●● Jealous Guy ●●
4月って、何度迎えてもざわざわしてる。
六角中学に入学して既に3度目だというのに、ばたばたした4月はすでに終わりがけになろうとしていた。
なんで4月って、こうもあわただしいんだろうね。
学校帰り、海を眺めながら足を止めた。
私はこの街で生まれ、育ってる。この街以外知らない。
だけど、この景色が好き、ということには自信がある。
海から吹く風があたたかい。
もうすぐ5月で、梅雨を耐えしのげば、あの夏がやってくる。
六角の夏が!
そんなことを思いながらにやにやして海を見ていると、聞き慣れた声。
振り返ると、男子テニス部が賑やかに騒ぎながらロードワーク中だ。
「やあ、。今、帰りか」
走りながら爽やかに片手を上げるのは、佐伯虎次郎。
「お、サエ、頑張ってるねー」
私も手を振った。
サエは六角第三小学校の時から一緒で、家も割りと近い。まあ、幼馴染ってやつ?
っていっても、うちの学校はほとんどが地元から来てて、ほぼ全員が幼馴染といってもいいくらいだから、私とサエが特別親しいっていうわけじゃない。
特別ってほどじゃないけど、ちょっとは親しい。
ちょっと親しくなったのは、5年生の時。うちに雑種の子犬が来たばかりの頃、学校帰りのサエが目をキラキラさせて子犬を触りたそうに家の前で足を止めたの。
抱っこする? って言ってみたら、サエはすっごく嬉しそうに子犬を抱っこして長いこと撫でていた。
その時のサエの笑顔が忘れられない。
だって、その頃って言ったら、男子は敵、というか。
やかましくて、いやらしくて、汚くて、意地悪で。
正直言うと、うちの前で私とサエが話したりしてるの誰かに見られてヘンな噂立てられたらどうしよう、なんてちょっとハラハラしたっけ。当時は、そんな噂なんて致命的だったから。学校行けなくなっちゃう。
だけど、サエはかっこよくて優しくて穏やかで礼儀正しくて。
そんな心配も吹き飛ぶくらいだった。
小学校の時は、そうやってサエは学校帰りにうちの犬とよく遊んでいったんだ。
なつかしいな。
「おはよう、。昨日は気持ちのいい天気だったね。ロードワークでは汗だくだったよ」
翌日、教室に行くと先に登校していたサエが笑顔を見せた。
「うんうん、海風が気持ちよかった。テニス部頑張ってるねー。今年はサエが部長だっけ?」
サエとは1年の時に同じクラスで、2年生は別、3年生になってまた同じクラスになったんだ。
サエはフフッと笑う。
「違うよ、1年生の剣太郎が部長だ。オジイが選んだんだ」
「へえ! 1年生が!」
オジイは変わってるからなー。まあ、サエは部長だとかそういうのあんまり気にしなさそうだけど。サエっていうか、テニス部の子みんな、そんな感じ。
そうだ、試合っていつから始まるの?
って聞こうと思った時。
「ねえねえ、サエ!」
同じクラスの女子陸上部の子がサエの隣に来た。
「来週の砂浜ダッシュ、陸上部も一緒にやっていい? 新入生の女子が結構入ってさ、男子テニスと一緒だとなんかにぎやかでいいかなーって」
「ああ歓迎だよ。ウチの部員たちも、女の子と一緒だときっと喜んで張り切るな」
「ホント? やったー! じゃあ来週、約束ね!」
二人のそんなやりとりを、私はぼーっと見つめる。
サエのこういう感じ、嫌いじゃない。
うん、きっと皆好き。
サエはほんと、優しいんだ。意地悪なことを言ったりするの、見たことない。
かっこよくて、優しくて、すごくほっとする。
そう、誰に対しても、公平に。
小学校の時、うちにサエが犬を見に来るようになって、私はもしかして、ちょっと特別にサエと仲良くなったのかなあってドキドキしたけれど、サエが誰に対しても丁寧で優しいっていうことがわかるのに、それほど時間はかからなかった。でも、だからって、それが嫌なわけじゃなくて、ああ男の子ってちゃんと友達になれるんだって初めて思えたんだ。私は子供だったけど、こんなかっこいい男の子を独り占めできると思い込むほどには子供じゃなかった。
「ああ、そうだ、」
「んん?」
陸上部の子が席に戻ると、サエは私の方を振り返った。
「この前、部活から帰る時、おばさんがクリリン散歩させてるのに会ったよ」
「へー、いつ!」
あ、クリリンっていうのはうちの犬ね。
「先週の、水曜日だったかな? テニス部のやつらと一緒に帰ってるとこ、偶然会ってね。バネがすごくクリリンと気が合ってるみたいだった。おばさんが、は最近クリリンの散歩サボってるって愚痴ってたぞ。ダメじゃん、クリリンを寂しがらせちゃ」
「やだ、何回かさぼっただけだよ! たまたまだよ!」
私がちょっと声を上げると、サエは驚いたようだった。
「前は時々クリリンの散歩してる時に会ったのに、最近見かけないじゃないか」
「だから、たまたま、ちょっとだってば!」
私はバッグの中から教科書を乱暴に出して机に置いた。
ほんと、ここ最近なの、クリリンの散歩に行ってないのは。
きっかけはわかってる。
4月のはじめの最初の休日、夕方の散歩に行ってる時だった。
私服のサエを見かけたんだ。サエはおしゃれな方だから、すぐに目について、ああサエだ、と声をかけようとした時、隣に私服の女の子がいることに気づいた。
別に、声をかけたってよかったんだと思うけど、でも私はサエに気づかれる前にクリリンを引っ張ってその場を離れたっけ。
今、教科書を仕舞っている私の傍で、サエがまだ何かを言いたそうにしているようだって気づいてるけど、私はそのまま授業の予習をするふりをして教科書を広げた。
私はサエが好きかって?
そういうの、わからない。
ただひとつ言えるのは、サエは学校でもすっごく人気のある男の子の一人で、サエを好きだっていう女の子は沢山いるって事。
そして、サエは本当に誰にでも平等に優しい。
困っているような子を見過ごすことはしない。
話しかけられたら、絶対に知らん顔しない。
だから、学内でもサエが女の子と二人で話しているところを見るのはよくあることだし、学校の外でも……この前みたいに女の子といるのを見かけることがある。ただ、それが、つきあっているらしい彼女だという公式認定までされることはないんだけど。
まあ、そんな感じなの。
仲良くなってどきどきして、私、もうだめだって思っても、やっぱり結局いつもどおり。
手が届きそうで届かない、誰かのものになりそうでいて誰のものでもない。
女の子にとって、サエはそんな男の子だ。
クリリンの散歩のことで説教かまされたこの日は、私もちょっとふてくされて一日ほとんどサエと口を利かなかったんだけど、終業後、サエはテニスバッグを背負って立ち上がると、私に手を振ってみせた。
「クリリンはと散歩するの、多分すごく好きなんだよ。ちゃんと行ってやりなよ」
そしていつもの、優しい笑顔。
「……わかってるってば、もうー!」
結局私も、ふにゃっと笑って空のバッグを振ってみせた。
サエって、ほんと人の心をほわっとさせる。
罪な男子だ。
サエに言われたからっていうんじゃないけど、この日は学校から帰ってすぐにクリリンの散歩の支度をした。あら、散歩行くの珍しい、なんてお母さんに嫌味を言われたけど、クリリンの喜びようを見ると、やっぱりわくわくする。着替えて、クリリンの飲水とエチケット袋を用意して外に出た。
大好きな海沿いのコースを歩く。
さて、そうそう。サエは罪な男子だ。
罪っていうか。
小学校の時にサエと仲良くなって、それまで男子とか苦手だった私は、すごく心がほぐれたと思う。男の子って、おもしろいし、優しいんだって。男の子とだって仲良くなれるんだって。
サエは皆に優しいけど、もしかしてどこかに、私だけに優しい男の子がいたら、それが恋ってやつかしらなんて思ったりした。
で、中学に入学して間もない頃、同じクラスの男子から告白されたの。まあ、ちょっとかわいい顔をした剣道部の子で、優しいし話も面白い子だった。つきあうだとか、恋とか、そういうのわからなかったけれど、私のことを好きって言ってくれて優しい目で見てくれる彼は、ちょっと一緒に居てみてもいいなあと思えた。
で、4月のある日、学校の海寄りのベンチで二人座って話している時、しばしの沈黙の後、突然にキスをされそうになったんだよね。
そういうことはまったく想定していなかったから、私はものすごくびっくりして飛び上がって避けて、彼はまるでコントみたいにズコーッと地面にずっこけた。
その出来事以来気まずくて、結局自然消滅したのだった。
サエと仲良くなってみて、ああ男の子と仲良くなるのって楽しいし簡単なことなんだなんて錯覚したけど、実際のところは恋愛?となると、そうでもなかった。私にはまだまだハードルが高い。
そんなことを思い知らされた出来事でした。
ね、クリリン? サエって罪深いでしょ?
サエが初めて抱っこした時は片手に乗るくらいだった子犬は、今は10キロちょっとはある中型犬だ。にーっと口を開けて、嬉しそうに私の隣を歩いている。
深呼吸をして海風の匂いを吸い込んでいると、シャラシャラという自転車のチェーンが回る音がした。
「お、感心感心」
サエが自転車から降りて隣に来た。
「わ、珍しい、一人?」
「さっきまで部のやつらと一緒だったけど、ちょうど別れたとこ」
言って、クリリンの頭をぐりぐりと撫でた。
「……別にサエに言われたからって、散歩再開したわけじゃないから」
「ははは、そういえばこうやって、がクリリンを散歩させているのを俺が見たのは、4月の頭の頃が最後だな」
サエの言葉に、私はぎょっとしてつい顔を上げた。
「……あー、もしかして、サエがデート中の時こと?」
そう言うと、サエは首を傾げた。
「デート? ああ、2年の時に同じクラスだった子の買い物につきあってた日だったかな。俺、声をかけようとしたけど、さっさとクリリンを引っ張って行っちゃっただろ」
なんだ、気づいてたんだ。
「女子の買い物につきあうなんて、相変わらずリア充だなー」
「好きな男へのプレゼントを選びたいっていう買い物だよ」
「で、それをサエがもらったっていうオチはないの?」
「ははは、残念ながらそれはないね」
私はつい、ふにゃっと笑う。
勝手な想像だけど、きっとサエに買い物につきあってもらった子、やっぱり好きなのはサエなんだと思う。だけど、結局言わないで、ふわっとした幸せな仲良しのままでいることを選んだんだろう。
ほんと、サエってこんな風。
もしも、今の私とサエを学校の誰かが目撃したら、サエが学校帰りに誰か女の子と二人(と犬)で歩いてたって、ささやかな噂になってそして煙のように立ち消えていくんだ、きっと。
サエにしたら、なんてことない沢山のエピソードの一つにすぎない。
「……はつきあってる男はいないの? まあ、があまり男子と二人でいるところって、見たことないけど」
サエの意外な質問に私は、つい足を止めた。リードがピンと張って、クリリンが振り返る。
「え? ああ〜……」
いるかいないかっていったら、いないけど!
でも、私が男子と二人でいるとこ見たことないって、まるで私がモテないって思い込んでるみたいな感じで、ちょっとむかつくー!
「い、今はいないけど、前はちょっとつきあってた子、いたかなー……」
1年生の時の短い付き合いを振り返る。
笑い話にするには、私にはまだ生々しくて、こんなふうに話したことなんかなかったんだけど。
「ふうん、そうか。が彼氏っぽいやつと一緒にいたのを見たのは、1年になったばかりの4月が最後だけど」
私は思わず、リードをずるりと手から落としてしまった。
あの、学校の敷地内の海寄りのベンチでの出来事が頭をよぎった。
そして同時に、どうして今まで気が付かなかったんだろう。
そういえばあのベンチは、サエのお気に入りの場所だ。
あの時のこと、サエは見てたの?
心臓がバクバクしていて、胸を押さえながらサエを見ると、サエは私には目もくれず、前方を見てる。
「、大変だ!」
「え?」
「クリリン」
はっと気づくと、さっき手からするりと落ちたリードがない。
クリリンが5メートルほど先を走っている。
その先には、海を見るために停車しているワンボックスカー。うちのと全く同じ車種の、日産のシルバー。
私は、さーっと血の気が引く。
何を隠そう、クリリンは大のドライブ好き。
家で車のエンジンかけようものなら、連れて行け! と大暴れして、我先にと車に乗り込むの。
私たちの先にいるワンボックスカーは景色を堪能したのか、まさにエンジンがかかり、後部座席のスライドドアが閉まる瞬間、クリリンが乗り込んだ。そのまま、車は発車する。
「……早く乗って!」
私が呆然としてると、サエはテニスバッグやなんかをガードレール脇に放り投げて、私に言った。
「え?」
「追うんだよ! ナンバー見た? 神戸ナンバーだ!」
「えっ!」
私は言われるままにサエの自転車の後ろに乗ると、サエは思い切り漕ぎ出した。振り落とされそうで、サエの身体にしがみつく。
びっくりするくらい力強くぐいぐい漕いでいく。
「あっちは車だよ? 追いつけないよ……!」
「大丈夫、ここから先、信号が続く。まあ、クリリンが神戸まで連れて行かれることはないだろうけど、途中で放り出されてひとりぼっちだったら心細いだろ」
「クリリンはかわいいから、神戸まで連れて行かれちゃうかもしれない!」
私が泣きそうな声で言うと、サエははははと笑って、腰を上げ、ぐいとペダルを漕ぐ脚に力を入れた。ぐんぐんスピードが上がっていく。
海風を切り裂く、サエの自転車のスピード。
サエって、こんなに力が強いんだ。私を乗せて、自転車でぐいぐい走る。しがみつくサエの身体は細いのに、がっしりとかたくて筋肉質。
男の子なんだなあ。
クリリンと二度と会えなくなったらどうしよう、というどきどきと、初めて実感するサエの男子感?で、私はもういっぱいいっぱい。
どうしよう!
キキッと自転車が止まる。
「くそ、この信号が渡れていたら、追いついてたのに」
サエが止まった信号のその先に、シルバーのワンボックスが止まっている。いまのところ、アホづらの雑種犬が放り出される気配はない。
信号が青になって、サエは再び力強くペダルを踏んだ。
最初の2〜3回重くペダルを回した後、ぐいぐいとスピードを上げる。幸いワンボックスは、何か車内で話でもしていたのだろうか、信号が変わったタイミングすぐで発車をせず、私達の距離は縮まった。
車に追いついて、サエがコンコンと助手席の窓ガラスを叩く。
ガラス窓が下ろされて、サエは笑顔で言った。
「すいません、やんちゃな奴がおじゃましていませんか?」
助手席の人は、きっと驚いたろう。千葉が誇る、サエのキラキラな笑顔に。
後部座席のスライドドアが開けられて飛び出してきたクリリンを抱きしめ、私はボロボロと涙をこぼしてしまった。
「もう、クリリン、バカなんだからー! 二度と会えなくなるかと思ったー!」
車の持ち主は、観光に来ていた若いご夫婦の二人連れでいい人達だった。
海の景色を見た後に車に乗って、リモコンで後部座席を閉めてしばらく走った後、後部座席でハァハァしている毛深い生き物がいることに、びっくりしたらしい。
「人懐こいし、おとなしいから、このまま一緒に神戸まで帰ってもいいかなって思ったけど」
可愛らしい奥さんがそう言うので、私はまた目に涙を浮かべてしまうと、すぐにウソウソとあわてて笑ってくれた。
「ほんと、ご迷惑おかけしてすいませんでした。私がうっかりリードをはなしてしまったから……。これから気をつけます。お二人も気をつけて神戸まで帰ってくださいね」
「ありがとう。自転車で追ってきてくれた彼氏、とても素敵ね。助手席から見て、あまりにかっこいいからびっくりしちゃった」
その人はそう言って、助手席に乗り込むと窓から身を乗り出して大きく手を振った。
当然、サエもクールな笑顔で手を振る。
サエって、ほんとどうしてこうやって、どんなシーンでも様になるんだろう。
私がちょっと感心して彼を眺めていると、サエは振り返って笑った。
「聞いた? 彼氏って言ってたね」
そこか!
「ああ、まあそう思うかもねー」
ひとまず私はクリリンをぎゅっとだきしめて、耳の後ろをグイグイ撫でながらつぶやく。
サエは、そんなふうに誰かと勘違いされることなんかしょっちゅうでしょ。
「……の彼氏は、あの時の彼が今のところ、最後なわけ?」
サエの言葉の意味を理解しようと頭を動かすと、そうか、クリリンがいなくなる前のあの会話か!
そうだ、あれ!
そう、なに、あの時、サエ、もしかして見てた!
「あの時って、サエ、どの時のこと言ってるの?」
私は立ち上がって、サエをじっと見た。
「……学校の……海寄りのベンチでのことだよ」
そっかー、見られてたのかー……。
私は2回、深呼吸をした。
「うん、そう、あの時の彼が中学に入ってすぐに告白されてちょっとだけ付き合うって感じになって、それであの時のことで自然消滅になった最後の彼だよ。それだけ。私、そんなにモテる方じゃないし。って、わかってるでしょ」
私たちはもう一度歩き始めた。
「……はわかってないな。は結構モテるよ。バネも、は結構可愛くていいなあなんて言ってた」
「えっ、うそ! バネさんが! だったら、言ってくれればいいのに!」
「、バネが好きなの?」
「え? あ、うーん、いや、かっこいいなと思うだけ」
サエが妙に怖い顔をするものだから、私もどうしたらいいかわからない。
「……は、1年の時に付き合ってたやつとすぐに別れただろ? ガードの堅い、手強いやつだって、思われてるんだよ、男子から」
「ええええ?」
私が変な声を上げると、サエは頭を掻いた。
「男子からっていうのは偏見かな。俺が思ってるだけかもしれない。でも、きっとそんな感じだ」
そして、恥ずかしそうに笑う。
そういえば、サエのこんな感じ初めて見た。
サエが何を言っているのかよくわからないけど、こういうサエを見るのって初めてかも。
「それで、ひとつ聞きたいことがあるんだ」
急に真面目な顔になる。今日のサエは百面相だ。
「って……俺のことを、どう思っている?」
急に真面目な顔で、びっくりするような事を聞いてくる佐伯虎次郎は、相変わらず綺麗でかっこいい顔をしていて、声もおだやかで優しくて。
私は、初めて子犬時代のクリリンを抱っこしに来たサエの笑顔を思い出した。
そして、中学に上がってから、いろんな女の子にも同じ笑顔を向けている優しいサエを思い出す。
さっき、クリリンとの再会で泣いてしまって、緩んでいたのだろうか。
私は、わーんと泣き出してしまった。
目の前でサエがものすごく驚いて、おろおろしているのがわかる。
でも、涙が止まらない。
だって!
どう思ってるって?
好きに決まっているじゃない。
そして、サエも私に優しいよね。
でも、それは私にだけじゃない。
優しくされて嬉しくなって、でもそれが私にだけじゃないんだってわかった時の気持ちどうしたらいいのか、最初本当に困ったよ。でも、そういうのすぐに慣れたの。そういうのに慣れるのって、いいことなのかどうかわからない。でも、慣れないと、私はもっと辛くなるってわかってたから。
サエが他の女の子とどんなに仲良くしていても平気!! っていう風になるのに、私なりの訓練が必要だったんだよ!
こういう気持ちって、どうしたらいいの。どう伝えたらいいの。
どう思ってるって、言われても一言で話せない。
サエ、罪な男。
「、泣かないで」
サエはおろおろしながら言う。
「ごめんよ、。俺が先に話す」
私はうつむいて泣いたまま、隣でクリリンは大人しくおすわりをしている。
サエは海の方を向いているみたい。うつむいている私から、表情は見えない。
「5年生の時、クリリンが子犬だった時、抱っこさせてもらって楽しくて嬉しかった。俺は、クリリンに会うだけじゃなくて、に会うのも楽しみだったんだよ。がいつも優しくしてくれるから、はきっと俺のこと、ちょっとは好きだろうって思っててさ。だって、家の前で個人的に犬を抱っこさせてくれるんだから。そんなふうに自惚れて、中学に上がったら、は他の男と付き合うことになっただろ。俺はショックで。しかも、あんなシーンを見て。は男子のこと、怖くなったりしないだろうかって心配で、俺はとそれまでみたいに仲良くしたかったけど、どうしたらいいかわからなくて。は、俺から特別に見られるより、他の普通の友達みたいにしてる方がいいのかなと思ったり」
一息で長いこと話をするサエを、私は思わず顔を上げて見た。
「……サエの普通の友達って、例えば……買い物につきあった2年の時のクラスメイトの女の子みたいな?」
「そうだよ。でも、は俺を買い物に誘ってくれないだろう」
……サエの「普通の友達」ってキャパシティ広すぎる……。
「ごめん、わかってる。と仲良くしたいなら、他のクラスメイトとも同じように仲良くするべきなんだろうなって思ってた。まあ、俺はもともと人付き合いが悪い方じゃないし。でも、あの……これは俺のうぬぼれじゃなかったら、さっき、が泣いてたのは……そのせいかい?」
あー、サエはやっぱり天然だっていうわけじゃない。
「うん……そうかな……」
サエは私の目をじっと見る。
「そういうの、はっきり言うと、どういうこと?」
「えっ? はっきりって?」
「なんか、こう、もっと俺にわかりやすく。俺が、勘違いじゃないって思えるくらいに」
「サエは頭いいから、勘違いとかしないと思う」
「……男はバカなものだよ」
「えー、そんな、私、うまく言えない。なんか、こう、選択問題みたいにしてくれたら……」
「そうか、じゃあ例えば……は、俺を独り占めしたいと思うかどうか、ではどうか」
私はカーッと顔が熱くなった。
独り占めって。
私の心の奥の、鍵をかけた扉の先を覗かれたみたい。
「サエを独り占め?」
「そうだ」
「そんなこと、できるの?」
「俺は、してほしい」
頭がクラクラする。
「……したいよ」
うつむいた私の視線の先に、サエが拳をぎゅっと握りしめるのが見えた。
「じゃあ、俺がキスをしても逃げないでいてくれ」
「えっ!?」
サエは左手で私の頭を支えると、身体をかがめて私に唇を寄せ、かすめるように私の唇に触れていった。かすかに舌の熱い感触。
あっというまに過ぎた嵐のようなサエのキスは、それでも確かに私に残っていて、サエは既に海の方を見て私に背を向けている。
「……あのベンチで、が彼といるところを見て、俺はもう自分がどうにかなってしまいそうだった。その後も、が他の男とつきあったりしないかハラハラしていたし、かといって小学校の時みたいに馴れ馴れしくして嫌われたらどうしようと思ったりもした。……俺は単に焼きもちやきの、どうしようもないやつなんだ。それなのに、を泣かせたりしてごめん。ごめんよ」
海を向いてるサエは、今どんな顔をしてるんだろう。いつも王子様みたいな笑顔しか見せないサエ。
「大丈夫、もう泣いてないもん」
そう言うと、あの安定の王子様顔でサエは振り返った。
「それにしても、サエ、なんかすっごい、キス……手馴れているっていうか……」
つい言うと、サエはダンッと左足を大きく踏み鳴らした。
「これだけは誓って言うけど、俺は女の子とキスをするのはこれが初めてだ!」
サエの足踏みでクリリンはびっくりしたのか、駆け出した。あわてて、私たちもリードを持ったまま歩き出す。
「そっかー。じゃあ、女の子と手をつなぐのは?」
「えっ? 手をつなく? うーん、それはどうだろう……」
独り占めって、サエ、言ったよね。女子の独り占めって、ほんとこわいんだよ! わかってる?
「あと、肩を抱くとか、いや、その前にデートとかはどれくらいしてたの」
「待って、それは、デートの定義付からだな」
きっと、うちに帰り着くまでには、サエは「女子から独り占めされる」っていうことの意味を思い知るだろう。
ま、サエにはいい勉強だよね。
私の王子様!
(了)
2014.4.29
タイトル引用・雰囲気参考:ジョン・レノン「Jealous Guy」