この日、ルパンと次元そして五エ門の三人は、真田邸の偵察の後ぐるりとあたりを歩き回って、そして立海大附属中へと向かっていた。
「オイオイ、まるでぶらり旅ってェ風情だな。ま、この辺りはうろうろするにゃ悪くねぇ土地柄だが」
ルパンが運転するSSKコンバーチブルの助手席で、次元はそっくりかえりながら言った。
ちらりと隣のルパンの顔をのぞき見るが、ルパンは変わらず口笛など吹きながらご機嫌な様子。五エ門は顔を上げて、緑が濃くなっている木々を満足そうに眺めていた。
「……にしても、えらく余裕だなルパンよ。まだお宝の手がかりもこの手につかんじゃいねぇってのに」
次元の問いにルパンは答えることなく、春の陽気を楽しむようにのんびりと車を走らせつづけた。
さて、三人は立海大付属中に向かっているわけだが、この日はルパンの提案で、くだんの真田弦一郎が所属してる立海大附属中テニス部の練習風景でも見てみようということになっていた。
三人の乗ったコンバーチブルは立海大のキャンパスのある敷地を通り過ぎて、付属中の北門からアプローチする。
「すいまっせーん、ご連絡してあった週刊プロテニスの記者でーす」
車を一旦停止すると、ルパンは堂々とIDカードを守衛に見せた。
そういえば三人は、普段の特徴的ないでたちではなく、いわゆる一般的なサラリーマンのような成りをしていた。彼らなりの変装だろう。次元は守衛の前を通る時、ご丁寧に普段のソフト帽のかわりに被っているハンチングのつばをひょいと上げて見せていた。
そうやって堂々と門を通過した三人は、テニスコートのフェンスの外の取材用のスペースに陣取った。丁度放課後の部活動の時間だった。
カメラマン役としてカメラの機材を持ってきた五エ門は三脚を立て、その上にピノキュラーを設置する。
「いやしかしなんだね、それにしてもテニス部って女の子からモテるのねー、次元先生よ。もう、女の子よりっどりみどりじゃないのよー。ま、おじさんはもうちょっと育った方がいいけっどもがな」
ルパンはコートの外の見学者を眺めてにやにやする。
「おいおい、コートの外を見てどうするよ」
次元が呆れたように、ペンでルパンの頭をコチンと小突いた。
「イテテテテ。お、取材に来てる同業者にゃ、ちょいとキレイなお嬢さんもいるみたいだぜ」
「なあ、ルパン」
ルパンのおふざけを無視して、次元は静かな声で続けた。
「お前さん、俺たちに何か隠しちゃいねぇか? 昨日、五エ門も言ってたろ。お前ぇが『何かを待ってるようだ』ってな。俺も同感さ。お前は、力石以外にも何かを探ってるんじゃねぇのか?」
ルパンは両隣の次元と五エ門を交互に伺い、両手を頭の後ろで組んだ。
「……隠してるってわけじゃねえが、まあ、確かにちょいと気になることはある」
空を見上げながら、ふと真剣な目で言う。そんなルパンを、次元も五エ門もじっと見つめている。
「お前ら、ここのテニス部のガキたちの資料見ただろ」
「まあ一応な。全国大会優勝の強ぇチームなんだろ」
次元がさして興味なさげに言った。
「このボウズたちがどんな技を使うのか、ちゃんと見たか?」
「そこまではチェックしてねぇが、テニスなんだからスマッシュとかそんなもんだろうよ」
ルパンは大げさなため息をつく。
「せっかく俺がそろえた資料、ちゃんと見てくれよなー次元ちゃんよー」
「けっ、こんなガキどものテニスの技なんかどうでもいいだろうが」
さすがに次元はイライラしたように怒鳴る。
「次元、俺たちはテニス雑誌の記者だぞ」
隣では五エ門が冷静につぶやき、そして次元が不満そうにふんっと鼻から息を吐く。
「お前ら、ちょいと見てみろよ」
ルパンがフェンス越しにコートを指差した。
そこには、柳蓮二とジャッカル桑原がコートで打ち合っている。
「あの糸目のガキが今から打つ球、見てな」
ルパンが言うとおり、二人はコートに集中した。
ほんの一瞬である。
柳蓮二は、すい、と腰を落とし、ラケットは滑らかで美しい軌道を描いた。そのラケットに弾かれたボールは、相手コートに入ったと思ったら弾むことなく転がっていくのだ。
「……ドロップボレーか? それにしてもありえねぇ球の動きだな」
次元はハンチングのつばを持ち上げて目を丸くした。
五エ門はピノキュラーを握り締めたまま、いまだレンズから眼を離さない。
「ありゃあ、『空蝉』って技らしい。球遊びのくせに、こじゃれた名前つけてっだろ? けど、あんなの序の口さ」
ルパンは笑みを浮かべながらも、目は真剣だった。
「俺たちが見張ってる真田家のあのボウズ、あいつの究極奥義は『風林火陰山雷』っていうらしい。中でも『雷』を発動させたあいつは、光の速さでどこにでもあらわれ、落雷のようなオッソロシイ球を打つらいしぜ」
「なんだよ、そりゃ。最近のテニスってなぁスゲーんだな」
次元はあきれ半分で声を上げ、ハンチングのつばをもてあそぶ。
「しかもここの部長ときたら、テニスの試合中に相手の五感を奪って圧勝するような技を使うらしいぜ」
「五感を奪うだァ? おいルパン、冗談もほどほどにしとけよ。なあ、五エ門……」
ルパンの話のばかばかしさを、五エ門に同意を求めようとした次元は五エ門がひどく恐ろしい表情をしていることにぎょっとした。
「五エ門、お前はどう思う?」
変装の小道具としてひっかけていた伊達眼鏡のレンズをきゅきゅっと拭きながら、ルパンは五エ門に静かに問うた。
五エ門は険しい表情のまま、しばし何も答えず、コートでトレーニングに励む少年達を凝視し続ける。
「……そのような技には覚えがある。が、しかし、そこから伝わったということは、ありえない。お主らもわかっているだろう」
そして、そうつぶやく。
次元ははっとしたように帽子のつばを持ち上げ、あらためてコートに視線をやった。
「確かに、こいつぁ、ちょいと探った方が良さそうだな」
ルパンは厳しい表情をする二人の顔を見比べて、そして不敵に笑った。
そんな三人の傍らを、下級生と思われるテニス部員が早足で通り過ぎる。
「練習試合のスコア表、早く用意しとけよ。今日のレギュラーミーティングで使うって、柳先輩が言ってたぜ」
「おう、柳先輩はデータにはうるさいからな!」
次元はひょいと振り返って、まだ子供っぽく小柄な下級生の後ろ姿を眺めた。
「……ミーティングだとよ」
そうつぶやく次元に、ルパンはにやっとわらって親指でコートの隣にそびえ立つ建物をクイと指した。海林館。立海大付属中の部室棟である。テニス部の部室も、当然そこに入っているのだ。
その日、通常のトレーニングを終えた後、テニス部レギュラーメンバーでミーティングが行われた。
まずは、新年度になっての新たなメンバーの確認、そして夏の全国大会に向けての布陣などを話し合っていた。
時刻は19時も近くなり、通常の下校時刻はとっくにすぎて他の部はすっかり帰宅を終えている時間だが、特別に許可を取ってあるらしい。
「今年度の試合が始まる前に、一つだけ、確認しておく」
真田弦一郎が、その低く大人びた声を響かせた。
「俺たちは、当然、全国大会三連覇をめざす。そして、その過程でも、一切の負けは許されない。当然、草試合でもだ」
その言葉に、部員は特に返事は返さない。
が、一人一人の目は、わくわくとした期待に満ちたような、そんな光があふれている。真田の言葉に『当然だ』と言わんばかりに。
そんな彼らの表情に満足したのか、真田は大きくうなずいて、そして部長である幸村の顔を見た。すると幸村はゆっくりと口を開く。
「みんな、いい顔をしている。今年のチームは、最高のメンバーなんだ。最高のメンバーで最高の勝利で飾ろう」
幸村はそう言うと、立ち上がって目を閉じた。大きく息を吸う。
「……年末に俺が倒れた時には皆にに心配をかけた。そして今も依然、治療中で、苦労をかける……」
「気にすんなよ、お前は治療に専念しろって」
ジャッカル桑原がやわらかに言った。
「ありがとう、ジャッカル。みんなにも折にふれて話していたが、俺は7月になったら本格的に入院をすることを決めた。……手術に向けて、検査を始めようと思う」
柳生比呂士が、くい、とメタルフレームの眼鏡を持ち上げた。
「幸村くん、手術を受けることを決心されたのですか」
彼の言葉に、幸村はにっこりと微笑んだ。
「まだ決めたわけじゃない。ただ、全国大会に向けて、それが一番いい方法なんだって納得したら、受けてみようかと思うんだ。俺が向かう方向を、今回、皆にも聞いておいてほしかった」
ゆっくりそう言いながら、彼はひとりひとりの部員の顔を見渡した。
「精市、お前の決心、しかと聞き届けたぞ」
柳蓮二が幸村の視線を受け止めて、言った。
「俺たちは、こころを一つにして全国優勝に向けて、無敗で戦っていくことを誓う!」
真田は感極まったように声を震わせる。
「こころを、一つに……」
真田の言葉をなぞるように、幸村はつぶやいた。
「ねえ。皆は一体、どの旗のもとに、こころを一つにするんだい?」
思いも寄らぬ幸村の問いかけに、一同は目を丸くした。
「どの旗って、そりゃ、立海大附属中テニス部に決まってるじゃないスか!」
切原赤也が当然のように答えた。
「うん、赤也、いい答えだね。俺が聞きたいのは、このテニス部の意はどこにあると感じているかってことなんだ。はっきり言おう。俺はこれから不在の日々が続くだろう。その際、もちろん後のことは真田に任せていくが、真田は俺と志を同じくしていると信じている。しかし……」
幸村はぎゅっと拳を握りしめた。
「監督は、もしかすると俺の思いと異なることを言うかもしれないね」
監督、という言葉が出て来たとたん、部室の中の空気が一瞬ぴんと張りつめた。
「……俺たちのそれぞれの技の完成は、監督の指導なしではなしえなかったよな」
丸井ブン太がガムを噛みながら言う。
「そうですね。私と仁王くんの入れ替わりも、あれだけの完成をみせるとは思いもしませんでした」
若干不本意そうながら、柳生比呂士がつぶやく。
「ああ、皆の言うとおりだ。けれど、技というのは、それを身につけ磨く以上に、それを『どう使うか』が重要だろう」
幸村の声は穏やかだが、語気は強い。
「あ、なあ、幸村。今日は、監督も来るって言ってたんじゃなかったか?」
場の雰囲気に少々戸惑ったようにジャッカルが言うと、突然に真田が立ち上がった。その迫力に一同、おどろいて彼を見上げる。
「何者だ! いい加減にしろ!」
真田弦一郎は、そう叫ぶと同時に手近に立てかけてあったモップを掴み、ミーティグテーブルにひらりと飛び乗る。そして、槍を突き上げるように、天井のパネルの一枚を突き破るのだった。
ゴトン、とパネルが落ちた後には黒い穴。
そして、そこからひょい、と顔を出すのは愛嬌たっぷりのルパン三世であった。
「おやおや、バレちまったか。しょうがねえな」
彼はさして驚いた風もなく、一旦頭を引っ込めると、ひょい、とその細身だが長身の体躯を現して飛び降りて来た。いつのまにやら、記者の姿から、普段の慣れ親しんでいるだろう彼自身のファッションに戻っている。続いて、まさに『やれやれ』と顔に書いてあるかのような次元大介が、片手でソフト帽を押さえながら飛び降りる。しんがりは、白鞘の刀を携えた石川五エ門。
そして、テニス部一同がざわめいている中、真田弦一郎の視線は、ぎりりと石川五エ門をとらえていた。
「その、視線だ。ここ数日、姿は見えないが、その視線が俺の周りから離れなかった。一体、何用だ!」
真田は、五エ門の前に立つと強い語調で怒鳴る。
五エ門は改めて、真田を上から下まで値踏みするように眺めた。
「ほう。俺の視線に気づいていたか。小僧、なかなかやるな」
「それだけの強い気に、俺が気づかんわけがない」
「……そうか、気配の消し方が足りなかったか。お主がそこまでの使い手とは、俺も油断した」
五エ門はそう言いながらも、やけに満足げに真田を眺める。
真田は何かを言おうとするが、幸村の言葉がそれを遮った。
「へえ、真田を探ってるのかい? ってことは、もしかしてあの麗しい養護教諭の先生もお知り合いかな?」
幸村はからかうような語調で、天井からの闖入者に言った。
余裕たっぷりだったルパンの表情は一変、強い目になり幸村を射る。
「ま、今更隠したってしょうがねえ。そういやぁ彼女は、今日の放課後にこの部室に呼び出されてるはずだ。どのボウヤが、あのおネェさんとデートしたのかな?」
「真田が、不二子先生を部室に呼び出したってぇ、話じゃろ? なあ、幸村」
椅子にもたれかかったまま、普段と変わらぬ調子で言うのは仁王雅治だった。
「なにっ!? 俺は先生を呼び出したりなどしておらんぞ!」
真田が慌てたように怒鳴る。
そんな彼に構うことなく、幸村は仁王を見つめた。
「ふふ、仁王、聞いてたんだ。相変わらず、いい趣味とはいえないな」
「おい、ガキ! 不二子をどうした!」
ルパンが一歩前に出て、幸村に詰め寄った。
「俺はあの先生をどうもしてないし、どうなったかも知らないよ。どうなるのか知りたいから、彼女には部室に来てもらったんだ」
口元に笑みを浮かべたまま言う幸村に、ルパンはいらだったように何かを言おうと口をあけた瞬間。
鈍い音と共に、部室の奥の扉が開いた。
そこには二つの人影。
ひとつは、椅子に縛り付けられた峰不二子。
そして、もう一つは……。
「……やっぱりな。このガキどもの使う技。覚えがあったんだ。まさかと思ったが……」
低い声でつぶやきながら内ポケットに手を差し入れるルパンの前に、飛び出す影は五エ門。
「先生……いや、百地!」
刀に手をかけ、激高した声を上げる。
部室の奥の物置から現れたのは、藍染めの着流しになめし革の羽織をまとった白髪の老人であった。
「百地監督! 峰先生をどうされました!?」
驚きの声を上げて駆け寄ろうとする真田を、幸村が制した。
老人の手には匕首が握られており、その切っ先は峰不二子の頸部にあてがわれている。不二子は椅子に後ろ手にしばりつけられ、猿ぐつわをかまされ、懸命にほどこうと暴れてはいるがなかなか思い通りにいかないようであった。
「わがテニス部の面々よ。その男達はルパン一味といって、極悪非道の泥棒どもだ。お前たちの技を駆使してひっとらえろ。わしが制裁をくわえよう」
小柄な老人ながら、恐ろしいほどの殺気と迫力を醸し出す老人は、かすれた声でそれだけを言い放った。
「なーにを言ってやがる極悪非道はどっちだよ、弟子の五エ門を俺ともども殺そうとしたクセに。俺がこの手で息の根を止めたと思ってたが、甘かったようだな」
ルパンはいつのまにか取り出していた愛銃のワルサーを、老人に向けた。が、老人は意に介する様はない。
「ハハハハハハ、お前の戯れ言など誰も真に受けんわ。幸村! 早くこいつらをひっとらえろ! お前たちならできる!」
しわがれていながらも不思議に通る声で、百地は強く幸村に命じた。
が、幸村は一向に動く様子はない。
周りの部員たちは動揺した表情で、幸村と百地とルパンたちを見比べていた。
「幸村! ……お前が動かんのなら、真田! お前が指揮を取れ! 早くこの悪人どもをとらえんか!」
真田は複雑な表情ながら、幸村と同様、百地の命に従う気配はなかった。
「……この役立たずどもめが!」
百地は怒鳴ると、ひゅ、ととてもその外見からは想像できないような素早さで真田の側へと移動した。同時に、ガタン! という大きな音がして不二子の縛られている椅子が倒れる。
「ルパン! 真田の鞄よ! 百地に奪われてはダメ!」
倒れると同時にさるぐつわが外れた不二子は声を上げた。
が、時既に遅し。百地の手は真田のショルダーバッグに差し込まれ、その手には丸い大きな石が掴まれていた。
「その女から、馬場信春の隠し財産と真田家の力石の話は聞き出した。真田がトレーニングのために力石を持ち歩いていることを、わしが知らぬわけなどあるまい。が、この石の秘密までは知らなかったぞ。いいことを聞いた」
百地はニカッと笑うと、素早く石を風呂敷に巻いて背負い、そしてルパンたちが降りて来た天井へと一瞬にして消え去った。
「おいルパン! 奴が石を持っていっちまったぞ!」
「ちょっと、ルパン! これ、早くほどいてよ!」
「百地! 今度こそ、決着をつけさせてもらう!」
「ジャッカル、俺、腹減ったんだけど」
「プリッ」
騒然となった部室の中で、自分のショルダーバッグの中身をひっくり返しながら、真田弦一郎は混乱して怒鳴る。
「俺の力石が! くそ、一体どういうことなんだ! なぜ百地監督が俺の石を!? あの石は我が家に代々伝わる大切な、修行のための石なのだぞ!」
幸村は怒り狂った真田の肩をポンとたたいてから、峰不二子の側に歩み寄って、丁寧に縄をほどき始めた。
「不二子先生、すまない。手荒なことはされなかった?」
自由の身になった不二子は、幸村に助け起こされながら、ふてくされた顔で彼を見る。
「まあ、アンタの言うそのまんまに真田くんがいるとは思わなかったけど、まさか百地とはね」
「監督が不二子先生にどういう反応を示すのか、知りたくてね。試すようなことをして悪かった」
いたわるようなまなざしで言う幸村に不二子は、しょうがない、というようにため息をついて笑った。
幸村はルパンたちの顔を見渡した。
「百地監督は、ウチのテニス部の監督兼コーチなんだ。あの人のおかげで立海は全国優勝を続けている。その監督とあなたたちは、一体?」
彼の問いに、部室にいる全員が興味深そうに耳を傾けた。
「あのジジイは、百地三太夫っていって昭和を代表する殺し屋さ。『伊賀の死神』ってぇ通り名にゃ、誰もが震えたもんだ。で、この男、石川五ェ門は、百地の一番の愛弟子だったってぇわけ」
ルパンは刀を握りしめたまま殺気立った五ェ門の背中をポンとたたく。
「そして、愛弟子に己を超えられることをおそれたジジイは、こいつと力が互角だろうって定評のあったこの俺と戦わせて、俺ともども殺そうと企んだ。そんなジジイに、俺様が制裁をくらわせたと思ったんだがな」
ルパンは天井に向かって銃を撃つ振りをした。
「まんまと生きてやがったか。そして、こんなところで新たに弟子を育てていたとはな。まさか、中学のテニス部で息をひそめていたとは、さすがに俺たちも気づかなかったぜ。この町に来るまではな」
幸村は肩にかけていたジャージに袖を通した。
「なるほどね、納得しました。このところ、不二子先生の動きが気になったもので、監督と不二子先生の両者を試す意味合いで引き合わせてみたんですよ。おかげで百地監督に対する違和感が、やっとはっきりしました」
「幸村! 俺の石はどうなるのだ!」
真田がいらだったように口をはさむ。
「真田の大切なものが奪われたんなら、そりゃ取り返すしかないだろ。皆、百地監督を追え!」
幸村がにこっと笑って言うと、レギュラー全員待ってましたとばかりに『おー!』と声を上げて、それぞれの手にラケットを持って部室を飛び出して行った。
残ったルパンたち四人に、幸村は紙を一枚手渡した。
「これはウチの参謀が作った立海の詳細の見取り図だ」
そして、それだけ言い残して、ジャージのすそを翻して走り出た。
「……ったく、いっつのまに主導権握ってやがんだ? あのガキってばよ」
ルパンは苦々しそうに言うものの、その顔は決して不快そうではない。
「ルパン! それより、我々も百地を追うぞ!」
血気盛んな五ェ門が急き立てた。
一方、百地三太夫は部室棟である海林館を抜け出し、広大な校庭を駆け抜けていた。真田から奪った力石を背負っているというのに、とても老人とは思えない俊足・身の軽さだ。
すでに辺りは暗くなり、人気のない校庭内を百地は静かに、しかし素早く走って行く。
が、その百地の先に、何かが躍り出た。
「悪いな、監督。スタミナと脚にゃ、俺だって自信があんだよ」
そう言ってラケットを振りかぶるのはジャッカル桑原。
「夜目には、俺の姿は見つけにくいだろう」
「チッ、ジャッカルか……」
百地はジャッカルの打ったボールをスレスレで避け、足を止めると一瞬身を屈めた。
「確かに、お前のスタミナと俊足は目を見張るものがある。が……」
百地はニヤリと笑うと、次の瞬間、驚くべき跳躍力で2号館校舎の脇の木の枝に飛びついた。
「ジャッカル、お前の体格・体重は、重力に逆らう動きを得意としない。わしにはついてこれまい」
百地はそのままひょいひょいと木の梢まで登ったと思ったら、校舎の壁づたいにあっというまに2号館の屋上まで上がっていった。
登りきった百地の顔面を黄色いボールが、ひゅ、と襲いかかった。
百地は一瞬目を丸くするが、そのボールをパシッと手のひらで受け止める。
「そうすんなりとは通れないぜぃ」
屋上では丸井ブン太がラケットをかまえて待ち受けていた。
「……丸井ブン太。ジャッカルとのコンビネーションで、わしがここに来るのを見通しておったか、やるのぉ」
百地はふふ、と笑う。
「が、お前の得意技はボレー。残念ながら、お前の球威ではわしの行く手を阻むにはパワー不足だ。しかも、お前の狙いが正確なことが仇になり、お前の球筋はわしにはすべてわかる」
百地が言い終わるか言い終わらないかという時に、次の球が百地の手のテニスボールをたたき落とした。
「じゃあ、俺のナックルは? 俺自身にも、どこに飛ぶかわかんないんだぜ。監督にだってわかんねーだろ?」
次々に赤也が打ち込んでくるナックルサーブを、百地は懸命によける。
「くっ……しゃらくさい!」
石を包んだ風呂敷を背中からほどき、それを思い切り振り回し、赤也の球を打ちおとした。
「伊賀の死神の行く手を止めようなど、百年早いわ!」
手持ちの球が切れたらしい赤也の横を走り抜けると、校舎の中庭側にふわりと飛び降りる。
そのまま中庭の木の枝をつたいながら、あっというまに向かいの海志館との間の中庭に降りた。
百地が着地すると同時であった。
鋭い風切り音と同時に、木の皮がはがれる音。そして、木の生々しい匂いと焦げ臭い匂い。
今度は百地の頬にはつつ、と冷や汗が流れる。
百地の視線の先には、背筋を伸ばしてラケットをまっすぐかかげた柳生比呂士。
「動けば、もう一発お見舞いします。ワタシの渾身のレーザービーム、当たればただではすみませんよ」
百地をかすめて木の幹にあたった柳生の球は、見事に生木を削いでいた。
ボールの摩擦で焦げた木の幹をちらりと見た百地は、不敵に笑う。
再度、石を包んだ風呂敷をほどいて手にした。
「かまわん。打って来るがいい」
百地の言葉に柳生は一瞬眉をひそめるが、すぐにポケットからボールを取り出した。
「いきます!」
柳生の一言と同時に、彼の放ったレーザービームは百地を襲う。
「ふんっ!」
が、百地がバットのようにふりまわす石を包んだ風呂敷は、見事に柳生の球を打ち返した。
「ワッハハハハ!」
打ち返すと同時に百地はその場を走り抜ける。
柳生は、正確に彼の顔面に打ち返された球をラケットで受けることに精一杯で、次の一打に遅れた。
「柳生、お前の球は確かに正確で力がある。が、お前はどこまでも紳士だ。わしの顔面に当てるようなことなどできん。わしにとっては、打ち返すなどたやすい」
彼の上機嫌な声は長く続かなかった。
なぜなら、柳生がいる反対側からレーザービームが飛んできて再度百地をかすめたからだ。
「レーザービームは一本じゃないぜよ」
口端を軽く持ち上げた表情で、柳生と同じような構えをしているのは仁王だった。
「さすがの監督も、二本のレーザービームに狙われちゃあ、思うようには動けんじゃろ。真田の石を置いていきんしゃい」
柳生と仁王はそれぞれ、百地にレーザービームの照準を合わせた。
「くっ……」
憎々しげに声を漏らした百地は、懐に手を忍ばせる。
「……お前達は思い違いをしている。わしが逃げる一方とでも思っているのか?」
懐から出た百地の手の平から、何かが飛んだ。
「うっ!」
「なにっ!」
柳生と仁王のラケットのガットは何カ所か破れていた。
そして、柳生の眼鏡にはひびが入り、仁王の髪を結んでいるゴムは切れその銀の髪ははらはらとほどけていく。
百地の指に握られていたのは、パチンコ玉ほどの石つぶ。
彼の指弾によって、はじき出されたのだった。
「レーザービームを教えたわしの指弾の威力がいかほどか、想像にかたくないだろう? お前らがわしを追うなど、子供の遊びくらいにしか思っていないわしだが、少々悪戯がすぎたようじゃな。悪戯をする子供には、それなりのお仕置きが必要じゃ」
百地は再度指弾を構え、石をはじいた。
が、それは柳生と仁王を貫くことはなかった。
百地の足下には小さな黒い穴がいくつも空いており、指弾を放ったばかりの百地の手は細かく震えている。
海志館の中庭には銃声がこだましていた。
「弟子に牙を向けるのが、アンタの流儀か? いくつになっても因業なジジイだな」
百地がつたってきた木の枝に立っているのは次元大介。
百地の指弾を撃ち落とした次元のM19は闇夜に鈍く光り、うっすらと煙を上げていた。
「中学校で銃をぶっ放すなんざ趣味じゃねぇが、アンタがその気なら仕方がない」
言いながら次元はすばやくリボルバーに弾丸を込めた。
「……いい加減、わしの邪魔をするのはやめんか!」
いつもはしわがれた声を響かせるだけの百地が、今度は腹の底から声を出したかと思うと、手刀を木の幹に打ち込んだ。
「ハァァァアアアアァッ!」
「……お、おいおい! マジかよ!」
百地の手刀は見事に次元が乗っている木の幹を切り倒してしまった。
悪態をつきつつも帽子を押さえながら木と一緒に倒れ込む次元を尻目に、百地は再度走り出した。中庭の花壇を抜け、今度は海志館へ、雨樋をつたい巧みに登って行く。
「今度こそ本当におさらばじゃ」
海志館の屋上庭園に向かって走り込む百地が目指すものは、庭園の木々の間に隠してあった脱出用の気球。リモートコントロールで熱気の充填はすませており、あとはバスケットに飛び込むばかり。
「ワハハハハハ! 今川家の財宝はわしのものじゃ! わしの言うこともまともにきけんような立海テニス部など、もう勝手にするがいい!」
軽やかにバスケットに乗り込もうとした百地は、次の瞬間あんぐりと口を開くことになる。
バスケットの中からひょっこり顔を出したのは、ルパン三世であった。
「またまた脱出には気球とは、世紀をまたいでも進歩がないねェ、百地のじいさんよ」
ウィンクしてみせたルパンの背後からは、刀を抜いた五ェ門が飛び出した。
「あっ」
百地が声を上げると同時に、五ェ門は、熱気を含んで飛び立つ気まんまんの球体のサスペンションケーブルを一瞬にて切り離してしまった。
バスケットから切り離された球体はふわりとそれだけで浮き上がってしまい、しばし漂ったと思うと、力なく校庭へと落ちていった。
「アンタの最新の愛弟子たちは、なかなかやるようだな。アンタの逃走ルートを、かなりの確率ではじき出していたようだぜ」
ルパンは幸村に渡された、柳蓮二が作成したという用紙をひらりと百地に放ってよこした。
百地は拳をにぎりしめ、がくりと膝をつく。
その背後には、柳蓮二、真田弦一郎、そして幸村精市という、立海テニス部の三強が立っていた。
「あなたの指導で完成をみせたデータテニスだ。あなたの行動をも割り出すことは不可能ではない」
月明かりに照らされて、柳蓮二は表情の読み取りにくい細めた目をしたままそう言った。
「……百地監督、どうしてあなたが俺の石を……」
真田は戸惑ったような表情で、百地の前に立った。百地は観念したように唇を噛み締める。
「……わしはかつてこいつらとの戦いに破れ、一度何もかもを失った。世界一の殺し屋と謳われたこのわしがだ。五ェ門は今までわしが育てた中で、最も優れた弟子じゃったが、あの頃はわしも若かった。五ェ門に対する闘争心をかき消すことができず、結局は殺そうとした」
五ェ門はかつての戦いを思い出したのか、きゅっと眉をひそめ、刀を握り直す。
「当時の傷が癒えた後、わしは考えたんじゃよ。もう一度、最強の弟子を育てようとな。が、今度はもう弟子と競おうなどとは思わぬことにした。弟子を、我がの手足のように使い、わしの世界を作り上げるのだと。そうやって作り上げたのが、お前ら立海大付属中テニス部じゃ。お前達の代こそが、わしの理想とする精鋭だったのじゃが……幸村を始め、どうにも意のままに動かん」
吐き捨てるように言った。
「そういったところに、この泥棒たちが現れ、真田の持つ石に馬場信春が隠した今川家の財宝の秘密が隠されているというではないか。だったら、そいつをいただいて、それでわしの世界を作り上げる礎とすればいいと思ったのじゃ」
そうつぶやいた後、背中に背負ったふろしき包みを地面に置いた。
真田は、固く拳を握りしめながらひざまずいた百地とふろしき包みを交互に見た。
「ま、俺たちゃただの泥棒だからな、その石を狙ってうろついてただけなんだけっども。まさか、こんなとこでこのじいさんが活動してるなんざ思ってもみなかったぜ」
海志館の屋上には、いつしか他のテニス部員たちも全員集まって来ていた。
ルパンと五ェ門、そして百地を、テニス部レギュラーメンバーが囲んでいた。
「まったく、かなわんぜそのジジイ」
そして遅れて木の葉だらけの次元が姿を現す。
「まあ、どうすっかな、このジイサン」
ルパンが言うと、幸村が一歩前へ出た。
「百地監督」
穏やかな声が、屋上庭園に響いた。
「我々は、あなたが教えてくれた技の数々、そして勝利への強い気持ち、それらのことには感謝しています。ただ、我々は、あくまで自分のため、我が校のためにのみ、戦う。そして、戦うステージもあくまでテニスです。それ以外の何物でもない。あなたから教わったものは、我々の思う道に向かって使います。それでいいですね?」
百地は座り込んだまま幸村を見上げた。
「……好きにしろ」
しわがれた声で小さく言った。
幸村は柔らかく微笑んで、すっと右手を上げた。
「ありがとうございました!」
それを合図に、部員全員の声が響く。
深々と頭を下げる部員たちを、百地は目を丸くして見渡した。
「……フン」
そして不機嫌そうにうつむいて、小さく息を吐いた。
「そして、後は五ェ門か。お前ぇを殺そうとした師匠だ。煮るなり焼くなり好きにするがいいさ」
次にルパンは五ェ門を振り返った。
五ェ門は鞘におさめた刀を握りしめたまま、じっとかつての師匠を見下ろす。
「……弟子に去られ、老いさらばえ、何もない老人だ。俺が手を下すまでもなく、死が迎えに来る」
冷ややかな表情で言う五ェ門を見つめながら、百地は立ち上がった。着物についたほこりを払う。
「お前との別れ際にわしが言った言葉を覚えているか? わしはお前に殺しの技の全てを教えたが、舌先三寸で生きる術だけは教えなかったとな。そんなお前が、生き延びられる世の中だ。なにもない老いぼれでも、まだまだ生かせてくれるだろうよ」
ふふ、と笑うと、軽く手を上げて静かに校舎の昇降口へと消えて行った。
百地が去った後には、ふろしきに包まれた真田の力石。
五ェ門は静かにそれを持ち上げ、真田に差し出した。
「お主の大切なものなのだろう?」
真田はじっと五ェ門を見ながら、それを受け取った。
「あー、五ェ門、なんだ、その、ちょいとそいつの中身を見せてもらうだけってのはどうなんだ? え?」
次元が、ご機嫌を取るように、二人に笑いかけてみる。
「中身を? この石を割るということか? それは困る。祖父から譲り受けた大切な石だ。そんなあるかどうかもわからん眉唾ものの宝のために傷つけることなど、ならん」
真田はぴしゃりと言い放った。
次元とルパンは見るからにがっくりと肩を落とすが、五ェ門は至極尤もといった風。
「が、しかし」
真田の続ける言葉に、ルパンと次元ははっと顔を上げた。
「これが手元に戻って来たのは、あなた方の協力があってのことだ。もし、俺に勝負を挑んでくるというのであれば、この石を賭けて戦うことはやぶさかではない」
真田の目は、しかと五ェ門を見据えていた。
「おいおいおいー、どうやらご指名のようだぜ、五ェ門ちゃん。きばっていってちょうだいよ」
隣では上機嫌のルパンが五ェ門の袂を引っ張る。
「……よかろう。男と男の勝負。この石川五ェ門、真田弦一郎に勝負を挑むとしよう」
五エ門はすらりと抜刀して真田に向けた。月明かりが、彼の刀を照らす。
彼の刀に対して真田が掲げたのは、テニスのラケットだった。
「言っておくが、こちらは勝負を受ける側だ。当然、こちらの土俵で戦ってもらう」
真田の言葉に、ルパンと次元は目を丸くして声を上げた。
「ってぇことは、まさか、テニスゥ?」
五ェ門は刀を構えたまま、真田を睨み続けた。
「庭球か。よかろう!」
「おいおいおい、五ェ門! お前、テニスなんかできるのかよ! やってんの見た事ねぇぞ!」
ルパンと次元が止めるのも聞かず、五ェ門はすばやくたすきで着物の袖をたくしあげるのだった。
ルパンたちとテニス部メンバーはテニスコートまで降りて、ナイターのライトでコートを照らした。
コートには二人の侍。
「ルールは簡単、一球勝負だ。どちらかが相手の球を打ち返せなかった時、勝負が決まる。では、いくぞ!」
真田が早速鋭いサーブを打った。
草履を脱ぎ捨てて裸足の五ェ門は、素早く走って難なくボールに追いつく。そして、鋭いラケットさばきでそれを打ち返した。
「おっ、やるじゃねえの」
フェンス越しに観戦している次元が口笛を吹きながら言う。
「ま、よく考えたら棒っきれを振り回すことは、あいつは得意中の得意なわけだからなぁ。がんばってくれよ、お前の勝負にお宝がかかってんだぞ!」
ルパンも声援を飛ばした。
その場にいた誰もの予想に反して、勝負は一向に決まらなかった。
真田がどこにどのような球を打っても、五ェ門はその素早い動きで追いついてしまう。そして、フォームこそはテニスのセオリーから大きく外れているのだが、その美しい軌道を描くラケットは、見事なスピードとコントロールの球を繰り出すのだった。
「むう!」
真田は険しい顔で究極奥義をつぎつぎと繰り出すも、五ェ門はそれに食らいつく。五ェ門も五ェ門で、真剣この上ない顔でボールを打ち返すが、真田もその球に追いつくために、いつしか汗を飛び散らしていた。
「真田! 無敗の誓いは忘れてないだろうね!」
真田側のフェンスからは、幸村の声が飛んだ。
「当然、勝つに決まっている!」
真田の体の汗はまるで朝もやのように立ち上っていた。
「風林火陰山雷!」
五ェ門の打球に、真田は『雷』を発動して追いつき、そして文字通り雷のような打球を打った。それは、今までで一番のスピードと重量感を持って、五ェ門の顔面あたりへ突き進んで行く。
「ハァァァァァァ!」
五ェ門はラケットを両手で握ると、真田の打球に向かって空気を切るようなスピードで振り下ろした。
その瞬間、見ていたものは全員息を飲んだ。
五ェ門のラケットは鋭い風切り音とともに、真田の打球をまっぷたつに切り裂いていた。見事にスピードまでをも殺されたボールは、まっぷたつになったまま、ころんと五ェ門の足下に落ちた。
「……打ち返せなかった方が負け。この勝負、俺の負けだ」
五ェ門はカラン、とラケットを落とした。
「あちゃー、五ェ門の奴、目の前に来たモンは何でもぶったぎっちまう悪いクセが出たよ」
「まったくだぜ、とことん修行の足りねぇやつだな」
五ェ門側のギャラリーの二人は、苦笑いで落胆の声を漏らす。
コートではネットをくぐって、真田が五ェ門の前に立った。
「……あなたは素晴らしい剣士だ。素晴らしい剣士がゆえに、俺とのテニスの勝負では負けた」
ふてぶてしく言いながらも、五ェ門に右手を差し出して深々と頭を下げる。
「あなたの視線を感じた時から、一度手合わせ願いたいと思っていた。今回は便宜上テニスの勝負だったが、もしこの先、俺があなたに勝負を挑む気になったら、その時は剣の勝負でお願いしたい」
五ェ門はふうっと息を吐いて、そして穏やかに微笑み、真田の手を握り返した。
「承知した。次の勝負では、きっとあの石を割らせていただこう」
強い握手の後、二人の侍はくるりと互いに背をむけて、それぞれのベンチへと去った。
「いくぞ、ルパン、次元」
「お前のせいでお宝頂戴しそこねたってぇのに、何エラソーに言ってんだ」
次元が五ェ門の背中に軽く蹴りを入れるが、五ェ門は楽しそうに笑ったまま。
「あーあ、不二子ちゃんに何て言われっかなァー」
ルパンは大げさに頭を抱えてみせる。
三人が向かう校門には、すでにSSKがまわされていた。
運転席で手を振るのは不二子。
三人は小走りでコンバーチブルに飛び乗った。
「どうせあの石は手に入れられなかったってんでショ。だいたいルパンが誘ってくれる話ってロクでもないんだから」
すいっと助手席に移動しながら、不満たらたらの不二子。
「なんだよ、誘わなかったらそれはそれでスネるくせにー」
「まともな話をもってこいっての! まったくあんなガキの相手までして、骨折り損よ!」
ギアを入れて車を出すルパンに不二子は噛み付き続ける。
「ああ、そうだ、不二子」
後部座席から、思い出したように五ェ門が身を乗り出した。
「これを、真田弦一郎から不二子へと預かった。世話になったという礼状だそうだ」
五ェ門は折り畳んだ半紙を差し出した。
「ええっ!?」
不二子は慌てて振り返り、それを手にしてそっと広げる。
「おいおい、ラブレターかァ? なんて書いてあんだよ」
からかうように言うルパンに不二子は舌を出した。
「やーよ、見せないわよーだ」
「なんだよ不二子、照れてやがんのか?」
「バーカ」
後部座席から茶々を入れる次元を睨みつける。
少しずつ遠ざかる立海大附属中。
ルームミラーには、先ほどのテニス部の面々が校門の前に勢揃いしルパンたちを見送っている姿が見えた。ミラーを眺めながら、ルパンはニッと笑って振り返らずに大きく手を振る。
百地三太夫と、立海大附属中テニス部のメンバーと、そしてルパンたち。
きっとこの先、彼らが出会い交わることはないだろう。
けれど、この春の夜はなかなかに悪くなかったと、ルパンは口笛を吹いた。
(了)
「ルパンVS立海テニス部〜今川家の財宝を追え!〜」
2009.4.1