立海DEおかわり〜ジャッカルDEおかわり〜



 今、目の前にいる褐色のたくましい男の子は私の恋人で、ジャッカル桑原という。
 ジャッカルっていう子はブラジル人とのハーフで、立海大付属中のテニス部で……っていうのは、今更説明する必要はないよね。
 去年の夏過ぎにつきあうようになって、そして今、彼の部屋で彼の肩にもたれかかってTVなんかを観るようになった今は、バレンタインも過ぎた2月に
 彼のことで説明をする必要があるとすれば、その、ともすればオラオラ系?とでも見まごうばかりの外見のイメージに反して、極めて日本人的な気質を持ち合わせているということだ。
 なんていうの? さりげなく気を遣ったり、空気を読んだり、遠慮をしたり。
 でもね、本質的に控えめだっていうんじゃないんだ。テニスしているところを見ると、すっごいアグレッシブだしね。
 実際につきあうようになってから、わかった。
 ジャッカルはすごく「強い」んだと思う。
 例えば4人いてお菓子が3個あったら、「ああ、俺は別にいいよ、お前らで食えよ」って平気で言う。
 強くて優しいから、ちょっとくらい割を食うことがあってもちっとも堪えない。
 うまく言えないけど、そういう子なんだ。
 で、そういう子なので、まあ、つきあうようになるまでも時間がかかった。私が好き好き光線を出していても、「えっ? 俺じゃないだろ?」って周りをきょろきょろ見渡すようなタイプだから。そして、ようやく夏過ぎにつきあうようになって、初めてキスをしたのが11月の肌寒くなった頃。
 なぜ、こんな風に今までの出来事を「長かったなあ……」と振り返るかのように思い返しているかというと、今日は初めて彼の部屋を訪れたから。
 つまり、やっと次の出来事が、訪れる……はず! と思ってるから。……でも、ジャッカルのことだから、わからないけど……。
 ジャッカルの部屋のTVでは、なにやら録画したらしいディスカバリーチャンネルの海外のスポーツ中継が流れている。ジャッカルはそういうの、好きみたい。私の隣で、堅あげポテトをバリバリと食べながら熱心にTVを見ている。
 ジャッカルは不思議。まず、第一印象での見た目と実際の雰囲気がだいぶ違うっていうことがあるけれど、それでもこうして仲良くなってみると、また違う面がある。
 私とキスをする時、軽く髪を撫でてくれたりする。それで、私の髪をそうっと耳にかけてくれたりする時、さりげなく指先で耳の裏に触れる。そんな仕草が、驚くほどにセクシーだったりする。そんな風なものだから、きっと次に抱きしめてくれるのはすぐだと思ったら、年が明けてもちっともそんな素振りがなくて。
 今だって、私が隣で肩に頭をあずけているのに、彼は堅あげポテトをバリバリ食べるばかり。
「あっ!」
 ジャッカルが声を上げたものだから、私もびくっと頭を起こした。
「くそっ、録画途中で終ってら」
 彼は悔しそうにテレビのリモコンでスイッチを切った。
 そして、ふっと私と目が合う。
「……ご、ごめんな。ついTVばっかり観てて。せっかく遊びに来てくれたのによ」
 そう言いながら、堅あげポテトの袋に手を伸ばすが空振り。珍しい、ジャッカルがこんなにお菓子を食べるなんて。
「私、一枚も食べてないよ」
 ジャッカルは目を丸くして、眉根をよせた。
「マジか! ごめん、これ、お前が買って来てくれたのにな。キッチンで何かないか見て来る」
 そう言って立ち上がろうとするので、私は彼の手をつかんだ。
「ばーか、いいっていいって。言ってみただけ」
 そして、その指先をちゅ、と舐めた。堅あげポテトに塩味。
 ジャッカルの形のいい頭に、血が上る音が聴こえるようだった。
 彼は私の髪に触れながら、ゆっくりとおおいかぶさり、キスをした。
 そう、このジャッカルのキス。とても丁寧で熱くて、気持ちがいい。
 ジャッカルは髪にふれていた手を背中にまわして、そして私たちがよりかかっていたベッドの上に私を持ち上げた。
 珍しくジャッカルが荒い呼吸になっている。
 彼の大きな手が私のカットソーをたくし上げ、背中に直接触れる。
 彼の手の感触は本当になめらかで熱くて、私は思わず声を漏らしながらジャッカルの肩にしがみついた。
 と、ジャッカルの動きが止まる。
 見上げると、困ったような妙に真剣な顔。
「あのな」
 えっ、何、ジャッカル。この期に及んで、一体何?
「あ、うん……どうしたの?」
「あのな……俺、実は……初めてじゃねーんだわ」
 そして、しばし逡巡した後、言いにくそうにつぶやくのだ。
 一瞬、何のことかわからなくてポカンとしていると、彼が言葉を続けた。
「……だから、こういうことすんのが」
 ああ、そういうことね。
「あ、うん、私も……その……初めてじゃないよ」
 前につきあっていた男の子のこと、ジャッカルだって知っているはずだけれど。
 私が言うと、彼はあわてた顔をする。
「あっ、すまねー! お前にそういう事を言わせようとしたんじゃなくて……」
 妙におたおたしているジャッカルは、言葉を探しているようで、何度か深呼吸をした。
「俺、こういうのは初めてじゃねーけど、女の子と本当につきあったのは初めてなんだ」
 私を見つめるジャッカルのその強い切れ長の眼が、必死で、少し泣きそう。
「……ありがと、私、本当にジャッカルとこうやってつきあえて、嬉しい……ん?」
 こういうことするのは初めてじゃない。
 でも、女の子とつきあったのは初めて。
 ん?
 私が疑問の表情を浮かべると、ジャッカルは額に手を当てた。
「だから、つまりな……」
 言いにくそうに続けるのは、彼が1年生の頃のことの話だ。
 なんでも、ジャッカルのお母さん(何度か会ったことあるけど、すっごいスタイルのいい美人!)はダンスやエアロビクスのインストラクターをしているらしくて、その生徒さんというのがよく家に遊びに来る。
 早い話が、その中の、麗しい年上の生徒さんの一人に食われてしまったことがあるらしい、ジャッカルは。
 若気の至りで、なんて彼が言うのがちょっとおかしくて、こんな時だというのに笑ってしまった。
 だって、中学3年生のブラジル人ハーフの男の子が言う言葉だよ?
 私はジャッカルの坊主頭に手をのせた。
「ジャッカル、ほんと正直だなー。別に黙っててもいいのに」
「……そういうの、もしかしたらお前が嫌かもしれないって心配だった」
「ジャッカルは、私が初めてじゃないっていうの、嫌?」
 私が言い終わる前に、彼はブンブンと大きく首を横に振った。
「そんなもん関係ねー」
「ね? 私だって一緒だよ」
 そう言って私が彼の頭のてっぺんに口づけると、そこに火が灯ったような気がした。
 そのことが合図のように、彼は私をベッドに組敷いて、服を脱がせる。
 ジャッカルに素肌を丁寧に触れられてみて、私はようやく彼が懸念していたことの意味がわかった。
「……ジャッカル……っ……」
 首筋に這わされる舌は熱くて、そこからもたらされる感覚はまるで身体の芯が蕩けるよう。
 彼の愛撫はとても洗練されていて、私はまるで嵐の中の小鳥みたいに何も抗えない。
 そりゃ、彼から何も聞かされずにこんなふうに抱かれていたら、どうしてジャッカルはこんなに手慣れてて上手なの???と頭の中は疑問符だらけだっただろう。隠しようのない、彼のやり方。
 そうか、ジャッカルはそれが心配だったから、キスから先はなかなか進まなかったのかな。だとしたら、ほんとジャッカルらしい。
 私が漏らす声や、身体の反応を、その強い眼で見据えながら彼の熱い愛撫はどんどん私の真芯をとらえていく。
 挿れるけど大丈夫か、というようなことをジャッカルが聞いてきたような気がするけれど、私は返事もできなくてベッドの壁際に押しやられた羽根布団の端っこをぎゅっと抱きしめるばかり。ジャッカルが準備をして、あらためて私の上に覆いかぶさった。少し汗ばんだ手が、私の太股の裏側に触れる。ぞくりとした。
 腰を支えられながら彼の侵入を感じて、つい声を上げ、ジャッカルの腕をつかんだ。
「大丈夫か?」
 彼の眼は明らかに熱をもっていながらも、それでもいつもの気遣いのジャッカルだ。
 もー、こんな時くらい、いいのに。
 黙って、して。
 と言うかわりに、私は彼を抱き寄せ口づけて舌をからめた。
 彼もそれに反応しながら、私の中に深く埋まって行く。私の声はキスの中に紛れる。
 
 たっぷりと与えられた愛撫と快楽に、私がぐったりしているとジャッカルはふわりと羽根布団を身体にかけてくれた。
「……ジャッカルも隣にきて」
 私がお布団を持ち上げると、後始末を終えた彼はするりと隣にすべりこんできた。
 ジャッカルの身体はとても暖かい。
 今日、こうやって抱かれて思ったけれど、彼の筋肉は見た目より柔らかくてしなやか。もっと固いのかなーって思ってた。
 隣でいながら、ジャッカルはまた心配そうな目で私を見る。
「すまない、俺……つい夢中になっちまって……ガツガツしすぎだったよな?」
 そう言うものだから、私は身体を半分起こして、彼を正面から見るとくくくっと笑ってしまった。
「うそ。ジャッカル、すごい気ぃ遣ってたじゃん」
「べ、別に、そんなことねーよ」
「あのさ、ジャッカル」
 私が言うと、彼はちょっと眉間に皺をよせてまた心配顔。
「私、ジャッカルが大好き。今、抱いてくれて、すっごい優しく丁寧にしてくれて、気持ちよくてびっくりしちゃった。我慢できなくて声出しちゃったし、すごく感じた。私がそんな風になるの、イヤらしい奴でふしだらだなあって、引いちゃったりしない?」
 ジャッカルはお布団をはねとばして私に覆いかぶさった。
「ばか! そんなわけないだろ……。声も……表情も、俺はすげー興奮した……」
 そうやって耳元でささやいてから、私の耳を軽く噛む。
「……だったら、もっとして」
 ジャッカルの唇は、私の耳元からスライドして食らいつくように唇をおおった。
 私を捕らえているのは、褐色のしなやかな獣。
 ねえ、ジャッカル。
 次は、もっと、本当の姿を、見せて。

2014.10.18




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