● いじわる  ●

<木曜 9:45 PM>

 は自室のベッドの上に正座し、真剣な顔で携帯電話を睨みつけていた。こうして、もはやどれだけ時間が経っているだろうか。
 のパールホワイトの携帯電話の画面には、あとは発信ボタンを押すばかりにした番号がスタンバイされている。
 そこに表示されているのは、
『真田弦一郎』
 の名と、彼の電話番号。

「だめだぁ〜!」

 はそう叫ぶとベッドに電話を放り投げて倒れ込む。
 そして、しばしすると起き上がって再度電話を握りしめるのだ。
 これが1時間ほど続いている。
 は、片思いの相手である真田弦一郎の電話番号を本人から入手するという、自分にとってありえない難易度の高いことを、ひょんなことから実現することができた。それが少し前のこと。
 今日は、いよいよその番号に電話をかけてみるということに挑戦するに至っている。
 なぜならば、今週末はテニス部の県大会なのだ。
 当然、はそれが何時にどこで開催されるかなど知っている。
 けれど、電話番号をきちんと本人と直接やりとりしたように。
 テニス部の大会のことを、弦一郎本人から聞いてみたかった。
 そして、教えてもらった電話番号に、どうしてもかけてみたかった。

「……よし、大丈夫! 怒鳴られた時を想定して、腹筋に力いれて! 泣かないようにして!」

 大きく深呼吸をすると、親指でぐっと発信ボタンを押し、大きく弾む心臓を抱えた枕で押さえながら受話器を耳に当てた。呼び出し音が一度鳴る。
 その瞬間、彼女は何気なく時計に目をやると、飛び上がらんばかりに驚いてあわてて電話を切った。

「もう、10時!?」

 たしか弦一郎は夜の9時か10時には寝るのだと言っていた。
 彼女が電話をかけようかと自分を鼓舞し始めたのは7時過ぎくらいだったので、いつのまにかこんなに時間がすぎていたのかと自分でも驚く。
 は電話を閉じて、大きくため息をついた。
 危ない危ない。
 ただでさえ弦一郎はいつも怒りがちだというのに、寝ている時間に電話などしたらどんなに怒鳴られることか。
 幾度かため息をついてから、はカレンダーを見た。
 うん、まだ一日ある。
 明日、勇気を出して直接聞いてみよう。

 テニス部の県大会、今週末だったよね?
 どこでやるの? 部外者でも応援に行っていいのかなあ?

 電話番号とメルアドの交換までをした時の勇気。
 それを思い出せば、きっとそれくらいのやりとりはできる。
 自分にそう言い聞かせて、はぎゅっと電話を握りしめた。

<木曜 9時59分 PM>

 自宅でのトレーニングと、学校の宿題および予習復習、一通りを終えた弦一郎は、寝る前に布団の横でしばし瞑想をする。
 彼の頭の中では、剣のこと、勉学のこと、テニスのこと、部員たちのこと、様々なことが渦巻いているのだが、瞑想をすることで一時でも頭を空っぽにする。そして、交感神経から副交感神経に切り替え、睡眠へとスムーズに導入していくことが、何事も効率的にこなす彼の習慣だった。
 呼気を行う時に長い時間をかける独特の方法で、ゆったりと呼吸をしているときに、彼の枕元の充電器においてある携帯電話が震える音が部屋に響いた。
 弦一郎はカッと目を見開き、敏捷にそれを手にする。
 が、彼がその旧型の携帯電話を手に取った時はすでに着信のランプは消えていた。
 眉間にしわをよせながら画面を見ると、ほんの1秒程度の呼び出し時間、そして表示された番号と名前を見て、目を大きく見開く。

 

 そこにはそう表示されていた。
 弦一郎はそのまま、しばし電話を睨みつけているが、再度電話がかかってくる気配はない。
 逡巡を繰り返したのち、彼からかけ直した方がよいかと発信ボタンを押そうとするがふと時計を見ると、10時を大きくまわっていた。
 彼は眉間にしわをよせたままため息をつき、電話を充電器に鎮座させ部屋の明かりを消すと布団に入った。
 その日は、いつもと異なり布団に入ってもなかなか眠りにつくことができなかった。

<金曜 8:10 AM>

「ねえ、明日のテニス部の県大会、結局どうするの? 行くの? 行くんだったらつきあうし」
 SHRの前の時間に、のクラスメイトで友人である香里奈がせっついた。
「うん、それがね、まだ聞けてないんだー」
 はもじもじと答える。
「なにが!」
 いらだったように言う香里奈を、は必死に見上げた。
「だからさ、真田くんに、県大会ってどこでやるのとか、応援行っていいの、とか」
 香里奈はあきれたように椅子の背もたれにもたれかかった。
「何言ってんのよ。テニス部の試合なんて、皆応援に行くじゃん。今までだって、別に行ってよかったのに、が行かなかっただけでしょ」
「だって私、ずっと真田くんとは目が合うだけで泣いちゃってたし、真田くんは私を見ると嫌そうにするしで、試合を観に行くなんて、もうとてもとても……」
「でも最近、結構普通に話せるようになってるんでしょ? 普通に試合観に行けばいいじゃん」
「うん、だけどさ」
 は自分の携帯電話を開いて、きっちり保存してあるメールに目を落とした。
 『常勝』と一言だけの本文の、弦一郎からのメール。
 どさくさにまぎれて、電話番号とメルアドを交換したときに送ってもらったメールだ。
 の宝物。
 彼の携帯の番号もメルアドも、友人の香里奈を経由しては知っていた。
 けれど、それだけではただのデータにすぎなかったのだと今では思う。
 ドキドキハラハラしながら彼とやりとりをして、そして改めて手に入れた番号とアドレス。それは手の中のデジタル機器の中でありながら、血の通ったもののように感じる。
「やっぱり、真田くんにちゃんと聞きたいんだよ。試合どこで何時からあるの、とか、部外者でも観に行っていいの、とか」
「ふーん、でも試合は明日だよ? 今日のうちにちゃんと聞ける? 真田に?」
「実は昨日電話で聞こうとしたんだけどさ、夜遅くなっちゃって……」
「電話!? 真田に電話!?」
 香里奈は驚いたように身を乗り出した。
、やっぱり、やるときはやるねー!」
「でも、だめ。電話は緊張する! 直接話すのも緊張するけど、がんばって今日のうちにちゃんと聞くよ」
「へー、じゃあ頑張ってよ。私も一応明日の予定あけておくからさ。日焼け止め用意して」
 テニス部の試合や練習見るのなんて日焼けするからいやだと言いながらも、      香里奈はなんだかんだにつきあう。
 決死の表情のを、おかしそうに笑って眺めていた。

<金曜 8:15 AM>

 テニス部の朝練を終え、弦一郎は部室から教室へと向かっている。
 同じクラスの柳生は先に向かっており、隣のクラスの仁王と廊下を歩いていた。
 歩きながら、ふと弦一郎は仁王を見た。
「ああそうだ、仁王。ちょっと尋ねたいのだが」
「ああ、なんじゃ?」
 明るい色の髪をした、ひょうひょうとしていながら聡明なチームメイトは穏やかな目で弦一郎を見た。
「携帯電話でだな、着信、があるだろう。それがほんの一瞬しか呼び出しが鳴らず、すぐに切れてしまう、というのはどういった意図があってのことだろうか」
 仁王はつかみどころのないところがあるが、人をよく見ているし人の気持ちの掌握には長けていると、弦一郎は一目置くところがあった。故に、昨夜から気になっていたことを尋ねてみようという気になったのだ。
「ほう、ちゃんと番号は残っちょったのか?」
「ああ」
 仁王はふうっとため息をついた。
「真田、そりゃワン切りぜよ」
「ワン切り?」
 聞き慣れぬ言葉に弦一郎は眉をひそめた。
「古くさい手口の詐欺じゃ」
「詐欺だとぅっ!?」
 キッと目を見開いて仁王を睨んだ。
「そうじゃ。番号通知にして電話をかけてすぐに切る。番号だけ残るじゃろ? かけられた方は気になってその番号にかけ直すもんじゃから、そこで怪しいサイトにつながったりして課金されるように見せかけ、振り込め詐欺にひっぱりこむ、というしくみじゃ」
「振り込め詐欺か!」
「ああ。真田は生真面目だから気をつけんしゃい」
 弦一郎は、眉間に深くしわを寄せた。
「そうか、さすがに仁王はいろいろなことをよく知っているな。ありがとう、礼を言う」
「いいってことよ」
 さらりと笑うチームメイトを横に、弦一郎はポケットの中の携帯電話を握りしめた。

<金曜 12:50 PM>

 は大急ぎで弁当を食べ終えると、弦一郎のクラスに走った。
 廊下には、真田弦一郎直筆で『廊下走ルベカラズ』と書いてある注意書きが貼られているが、気にしてはいられない。
 彼の誕生日に、贈り物を渡しに行く時と同じくらいに胸をドキドキさせながら、教室に向かった。
 A組で弦一郎の席がどのあたりかなどはチェック済みで、廊下からとっさに探すけれど、そこに彼の姿はなかった。教室を見渡しても、あの目立つ長身を見つける事ができない。
「どなたかお探しですか?」
 必死にきょろきょろしていた彼女が目についたのか、穏やかな声をかけてきたのは同じくA組の柳生比呂士だった。彼が弦一郎と同じテニス部で、そして風紀委員ということを、は知っている。
「あ、うん、あの……真田くんを……」
 は少し躊躇しながらも答える。柳生はあまり口をきいたことのない男子生徒だったが、その穏やかな雰囲気は彼女の緊張を少々ながらもほぐした。
 どうして自分はこういう男の子を好きにならないのだろうな、とは内心で苦笑いをする。
「ああ、真田くんですね。彼は今、風紀委員の担当の先生と話があると、職員室に行っています」
 柳生は丁寧に彼女に説明してくれた。
「あ、そうなんだ。風紀委員のお仕事なんだ」
「ええ。なんでも、振り込め詐欺に注意、というキャンペーンを学内でも行った方がいいという提案をするとか」
「振り込め詐欺ぃ? でもあれ、お金のあるお年寄りとかが被害にあうやつでしょ? 中学生はあんまり関係ないんじゃないの」
「まあ、思うところがあったようですよ」
「へえ、風紀委員も大変なんだねえ。テニス部だって、週末は県大会でしょ?」
 が言うと、柳生はふんわりと笑った。
「ええ、よくご存知ですね。応援に来られますか?」
 は思わず目を丸くした。
「あっ、うーんと、まだ、わかんない」
 こんな風に普通に話せる相手なら、へえ、何時からどこでやるの? 部外者でも行っていいの? なんてものすごく自然に聞けるのに。
「柳生くん、ごめんね、ありがとう。私、別にたいした用事じゃないんだ。じゃあね」
 それだけを言うと、ぺこりと頭を下げて自分の教室に戻った。
 やっぱり、弦一郎に直接聞きたいと、彼女はそう思う。
 最初、なんだか格好いい男の子だなあと軽い気持ちで好きになった彼。
 存外話をするのが難しくて、泣き虫のは彼に怒鳴られては泣いてばかり。けれど、真剣に話をすれば、これまたとても真剣に返ってくる彼の言葉。今までかわした言葉は本当に少ないけれど、ひとつひとつがとても大事なのだ。
 毎回緊張するし、泣いてしまったりするけれど、ゆっくりでもそういうことを積み重ねて行きたいと、は思う。
 いろんな友人がは弦一郎を好きだと知っていて、彼についてのいろいろな情報を教えてくれるけれど、重要なのは彼の『データ』ではなくて、彼自身だから。

<金曜 1:10 PM>

「というわけで先生、来月の学校だよりでは、振り込め詐欺に注意、のコラムを是非おねがいいたします」
 背筋をぴんとのばしてまっすぐな目で言う真田弦一郎に、風紀委員担当の教師はとまどった表情で返事をした。
「あ、うん、そうだな、しかし真田。振り込め詐欺というのは、普通、中学生はそう被害に遭うものではないと思うのだが」
 そう言うと、弦一郎は拳でどんと机をたたいた。
「そういった油断が被害を引き起こすのです! 是非、よろしくおねがいします!」
 立ち上がって深々と頭を下げると、彼は有無を言わさずに職員室を後にした。
 どうにもイライラした気分だ。
 は、そもそも意図のわからぬ女だった。
 突然に、誕生日プレゼントなどを贈る。
 突然に、泣く。
 そして、彼のちょっとした一言で、嬉しそうに笑う。
 目の前で泣かれたりした時は、とにかく最悪な奴だと思った。
 しかし、普通に話して普通に笑っていれば、まあ不快な相手ではないのだ。
 が、昨夜の謎の電話。就寝前の彼の気持ちをかき乱した。
 仁王が言うには、詐欺の手口だと。
 もし、弦一郎が通話ボタンを押すのが間に合っていれば、彼女は一体何を話したのだろうか。
 一瞬そう考えて、弦一郎は頭を振った。
 いや、詐欺の手口だ。なんらかの形で、自分をからかおうとしたにちがいない。
 意図のわからぬ、すぐに泣くあの女、油断ならぬ。
 そんなことを考え、妙にイライラしながら、彼は教室に向かう。
 決めた。
 自分の口から、にきっちり告げることを、弦一郎は心に決めた。

<金曜 3:20 PM>

「昼休みは職員室に行ってたみたいだし、休み時間にも見に行ってきたんだけど、ぜんっぜん真田くんいなくって」
 は大きくため息をついて机に突っ伏した。
「なに、ずっと会えないままなの? あいつもなんだかんだ忙しいんだねえ」
 香里奈が慰めるように、ぽんと頭に手をのせた。
「なんかさあ」
 はふっと顔を上げて、またため息をついた。
「こう、頑張って会いに行って話をしようと思ってる時にかぎって、こんなに会えなくて、もう一生会えないような気がして来た」
「なに、そのにしては珍しいネガティブ思考!」
「だってさ。もうピンポイントで神様にいじわるされてるみたいでさ! 私ってそもそも真田くんとものすごく相性悪そうなのに、こんなちょっとしたことでも、ズレズレなんて!」
 香里奈は苦笑いをして、再度の頭に手をのせた。
「何言ってんの。これから部活じゃん。真田が部室に向かうのをつかまえたらいいんだよ。行こ!」
 香里奈に手を引かれて、教室を出た時だった。
 ちょうど、廊下の向こうから、大股で真田弦一郎が歩いて来るのだ。
 あまりのタイミングに、は思わず飛び上がってしまい、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。
 脇腹を肘でこづく香里奈に、わかってる、と口をぱくぱくさせて大きく深呼吸。
 いつものように難しい顔をした弦一郎は、が何かを言う前に彼女の前で立ち止まった。
 一瞬、そのことを不思議に思うが、今は時間がない。
 とにかく、週末の試合のことを話さなければ。
 どうしても、彼にひとこと告げてから応援に行きたいのだ。
「あの、真田く……」
 が言い出す前に、弦一郎が口を開いた。

! この俺をたばかろうなどとは、100年早いわ! 俺は詐欺の手口になどひっかからん!」

 低い声で怒鳴ると、彼はつかつかとその場を去るのだった。
 残されたは、そのまま力なく床に座り込んでしまった。
!」
 さすがに驚いた香里奈はあわてて彼女を覗き込む。
 案の定ぽろぽろと涙を流しているにハンカチを差し出した。
「い、今のは何!? あんた、今度は一体何をしたの?」
「……わかんないよ、ほんとに何もしてないし……もう、わかんない」
 あまりの出来事に、とにかくは言葉もなくめそめそと泣くばかり。
「えーと、とりあえず、真田に何が起こったのか、柳くんにでも聞いておくから、ね?」
 香里奈は必死でを慰めた。

<金曜 5:00 PM>

「弦一郎」
 部活を終えて、片付けをしながら柳蓮二は弦一郎に声をかけた。
「ああ、柳、どうした」
「週末は県大会だな」
「そうだな。しかし県大会ごとき、全勝で当然だろう」
「まあな」
 シャツのボタンをとめながら、蓮二は静かに相づちを打つ。
「そういえば、弦一郎、お前、今日はまたを泣かせたそうだな」
 彼の言葉に弦一郎は思い切り不機嫌そうな顔をする。
「人聞きの悪い。いつもあいつが勝手に泣くだけだ。それに、俺は今日は言うべきことを言っただけだ」
 弦一郎は、昨夜の電話・仁王の忠告・そしてへの一言の一連を蓮二に話した。
「ああ、そうだったのか」
 蓮二はネクタイを結び終えた手をすっと弦一郎に差し伸べた。
「ちょっと、電話を見せてみろ」
 不審そうな顔をしながらも、弦一郎は自分の携帯電話を蓮二に手渡した。
 彼は電話の画面を見て、小さく笑った。
「弦一郎。仁王が言っている詐欺まがいのワン切りというのは、通常、見知らぬ番号からかかってきたものを言う。これは、きちんと『』と表示されているではないか。と、番号を交換していたのだな」
 彼の指摘に、なぜか弦一郎は一瞬顔が熱くなった。
「あ、いや、あいつが番号を教えてくれというからだな……」
「で、昨夜の着信の時間が……」
 弦一郎におかまいなしに、蓮二は言葉を続けた。
「ああ、21時59分 着信か。きっと、はお前に電話をかけるのに、ずいぶんと躊躇してやっと発信したのだろう。そして、ふと気づいたらお前ならばもう寝ているような時間だ。気を遣って、発信したもののすぐに切ってしまったのだろう」
 蓮二が見せる画面を、弦一郎は凝視した。
 そういえば、電話がかかってきたのは布団に入る直前だった。
 と番号の交換をした時に、彼女に自分の就寝時間も告げていた。
「……では、が俺に電話をかけてきたのは、詐欺まがいだったり特にからかおうとしたわけではなく……」
「何か、話したいことがあったのだろう」
「一体、何を話したかったというのだ!」
 ついいらだって怒鳴る彼に、蓮二はやわらかく笑いながら電話を差し出した。
「電話をして聞いてみればいい」
 眉間に深くしわを刻んだまま、弦一郎はむっつりとした顔で蓮二から電話を受け取った。

<金曜 7:50 PM>
 
 は食事もそこそこに自室に閉じこもって、ベッドにうつぶせるとめそめそと涙を流し続けていた。

 とにかく、神様はいじわるだ。
 それ以上に、真田くんはいじわるだ。

 何度も心でつぶやきながら。
 初めて、やっと、試合の応援に行こうと勇気を出したのに、そのとたんにこのわけのわからない仕打ち。
 弦一郎に怒鳴られて泣く、というのは初めてではないけれど、ここまでさっぱりとわけのわからないのは初めてだった。
 とにかく、とことんだめなのだな、と思ってしまう。
 普通に試合を応援して、勝ったらおめでとうって言って。
 そんな、なんでもないことがしたいだけなのに、どうしてこう上手く行かない。
 どうせ明日は学校も休みだし、試合を観に行くこともないし、どんな顔になってもいいからと、は思い切り泣いた。
 そんな中、彼女の部屋に北斗の拳の『愛をとりもどせ』が鳴り響く。
 びくりと起き上がって、充電器に置いた電話を見た。
 の電話でその音楽を鳴らす番号はただ一つ、真田弦一郎の番号のみ。
 絶対かかってくることはないだろうから、思い切り強烈な着うたにしておいたのだ。
 飛び上がって電話を手にすると、まぎれもない『真田弦一郎』という名前の表示。
『お〜れとの愛を守るため〜、お〜まえは旅立ちぃ〜』
 混乱しつつも心で唄って、は、震える指で、
 通話の
 ボタンを
 押した。

 はい、もしもし、です。

(了)
「いじわる」
2008.12.31

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