「で、新テニス部は認可されそうなの?」
保健室の机に頬杖をついて、私は少々うんざりした声で尋ねる。
手狭な保健室の中に、橘くんと6人の1年生、総勢7人の男子がひしめく。
さすがに、むさ苦しいとしか言いようがない。
ちょっとした、野獣たちの巣みたいなものだ。
「先輩、カット絆が少なくなっていたので、倉庫から出しておきました。在庫表にもチェックしてあります!」
1年生の森くんが、明るい笑顔できびきびと私に報告してくれた。
「あ、ありがとう」
神尾くんや伊武くんたち1年生は、それぞれにテーピングを巻いたりしながらドリンクを飲んだり、思いのまますごしている。
どうしてこんなことになっているかというと、保健の先生の配慮で、部室のない彼らがトレーニングの合間に保健室で休憩することを許可
されたからだ。意外に礼儀正しい橘くんたちを、保健の先生は気に入ったらしい。
確かに、橘くんはおばちゃん受けしそうだけど。
「……それがだな……」
冒頭の私の問いに、橘くんは考え込みながら返事をする。
「決して学校側の感触は悪くはないんだ。校長も、顧問を担当してくれる先生がいるようであれば、設立を考えてもいいと言っている」
そういえば、うちの校長は「自主性がうんたらかんたら」ってよく言ってて、アグレッシブな学生が嫌いじゃないんだよね。だから、橘く
んたちへの処分は思ったよりマイルドだったのかも。
新テニス部設立まで、あと一息なんだなあ。
「顧問を引き受けてくれる先生かー」
「あと、予算の問題もあるらしいな」
なるほど、新しくテニス部っていうと、また部室とかいろいろ必要になってくるのかな、難しいね。
「……どの先生に頼んでるの?」
「他の部と兼務でもいいと思い、体育の先生に、片っ端から頼んでみてるが……」
芳しくない結果なんだろう、橘くんは軽くため息をついて首を横に振った。
私はそんな彼を見ながら、机をトントンと指でたたく。
「体育の先生だからダメなんじゃない?」
「うん?」
橘くんは不思議そうに顔を上げる。
「だって、体育の先生って単純でさ、前のテニス部顧問になんだかんだ言って頭上がらなさそうじゃない。そりゃ断るよ。もっとさ、こう…
…」
私は少し考えた。
「いかにも、あの顧問の先生を嫌っていそうな反骨心を持ってそうな先生がいいんじゃない? 別にテニスを教えられないような先生でもい
いじゃん、橘くんがコーチすればいいんだし」
私が言うと、一瞬の間をおいて橘くんはお日様みたいな笑顔を見せた。
「そうだな、さすがさん、鋭いこと言うな」
さんはやめてよー、と言いながら足をばたばたさせてると、橘くんは後輩たちに声をかけた。
「さ、休憩は終わりだ、トレーニング再開するぞ」
「ハイッ、橘さん!」
とにかく、橘くんを慕いまくってる1年生たちは、言われるとおりびしっと立ち上がって、私に一礼をした。
「じゃあ、今日もじゃましたな、保健の先生にもよろしく言っておいてくれ」
それだけを言うと、保健室を出ていきそのままランニングに突入した模様。
橘くんは、みんなのお父さんみたいだ。
そんなことを思いながら、その後ろ姿を見送っていたら、廊下から保健の先生が入ってきて、ひとこと。
「あれ、今日は橘くんたち来てないの?」
「さっきまで来て、テーピングしたりなんだかんだやってましたよ。先生も大変ですね、あんなむさくるしいののたまり場になっちゃってさ
、毎日毎日」
私が言うと、先生は不思議そうな顔をする。
「ううん? あの子たちは、そんなにしょっちゅうは来ないわよ。いつも、さんが当番の時だけ」
そう答えた先生の顔を見て、私は見開いて、一瞬ことばにつまった。
「わたし、さんたちがつきあってるからかと思ってたけど」
先生はしれっと言うのだ。
「えっ? 私たちって?」
誰と誰が!
「さんと橘くん」
先生は机に向かって書類を手にしながら、なんでもないように。
「ちょっと、ちょっと先生!」
私はあわてて先生の正面にまわった。
「私と橘くん、ぜんっぜんそんなんじゃないって!」
自分でもちょっとおかしいくらいにあわててしまう。
先生は私の勢いに驚いたのか、目を丸くした。
「あっ、そお? ごめんごめん」
まったくもー、おばちゃんってのはさらっと変なこと言うんだから。
「でも橘くんって、かっこいいしいいじゃない。面倒見もよさそうだし」
そんなこと、わかってる。
っていうのは、私はもちろん口にしないけど。
橘くんは、確かにかっこいいよ。
そして、やっぱりどこか、私には関係のない遠い人。
そういう感じがするんだ。
元ヤンっぽいからとか、そんなんじゃないの。
率直に言うと、手の届かないひと。
うん、なんてことないように口をきいてるけど、きっと本当は私なんかの手の届かない男の子なんだ、橘くんは。
私、そういうのは、ちゃんとわかる。
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2012.6.8