向日くんがを好きで、忍足くんに相談してるとか?」
 いたずらっぽい笑いで葉月が言う。
 私はどきーんと胸が高鳴る。だって、自分でももしかしてっ!? って思ってた内容と葉月が言ったのとまるで同じだったから。
「ないでしょー?」
 だけど、口ではそんな風に言って、ちらりと窓ガラスを見た。
 うん、私の毛先、まだ大丈夫。ちゃんとふわんってなってる。
 あー、私ってば何をとっさにそんなこと確認しちゃってんだろ!
 なんて思いながらも、私は食べ終わったお弁当箱を片付けて、ささっとグロスを塗りなおして、軽くティッシュでおさえた。


「じゃーね、また明日!」
「おー、、今度休みの計画一緒に立てようぜー」
 サロンで、二人連れ立っていく葉月と彼を見送って私もコートを羽織った。
 今日は葉月たちはデートで、彼が来るまでサロンでお茶を飲んでたのだ。
 やっぱ、いいなー。葉月と彼って。二人ともおっとりしてて楽しそうで仲良くて、でものろけすぎなくて。感じいーんだ。私もあんな風に楽しくすごせる彼とかできるのかな。
 ふうっとため息をついて出口に向かうと、突然入り口の扉が開いて冷たい空気とともに何かがやってきた。
 私はぎょっと目を丸くする。
 それは、向日だったんだけど。
 彼は基準服のコートじゃなくて、ちょっとだぼっとしたファーのついたコートを着てて、なかなかにしゃれたそれは小柄な体躯によく似合ってた。うん、おしゃれなんだよね、向日って。
「おー、、ちょうどよかった。あのさ」
 今日一日何度もみつめた彼の強い視線を思い返している私に、まっすぐ言う。
「ちょっと言っておきたいことがあるんだ」
 そう言って、向日は周囲を見渡した。
 周囲にはいろんな学年の子がいるけれど、サロンには音楽がかかってるし皆の話し声でざわついてて、私たちの声が響き渡るようなことはない。
 でも、私はかなりあせってしまう。
 なに、言っておきたいことって。何!?
「え? あの、ここで?」
「うん、ちょっと耳かせ」
 向日はぐいと私の耳に顔を寄せた。
 えー、近い!
 私と向日はちょうど同じくらいの背丈で、ていうか、ちょこっと向日の方が低いくらいだから、彼が近づいてくると本当に顔がすぐそこにある状態。
 私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
 私、家に帰ってからお風呂の中とかで、じっくり考えようかと思ってたんだよ。向日どうかなーって。で、ちょっとわくわくしたりね。そんな時間を持つ事もなく、もう、何か言われちゃうわけ? もしかして告白を? 心の準備できてないよ!
 かなり、かなりあせった私の耳元で、向日は静かにささやいた。

、お前さ。鼻毛出てるぜ」
 
 鼻毛出てるぜ。

 彼の言葉を脳内で反芻しながら、私はじっと彼の目を見る事しかできなかった。
 固まってしまったのだ。
「おい、聞こえた? だからさ、お前……」
「いや、もう、聞こえたから……!」
 はっと我に返った私は、手のひらで顔を抑えてうつむいてかろうじて答えた。
「左の方だぜ、左」
 向日はご丁寧に指先でご指摘くださる。
「うん、わかった。どうもありがとう……」
 私はうつむいたまま、サロンの化粧室に向かった。
 ポーチの中のとげ抜きで、向日ご指摘のブツをぶち殺して、そして化粧室を出る頃には、私の頭の中はいったいどうやって死のうかということでいっぱいだった。
 だって、もう生きていられない。
 ヘアアイロンは葉月にあげるよう、遺言を書こう。
 そんなことを考えながら化粧室を出ようとすると、なんと出入り口のところで向日が腕組みをして仁王立ちになってるのが見えた。
 私は一瞬躊躇したけれど、仕方がない。
 うつむいたまま、会釈だけして通り過ぎようとする。
 だって、顔なんか合わせらんないよね。
 向日って私のこと好きなんじゃない? なんて、よくそんな呑気なこと思ってたもんだ、今日一日。
「よう、始末してきたか!」
 そんな余命いくばくもないだろう私に、向日はずばずばと言う。
「ああ、うん、おかげさまで」
「どれ!」
 チェックまでするのかよ!
 仕方なく顔を上げた私を見て、そして向日は満足そうににかっと笑った。
「おう、ばっちりだな。俺、昨日から気になってたんだわ」
 昨日から!?
 昨日から私は鼻毛をそよがせてたのか。
 本当にもう、死ぬ。
 ヘアアイロンの遺言はもういいや。家に帰り着く前に死にたい。いや、今すぐここで死にたい!
 普段、もうちょっとまともな時なら、私ももうすこし笑いを取るような気の利いた受け答えができたと思うけど、もう今日一日の自分のバカさ加減がはずかしくて、涙が出そうになって、何も言えずにその場を走り出してしまった。
「おい、待てよ!」
 向日は、走り出した私をぴょーんと飛び越えて、くるりと一回転したと思ったら、私を通せんぼするかのように立ちはだかるのだ。
「泣くなって!」
 涙ぐんでる私に、怒ったような顔で言う。
「だってー……」
 だって!
 男の子から、鼻毛出てるって指摘されるなんて、もう人生終ったと同然なんだよ! しかも、ちょっといいかなーって思い始めてた相手から! 涙だって出るっつの! 氷帝に入ってから必死にがんばってきた私だけど、一瞬にして、入学したての頃のあか抜けない自分に戻ってしまった気分。いや、もともと私なんてダメだったんだ。だって、鼻毛女だもん。
「泣くほどのことじゃねーだろ。鼻毛始末したんだから、もうぜんぜん気になんねーし、、可愛いんだからそれで完璧じゃん」
 いやもう、鼻毛鼻毛言わないで。
 私はくらくらしてきて、思わず壁に手をついた。
「俺だって、気を遣ったんだぜ。昨日気づいた時に、すぐに『おい、鼻毛!』って言おうとしたんだけど、俺はすぐにぽんぽん物を言い過ぎるってよく言われるから、昨日はぐっと我慢したんだ。で、今日、侑士にどうしたらいいと思うって相談して……」
 相談!?
 もしかして、今日の昼のあれ!?
 あの時の向日と忍足くんは、私の鼻毛に関する鼻毛会議を開催してたってわけ!?
 私は思わず、ずるずるとその場にしゃがみこんでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。しばらく休んでたら歩けると思う。ありがとう、後はもう放っておいて。向日、放課後遊びに行く予定とかあるでしょ」
 私はうつむいたまま、大きくため息をついた。
「俺もそうだけど、お前も短気だなあ! 話聞けよ! でさ、侑士が言ったんだよ。まあ、の女友達に言ってさりげなく注意してもらったら穏便だろって。隣の席の男が直接言ったりしたら、きっとはショックだろうって。もし言うなら、責任とらないといけないって」
「はあ〜、責任?」
 私は何のことかわからず、つい顔を上げて立ち上がった。
、鼻毛出てない方が可愛いけど、別に鼻毛出てても俺は好きだぜ。そういうこと」
 彼はいつものなんでもない顔をして、じっと私を見上げながら言うのだ。
 そういえば、ちょっとだけ向日の方が背が低いんだよね。そういう位置関係だから、私の鼻毛がさぞかしよく見えたんだろうなあ。
「おい、聞こえてるか? 別に鼻毛なんか気にすんなって。俺以外の奴に先に言われたりしたら悔しいから、さっさと俺が言っただけ」
 そう言うと、私の手を取ってサロンの出入り口に引っ張って行く。
「今日は予定あんの? 別に暇なんだろ?」
「うん、まあそうだけど」
「寄り道してこーぜ」
 そういうと向日は嬉しそうに笑って私を見た。
「どこ行くの?」
 つい彼のペースにのせられてそう聞くと、彼は私の手をつかんだまま、片方の手で携帯を取り出した。
「そうだな、えーと今日はスタンプ三倍デーだからCD屋に寄って、それからちょっと何か食ってそんでゲーセンでも行かね?」
 まるでずっと前から二人でこうしてたみたいに言う。
 外に出ると風が冷たくて、私も向日も手袋をしてないんだけどつないだ手がすごくあったかかった。
 今朝家を出る時には、こんなこと想像だにしなかったよ。
 もうさ。
 向日には鼻毛なんか見られちゃったし、何でもありだ。
 なにがなんだかわかんないけど、妙におかしくなってきて、向日にひっぱられながら肩をふるわせて笑ってると、向日は『さっきまで泣いてたくせになーに笑ってんだよ、早く行こうぜー』なんて言って、小走りになるのだった。

(了)
<タイトル引用>
「恋のメガラバ」,作詞・作曲:マキシマムザ亮君,唄:マキシマムザホルモン
2008.12.21

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